53話 揺れる馬車
最近マジで忙しくなってきて全然話が進まんのですわ。落ち着くまではゆっくり書いていこうと思います。
王都ガレリアへと続く北街道は、両脇に深い原生林を抱えた緩やかな傾斜が続く。ローゼンス家の豪華な馬車列はその巨躯を揺らしながら、乾いた土を蹴立てて進んでいた。
最後尾の荷台。そこは名門ローゼンス家の栄華の象徴である豪華な馬車列からは最も遠く、巻き上がる土埃にまみれる過酷な持ち場だった。
最後尾の荷台を受け持つ騎士が、冷徹な響きを含んだ声で最終的な運用を告げた。
「いいか。貴様ら六人は、この最後尾の馬車を死守しろ。三人が馬車の外で徒歩による警戒、残りの三人が車内で休息だ。これを一定周期で回し、王都に到着するまで維持してもらう。夜になれば合流して夜営を行うが、それまでは各自、一寸の油断も許されんぞ。不手際があれば……分かっているな?」
有無を言わせぬ圧力を残し、騎士は隊列の前方へと戻っていった。残されたのは、空とエドガー、そして他の冒険者四名だ。騎士がいなくなった途端、場に漂っていた緊張がなくなったことで、冒険者たちの口から不満が漏れ出す。
「……チッ、偉そうに。貴族の犬が。肉壁だの何だのと、俺たちを使い捨ての盾くらいにしか思ってねえんだ、あの野郎どもは」
「報酬が良いから我慢してるが、一番後ろなんてのは泥を被る役目だ。何かありゃ真っ先に捨て石にされるぜ、全く」
「報酬がなけりゃこんなクソ忙しい時期に、こんな窮屈な護衛なんてこっちから願い下げだぜ」
冒険者たちは互いに顔を見合わせ、騎士団への不満をぶつけ合う。しだいに誰が最初に「外」の歩き番を担当するかで険悪な空気が漂いかけたその時、空とエドガーは顔を見合わせ、無言のままに頷いた。、空が軽やかに荷台から飛び降りると、面倒な議論を避けるように口を開く。
「ま、仕事なんだから仕方ないだろ。俺とエドガーが先に外の役をやるよ。文句を言ってる間に少しでも王都に近づきたいしな。いいだろ、エドガー?」
「承知いたしました。謹んでお受けいたしましょう」
その申し出に、休息を欲しがっていた連中は「勝手にしろ」とばかりに荷台へ潜り込んだ。しかし、もう一人だけ、彼らに続いて外へ出ようとする人物がいた。
「あ、あの……! 僕も、僕も先に見張り役をやります!歩いてた方が、落ち着くので……」
慌てて声をかけてきたのは、華奢な体格に不釣り合いな大きな弓を背負った、気弱そうな少年だった。装備は手入れされているが、どことなく新調されたばかりの硬さが残っている。
「僕はトビーって言います。実は……今回のロッキド鉱山の騒動のどさくさで、僕もようやくDランクに上がったばかりで。こんな大規模な貴族の護衛任務に参加するのは初めてなんです。足手まといにならないよう頑張ります。よろしくお願いします!」
トビーは緊張でガチガチになりながら、深々と頭を下げた。空は苦笑いし、「俺は空。こっちはエドガーだ。俺たちもDとCだ。そんなに気負う必要はないさ、気楽にやろうぜ」と短く返した。エドガーもまた、非の打ち所のない礼節をもって「よろしくお願いします、トビー殿」と一礼する。
トビーの緊張をほぐすように空は適当に話しかけ、周囲の木々に目をやる。エドガーは一歩も乱れぬ所作で後方の警戒を続けていた。三人は、時折アルのたどたどしい冒険譚に耳を傾けながら、単調な行軍をこなしていく。
こうして、最後尾の冒険者三名による徒歩行進が始まった。
街道は整備されているとはいえ、幾重にも連なる魔導馬車の移動速度に徒歩でついていくのは、並の体力では骨が折れる。しかし、空とエドガーは呼吸一つ乱さず、まるで散歩でもしているかのような軽やかさで地面を踏み締めていた。トビーは二人についていくのに必死な様子だったが、周囲への警戒だけは怠らないよう、何度も森の奥へ視線を走らせている。
「空さんたちは、怖くないんですか? 騎士団長があんなにピリピリしてるってことは、やっぱり襲撃があるかもしれないってことですよね……」
「ま、これだけの金が動く大移動だ。狙われるのは織り込み済みだろ。怖がっても状況は変わらないしな」
空は適当に受け流しながら、自身の感覚を広げていた。
アルカディア王国の街道は、表向きには騎士団の巡回により安全が保たれている。しかし、空の「神感」は、遠く離れた森の深淵で、街道を並走するように動く「不自然な殺意」を既に捉えていた。それは野生の魔物の自然さなく、計算された「獲物を狙う人間の意志」だ。
数時間が経過し、交代の時間が訪れた。
車内でふんぞり返っていた冒険者たちが、「めんどくせぇな」と欠伸を噛み殺しながら外へ出てきた。代わって、空たちは狭い荷台の上へと腰を下ろす。
「交代だな。死にたくなきゃ、中でしっかり休んでおくんだな」
報酬のためだけに剣を振るう男たちの言葉は荒いが、空は特に気に留めることもなく、エドガー、トビーと共に荷台の空きスペースへと戻った。
「ふぅ……。トビー、お疲れさん。少し休んでろよ」
「ありがとうございます、空さん……。お二人とも、なんだかすごく余裕があるんですね」
アルは羨望の眼差しを向けながら、疲労で隅で丸くなった。そんなトビーを見届けた後、空の視線は荷台の隙間から、遠ざかる森の影をじっと見つめていた。
(……さて、静かなのはここまでか)
その頃、隊列が通過した数キロメートル後方の鬱蒼とした森の中。古びた巨木の根元に、数十名に及ぶ武装集団が集まっていた。全員が刃を研ぎ、あるいは魔道具を調整しながら、その視線は森の間を抜ける街道へと注がれている。
「頭、獲物が通りました。警護の数は公表通り。騎士団が中心ですが、冒険者の数もかなり多いです。しかし、そのおおよそはランクの低い奴らばかりです。とくに最後尾には雑魚の冒険者どもが張り付いています」
報告を受けた男――ガッシュが剥き出しの蛮刀を舌で舐め、下卑た笑いを浮かべた。その瞳は金への執着で濁っている。
「ククク……ローゼンス家の小娘一人さらえば、俺たちは一生遊んで暮らせる金が手に入る。あの家は面子を重んじる。娘を返してほしけりゃ、国庫を空にしてでも身代金を積むだろうよ」
ガッシュは立ち上がり、巨大な蛮刀を肩に担いだ。
「ですが、あの騎士団長ケイデンスは相当な手練れと聞きますが……」
「安心しろ。今のアーリス周辺はロッキド鉱山の崩壊と女王の件で、騎士団の配置もギルドの連携もガタガタだ。今のガレリア周辺は、まさに俺たちにとっての狩場だ。この慌ただしさこそ、神が俺たちに与えてくれた好機よ。」
ガッシュは訪れた好機に喜び感嘆している。
「いいか、確実に、慎重に、そして残酷に行くぞ。狙うは中央の魔導馬車一点。すべての馬車に襲撃をかけ騎士どもが気を取られている隙に、俺たちの伝手で手に入れた『魔導煙幕』をぶち込む。混乱に乗じて娘をさらい、即座に森へ消えるんだ。まずは最後尾の雑魚どもを食い破り、内側から崩壊させてやる。邪魔する奴は容赦なくぶち殺せ!」
「「「了解しやした!!」」」
盗賊たちの卑俗な笑い声が、森の暗がりに消えていく。
「準備を整えろ。陽が落ち、奴らが夜営の準備で最も油断する瞬間……そこが、ローゼンスの栄華の終わりの始まりだ」
森の影が伸び、街道を這うように広がる。
何も知らない冒険者たちが不満を漏らし、騎士たちが誇りに酔うその裏側で、鋭く研がれた「牙」が今まさに、ローゼンス家のお嬢様へと向けられようとしていた。
しかし、彼らは知らない。自分たちが狙おうとしている隊列の最後尾に、どのような「絶望」が潜んでいるのかを。
荷台の中で目を閉じていた空は、仮眠を取るふりをして、森の奥で跳ねた殺気の波を数えていた。
「……エドガー、獲物は二十人弱。……お嬢様を狙う不届き者だ。王都への最初の退屈しのぎになりそうだ」
「承知いたしました、空様。……あまり派手に動いて、ローゼンスの騎士たちに怪しまれては面倒です。相対する場合は配慮して動きましょう」
隣で静かに控えるエドガーもまた、手にした剣杖を微かに握り直した。平和な護衛の時間は、間もなく血と鉄の匂いに塗り潰される。




