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【総務部長】チートで魔王を取引先に! おっさんの異世界スローライフハーレム計画  作者: 転生しすぎた人
第十章 王命の査察と信頼の利回り

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124/129

日報124:割れた瓶と、遅れてきた一人

 辺境に来てから第百二十三日目の朝。

 火を消して、まだ薄暗いうちに歩き出した。


 古道は、進むにつれて荒れていった。両側から下草が入り込み、真ん中の轍だけが道の形を残している。


「使ってるのは、荷馬車だけですな」

 ガルフが、足元を見ながら言った。

「人が歩いてりゃ、もっと道幅が残る」


 昼近く、道の脇に何かが散らばっているのを、ミオが先に見つけた。


 空の樽が二つ。片方は箍が外れて崩れている。

 その周りに、割れた瓶が十いくつ。青みがかった硝子の破片が、下草の中で光っていた。


「うちの瓶だ」


 ミオが、しゃがんで一つを摘まみ上げた。底の部分だけが割れずに残っていて、そこに焼き印が押してある。


 ――村の紋。


「シンイチ。これ、持って帰る?」

「置いていこう」


 彼女が、意外そうに顔を上げた。


「なんで。証にならない?」

「なる。……だが、こっちが拾って持ち帰ると、こっちが置いたと言われかねない」


「言われるかな」

「言う人は、いる。……そういう時に、こっちに何もないと困る」


 俺は、荷から板を出して、その場で書いた。


 ――古道の脇、廃村まで半日ほどの地点。空樽二、割れた瓶十数。村の紋あり。手を触れず。


「触ってないのに、書くの」

「見たことは書く。……持ってこなかったことも、一緒に書く」


 ミオは、破片をそっと元の草の上に戻した。


 少し先に、火を焚いた跡があった。

 ガルフが、灰の山を靴の先で崩して覗き込む。


「木の灰じゃねえですな。……紙と、布だ」

「燃やしたのか」

「へえ。しかも、慌ててる。……底のほうが燃え残ってまさぁ」


 彼は、焦げた紙片を一つ、つまみ上げて見せた。

 字は読めない。だが、罫のような線が引かれていた。


「帳面だな」

「そう見えます」


(……燃やす帳面がある、ということは、書いていたということだ。)


「これも、置いていこう」

「へえ」

「ただし、場所は覚えておいてくれ。……いつか、誰かがちゃんと調べに来る」


 昼過ぎ。

 道が緩い上りに変わったあたりで、ミオが急に足を止めた。


「人」


 俺は、彼女の指した先を見た。

 道の脇の岩に、誰かが腰を下ろしている。背中を丸めて、右の膝を両手で押さえていた。


 年寄りだった。荷を一つ、足元に置いている。


「近づくぞ。……ミオ、隠れなくていい」

「うん」


 こちらの足音に気づいて、その人が顔を上げた。

 俺たちを見て、それからミオを見た。目が、はっきりと強張った。


 俺は、五歩ほど手前で止まって、水袋を外した。


「歩けますか」


 返事はなかった。


「先にこれをどうぞ。……冷たくはありませんが」


 水袋を差し出して、それ以上は近づかずに待った。

 しばらくして、皺の寄った手が伸びてきた。


 年寄りは、二口飲んで、深く息を吐いた。


「……あんた方は」

「北の村へ行く者です」

「北」

「はい。あの廃村に、用があります」


 その人の顔が、また強張った。


「……行っても、もう誰もおらんよ」

「そうですか」


 俺は、それ以上は聞かずに、岩の隣に腰を下ろした。


「足を痛めましたか」

「昔からだ。……石段から落ちてな」


 彼は、右の膝を軽く叩いた。


「歩けんことはない。……ただ、荷を背負うと、半日でこうなる」


 その時、ミオが道の先へ数歩出て、地面を見ながら言った。


「じいさん。そっち行くなら、あと少し先で気をつけて」


 年寄りが、びくりと肩を動かした。


「……なんじゃ」

「石がゆるい。雨で下が抜けてる。……杖ついてても、ずるっといくよ」


 ミオは、それだけ言って、こちらを振り返った。


「戻ってきたほうが早いと思う。あっちの道、しばらく上りだし」


 年寄りは、しばらくミオを見ていた。

 目の強張りが、少しずつほどけていくのが分かった。


「……獣人の子が、道の心配をするのか」

「道の心配は誰でもするよ」

「そりゃ、そうじゃな」


 彼は、そこで初めて短く笑った。


「歩けるところまでで構いません。……荷は、うちの者が持ちます」


 俺がそう言うと、ガルフが何も言わずに前へ出て、足元の荷を担ぎ上げた。ずしりと音がした。


「重いな、こりゃ。……何が入ってるんで」

「鍬と、鎌だ」

「畑道具かい」

「……庭のだ」


 年寄りは、そこで少し口をつぐんだ。


「もう使う庭もないのに、置いてこられんかった」


 誰も、それには何も言わなかった。


「南へ行かれるところでしたか」


 俺が聞くと、彼は首を横に振った。


「行こうとした。……半日で、これじゃ」


「他の方は」

「先に出た。わしは後から来いと言われてな。……あれは、優しい言い方じゃ」


 彼は、そこで自分の膝を見た。


「置いていく、と言えん者たちなんじゃ。あそこにいるのは」


(……置いていくと言えない。)

(十二人が先に出て、一人が残された。……それでも、あの人たちを責める気にはなれない。)


「戻りますか。それとも、追いますか」


 年寄りは、しばらく道の先と、来た道を交互に見ていた。


「……戻る」

「分かりました」

「荷が、まだあそこにある。取りに戻るだけじゃ」


 嘘だな、と思ったが、口には出さなかった。

 誰も、あの荷を取りに戻る必要はない。鍬も鎌も、もうここにある。


「では、ご一緒します。……こちらも、そちらへ行くところでしたので」


「あんた方、何をしに」

「土地の話です」


 俺は、正直に答えた。


「あの村の土地を、うちが借りたい。……そのために、持ち主の権利を持っている家を探しています」


 年寄りの手が、水袋を握ったまま止まった。


「……それは」

「まだ、誰にも申し上げていません。まずは、あそこの方に一度お会いしたくて」


 彼は、何か言いかけて、やめた。

 そして、ゆっくりと立ち上がった。


「……ヘンドリックじゃ」

「慎一と申します。……ガルフと、ミオです」


「よろしくな」

 ミオが、あっさり手を振った。


 歩きながら、ヘンドリックはぽつぽつと喋った。俺のほうからは、あまり聞かなかった。


「何人で出られたのですか」

「十じゃ」


 彼は、指を折りもせずに答えた。


「あとの二人は、残ると言うた。……マルタと、下働きの娘が一人。あの二人は、頑固でな」


「十人は、皆さんご一緒に」

「いや。先に立って出て行ったのは、後から来た者たちじゃ」


 俺は、その言い方に引っかかった。


「後から」

「去年の終わりごろから、屋敷に出入りするようになった連中でな。……名も知らん」


 ヘンドリックは、そこで少し声を落とした。


「差配しとった男が、急に畳めと言い出したんじゃ。荷を出せ、紙は燃やせ、と」


「その方は」

「……知らん」


 そう言ったきり、彼は口を閉じた。

 嘘ではないのだろう。だが、全部でもない。


 俺も、それ以上は聞かなかった。


 日が傾いてから、道が丘の上に出た。


 ヘンドリックの足に合わせたので、思ったより進めなかった。だが、その丘からは、北の谷が一望できた。


 建物が並んでいる。数えて、十九。

 どれも屋根が傾いていて、人の気配は遠目にも薄い。


 ただ、一つだけ。

 谷の奥のほうで、煙が細く上がっていた。


「……煙が出とる」

 ヘンドリックが、目を細めた。

「まだ、誰か残っとるんじゃな」


「あなたは、誰が残っていると思いますか」


 彼は、少し考えてから、笑うでもなく言った。


「……マルタじゃろう。あれは、竈の火を落として出ていける女子じゃない」


 俺は、その名を聞いても、顔には出さなかった。


「明日の昼に、下りましょう」

「今からでも、下りられるが」

「暗くなってから、知らない人間が四人で訪ねたら、驚かせます」


 ヘンドリックは、俺の顔をしばらく見てから、頷いた。


「……律儀な男じゃな」


 夜。

 丘の裏手で火を熾した。ヘンドリックは、鍬の入った荷を膝の横に置いたまま、火のそばで眠ってしまった。


 ガルフが、火の向こうから小声で言った。


「慎一様。……あのじいさん、荷を取りに戻ると言ってましたがね」

「ああ」

「あの荷、鍬と鎌だけでしたぜ。他には何も入っちゃいねえ」


「知っている」

「なら、なんで」


 俺は、眠っているヘンドリックのほうを見た。


「戻る理由が、要るんだろう」

「……へえ」

「置いていかれた、と言わずに戻るには、取りに戻る物が要る。……そういう嘘は、崩さないほうがいい」


 ガルフは、しばらく黙ってから、枝を一本折って火にくべた。


「あんたは、そういうとこですぜ」

「どういうところだ」

「……いや。何でもねえです」


 俺は、板を出して書いた。


 ――第百二十三日目。古道の脇に空樽二、割れた瓶十数。村の紋あり。手は触れず。

 ――帳面らしき紙を燃やした跡。慌てた燃やし方。場所はガルフが覚えている。

 ――ヘンドリック殿と道で会う。膝を悪くしている。南へ出たのは十人。残るのは二人。マルタ殿と、下働きの娘。

 ――先に立って出たのは「後から来た者たち」。去年の終わりごろから屋敷に出入りしていたという。名は知らないとのこと。

 ――差配していた男が急に畳めと言い出した。荷を出せ、紙は燃やせ、と。

 ――ミオが道の危険を教えたことで、警戒が解けた。

 ――廃村、家屋十九。煙が一筋。


 最後に、もう一行だけ足した。


 ――竈の火を落として出ていけない人が、まだ中にいる。


 炭を置いて、谷のほうを見た。

 煙は、細いまま、まだ上がっている。


(……明日の昼だ。)

(水を一杯、いただけませんか、から始める。)

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