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【総務部長】チートで魔王を取引先に! おっさんの異世界スローライフハーレム計画  作者: 転生しすぎた人
第十章 王命の査察と信頼の利回り

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116/129

日報116:五つの数字と空欄の一行

 辺境に来てから第百十五日目の朝。


 帳場へ回ると、ヨナスが羊皮紙を差し出してきた。

 安酒と砂糖を大口で捌ける店が五軒。


「一晩で、ここまで」

「思い出すだけですから。……この二軒は北の門に近いです。荷を北へ出すなら、この辺りで積みます。他の門では市場を突っ切りますので」

(人の動きが分かっている仕事だ。彼をこの村に留めたのは良い判断だったかもしれないな。)


 俺は、その二軒に印をつけた。


「助かります。……ただ、これを王都へ届ける手立てが今はない」


「飛脚便が、昨日出たばかりですね」

「ああ。戻るのは早くて十日後だ」


(……一人しかいない仕組みは、一度使ったら次が使えない。頭では分かっていたが、昨日作ったものが翌日に詰まるとは想定外だったな。)


 俺は、その場でエリナを呼んだ。


「予備の六人の試験を、十日に一度から五日に一度に早める事はできないだろうか」

「ずいぶん、お急ぎですね」

「それだけ偽物の件は、緊急性が高い案件なんだ」


「かしこまりました。……ですが、五日に一度となりますと、畑作業に遅れが」

「そうだな。……少しジークに相談してくる」


 そう言い畑へ回ると、ジークが苗床の覆いを外していた。


「慎一様! どうしました」

「頼みごとだ。飛脚便の予備に六人を借りているだろう。……あれを、五日に一度に増やしたい」

「五日に一度」


 ジークは手を止めた。


「半日ずつなら、今は回りますぜ。種を蒔き終わって、次の草取りが来るまでは手が空くんで。……ただ」


 彼は、畑の奥を指した。


「あの畝が色づいたら、そうはいきません。六人どころか、こっちが人を借りたいくらいです」

「いつ頃だ」

「ひと月半ってとこですかね。へへっ、俺の勘ですが」


「勘で十分だ」

 俺は、それを書き留めた。

「ひと月半経ったら、俺から聞きに行く。……忘れていたら、遠慮なく怒鳴ってくれ」

「慎一様が忘れますかね」

「忘れるかもしれないだろ。だから書い二人でチェックするんだ」


 ジークは、声を上げて笑った。


 昼前。門の見張りが、丘のほうを指した。


 ミオが帰ってきた。外套の裾が泥で重いが、足取りは軽い。


「ただいま」

「よく帰ってきた。……まず、それが一番だ」

「うん。ありがとう。それじゃ早速調べたことを報告するよ」


 だが俺は彼女が懐へ手をやるのを止めた。

「その前に、昼飯だ」

「別にいいのに」

「よくない。……偵察中の四日間、まともに火を通した物を食べていないだろう」


 ミオは目を丸くして、素直に腰を下ろした。


 食い終わってから、折り目のついた羊皮紙が広げられた。依頼した五項目は全部埋まっていた。


 一、建物は十九棟。うち、人が使っているのは四棟。

 二、人は十三人。男が九、女が四。年格好は、四十より上が多い。若いのは二人。

 三、荷馬車は二台。車輪の幅は、どちらも広い。

 四、煙は朝と晩。それと、昼のあいだ、ずっと。

 五、見張りは二人。立っているのは村の入り口じゃなくて、裏側の井戸の近く。


「……よく調べてくれた」

「言われた通りにしただけだよ」


 執務室にセシリアとエリナ、ヨナスを呼び、五つの数字を上から読んでいった。


「まず三番。車輪の幅が広い」

 俺は、その行を指でつついた。


「この馬車は山道用じゃないな。街道を走る荷馬車だ」

「では、古道は」

「うちの目を避ける時だけだろう。……普段は街道で、堂々と王都と行き来している」


「次に四番。昼も煙が出ている。……ヨナス殿これは、何をしている火だと思いますか」


「……おそらく砂糖の加工でしょう」

 ヨナスは、はっきりと答えた。


「色をつけるのに、砂糖を焦がすはずです。あれは火から目が離せません。弱い火でずっと誰かが付いていないと、苦くなって使い物になりませんので」


「朝と晩は飯。昼は、砂糖か」

「はい。……あとは、瓶をすすぐ湯かと」


(……ヨナスが二日前に言った通りだ。あの場所は安酒と砂糖を混ぜて、詰め替える場所だ。)


「五番。見張りが二人、裏側の井戸のほうにいた」

「街道側の入り口ではなく……ですか」

 セシリアが眉を寄せた。


「ミオ。その二人は、どっちを向いて立っていた」

「外。……村の外側」

「そっちに道は」

「あるよ。沢のほうへ下りる道。街道よりは遠回りになるけど、一応馬車も通る事は出来ると思う」


「街道から入る道もあるはずだが、そっちには誰も立てていなかった?」

「そうだね。私が見ている限りでは街道側には誰もいなかった」


「なら、この村の出入り口は普段裏手の井戸側だな」

 俺は、その行に線を引いた。


「それは、人手が足りないのでは」

「そうじゃない。……立てないようにしているんだ」


 部屋が静かになった。


「街道沿いに人が立っていれば、通りかかった誰かが気づく。人が居ると分かると何かで来てしまうかもしれないだろ?……だから、街道側はあえて空にしてある」

「そして、見えない側から出入りしている、と」

「そうだ。荷馬車も人も、街道から見えない道を通る。……あそこは街道から見れば、今も無人の村のままに見えるはずだ」


(……人手が足りないなりに、置く場所をちゃんと選んでいる。)

(隠し方を知っている人間が、あそこにいる。)


「二番に戻る。……若いのは二人、とあるが、いくつくらいだ」

「十四か、十五くらいかな。男の子と、女の子」


 俺は、それを書き足した。

「金で人を集めたなら、こうはならない。……重い物を運んで、火の番をして、瓶を洗う仕事だ。人を選べるなら、まず若い男を集める」

「年寄りと子供を選ぶ理由がないという事でしょうか?」

「そうだ。四十より上が多くて、女が四人、子供が二人。……これは、選んだ結果の顔ぶれじゃない」


「では、あの十三人は」

「もともと一緒にいた人たちが、そのまま移った。……そう考えたほうが、つじつまが合う」


「一番も、同じことを言っている」

 俺は、最初の行に戻った。

「十九棟あって、四棟。……人を増やしているなら、棟が一つずつ埋まっていくはずだ」

「だが、増やしていないから、四棟のままなんだ。……もともといた人数で、そのまま動いている」


「ヨナス殿。もう一つ、教えてください。……砂糖は、高級品でしょうか」


「白いものは薬種と同じ扱いで、貴族のお屋敷か高級菓子屋にしか回りません。……ですが、色づけに使うだけならば、もっと質の低く不純物も多い黒い物でも十分かと。それなら、庶民の台所にもございます」

「安くはないが、手は届く」

「そういうものかと」


(……なら、原価は賄える。安酒と、水と、黒い砂糖。十分の一の値でも、赤字にはならない。)


「荷馬車一台に、小瓶はどれくらい積めますか」

「割れぬように詰めますと、木箱で十五。一箱十二本として……百八十本ほどかと」

「二台で三百六十本。月に二度往復して、七百二十本になるかと」

 俺は、その数を書いた。

「王都に出回っている偽物は、月にどれくらいだと思いますか」


「……はっきりとは。ですが、多くて二、三百かと。安い店にしか置いておりませんし」


「運べる力を、半分も使っていないんだな」

 俺は、その数を丸で囲んだ。


(……値段は本物の十分の一。そこから砂糖代を引いて、瓶を洗う薪代を引いて、十三人を食わせる。)

(残りは、たかが知れている。……いや、月によっては、残らない。)


「エリナ。……マルクス伯爵は、破産している。破産した人に、元手が出せるか」


「……おそらく出せません」

 エリナが、ゆっくり答えた。

「お屋敷も鉱山も、手放しています。残っているのは、掘り尽くした山の権利だけかと」


「そうだ。伯爵が出せたのは、場所と人だけだ」

「あの廃村は王家の土地で、伯爵家は採掘権を持っていただけだ。値打ちなしと札を貼られた土地だから、誰も取り立てに来ない。……ただで使える」

「働いている人は、行き場のなかった使用人」

「そして、給金は出ていない。食い扶持だけだろう」


「では、砂糖を買う金は」

「別の誰かが出している」


(……オズワルドだ。店の権利も家財も売り払って消えたということは、ある程度まとまった金を持って出たということだ。)


「その金は、増えないな。……財産を売っただけの金だ。使えば減る。……オズワルドは、先代から継いだ店を燃やしながら、これをやっている」


「では、放っておけば、いずれ尽きると」

「尽きる。……そのうち、勝手に潰れるだろうな」

「では、待つ手も」

「待てない」


 俺は、丸で囲んだ数を見直した。


「いつ尽きるかが分からないからだ。ひと月かもしれないし、一年かも三年かもしれない。……その間ずっと、うちの名前で不味い酒が売られ続ける」

「向こうが倒れる頃には」

「森の雫の評価も、一緒に落ちている」


「そもそも、儲けるつもりなら、こんなやり方はしない」

「と、申しますと」

「荷馬車は半分しか使っていない。増やせば入るのに、やらない。……それに、中身だ」


「中身、でございますか」

「酒の評価に定評のある目利きが作っているのに、一口で分かるほど落としてある。……もう少しまともにして値を上げたほうが儲かるのに、それをやっていない」


(……儲けが目的なら、いくら廃業したとはいえ元商人がこんな下手を打つはずがない。)

(だが、目的が別なら、話は変わる。)


「ヨナス殿。……あれを飲んだ人は、なんと言っていましたか」


「……『森の雫ってのは、あんなもんか』と」


 それで、はっきりした。


「利益じゃない」

 俺は、炭を置いた。

「あれは、飲ませるために作られている。……一人でも多くの口に、森の雫の名前で」


「なぜ、そのようなことを」

「うちの酒の評判を落とすためだ。……本物を飲んだことのない人があれを飲んで、それを『森の雫』の味だと覚える。そして二度と、本物を買わない」


 誰も、しばらく口をきかなかった。


(……まずいな。手が一つ、使えなくなった。)

(番号を振って、面倒にして、割に合わなくすれば手を引く。儲けたい相手なら、儲からなくしてやればいいと思っていた。)

(だが、今回は違う。私怨により、こちらの評判を落としにきている。……しかも、自分が潰れても構わないと思うほどに。)


(昨日、俺はエリナに言った言葉を思い出していた。怒りは、こっちが冷めれば終わる、恨みは晴らすまで終わらないと。)


 俺はヴァレリウスが二日前に置いていった紙束に手を伸ばし、それから止めた。

 照らし合わせれば、あの十三人が誰かは分かる。だが、今から呼びつけて、夜中に一人で十二年を読み直させるのは酷だ。


「ミオ。人の顔を、覚えているうちに書き留めてくれ」

「今から?」

「今からだ。名前を決めるのは明日でいい。……今日やるのは、見たものを紙に移すことだけだ」

 俺は、白紙を渡した。

「見たことは、時間が経つほど薄くなる。」


「……なるほどね」


 左手の指が二本ない男。白髪を短く刈った、背の低い女。十四、五の男の子と女の子。膝の悪い年寄りが一人。

 ミオは思い出しながら、ゆっくりと書いていった。


(……明日、この紙に名前がつくかもしれない。)

(つかなければいい、と少しだけ思っている。……知らない誰かなら、ヴァレリウスもまだ楽だとおもう。)


 夜。

 日誌を書いていると、扉が叩かれた。ミオだった。もう休んだはずの時刻だ。


「シンイチ。……一つだけ、書かなかったことがある」

「なんだろうか」


 彼女は、珍しく言いにくそうにしていた。


「三日目の夕方に、水汲みの一人と目が合った気がする」

「……気がする」

「うん。向こうはすぐ、よそを向いた。……だから、たぶん見てないはず」


「なぜ、紙に書かなかった」

「だって、気がする、だもん」

「慎一が言ったんだよ。分からなかったものは、空欄のままでいいって。分からないことを埋めると、後で全部が疑わしくなるって」


 俺は、自分の言葉に殴られた気がした。


(……そうだ。俺がそう言った。数字を守らせるつもりで、数字にならないものを捨てさせていた。)


「ミオ。指示を一つ直す」

 俺は、炭を取った。

「分からないもの、空欄でいい。……だが、『気になる事』は書いてくれ。欄を分ける。数えたことと、感じたことを、別の場所に」


「怒らないの」

「怒るわけがない。……悪いのは、俺だ」


 彼女は、少しだけ目を細めて笑った。

「じゃあ、次から書く」


 彼女が出ていってから、日報の最後にこう書いた。


 ――第百十五日目。北の廃村、実地確認。建物十九、うち使用四。人十三、荷馬車二。

 ――出入りは井戸側の道。街道側は人を置かず、無人に見せている。

 ――元手は伯爵にあらず。別に出した者あり。その金は有限だが、尽きるのを待てぬ。

 ――偽造の目的は利得にあらず。当村の酒の評判を落とすことと判断。

 ――人相の書き取りを実施。名の照合は明朝、ヴァレリウス同席。

 ――偵察者より、発見された可能性の申告あり。以後、報告の欄を「数えたこと」と「感じたこと」に分ける。


 炭を置いて、窓の外を見た。

 北の空には、まだ何も見えない。


(……数字は、正しかった。ミオは、頼んだ通りに数えてきた。)

(だが、一番大事なことは、数字の外にあった。……三日も前に。)

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