第41話 魔法少女、絶望する
そして、私と魔王カズルメギストスとの、決戦の火蓋は切って落とされた……いや、落とされたのだろうか……?
それは、決戦というにはあまりにも一方的で、どうしようもないものだった。
「魔王パンチ!」
ガスッ!
「ぎゃっ!?」
魔王カズルメギストス……ビアンカちゃんにぶん殴られて、私は床に倒れ込む。歯を食いしばってなかったので思いっきり口の中が切れて、血がポタポタと溢れた。
「魔王キック!」
ゴスッ!
「ぐぇっ!?」
倒れたところに腹を思いっきり蹴られ、朝に食べた干し肉を戻しそうになる。なんとかこらえたが……攻撃から身を守る気にも、立ち上がろうとする気にもなれない。
ましてや、反撃……こちらから攻撃するだなんて、できるはずもなかった。
「どうした、勇気の魔法少女。七曜の勇気、私に見せてみるがいい」
「そ、そんなの……ゲホッ、できるわけが……」
「魔王キックアゲイン!」
ガツンッ!
「ぶへぇっ!?」
顔面を蹴られた。鼻の骨が折れたのか、すごい勢いで鼻血が出ている。
「うぅ……うっ、うっ……」
泣き通すしかできなかった。私はいったいなんのためにここまでやってきたのか……その意味が本当に分からなくなっていた。
「何かの罠……というわけでもなく、余裕ゆえの手加減でもない。すべての世界の人類を滅ぼすまで止まれない概念体である私を前に、攻撃のひとつもできないとはな」
仰向けに倒れた私に向かって、ビアンカちゃんは靴の踵で私のみぞおちをグリグリと踏みつける。まともに呼吸ができなくなり、強烈な痛みが私の無力感をどんどん引き上げていく……。
「ぐっ、ぐぅ………うっ、うあぁぁぁっ……」
「期待外れだな。お前なら私を…………」
「……えっ……?」
みぞおちに体重をかけたまま、ビアンカちゃんは私に向かって右手を突き出した。
「私はもはや魔法は使えないが……体内の魔力空間で無尽蔵に魔獣を生成することができる」
「ぐっ……なに、を……」
「生成した魔獣は、私から切り離すことで、自由に意思を持って人類を滅ぼす手駒となるわけだが……完全に切り離さずとも、こういう使い方もできるのだ」
ビアンカちゃんの右手が闇に染まり、肥大化しながら形を変えていく……またたく間にそれは、ペンギン魔獣の頭部と同じ形になった。
「では、さらばだ魔法少女。勇気と無謀をはき違えた、愚かな放浪者よ」
「ド死に遊ばせ〜☆」
右手が変貌したペンギン魔獣の口から、得体の知れない呪い液が吹き出し……
それをまともに被った私は、そのまま死ぬまで発狂し続けた、らしかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「…………あっ」
目が覚めた。
その白い空間の中で、私の胸を埋めていたのは……死ぬ苦しみへの恐怖でも、痛みや辛さからの解放による安堵でもなく、ただただ無力な自分に対しての絶望だった。
『……目が覚めたかモヒ』
「モヒちゃん……」
目の前に現れる、白くて愛嬌のある見た目をした、相棒……だと思っていた存在。
神って、魔王って、いったい何なんだろう……。
『確認するまでもないと思うが、一応確認しておくモヒ。お前、魔王討伐を最後までやり遂げるつもりがあるかモヒ』
「最後まで……」
私に、ビアンカちゃんを殺せるのか……。
ビアンカちゃんに殴られ、蹴られ、呪い液を浴びせられ……こんな目にあってなお、私はこのままビアンカちゃんを殺すことができるとは到底思えなかった。
『……なら、帰るかモヒ』
「……えっ?」
『今のままお前を魔王カズルメギストスの前に送りこんでも、結果は見えているモヒ。可能性が1%でもあるならそれに賭けるつもりだったが、可能性がゼロならやる意味はないモヒ』
「えっ、でも……そんな……」
『あれだけ満ち溢れていた、魔王討伐への前向きな感情が、今のお前からは欠片も感じられないモヒ。魔法の国のことは忘れて、元の生活に戻って平和に暮らせモヒ』
「うぅ……」
ずいぶんと突き放した言い方ではあるけど、それはきっとモヒちゃんなりの優しさなんだろうと思う。
今のままじゃ私はビアンカちゃんを倒せない。まだラスト一回のチャンスはあるけど、絶対に勝てないのであれば、行ってもしんどい思いをするだけだ。
死ぬのは本当に苦しい。あんな地獄の苦しみを味わうためだけに、わざわざ死地に赴くのは正気の沙汰じゃない。
けれど……私が諦めたら、それは……。
「私が諦めたら……魔法の国の人々はどうなるの?」
『魔王が台頭して200年、魔法の国の生活圏はどんどん後退してはいるが、まだ滅んではいないモヒ。お前がダメでも、今日明日で滅ぶようなものでもないから、大丈夫だモヒ。我は気長に、お前の代わりになる者を探し続けるだけだモヒ』
人類だってそう簡単に滅ぶわけじゃない、しんどい暮らしは強いられるけど。そういうことらしい。だけど……。
『だが、人類の生活圏は今後もどんどん後退していくモヒ。あと数年もすれば、ヤーマフ・モートも人は住めなくなるだろうモヒ』
「……それは、ダメだよ……」
ヤーマフ・モートの街。コトちゃんやラジーさんの住む街。明るくて活気があって、とても素晴らしい街だった。
あの街に住む人々の……何より、コトちゃんたちの笑顔が失われるのは、とてもイヤだった。
「モヒちゃん……私、やっぱり行かなきゃ。魔王討伐、頑張るよ」
『できるのかモヒ』
「今のままじゃできない」
自分の気持ちを、正直に伝える。モヒちゃんは無慈悲で毒舌な神様だけど、思えば今までもちゃんと、私のことを尊重してくれていた。
だから、はっきりと伝える。今の私に必要なものを。
「教えて、モヒちゃん。魔王カズルメギストスのことを」




