76話 頂に達した者の領域
投稿が遅れてしまい申し訳ないです。
この夏書けると思っていたのですが、免許・夏風邪・資格勉強、そしてこの夏購入したSwitch2とやることが多く時間が取れませんでした。夏休みが終わり、これから学校がまた始まるので、投稿はぼちぼちになるかもしれませんがよろしくお願いします。
爆煙が霧散し、静寂を取り戻した純白の空間。
その中央で、衣類すら一筋も焦がすことなく佇む空の姿を目にした瞬間、上空に浮遊していた『神童』レオの口から、乾いた苦笑いが漏れ出た。
「……ハハッ。これでも無傷かい……?」
都市一つを容易く地図から消し去り、一国の騎士団を全滅せしめるほどの絶対的な威圧を誇る
最上位滅世魔法《天劫・星崩落》
――それを直撃の体勢で受けたにも関わらず、彼は完全に無傷だった。
(結界や魔法で防いだわけじゃない……。僕の魔力、質量、衝撃のベクトルそのものを、円の軌道を描くような独特の『体術』ひとつで、すべて外部へと受け流した……? まるで流れる水に落ちた巨石が、波だけを残して下流へと流されていくみたいに……)
脳内で自身の完璧な観察眼をフル回転させ、目の前で起きたことを分析するレオの額から、静かに一筋の汗が伝い落ちた。
一般的に魔法に対しての防ぐ方法は魔法で相殺するか結界や防御魔法などを使うのが普通だ。
しかし、彼はそのどちらでもない体術の一動作であしらってみせたのだ。その絶望的なまでの異常性に、神童の思考が一瞬だけ痺れを振るう。
空は首を軽く左右に傾け、骨の鳴る音を響かせながら、どこか感心したように口を開いた。
「……やっぱり、『十二星冠』ってのは一味違うな。シルヴィア時も思ったが、頂に達した者たちは普通の冒険者とは比にならない力を持っている」
「……え?」
その不意に混ざり込んだ名前に、レオの琥珀色の瞳がピクリと跳ねた。
「……君、シルヴィアのオバサンに会ったことがあるんだ?」
「あぁ。お前も聞いているだろ。アーリスのあの一件の時に、な。本気を見れたのは、ほんの一瞬ではあっただったが……『閃槍姫』の名に恥じない、見事な気迫と力だったよ」
空は事もなげに昔話を語るように告げたが、レオの頭脳はその言葉から瞬時に無数の情報を弾き出していた。
(アーリスの一件……。数週間前、ロッキド鉱山で起こった【厄災】、そこに封印されていた古代魔獣『石喰らいの女王』……そして、街を崩壊から救ったとされる謎の『仮面の男』……。シルヴィアが『《暁の羽根》が総力でぶつかっても、勝てる確率は五分以下。』と報告書に書いていたけれど……そうか。彼も、あの現場にいたんだ)
目の前のピースが完璧に組み合わさっていく快感。しかし、それと同時に深まる深淵のような謎。
空は不敵な笑みを深め、レオに向かって挑発するように右手の指先をクイ、と動かした。
「さぁて……昔話はこれくらいにしよう。俺はもう少し、お前の本当の『力』を感じてみたいんだ。……少しは本気を見せてみろよ、神童さん」
煽るような空の言葉と視線。レオは眉をひそめ、不満そうに唇を尖らせた。
「ふぅん……煽ってくれるね。ねぇ……そろそろ教えてよ。君は一体何者なんだい? これだけの力を持っていれば、国の英雄になることだって、一国の王として君臨することだって容易いはずだ。それなのに、なんで歴史の表舞台に一切名前が出てこない? なんでCランクなんていう素朴な冒険者の振りをしているんだい?」
レオにとって、それは理解の範疇を超えた問いだった。魔導士として、そして探求者として極めて正当なもの。強大な力を持つ者は皆、歴史に名を刻み、権力か名声か、あるいは破壊を撒き散らす。それがこの世界の理だ。
これほどの『力』を秘めながら、路地裏の雑草のように気配を消して生きている理由が分からなかった。
空は煽るように口元を歪め、ニヤリと笑った。
「さぁな? 理由はシンプルだろ。俺はただの旅の冒険者で、表舞台に出てちやほやされるのは面倒くさいからだ。いちいち大層な理由を期待するなよ」
「……はぁ。やっぱり、素直には教えてくれないんだね」
レオは諦めたように溜息をつき、不満そうに頬を膨らませた。だが、その瞳から好奇心の炎が消えることはなく、むしろ、その炎はより深く、より狂おしく揺らめき始める。
「ふーん……いいよ。だったら、君が自分の正体を白状したくなるくらいの、僕の全力を少し見せてあげるよ」
レオが静かに両脚を揃え、姿勢を正した。
――スゥ……ッ。
レオが息を吸い込む。
次の瞬間、この純白の空間の空気が、まるで巨大な質量に押し潰されたかのように重く沈み込んだ。
その小さな唇から、低く、美しく、そしてどこか禍々しい「響き」が紡がれ始める。
――それは、『詠唱』だった。
『十二星冠』の最高峰たる彼にとって、無詠唱で最上位魔法を行使することなど、呼吸をするよりも容易い当然の技術である。術式を言語化し、音に乗せる「詠唱」という行為は、本来彼らのような領域の者にとっては速度を殺す無駄でしかない。
そのレオが、あえて言葉を紡ぎ、魔法を問うための「詠唱」を唱え始めたのだ。
「――《果てなき知恵の輪、理の枷を解き放て》」
レオの口から、可憐で透き通った、しかし空間を震わせる厳かな言霊が紡ぎ出された。
「――《万物の理を模倣し、無窮の真理を我が手に収めよ》」
規則的な、しかし人類の言語体系には存在しない古代の言霊。その言葉が紡がれるたびに、レオの小柄な身体から解き放たれる魔力の『密度』が、爆発的に跳ね上がっていく。
二倍、五倍、十倍、百倍――。
「――《我は神童、魔を統べる者なり》」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
純白の空間が激しく揺動し、大気が悲鳴を上げた。
世界での無詠唱が「効率と速度」の極致であるならば、レオにとって過飾された詠唱は「出力と現象」を限界以上に引き上げる増幅器。
レオの金糸の髪が、重力を無視して逆立った。
琥珀色の瞳は神聖なまでの眩い光を放ち、その全身から溢れ出る青白き魔力の濁流が、まるで巨大な竜巻となって空間を穿つ。
カイルが死線の果てに辿り着いた、絶対に折れることのない不壊の力――『金鋼』。
シルヴィアが戦場を一瞬で静寂に変える、神速の領域――『銀星ノ戦慄』。
それらと同じ、世界に選ばれし極限の覚醒領域に達した者たちだけが持つ、固有に進化した能力。
――『無窮の魔力解放』
レオの内に眠る、留まることを知らない「無尽蔵の魔力」の安全装置を完全に解除し、それを己の肉体と精神の完全な支配下に置く、神童の真の姿であった。
解放された莫大な魔力は、彼の思考一つで自由自在に姿を変え、法則を書き換える究極の万能物質として空間を支配した。
異空間の床が、レオが放つ圧倒的な存在感の余波だけで、目に見えない圧力に押されるようにミシミシと軋みを上げる。
「はぁ……ふぅ……」
息を吐くレオの口元から、青白い魔力の粒子がこぼれ落ちる。レオは自身の両手を開閉させ、満ち溢れる全能感に目を細めた。
「……これを使うのは、本当に久しぶりでね。正直、僕自身もどこまで手加減できるか分からないや。……だからね」
レオは光る瞳を空に向け、無邪気で、しかし極限まで凶悪な笑みを咲かせた。
その姿はもはや「子供」などという生易しいものではなく、魔法という概念そのものを纏った異形の存在だった。
「――壊れないでよ」
その圧倒的な覚醒の波動、世界を塗り替えるほどの密度の威圧を全身に受けながら――空の胸の奥で、カチリと小さな音が鳴った。
(ほう……)
空の口元が、自然と大きく釣り上がっていく。
体の底から湧き上がってくる、熱い感覚。かつてアーリスで『石喰らいの女王』の全開の殺意を受け止めた――あの時と同じ、真の『強者』と対峙した時にしか味わえない、魂が歓喜に震える強烈な高揚感。
「いい力だ……」
神の如き退屈な日常の中で、久しく忘れていた「戦闘の歓び」が、空の全身の血を激しく沸き立たせていた。
「それなら……少しは楽しめそうだな」
万象の理を統べし神座の王が、覚醒した神童の前に、真の興奮を宿した瞳を向けた。
今年の夏はプール行けてなくて悲しい。来年こそは……!




