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創造神の遊戯  作者: 面白味
第2章 創造神、王都で大暴れ
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61話 最高の舞台

GW最高


断罪の峡谷に渦巻く不浄の霧は、未だ晴れることを知らず、重苦しく停滞していた。


しかし、その最後尾において、一人の少年は自らの限界を塗り替える闘いの中にいた。トビーは、師と仰ぐことに決めた空の教えを、呪文のように何度も脳内で繰り返していた。


「吸って……吐いて……。矢は僕の体の一部、魔力を込め、弦を強く引き……『貫く』イメージを持つ……っ!」


トビーの手元にあるのは、どこにでもある平凡な短弓だ。しかし、彼の瞳には先ほど空が見せた「射手の極致」の残像が焼き付いていた。死霊たちが這い寄るたび、彼は恐怖を闘志へと強引に変換し、震える指先で弦を解き放つ。


放たれた矢は、かつての弱々しさを脱ぎ捨て、正確にスケルトンの眉間を撃ち抜いた。


「よし……当たった。空さんの言った通りだ。焦らず、芯を狙えば……!」


一体、また一体。トビーの動きは、実戦の極限状態で磨かれ、澱みを削ぎ落としていく。 



「……上出来ですよ、トビー殿。基礎は十分にその身に宿りました」

「えっ、エドガーさん?」


トビーが振り返る間もなかった。エドガーが手にした銀のステッキを地面に軽く突き立てる。


――《銀の静域(シルバー・ガーデン)


波紋のような銀光が最後尾の馬車を中心に広がり、周囲に群がっていた数百のアンデッドが、まるで見えない炎に焼かれたかのように一瞬で灰へと帰した。 


「空様がお呼びです。トビー殿、中央へ向かいましょう」

「えっ、あ、空さんが? でも、ここを離れたら荷台がああぁぁぁぁぁぁ――!」


トビーの言葉が、強烈な重力加速に飲み込まれた。

エドガーは問答無用でトビーの体を小脇に抱えると、地面を蹴った。それは跳躍というよりも、空間そのものを滑るような超高速移動。


「少々、手荒になりますよ。舌を噛まぬよう」

「ひぎゃああああああ!? はやい! ほ、骨が! 速すぎますエドガーさぁぁぁぁぁぁん!!」


トビーの悲鳴が峡谷に虚しく反響する。


風景が線となって後ろへ流れる中、ものの数秒で、彼らは隊列の中央――お嬢様の馬車が鎮座する戦場へと到着した。


エドガーに降ろされたトビーは、膝をついて激しく咳き込んだが、顔を上げた瞬間に絶句した。


トビーの視界には、蹂躙された『碧き雷鳴』の冒険者たち、血を流し倒れる騎士たち、そして何より、自分たちの「死」そのものとして君臨していたデュラハンが、地面に這いつくばっている光景が映し出された。


「……あ、あ……あ……」


トビーは言葉にならなかった。惨状への恐怖以上に、あの絶対的な恐怖の象徴を「小突いて」遊んでいる空の姿が、理解の範疇を超えていたからだ。


空は、ゆっくりと立ち上がろうとするデュラハンを背にし、こちらへ歩いてくる。


「よう、トビー。待ってたぜ。……さて、復習の時間だ。アイツにトドメを刺せ。」


空の声は、散歩の途中にでも話しかけるような軽さだった。だが、トビーは泣きそうな顔で首を横に振った。


「……っ、な、何言ってるんですか!無理ですよ! あんな化け物、僕には絶対にできない……僕なんかがどうにかできるわけないじゃないですか!」


トビーは地面に座り込み、ガチガチと歯を鳴らした。それは、常人として至極真っ当な反応だった。相手は国でも有名な精鋭騎士団を半壊させ、あのAランク冒険者を軽く屠った存在なのだ。弓の使い方を少し教わった程度の少年が挑んでいい相手ではない。


だが、空の手が、トビーの震える肩に置かれた。

不思議なことに、その手が触れた瞬間、トビーの芯まで凍り付かせていた恐怖が、急速に溶けて消えていった。


「できるさ。俺が手取り足取り教えてやる。それに、俺が後ろで支えてやるからな。……いいから、弓を構えろ」


トビーは覚悟を決め、自分の愛弓を構えた。


「……わ、わかりました。やってみます」


空はトビーの背後に回り込むと、少年の震える腕を自分の手で支えた。トビーの背中に、空の体温が伝わる。それは驚くほど熱く、そして絶対的な安心感を伴う「力」の塊だった。


「俺が支えてるから安心しろ。お前はただ、俺の言う通りに意識を集中させろ。……いいか、魔力ってのは込めるもんじゃない。『循環』させるんだ。お前のへその下にある熱を、右手に、そして一本の線に凝縮させろ」


空の導きに応じるように、トビーの身体を未知の熱が駆け抜けた。それは空が自分の魔力を僅かにトビーの回路に流し込み、強制的に「開花」させているのだ。


一方、復活を遂げたデュラハンは、目前で展開される奇妙な儀式に最大級の脅威を感じ取っていた。本能が叫んでいる。あの少年の手に集まっている「光」は、自分という存在を根底から消滅させるものだと。


首のない首元を震わせ、死の魔力を一気に解放する。デュラハンは再構築した大剣を上段に構え、残された全ての怨念を剣に込め、空とトビーに向けて突進を開始した。


「――ヌ、ガ、アアアアアアッ!!」


だが、その進路を遮るように、一人の老紳士が静かに立ちはだかった。


「……野蛮な振る舞いは、トビー殿の教育の邪魔になります」


エドガーが、音もなくデュラハンの進路上に立つ。杖を地面に突き立てると同時に、幾重にも重なる魔法陣が空中に展開される。


「拘束魔法――《星界の楔エクス・カノン》」


光の鎖が虚空から降り注ぎ、デュラハンの四肢と大剣を地面に縫い付けた。地鳴りを上げて暴れる魔王。だが、エドガーの絶対的な魔力の檻は、その巨躯を微動だにさせない。


「バ……、ナ……ッ!?」


身の丈を越える巨躯が、空中で静止する。一歩も動かさず、ただの動作一つで死の王を完全に拘束した。


その時、中央の馬車の扉が激しく開いた。


「お嬢様! 危ない、中に!」


ケイデンスの制止を振り切り、エレアが外へ這い出した。彼女の特殊な瞳が捉えたのは、少年の背後に立つ男から溢れ出す、理外の光。


(ああ……やっぱり、そうだ。あの時と……同じ光……! )


エレアの『星詠の瞳』が、トビーの周囲で渦巻く「色」を捉える。

それは、あのアーリスで見た、女王を消し去った「光」と全く同じ質のもの。彼の背後から溢れ出す無色の輝きが、トビーの平凡な魔力を白色に染め替えていく。

 


「空様、準備はよろしいですか?」

「ああ。上出来だ」


空はトビーの耳元で、静かに囁いた。


「トビー、狙え。あいつの胸の中央、僅かにひび割れた核の隙間だ」


空の声が、トビーの精神を研ぎ澄ませていく。

トビーの持つ粗末な短弓は、今や空の魔力を受けて神話の武器のような輝きを放っていた。集束した光は、峡谷の影をすべて払い、夜を昼に変えるほどの眩さを放つ。


「怖がるな。お前の中に今あるのは、お前自身の勇気だ。俺はそれを少しだけ、形にしてやったに過ぎない」


空の手が、トビーの指から離れる。だが、不思議とトビーの腕はもう震えていなかった。

彼は、自分という存在が世界の中心にいるような、万能感に満たされていた。


「討て、トビー。……それがお前の、最初の『一歩』だ」


空の宣言。

トビーは、自分の意識が遠のくほどの重圧の中で、ただ一点を見つめていた。

自分に弓を教えてくれた空の言葉。エドガーが作ってくれた隙。守るべきお嬢様の視線。それらすべてを背負い、狙いを定める。


「いっ、けぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


トビーは、極限まで引き絞った弦を、確かな意志と共に解き放った。



「――《穿光の矢(ルミナス・ストライク)》!!」



放たれた一撃は、爆発的な轟音も、派手な光の演出も伴わなかった。

音速を超え、空間を熱で歪ませながら、一本の光のいかずちとなって峡谷を直進した。

回避不能。防御不能。


一直線に、迷いなく。

エドガーに拘束されたデュラハンの、その鎧の隙間――剥き出しになった魂の核へ、矢は正確に貫通した。



――静寂。



直後、デュラハンの巨体が内側から溢れ出す光に飲み込まれた。


「――ア……、アア……」


呪われた死の声が、救済の吐息へと変わる。

漆黒の甲冑は、光に焼かれ、砂の城が崩れるようにパラパラと崩壊していく。やがて、峡谷を恐怖に陥れた亡者の王は、一点の塵も残さず、美しき灰となって風に消えていった。


峡谷に、本当の静寂が戻る。

湧き出ていたアンデッドたちも、王を失ったことで霧散し、地中へと帰っていく。

トビーは、自分の右手を呆然と見つめていた。


「僕が……僕が、やったのか……?」


指先に残る、あの熱い感覚。あの一瞬、自分は確かに「何か」を超えたのだ。

空は、満足げにトビーの頭を乱暴に撫で回した。


「上出来だ、トビー。……言っただろ? お前には才能があるってな」

「空、さん……。僕……」


トビーの目から、安堵と喜びの涙が溢れ出した。

その様子を、エドガーは「やれやれ」と微笑みながら見守り、ケイデンスは腰を抜かしたまま、エレアは確信に満ちた瞳で、その光景を魂に刻み込んでいた。

誰もが悟っていた。


「さて……後片付けは俺とエドガーでやっておく。お前は少し座って休んでろ。……今日はよく頑張ったな」


空はトビーを座らせると、まだ意識を失っている騎士たちや、呆然としているケイデンスの方へと歩き出した。


「……さてと。証拠隠滅、とまでは言わないが。少しばかり風景を整えるとするか」


空が指をパチンと鳴らす。

その瞬間、峡谷に満ちていた不浄の霧も、地面を埋め尽くしていた魔物の死体も、そして空がトビーに授けた異常な魔力の残滓までもが、奇跡のように浄化の光に包まれて消え去った。


空は、馬車の影から自分を凝視しているエリアの視線に気づいていた。

彼女の瞳には、驚愕と、確信と、そして言葉にできないほどの感謝が宿っている。


「……面倒なことになったな」


この峡谷で起きたことは、奇跡などではない。

そこにいる、ひどく退屈そうに鼻をかく一人の男が、世界という盤上で行った、ほんの気まぐれな「遊戯」であったということを。



レポートは〇〇

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