第37話 魔法少女、過去に打ち勝つ
頭がクラクラする。腕の痛みは、逆にもう感じないくらい感覚が鈍っている。
視界もどんどん霞んできた。きっと私はもう立ち上がれないだろう。
「ガアアアアアッ!!」
ここまできたらほっといても私はそのまま死ぬのだが……魔獣は警戒してきっちりトドメを刺しにくる。そして……その「トドメを刺しにくる」という行動こそが、ほとんど身動きの取れない私にとって最後のチャンスになる。
「ぐっ……ぐぅぅぅっ!!」
意識を切らすな……集中しろ……。
時折相手の目を見て……その瞬間を見極めろ……!
「グオオオオオッ!!」
魔獣が腰を沈める。溜めた力を解き放つ、その瞬間が勝負の時だっ!
普通の人間は、この状態で立てなくなったらオシマイだ……けど、私はまだ、使える魔法がある!
ダンッ!
「『フラッシュジャンプ』!!」
魔獣が飛び込んでくるのとほぼ同時、私の体は、魔法で5メートルほど跳び上がる!
本来なら50メートル以上は軽く跳び上がれる魔法だけど、オリハルコンの影響で今はこの程度しか高さが出ない……けど、それで充分!
「……『セレスティアルソード』……!!」
私のいた場所に飛びかかった魔獣、そのちょうど頭の上にきた私は、落ちながら体をひねり、魔獣の頭に閃光の包丁を突き立てる……!
ザシュッ!!
「グアアアアアアアアッ!?」
「んぐうううううううっ!!」
強烈な悲鳴をあげるオオカミ魔獣の頭上で、突き立てた刃を握りしめて思いきり踏ん張る。オオカミ魔獣はしばらく叫びながら体を震わせていたが……やがて声が止まり、ゆっくりと横に倒れ込んだ。
「ぐぇっ……」
オオカミ魔獣が倒れることで、頭上にしがみつく形になっていた私も地面に投げ出される。ほぼ力尽きかけていた私は、まるで潰れたカエルみたいな……普通の女子中学生が出したら幻滅されるような声をあげて、そのまま倒れ込む。
「うぅ……か……勝った……?」
これが死ぬ寸前の感覚だろうか、もはや首すら動かせない。全身に氷を押し付けられたみたいに冷たい、寒い、痛い。
ほとんど暗くなった視界の隅で、何かが光っている……ように見える……。
「見事だ、現人神よ」
唐突に、聞いたこともない声が響いた。
「悔しいが痛み分けだ……貴様ほどの存在が、神の手駒になっているとはな。だが、お前には魔王様を止めることはできまい……」
それは、オオカミ魔獣の声だった。最期の言葉だったのだろう、しゃべりながら声がどんどん遠くなっていく……。
「お前ぇ……しゃべれたんかい……」
それが限界だった。
私の意識は、深い闇の中へ沈んでいく——
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
気がつけば、もはや見慣れた白い空間。
激しい痛みも辛さも消え去って、まず最初に感じたのは、当然ながら安堵だった。
「ただいまぁ~、モヒちゃん」
『ここはお前の家じゃないぞモヒ』
「そうは言うけどさぁ〜、これだけ何度も往復して、しかもここに来たら痛みも消し飛ぶからさ。もう私には実家みたいな安心感があるわけですよ」
『穀潰しがモヒ』
これだけ働いている私に対してずいぶん失礼な物言いをするモヒちゃんだった。まったく、安心して何が悪いと言うんだか。
「あーモヒちゃん、私、死に際の時ほとんど目が見えてなかったんだけど、ちゃんと倒せてた?」
『そこは安心しろモヒ。痛み分けという形ながら撃破には成功したモヒ』
「よかった……リスポーン後即再戦ってならなくて本当にありがたい」
『しかし、死んだことは事実だモヒ。そろそろ余裕がなくなってきたモヒ。魔王討伐完了まで、気合を入れてかかれモヒ』
余裕、か……。
確かに、残機ももう心許ない数まで減ってしまった。
魔王がいったいどのくらいの強さなのか、皆目見当がつかないけど……正味問題ありありなこの神様のサポートで、本当に魔王を倒せるのだろうか……?
「ねぇ、モヒちゃん……もし、残機が尽きちゃったら……私、本当に死んじゃうんだよね……?」
『そうなる前に、お前は元の世界に戻してやるモヒ』
「えっ? でも、魔王討伐は……?」
『お前の考えることではないモヒ。またいつか、お前のようなバケモノが現れるのを待つしかないモヒ』
「ば、バケモノって……」
私は可憐な乙女だぞ!?
というのは冗談として……私が失敗したら、またいつか私みたいな人間が現れるまで、魔法の国の住人は魔物の脅威に怯えたまま……ということになる。
それは……なんか、イヤだ。
「絶対達成しなきゃね……魔王討伐……」
『頑張れモヒ』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
残機、あと1
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ところでモヒちゃん、あとひとつ聞きたいことがあるんだけど」
『何だモヒ』
「オオカミ魔獣が言ってた、『現人神』って何のこと?」
『……お前の魔力量は、人間はもちろん、魔獣や魔王から見てもバグレベル……神と比べても遜色ないレベルまできているモヒ』
「はっ!? そうなの!?」
『その気があるなら、神となっていたかもしれない人間……そんなお前を、畏敬を込めて『現人神』と称したのだろうモヒ』
「そう……なんだ……」
神と同格。
その時の私は、そんなふうに言われても、「本当かな?」程度の感想しかもたないのだった……。




