52話 旅への選別
お待たせしました。リアルが立て込んで遅れました。
これからも不定期に更新するので覗いてみてください。
三日後の朝、アーリスの街を包む霧はまだ深く、石畳を湿らせた冷気が足元から這い上がってくる時間帯。
空とエドガーは、約束通り街の北門へと足を運んでいた。普段は商人の馬車や旅人が行き交う活気ある門前だが、この日は異様な重圧と静謐が支配していた。
そこには、一国の王族が移動するかのような、絢爛豪華な魔導馬車が数台連なっていた。漆黒の木材に金銀の彫刻が施され、車輪には振動を吸収する高位の魔法陣が刻まれている。馬車の側面に誇らしげに掲げられた「盾と百合」の紋章――それこそが、王都ガレリアにおいて絶対的な権力の一翼を担う、名門ローゼンス家の証であった。
馬車の周囲を固めるのは、揃いの銀光りする甲冑に身を包んだローゼンス家の家格騎士たちだ。彼らは冒険者ギルドの基準で言えば、一人一人がCランク以上に相当する練度を誇り、その規律正しさと殺気は、集まった冒険者たちを圧倒していた。
「……ふむ。なかなかに物々しいですね、空様。ただの貴族の移動にしては、騎士たちの殺気が必要以上に尖っているように見受けられます」
エドガーの指摘通り、列に並ぶ冒険者たちは、この破格の依頼を目当てに集まった猛者たちであった。しかし、その前方の検問所からは、絶え間なく罵声と怒号が響いていた。
「名門ってのは、常に誰かに命を狙われてるか、あるいは狙われるような『何か』を抱え込んでるもんだ。……おっと、前の方が騒がしいな」
エドガーが空の耳元で静かに囁く。
空は欠伸を噛み殺しながら、指定された時間に遅れることなく、広場の端に設けられた「護衛志願者受付」の列に並んだ。
そこには、王都への破格の報酬に釣られた100人を越える冒険者たちが、受付に詰めかけていた。
「なんだよ! 俺のどこが気に入らねえんだ! Cランクだぞ、実績だってある。 何が不満なんだ!」
一人の斧使いの冒険者が、剣の柄に手をかけた騎士に詰め寄っていた。しかし、騎士たちの中心に立つ、一際背が高く、古傷の絶えない顔をした重装騎士――ローゼンス家騎士団団長、ケイデンスが冷徹な声を放つ。
「……不満だと? 貴様のその緩みきった面、そしてヘラヘラとした立ち居振る舞いだ。我らがお仕えするお嬢様をお守りする場に、その程度の規律も持たぬ者が混ざることは許されん。戦う前から死相が出ているような無能に、護衛はまかせられん。即刻消えされ。さもなくば、不敬罪で叩き斬るぞ!」
「くっ、……覚えとけよ!」
ケイデンスの放つ圧力に、冒険者は顔を引き攣らせて毒を吐きながら去っていった。ケイデンスはそれを一瞥もせず、「次だ」と短く命じた。その後も、実力はあっても態度が傲慢な者、装備の手入れが行き届いていない者たちが次々と追い払われていく。もはや面接というよりは、ローゼンスの威光による選別であった。
やがて、空とエドガーの番が回ってきた。
空は、いつものように肩の力を抜き、ポケットに手を突っ込んだままケイデンスの前に立った。周囲の騎士たちが、その不遜な態度に「無礼な」と剣を鳴らすが、ケイデンスだけは違った。彼は空の立ち姿を、蛇のような鋭い目で見極めようとしている。
「……ほう。貴様、名は?」
「空。こっちはエドガー。ランクはカードの通りだ」
空が無造作に放り出したギルドカードを、ケイデンスが受け取る。そこには昇格したばかりの『D』と、エドガーの『C』が刻まれていた。周囲の騎士から失笑が漏れる。「Dランクが何をしに来た」「死にに来たのか」という侮蔑の視線。
しかし、ケイデンスはカードを見たまま数秒間、沈黙した。
(……隙がない。無造作に見えて、重心がどこにもかかっていない。……隣の執事風の男も、気配が澄みすぎている)
彼は、空のどこを狙っても「捉えられない」という、騎士としての本能的な違和感を覚えていた。目の前の青年は隙だらけに見えるが、その実、一分の隙もない。まるで深淵の底を覗き込んでいるような、奇妙な圧迫感。
「……ふん。中々の実力はあるようだな。だが、所詮はDとCか。実績に乏しい貴様らに、お嬢様の馬車を守る資格はない。……まぁ、魔物の群れが来た際の肉壁くらいにはなるか」
ケイデンスはカードを空に投げ返すと、顎で馬車列の最後尾を指した。
「貴様らは、一番後ろの荷台、十ニ番車両の物資搬送用の警護に当たれ。余計な動きはするな。ただ、後ろから来る脅威を追い払うことだけを考えろ。お嬢様の目に触れぬよう、静かに這いつくばっておけ」
「了解。肉壁役、謹んで拝命するよ」
空は軽く手を挙げて応じ、言われるがままに最後尾へと歩き出した。
周囲の騎士たちが「あんな低ランクが受かったのかよ」「どうせ使い捨てだろ」と冷笑を浮かべる中、空は言われるがままに最後尾へと歩き出した。エドガーもまた、慇懃な礼を一つ残し、その後を追う。
列の最後尾に向かう道中、空の横を、列の中で一際大きく、豪華な装飾を帯びた「主賓の馬車」が通り過ぎようとした。
全面を遮光ガラスで覆われ、物理的な衝撃だけでなく、呪詛や精神干渉さえも弾く術式が幾重にも上書きされている特級の魔導馬車。
その中から、微かな「気配」が漏れていた。
空は歩みを止めず、しかしその視線は正確に馬車の内部を透過していた。目立った魔力ではない。しかし、澱みの中に清流が混ざったような、不思議な違和感。
(……なるほど。これが今回の護衛対象か。不自然なほど静かだが、時折、古い図書館の奥に眠る魔導書のような、奇妙な『歪み』を感じるな)
それは、単なる貴族の令嬢という言葉では片付けられない、異質な存在感。空はその気配の正体を探るよりも先に、この旅が自分にどのような「娯楽」を提供してくれるのかを考え口角を上げた。
選別が終了し、生き残った数十名ほどの冒険者たちが各馬車に整列すると、ケイデンスが演壇の代わりとなる荷台の上に立ち、一同を見下ろした。
「まずは、この過酷な護衛任務に参加してくれたことに感謝しよう。だが、心得ておけ。この任務を引き受けた以上、貴様らの命は既に我らローゼンス家に預けられたものと思え。たとえ貴様らが四肢を失おうと、命を落とそうとも、お嬢様を無傷で王都へ送り届けてもらう。それが出来ぬ不届き者は、我が剣をもってその場で処刑する」
騎士団長の厳格な檄が北門に響き渡る。冒険者たちの間に緊張が走り、武器を握り直す音が重なる。
「――準備は整った。出発する! 運命に選ばれたことを誇りに思え。 王都ガレリアまで、誰も気を抜くな!――進軍開始ッ!!」
「「「オォォォー!!」」」
騎士たちの野太い唱和と共に、先頭の巨大な魔導馬車の車輪が回転を始める。
アーリスの門がゆっくりと開き、一行は王国最大の心臓部、王都ガレリアへと続く街道へと踏み出した。
「さて、エドガー。王都に着くまでに、何回退屈を凌がせてくれると思う?」
「左様でございますね。荷台の警護とは、景色を眺めるには絶好の特等席。主様を楽しませてくれる『出し物』が、適切なタイミングで現れることを期待いたしましょう。すでにお嬢様の気配を狙う影は、既に街道のあちこちに根を張っているようです。お茶を淹れる暇もない旅になるかもしれませんな」
「そいつは楽しみだ」
最後尾の荷台に腰を下ろした二人の背後で、出発を告げる角笛が鳴り響いた。
名門ローゼンス家の威信をかけた大移動が、静かに、そして重厚に動き出す。
王都ガレリアまで続く長い街道。
「さて。王都までの長い道のりだ。どんな『お遊び』が飛び出してくるか、楽しませてもらおうじゃないか」
空は揺れる荷台の上で、王都へと続く地平線を見据え、不敵な笑みを浮かべた。
卒業ってめっちゃ寂しくて泣いてしまう。




