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【総務部長】チートで魔王を取引先に! おっさんの異世界スローライフハーレム計画  作者: 転生しすぎた人
第十章 王命の査察と信頼の利回り

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122/130

日報122:冷めない箱と銀貨五枚

 辺境に来てから第百二十一日目の朝。

 作業場へ入ると、二つの箱が並べて置かれていた。


 右の箱は、内側が石で埋まっている。隅には細い布。

 左の箱は、木のままだ。


「張り終わりました」

 ラグナが、埃を払いながら立ち上がった。


「合わせは、どっちも同じにしてある」

 トランが、蓋を順に開け閉めしてみせる。

「片方だけ良く作っちゃ、比べる意味がねえからな」


「助かる。……そこまで揃えてくれたか」


 エリナが、湯を入れた革袋を二つ抱えて入ってきた。


「同じ量にしてございます」

「入れてくれ」


 湯気の立つ革袋が、それぞれの箱に収まった。蓋を閉じると、どちらも音もなく沈んで止まる。


「あとは、待つだけだ」

「どれくらい待ちましょう」

「半刻でいい。……差が出るなら、それくらいで出る。出なかったら、その時にまた考えよう」


 半刻して戻ると、作業場の人が増えていた。

 ガルフが腕を組み、ミオが箱の上に座りかけてラグナに下ろされている。リリィまで、槍を立てたまま覗きに来ていた。


「開けるぞ」


 まず、木のままの箱の蓋を上げた。

 手を入れる。革袋は、入れた時よりはっきりとぬるい。


「……ぬるいな」

「そんなものかと」

 エリナが、そのまま書き取った。


「次だ」


 右の蓋が上がった瞬間、湯気がふわりと立った。


「あ」

 ミオが、声を上げた。


 手を入れる。熱い。朝に入れた時と、ほとんど変わらない。


「……まだ熱いです」

 エリナの声が、少し高くなった。


「熱いな」


 トランが、俺の後ろから腕を伸ばして革袋に触れ、それから自分の掌をしばらく見ていた。


「……大将。こいつ、いけるんじゃねえか」

「いけるかもしれない。……ただ、大きなことを言うのは、まだ早い」


 俺は、蓋を戻した。


「夕方まで置いてみよう。……半刻でこれだけ違うなら、日が落ちる頃には、もっとはっきりする」


 昼前は、旅の荷の最後の確かめに使った。


 ガルフが縄を締め直し、ミオが自分の分の干し肉を数えている。荷馬車は使わない。三日の道を、身軽に歩いて詰める算段だ。


「シンイチ様」

 セシリアが、書きつけを抱えて隣に立った。

「一つだけ、伺っておきたいことがございます」

「どうぞ」


「夕方の結果が、思わしくなかった場合。……明日は、どうなさいますか」


「発つ」

「悪い結果でも、でございますか」

「持っていく。……『これだけしか保たなかった』も、立派な話だ」


 彼女が、意外そうな顔をした。


「向こうへ何を言うおつもりです」

「うまくいっていたら、『買わせてください』と言う。……駄目だったら、『一緒に調べさせてください』と言う。どっちにしても、話は始まる」


 俺は、そこで顔を上げた。


「始まらないのは、何も持っていかなかった時だけだ」


 セシリアは、しばらく黙ってから、書きつけに何か書き足した。


「……何を書いた」

「『領主は、悪い報せも荷に積む』と」

「やめてくれ。……そう書かれると、次から悪い報せが増える気がする」


 彼女が、めずらしく声を出して笑った。


 昼のうちに、もう一つ済ませておくことがあった。

 帳場へ回って、ヨナスの向かいに腰を下ろす。


「ヨナス殿。石の値を、今日のうちに決めておきたい」

「値、でございますか」

「向こうで『買います』と言うなら、いくらでとまで言わないと、ただの世間話になる」


「……難しゅうございます。売り買いされたことのない物には、相場がありませんので」

「相場がないなら、手間から積みましょう。……荷車一台の石を、坑口から掘り出して、うちまで運ぶ。何人で、何日かかりますか」


 ヨナスは、少し考えてから、指を折り始めた。


「捨て石ですから、掘る手間は要りません。積むだけでしたら、四人で三日ほどかと」

「道は」

「荷馬車で三日でございます。行きは空、帰りが積み荷ですから、実質は六日」


「人の日当と、馬の飼葉と、荷車の傷み。……足すと、いくらになりますか」


 彼は、算盤板の玉を三度ほど動かした。


「……荷車一台で、銀貨三枚といったところでしょう」


「では、五枚で買う」


 ヨナスの手が、止まった。


「……二枚も、上乗せなさるので」

「二枚が、あの人の取り分です。……手間の分しか払わないなら、あの人は働いても何も残らない。何も残らない仕事は、続かない」


「ですが、三枚でも受けるかと存じます。あちらは、今」

「受けるでしょうね。……だから、五枚にする」


 俺は、そこで炭を置いた。


「困っている相手から安く買った話は、必ずどこかで語り継がれます。……そういう相手とは、二度目の取引ができない。うちは、十年買い続けたいんです」


 ヨナスは、しばらく何も言わなかった。


「……番頭なら、三枚で買って、余った二枚を自分の手柄にしたでしょう」

「その番頭は、来年も同じ山から石を買えましたか」

「……いえ。買えた例が、思い当たりません」


「量も決めておきましょう。乾燥小屋一棟に、石は荷車で何台分でしたか」

「三台と伺っております」

「蔵と、箱と、里へ渡す一棟。……初めの一年で、二十台は要る」


「二十台で、銀貨百枚でございます」

「うちは、払えますか」

「……今の酒の商いなら、払えない額ではございません」


「なら、それで行きます」


(……銀貨十枚が、セシリアの裁量の上限だったな。)

(つまり荷車二台分だ。……あの数字の置き方は、そう外していなかったらしい。)


 日が傾いてから、作業場へ戻った。

 トランが灯を掲げ、皆が箱の周りに集まっている。


「では、左から」


 木の箱の革袋は、外の空気と変わらなかった。


「冷え切っております」

「そうだな。……次だ」


 右の蓋を開けた瞬間、また湯気が上がった。


 手を当てる。まだ、熱い。朝ほどではないが、ぬるいと言うにはほど遠い。


 誰も、しばらく声を出さなかった。


「……朝から、日が落ちるまでだぞ」

 ガルフが、掌を蓋の上に置いたまま言った。

「こりゃ、明日の朝でもまだ温いんじゃねえか」


「かもしれない」

「十日でも冷めねえ、なんてこともあり得ますぜ」


「あり得る。……だが、言うのはやめておこう」


 俺は、そこで皆を見回した。


「今日はっきりしたのは、この箱が熱の出入りを遅くする、ということだけだ。……だが、それだけあれば十分だ」


 ラグナが、灯の外から静かに言った。


「里の炉と、同じです」

「そうだな。……熱が出ていかないなら、入ってもこない」


「エリナ。明日の朝、もう一度だけ開けてくれ。……俺が発つ前に、その一度だけ見たい」

「かしこまりました」


「それと、一つ言っておく。……これは湯の話であって、氷の話じゃない」


「湯と氷は、違いますか」

「湯は冷める。氷は溶ける。……似ているが、同じじゃない」


 俺は、蓋の縁を指で撫でた。


「向こうで『一日保ちました』と言った次に、『氷ではどうなのか』と聞かれる。そこで答えられなかったら、その場で終わりだ。……氷が届いたら、今日と同じやり方でもう一度やる」


「承知いたしました」


 作業場を出ると、外はもう暗かった。

 門のそばに、ヴァレリウスが立っていた。


「見送りは、明日でいいんだが」

「明日は、人が多いかと思いますので」


 彼は、そう言って一度だけ頭を下げた。


「一つだけ、お伝えしておきたいことがございます」

「どうぞ」


「旦那様は、算勘に暗いお方でございました」


 俺は、少し意外に思って彼を見た。


(……主を悪く言わない人だ。その人が、自分から言いに来た。)


「数字が読めない、ということか」

「読めぬというより、お決めになれないのです。……三人が三通りのことを申し上げますと、三日お考えになって、結局どれもお選びになりません」


「決められない人か」

「はい。……ですから」


 彼は、そこで言葉を探すように黙った。


「……お決めになれない方は、決めてくれる者を、たいそう信じます」


「……それで、あの人はオズワルドを信じたのか」

「恐らくは」


 俺は、しばらく門柱を見ていた。


「向こうへ行けば、今度は俺がその席に座ることになるな。……決めてやる側の席だ」

「……はい」

「前に座った人間が、伯爵をここまで連れてきた」


「ヴァレリウス。……これは、俺への忠告か」

「差し出口でございました」

「いや。……助かった」


 俺は、荷のほうへ目をやってから、もう一度彼を見た。


「気をつける。……決めるのは、あの人だ。俺は、選べる形にして並べるだけにする」


 ヴァレリウスは、深く腰を折った。


「……ご無事で」


 夜。

 執務室で、明日持っていく紙を作った。


 最初は三枚書いた。読み返して、二枚に削った。もう一度読み返して、一枚にした。


 ――一、北の山に、鉄と銅の他に出る石がある。売れずに坑口へ捨てられている。

 ――二、その石は、熱を運ばない。囲えば、中の温度が変わりにくい。

 ――三、木の箱に張って試した。朝の湯が、日が落ちてもまだ熱かった。石のない箱は、半刻でぬるくなった。

 ――四、氷では試していない。まだ分からない。

 ――五、荷車一台につき銀貨五枚で買う。初めの一年で二十台。


 四番のところで、少し手が止まった。


(……書かなければ、話は良く聞こえる。)

(だが、書かない紙は、後で必ず高くつく。)


 筆を置いたところで、扉が叩かれた。

 トランが、丸めた羊皮紙を持って立っていた。


「大将。これも持ってけ」


 広げると、箱の絵だった。

 外から見た形と、内側を割って描いた図。石の並びと、隅の布の入り方まで描き込んである。


「……上手いな」

「字は苦手だが、物の形なら描ける」


「助かる。……俺は、書く言葉ばかり考えていた。向こうにいるのは屋敷の人たちだ。読ませるより、見せたほうが早いのにな」


「へっ。……ちゃんと持って帰ってこいよ」

「紙をか」

「あんたをだ」


 俺は、少し笑って、その絵を紙の下に重ねた。


 日報の最後に、こう書いた。


 ――第百二十一日目。内張り完了。二箱で比べた。石を張った箱は、朝の湯が日暮れてもまだ熱い。木のみの箱は、半刻でぬるくなり、日暮れには冷え切った。

 ――氷では未検証。紙にもそう書いた。氷が届いたら同じやり方でやり直すこと。

 ――石の値、荷車一台につき銀貨五枚。手間が三枚、残る二枚は先方の取り分。初年で二十台、銀貨百枚。

 ――伯爵は決められない人。決めてくれる者を信じる。ヴァレリウスの弁。こちらが決めてやらないこと。


 炭を置いて、荷の脇に紙を挟んだ。


(……持っていく物が、これで三つになった。)

(石の板が一枚。紙が一枚。それと、トランの絵が一枚。)


(何も持たずに頭を下げに行くはずだった話が、ここまで来た。)


(……明日の朝、発つ。)

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