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【総務部長】チートで魔王を取引先に! おっさんの異世界スローライフハーレム計画  作者: 転生しすぎた人
第十章 王命の査察と信頼の利回り

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123/129

日報123:朝の湯と三日前の轍

 辺境に来てから第百二十二日目の朝。

 まだ暗いうちに作業場へ行くと、エリナとトランが先に来ていた。


「開けますか」

「頼む」


 石を張った箱の蓋が上がる。

 昨日の朝に入れた革袋に手を当てた。


 ――温かい。


 熱いとは言えない。だが、丸一日と一晩置いて、まだ手のひらに残る程度には温かかった。


「……まだ、ございますね」

 エリナが、灯を近づけて自分でも触れた。


「トラン。木のほうは」

「昨日の夕方で冷え切ってらぁ。……比べるのも気の毒だ」


 俺は、荷から紙を出して、三番の下に一行だけ書き足した。


 ――一昼夜置いて、まだ温かい。


「これだけは、持っていきたかった」

「間に合ってよかったな、大将」

「間に合った。……エリナ、氷が届いたら、同じやり方で頼む」

「承知いたしました」


 空が白む頃、門の前に人が出てきた。


 セシリアが書きつけの束を抱え、リリィが槍を立てて並び、ラグナが少し離れて立っている。ヴァレリウスは、見送りの列には入らず、見張り台の下から一度だけ頭を下げた。


「行ってくる。……六日から七日で戻る」

「お気をつけて」


 それだけだ。長く喋ると、かえって不安にさせる。


「リリィ。順番表、楽しみにしている」

「はい! 直しておきます!」


「ラグナ。……石を割るのは、無理をしないでくれ」

「……はい。行ってらっしゃいませ」


 セシリアは、最後に書きつけの束から一枚だけ抜いて、俺に差し出した。


「留守中の取り決めの、写しでございます」

「それは、君が持つものだろう」

「二枚作りました。……一枚は、シンイチ様がお持ちください」


「なぜだ」


 彼女は、目を伏せずに答えた。


「お戻りになるまで、私が勝手に書き換えないという証でございます。……それと」

「それと」

「お持ちいただければ、戻ってきて突き合わせる用ができます」


 俺は、その紙を受け取って、荷の一番上に入れた。


「……よく考えたな」

「紙のことしか、思いつきませんので」


 村を出て、北へ向かった。


 ガルフが先頭で、ミオがその少し前を歩き、俺が真ん中だ。荷は三人で分けている。氷炎石の板だけは、ガルフが自分の背に負った。


 昼近くになって、道が林の中へ入った。


「慎一様。一つ、聞いてもいいですかい」

「なんだろうか」

「あの伯爵さんに、なんで五枚も出すんで」


 俺は、少し驚いて彼を見た。


「昨日の話、聞いていたのか」

「ヨナスの旦那が、感心して喋ってましたぜ。……三枚で買えるものを五枚で買う領主は初めてだ、と」


 ガルフは、笑うでもなく前を向いたまま歩いている。


「手間の分しか払わないと、続かないからだ」

「そりゃ聞きました。……けど、それだけですかい」


 俺は、しばらく歩いてから答えた。


「それだけだ。……ただ、続かない仕事がどうなるかは、何度か見ている」


「へえ」

「石を掘る人が、来年もそこにいてくれないと、うちが困る。……情けの話じゃない」


 ガルフが、鼻から息を抜いた。


「……俺も、一度は要らねえと言われた側でさ」


 俺は、口を挟まずに続きを待った。


「山を追い出されて、掘るなと言われて。……それでも掘るしかねえから、夜に人の山へ入った」


「盗掘か」

「そうです。……食えなきゃ、やる」


 彼は、そこで首の後ろを掻いた。


「捕まって、腕を折られて、次の山へ行って、また同じことをやって。……そのうち、自分でも自分を要らねえ人間だと思うようになる」


 俺は、何と言えばいいのか分からずに、黙って歩いた。


「慎一様に拾われた時、正直、また使い潰されるんだと思ってましたぜ。……そういう拾われ方しか、知らなかったんで」


 俺は、足元の石を一つ避けてから言った。


「今は」


「今は、鉱山の帳簿を書いてまさぁ」

 ガルフは、そこでようやく笑った。

「三十年掘ってきて、帳簿を書かされたのは初めてだ」


「書きにくいか」

「へへ。……悪くねえです。俺の掘った量が、紙に残るってのは」


 しばらく、誰も何も言わなかった。


「だからね、慎一様」


 ガルフが、背中の荷を少し担ぎ直した。


「五枚のほうが効きますぜ。……三枚だと、あの伯爵さんは『やっぱり自分は値打ちなしだ』と思うだけだ」


 俺は、それを聞いて、少しの間、返す言葉を探した。


「……そういう言い方ができるのは、あんただけだな」

「へへっ」


 昼を過ぎて、道が開けたところで休んだ。

 ミオが木の上から降りてきて、俺の隣に座る。


「シンイチ」

「どうした」

「……あたし、向こうでしゃべらないほうがいい?」


 彼女は、干し肉を齧りながら、目を合わせずに言った。


「なぜだ」

「だって、獣人がべらべら喋ったら、警戒されるかなって」


「逆だ。しゃべってくれ」

「逆?」

「黙って立っている獣人のほうが、よっぽど怖がられる」


 ミオが、目を丸くした。


「……そういうもん?」

「そういうものだ。……人は、分からないものを怖がる。喋る相手のことは、そのうち怖がらなくなる」


「ふうん」


 彼女は、干し肉をもう一口齧った。


「じゃあ、何しゃべればいいの」

「道のこと。天気のこと。腹が減ったとか、そういうのでいい」

「それでいいんだ」

「それがいい」


 ガルフが、水袋を回しながら口を挟んだ。


「嬢ちゃん。飯のうまい不味いを言うのが一番でさ。……台所を預かってる人ってのは、それだけで気を許す」


「マルタさんって人?」

「そうだ」

 俺は、水を受け取りながら頷いた。

「……ガルフ、それは覚えておく」


 休みを終えて歩き出してから、ガルフがもう一つ聞いてきた。


「慎一様。……もし、向こうにオズワルドがいたら、どうしますかい」


 俺は、正直に答えた。


「決めていない」


「決めてない、ですかい」

「決めていない。……会ったことも、顔を見たこともない人だ。先に決めておいて、思っていたのと違ったら、こっちが引っ込みがつかなくなる」


「引っ込みがつかねえと、どうなります」

「引っ込みがつかない人間は、そこから先、間違いを認められなくなる。……それが一番まずい」


「じゃあ、その場で決めると」

「その場で見て、決める。……ただ、一つだけ先に決めてある」


「なんです」

「怒鳴らない。……向こうが何を言っても」


 ミオが、前を歩きながら振り返った。


「シンイチが怒鳴るとこ、見たことないけど」

「あるさ。……前の職場で、一度だけな」


 そう言うと、ミオはそれ以上聞かずに前へ向き直った。


 日が傾いてから、古道との合流点に出た。


 ミオが先に走って行って、道の真ん中でしゃがみ込んでいる。追いつくと、彼女は土に残った溝を指でなぞっていた。


「轍。……深い」

「新しいか」


 彼女は、少し考えてから首を振った。


「……三日は経ってる。雨のあとが、上に乗ってるから」


「三日か」


 ガルフが、しゃがんで自分でも溝を見た。


「積んでますな。この深さは、空じゃねえ」

「向きは」

「北から、南へ。……ここを抜けて、街道のほうへ出てます」


「南へ、か」

「はい」


「戻ってきた跡は」


 ミオが、道の端まで歩いて、それからしゃがんだままで首を横に振った。


「ない。……行った分だけ」


 俺は、その溝をしばらく見ていた。


(……クロウが数えた二台と、たぶん同じだ。)

(三日前。……こっちが箱を作っている間にも、向こうは荷を出している。)


「急ぐか」

 ガルフが、俺の顔を見た。


「急がない。……夜道で転んで、板を割ったら元も子もない」


 それでも、その日は暗くなるぎりぎりまで歩いた。


 日が完全に落ちる前に、ミオが道を外れて林へ入り、しばらくして戻ってきた。


「あっち。窪みになってて、火が外から見えない」

「水は」

「少し下りたところに、湧いてる」


「決まりだ。……頼む」


 夜。

 その窪みに火を熾して、三人で干し肉と堅焼きのパンを分けた。


 ガルフが、火に枝をくべながら、ぽつりと言った。


「慎一様。明日の晩には、廃村が見える所まで行けまさぁ」

「早いな」

「この足ならね。……ただ、着くのは明後日の昼でしょう」


「それでいい。……夜に着かないようにしてくれ」

「へえ。……なんでです」

「暗くなってから、知らない人間が三人で訪ねてきたら、俺だって戸を開けない」


 ガルフが、声を出さずに笑った。


「そりゃそうだ」


 ミオが先に横になり、ガルフが火の番に残った。

 俺は、膝の上に板を置いて、その日の分を書いた。


 ――第百二十二日目。朝、箱を開ける。一昼夜置いて、まだ温かい。紙に一行足した。

 ――村を発つ。同行、ガルフとミオ。荷は三人で分けた。

 ――古道の轍、三日前のもの。深い。北から南へ抜けている。積み荷あり。

 ――マルタ殿には、飯の話から入るとよい。ガルフの助言。


 最後に、もう一行だけ書き足した。


 ――五枚の理由。「三枚だと、あの伯爵さんは、やっぱり自分は値打ちなしだと思うだけだ」


 炭を置いて、火の向こうのガルフを見た。彼は、何を考えるでもなく枝を折って火にくべている。


(……この人は、要らないと言われたところから戻ってきた人だ。)

(同じことができる相手が、あと二日先にいる。)


 北の空には、まだ何も見えなかった。

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