第十二話 ようこそ、アヴァリアへ
峠の宿を発ってから、七日が過ぎようとしていた。
西へ向かう街道はゆるやかで、魔物も少ない。
行き交う行商人や旅人たちとあいさつを交わしつつ、一行はアヴァリア領を目指す。
天気にも恵まれ、道行きは順調すぎるくらいであった。
「ねえ、カイル。アヴァリア領では何が名産なの?」
好奇心に瞳を輝かせつつ、ユナが尋ねる。
「アヴァリアは水の豊かな土地だから、昔から農業が盛んなんだ。王都にも多くの野菜が出荷されていると聞いているよ」
「へえ! じゃあ、美味しい野菜料理が食べられそうだね」
「うむ、楽しみじゃのう」
荷車を引いているノインも、ぺろりと舌なめずりをしている。
「さあ、この丘を越えたら、町が見えてまいりますわ」
フィオナの言葉に、皆の足が速まる。
ゆるやかな丘を上るにつれて、視界が開けていく。
木々のトンネルをくぐり、木漏れ日のカーテンの向こう側へと踏み出す。
「わあっ!」
目に沁みるほどの青空と、筆で掃いたような雲。
ゆったりと町中を流れる川に沿って、あぜ道で区切られた農地が広がる。
黄色や新緑、橙色――作物によって様々な色に塗り分けられた大地は、さながら絵具のパレットのよう。
その一角に立ち並ぶのは、赤茶けたレンガ瓦の屋根。ここは住民たちの居住区だろう。
石畳の大通りが、ぐるりと集落を大きく回り込み、やがて高台へと至る。その先にあるのが、目的地――領主の館であった。
白い城壁と、集落と同じ赤茶色の尖塔。決して華美ではないけれど、どこか味わいのある佇まいである。
後方には、青空を映し込んだような湖が、静かに横たわっている。
その中央に浮かぶ小さな古城も含め、それはまるで絵画のようであった。
「素晴らしい――美しい土地ですね」
エイトが思わず口にする。
「ただ古いだけさ。さあ、行こうか」
口ではそう言いつつも、カイルの表情はどこか誇らしげだ。
アヴァリア領主の居城まで、あと少し。
カイルを先頭に、一行は再び歩き出した。
***
町の賑わいが、舗道の先から聞こえてくる。
緩やかに続く石畳の道沿いには、色とりどりの天幕が張られた露店がずらりと並ぶ。
店頭の木箱には、みずみずしい野菜が山と積まれていた。
「へえ、すごーい!」
「これは圧巻ですね」
ユナもエイトも目を輝かせ、鮮やかな果実を眺めている。
「むぅ、良いニオイじゃの」
ノインも鼻をひくつかせ、ぺろりと舌なめずりをした。
「……おかしいな」
ふいに、カイルがそう言った。
「どうかしたの、カイル?」
「市が立っている日は、館の兵士が見回りをしているはずなんだ。だが、今日は一人も見かけない」
怪訝な顔をしているカイルに、フィオナも頷く。
「お館で、何かあったのでしょうか」
「分からない……とにかく、行ってみよう」
一行は頷くと、緩やかな上り坂へと足を向けた。
***
高台の館へと続く、石畳の舗道。
町を少し離れたあたりであろうか。
背後から、ガチャガチャと金属が鳴る音が追いかけてきた。
「お、お待ちください! カイル様ぁ!」
「ん?」
皆が振り返ったその先で、一人の兵士が慌てた様子で駆けてくる。
「あれって、見回りをしてるはずの館の人?」
「ああ、どうもそうらしい」
カイルが兵士に向き直る。
兵士はやっと立ち止まると、ゼエゼエと肩で息をしながらも口を開いた。
「お、弟君が――エリック様がお戻りになられており……」
「なんだと?」
カイルが眉を顰める。フィオナも「まぁ」と言ったきり、言葉を失っているようだ。
「と、突然のご帰還で、我々も驚いているのですが、とにかく歓迎の用意をせねばとのことで……」
「それで、皆が出払っているというわけか」
カイルは難しい顔をして考え込んでいる。
「……弟って、フィオナが言ってた?」
「……異母兄弟の弟さんですね」
「……ふむ、何やら訳アリとみた」
燕屋の三人がひそひそと囁き合う中、カイルはひとり頷くと、皆のほうへと顔を向けた。
「すまない、館のほうで少々取り込んでいるようだ。落ち着いたら迎えを寄こすゆえ、少し待ってもらえるか?」
「でしたら皆さまは、私の家にお連れしますわ。お館へとご挨拶に伺う前に、我が家で旅の疲れを癒してくださいな」
フィオナが一歩前へと出ると、にこりと微笑んだ。
「やった! フィオナの家、楽しみ!」
「宿屋がどなたかに泊めていただくとは、あまりない体験ですね」
「わらわは腹が減ったぞ、野菜料理は出るかのぉ」
素直に喜んでいる燕屋一行を見て、カイルはホッとした様子で笑った。




