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【総務部長】チートで魔王を取引先に! おっさんの異世界スローライフハーレム計画  作者: 転生しすぎた人
第十章 王命の査察と信頼の利回り

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128/129

日報128:初雪までの六十日と、無い書付

 辺境に来てから第百二十六日目の朝。

 外はまだ薄暗いのに、坑口のほうから木を打つ音がしていた。


 起き出して行くと、ガルフとヘンドリックさんが、朽ちた番小屋の柱を外していた。


「早いな」

「塞ぐと言ったのは昨日でさ。……延ばす理由がねえ」


 ガルフは、外した柱を肩に担ぎ上げた。


「あの枠に、横板を三枚も渡しゃ十分だ。人が入ろうと思えば入れまさぁ。……入りにくくするだけで違う」


「頼む。……道具は」

「ヘンドリックの旦那が、納屋から出してくれました」


 ヘンドリックさんが、杖に体重を預けたまま頷いた。


「わしは、上で座って見ておるだけじゃがな」

「見ていてください。……この山を知っているのは、あなただけです」


 二人が斜面を登っていくのを見送ってから、俺は奥の家へ回った。


 マルタさんは、竈の前で麦を選っていた。

 欠けた粒と、そうでない粒を、二つの器に分けている。


「おはようございます」

「……今日は、山へ行かないのかい」

「今日は、こちらでお願いがあります」


 俺は、土間の隅に腰を下ろした。


「困っていることを、全部聞かせていただきたいんです」


 彼女の手が、止まった。


「あんたに言って、何になるんだい」

「聞かないと、こちらが間違えます」


 俺は、板を膝に置いた。


「昨日、伯爵に申し上げました。悪いほうを伺ってから始めたい、と。……あれは、その場しのぎで言ったのではありません」


 マルタさんは、しばらく俺を見ていた。

 それから、麦の器を脇へ寄せた。


「……食い物だよ」


「はい」


「今、ここには四人分の蓄えしかない。それも、春までは保たない」


 彼女は、竈の火を一度かき混ぜた。


「あの子らが戻ってきたって、食わせる物がないんだ。……戻ってこないほうがいい、って思うことがあるよ」


「水は」

「井戸は生きてる。……ただ、冬に汲むのは若い者の仕事だった」


「畑は」

「去年から誰も打っていないよ。……今から起こしても、来年の話さ」


 俺は、それを三行書いた。


「他には」

「他って、あんた」


 マルタさんが、呆れたように笑った。


「困りごとなんて、数え出したらきりがないだろうに」

「きりがなくて構いません。……並べておけば、どれから手をつけるかが決められます」


 彼女は、少し黙ってから言った。


「……冬だね」


「冬」

「雪が来たら、南の道は塞がる。三月は誰も出入りできないよ」


「初雪は、いつごろですか」


 彼女は、戸口の外の空を見上げた。


「……ふた月は、まだあるかね」


(……ふた月。六十日だ。)


 昼近く、ガルフとヘンドリックさんが下りてきた。


 ヘンドリックさんは、汗をかいていた。座って見ていただけの人の汗ではない。


「板は渡しました。……縄で縛って、上から石も積んどきましたぜ」

「ご苦労様、ガルフ。……ヘンドリックさんも」

「わしは、縄を持っただけじゃ」


 二人に水を渡してから、俺は聞いた。


「ヘンドリックさん。荷馬車は、この村に残っていますか」


 彼の顔から、笑いが消えた。


「……二台とも、持って行かれた」

「南へ」

「そうじゃ。荷を積むだけ積んで、それきりじゃ」


「馬は」

「去年、売った。……飼葉が買えんかったのでな」


 俺は、板に二行足した。


「……つまり、この村には、石を積む物も、引く物もない」

「そういうことになるな」


 俺は、そこで書いた行を、上から順に読み返した。


 ――人が四人。うち一人は膝、一人は台所。

 ――荷馬車なし。馬なし。

 ――食い物、四人分で春まで保たない。

 ――畑、二年放してある。

 ――初雪まで、ふた月。雪が来たら三月塞がる。


「ガルフ。うちの村から、ここまで荷馬車で何日だ」

「三日でさ。行きは空、帰りが積み荷ですから、往復で六日」


「積むのに」

「四人で三日、とヨナスの旦那が言ってましたな。……ただ、うちの若い衆なら、もう少し早い」


「三日でいいことにしよう。……速く見積もると、後で必ず足りなくなる」


 俺は、指を折った。


「往復六日。積みは、荷馬車が戻る間にやれる。……つまり、六日で一往復だ」


「へえ」


「初雪まで六十日。……六日で割れば、十回」


 俺は、そこで顔を上げた。


「荷馬車が一台なら、雪までに十台。二台なら二十台だ」


 ガルフが、ゆっくりと目を見開いた。


「……初めの一年で二十台、でしたな」


「そうだ。二台出せば、雪までに、ちょうど届く」


(……ぎりぎりだな。)

(一度でも往復を落とせば、その分は春まで動かない。)


「うちから、荷馬車を二台出す。……馬もだ」


「こっちで出しちまって、いいんですかい」

「石を買うのはうちだ。取りに行くのが筋だろう」


 俺は、そこで一つ息をついた。


「……ただ、積む人は、こちらでは出さない」


「なんでです。うちの若い衆を四人寄越しゃ、それで済むでしょうに」


「済む。……三年は済む」


 俺は、板の端を指で押さえた。


「だが、それをやると、この村は荷を出す場所になるだけだ。……人がいない村のままになる」


 ガルフは、しばらく何も言わなかった。


「……戻すんですかい。あの十人を」

「戻ってもらうしかない。……戻ってきた人が働いて、その手当がここに落ちないと、この村は立たない」


 日が傾いてから、伯爵が奥の部屋から出てきた。


 昨日より、少し顔色がいい。眠ったのだと思う。


「……マルタから聞きました。困りごとを、書き取っておられるとか」

「はい。……テオドール様からも、伺えますか」


 彼は、卓の向かいに腰を下ろした。

 そして、しばらく手元を見てから言った。


「一番悪い話を、まだ申し上げておりません」


 俺は、炭を置いて待った。


「あの採掘権は、まだ担保に入ったままです」


 部屋の空気が、少し変わった。


「……借りた金は」

「屋敷を建て替えるのに、鉱山を担保に入れました。……その鉱山が、掘り尽くしていると分かった」


 彼は、両手を膝の上で組んだ。


「担保が紙切れになったのです。ですから、誰も取り立てに来ない。……値打ちのない物を差し押さえても、手間が増えるだけですから」


 俺は、その言葉を、そのまま置いて考えた。


(……値打ちがないから、放っておかれた。)

(……こっちが値をつけたら、どうなる。)


「テオドール様」

「はい」


「私がその石に値をつけると、担保に値打ちが戻ります」


 伯爵の顔が、はっきりと強張った。


「……そうなりますか」

「なります。……荷車一台で銀貨五枚と申し上げた時点で、あの山には値がつきました」


 誰も、何も言わなかった。


「つまり、悪い話を持ってきたのは、私です」


 俺は、そこは誤魔化さずに言った。


「石を買うと言った瞬間に、あなたの借金を掘り起こしたことになる。……昨日、それに気づきませんでした」


 伯爵は、俺の顔を見ていた。


「……普通は、黙っておられるのでは」

「黙って始めて、取り立てが来たら、あなたは私に騙されたと思います。……そうなったら、十年の話が一年で終わります」


 俺は、板をめくった。


「伺いたいことが三つあります。……借りた先はどこか。今いくら残っているか。担保の証文は、どこにあるか」


 伯爵は、三つとも答えられなかった。


「……書付が、ありません」


「屋敷にも」

「屋敷は、売りました。……こちらへ移る時に、箱に詰めて運んだはずですが」


 彼は、そこで奥の部屋のほうを見た。


「先月、その箱が空になっていました」


 俺は、指先で板を叩いた。


(……古道の脇で見た、燃やした跡だ。)

(あれは帳面だけじゃない。……証文も一緒に燃えたか、持って行かれたかだ。)


「借りた先の名も、覚えておられませんか」

「証文には、金貸しの名が書いてありました。……ですが、金を持ってきたのは、いつも別の者でして」


「別の者」

「はい。……屋敷に出入りしていた商人が、間に立っておりました」


 俺は、その先を聞かなかった。


(……そこから先は、今日の話じゃない。)


「分かりました。……手はあります」


「手が、ですか」


「王都に写しがあるはずです」


 俺は、板に線を一本引いた。


「王家の土地に関わる権利は、王都の記録に残ります。……採掘権が誰の名で、いつ、何を担保に差し出されたか。そこまでは、たどれるはずです」


「……そのようなことが、できるのですか」

「うちには、書簡を届ける先があります」


 伯爵は、しばらく黙っていた。


「……慎一殿は、なぜ、そこまで」


「石が要るからです」


 俺は、そこは正直に答えた。


「それと、後始末の分からない取引を抱えて帰ると、うちの帳場が困ります」


 彼は、少しだけ笑った。

 この人が笑ったのを、初めて見た。


 夕餉の後、俺はマルタさんに一枚の紙を渡した。


「なんだい、これは」

「宿賃です」


 彼女の眉が、上がった。


「客から銭を取れって言うのかい」

「取っていただきます。……三晩の宿と、食事が三人分」


 俺は、その紙を卓の上へ滑らせた。


「うちの村の決まりで、外で世話になったら書き付けることになっています。……書いたものは、必ず払います」


「……銭は、要らないよ」

「では、書付だけ持っていてください」


 俺は、そこで少し声を落とした。


「明後日、話がどう転んでも、これはお支払いします。……石の話と、これは別ですので」


 マルタさんは、その紙を摘まみ上げて、しばらく見ていた。


「……あんた、銭より始末が悪いね」

「よく言われます」


 彼女は、紙を畳んで、竈の脇の棚に立てかけた。

 器と同じ向きに、きちんと立てて。


 夜。

 板を膝に載せて書いた。


 ――第百二十六日目。坑口、塞いだ。板三枚と縄、上に石。ガルフとヘンドリック殿。

 ――困りごとの聞き取り。食い物(四人分、春まで保たない)。畑二年放し。荷馬車二台とも南へ。馬は去年売却。

 ――初雪までふた月。六十日。雪が来れば三月塞がる。往復六日で十回。荷馬車二台なら二十台、ぎりぎり届く。

 ――荷馬車と馬はうちから出す。積む人は出さない。ここに人が戻らないと、村が村にならない。

 ――採掘権は担保に入ったまま。値打ちなしとされて放置されている。

 ――こちらが値をつけた時点で、担保に値打ちが戻る。取り立てが来る。持ち込んだのはこちら。

 ――証文なし。箱が先月空になっていた。金を運んでいたのは屋敷出入りの商人。

 ――王都の記録に写しがあるはず。ルナリア殿へ書簡。


 最後に、もう一行だけ足した。


 ――マルタ殿へ、宿賃の書付を渡した。石の話とは別勘定。


 炭を置いて、灯を消した。


(……明日で三日目だ。)

(返事をいただく前に、こちらから一つ、話さなければならない。)


 屋敷に出入りしていた商人の名を、あの人はまだ一度も口にしていない。

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