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【総務部長】チートで魔王を取引先に! おっさんの異世界スローライフハーレム計画  作者: 転生しすぎた人
第十章 王命の査察と信頼の利回り

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115/129

日報115:二往復の試験と消えた酒屋

 辺境に来てから第百十四日目の朝。

 広場に、七人が集まっていた。


「馬に乗れる人に、集まってもらった」

 集まった顔を見渡す。若い男が四人、女が三人。ジークの下で畑作業をしている者が多い。

「村と王都の間を、書状だけを持って走る役を作りたい。宿場で馬を替えて、一人で駆け通す。……ただし、今日決めるのは一人だけだ」


「シンイチ様! 私が行きます!」

 手を挙げたのは、輪の外にいたリリィだった。


「気持ちはありがたい。だが、君は駄目だ」

「なぜですか! 私、馬なら村で二番目に上手いです!」


「そうかもしれない、でも……君は、村を守る側の人だからだ」

「ですが、書状は大事なお役目では」

「大事だ。だが、君が十日いない間に村で何かあったら、その書状に意味がなくなる」

 彼女は不満そうに頬を膨らませたが、それ以上は言わなかった。


「これから、試験をする」

「丘の向こうの水場まで、馬で往復してもらう。それを、二度」

「……ただし、速いだけが勝負じゃない」


「速さを、競わないので?」


「見るのは、君たちの速さだけじゃない。……二度目に戻った時、馬の疲れ具合も見る」


「馬の、ですか」


「今回の仕事は常に同じ速度での移動が求められる。……一度だけ飛ばせる人ではなく、何度でも同じ速さで戻ってこられるかが重要なんだ」


(……前の会社の採用面接でも、同じことを考えていたな。一発の見栄えより、来月も同じ品質で出せるかどうかが重要だった。)


 昼前に、結果が出た。一度目で一番速かった若者は、二度目に馬が言うことを聞かなくなった。二番手の男は、馬が汗だくで戻ってきた。


 選ばれたのは、ラルフという十七の若者だった。

 一度目は四番目。二度目は三番目。差は、ほとんどなかった。


「ラルフ。……悔しいか」


「え?」


「一番になれなかったことだ」

 彼は、馬の首を撫でながら、首を横に振った。

「いえ。俺、乗るのは上手くねえんです。……ただ、馬を急かすのだけは、嫌なんで」


 選ばれなかった六人が、馬を引いたまま黙っていた。


「言っておくが、今日外れた人は、駄目だったわけじゃない」


「けど、俺、二度目で馬を疲れさせちまいました」


「それはそうさ、疲れない走らせ方を、誰も教えていないんだからな」

 俺は、名簿の羊皮紙を広げた。


「今回参加した七人の名前は、全員残す。ラルフが動けない日や、二通同時に出す日も来る」

「明日から、六人で同じ試験を続けてくれ。十日に一度でいい。……落ち幅が小さくなった人から、二人目、三人目の飛脚便として活躍して欲しい」


「ラルフ、まずは君に頼みたい。……これは、村と王都を繋ぐ大切な仕事だ」

「お、俺なんかが、そんな」

「馬を大事にする、君だから頼んでいる」

 俺は、封をした紙と、綴じたての帳面を渡した。


「一つだけ約束してほしい。無理をして馬か君が倒れたら、書状は届かない。……きつい日は、宿場で一晩休んでいい。遅れた分を、俺は責めない」


「……いいんですか、それで」


「その代わり、休んだ日は必ず書いてくれ。何日目に、どこで、なぜ休んだか。……宿場で替えた馬の様子もだ」

 俺は、少し笑った。


「それがあれば、次の人がもっと楽に走れる」


「あと、宿場で馬を替える時は、着いた刻と出た刻を書いてくれ。……手間取っているなら、それは君のせいじゃなく、宿場の置き方が悪い」

「……刻を、書くだけでいいんですか」

「それだけでいい。書いてあれば、直すのはこっちの仕事だ」

「はい! わかりました!」


 昼過ぎ、ラルフは馬で村を出ていった。

 ラルフに持たせたのは、三行の紙と、宿代と、記録帳だけだ。


 見送りながら、エリナが小さく言った。

「……何かを送り出すのに、荷が軽いというのは、不思議な感じがしますね」

「そうだな。……だが、あれが村の血の巡りになる」


 その足で、乾燥小屋へ回った。

 トランが、割った木の断面を親指で押している。


「十五日目だ、大将。……外は乾いてる。中が、追いついてねえ。この棚だけ、五日延ばしてえ」

「延ばしてくれ。……生乾きで樽を組んだら、酒に渋みが出る。そっちのほうが高くつく」

「悪いな。予定が狂う」

「狂ったんじゃない。……割ったから、狂う前に分かっただけだ」


 工房では、フィリアが二つ目の欠片を削っていた。台座に嵌まる形まで、あと二日だという。


(……ミスリルは進んでいる。だが、南のまどろみの森も、東の常闇苔も、まだ手つかずだ。)

(レオンの締切が分かるのは、早くて十六日後。……それから南へ発つのでは、)


 そこで、背中が冷えた。


(……遅い。締切を知った日から人を選んで、荷を作って、道を調べる。それだけで十日は消える。)


「セラフィナ。南へ行く支度を、紙の上だけ先に組んでおいてくれ」

「まだ、日取りも決まっておりませんが」

「決まってからでは遅い。……誰が行くか、何を持つか、何日かかるか。そこまででいい」

「なるほど。……いつでも出られる形に、しておくのですね」

「そうだ。締切が来てから慌てるのは、たいてい支度をしていない側だ」


 午後。

 帳場へ回り、ヨナスの向かいに腰を下ろした。


「ヨナス殿。一つ、教えてほしいことがあります」

「はい」

「王都で、酒の味が分かる人間というのは、どれくらいいますか」


「商会の中でしたら、番頭と仕入れ方の二人。……レオン様は別格です。一口で熟成年数の違いまで言い当てられます」

「商会の外では」

「……一人、おりました」


「オズワルド、という男です。王都で一番古い酒屋の主人でした。……先代からの店で、貴族の屋敷にも卸していました」

「でした、というのは」

「店を、畳みました」

「うちの商会が『森の雫』を扱い始めて、ひと月ももちませんでした。……王都内の注文が、根こそぎこちらへ流れましたので」


(……そうか。うちの酒が、あの人の店を潰したのか。)


「慎一様。……商売ですから」

「うちが扱わなくても、いずれ誰かが同じことをしました」


「そうだな。……ただ、それで済ませると、俺は次も同じことをする」

「うちが王都に酒を入れた時、誰が困るかを、俺は一度も数えなかった。……売り先のことばかり考えていた」


(……前の会社でも、新製品が出るたびに、地方の小さな工場が一つずつ消えていた。俺はそれを、月次の資料の数字として見ていただけだ。)


「その人は、酒の目利きができる」

「はい。……たぶん、王都で一番」

「うちの酒も、飲んだことがある」

「もちろんです。あの日のパーティにも参加されていましたから」

「そして、うちに恨みがある」


 そこまで言って、口をつぐんだ。

(……三つ揃った。伯爵に足りなかったものが、全部この人にある。)


「ヨナス殿。オズワルド殿は、今どこに」


 彼は、しばらく黙ってから、つらそうな顔で言った。


「……店を畳んで、しばらくして、王都から消えました」

「消えた」

「店の権利も家財も売り払って、行き先も言わずに。……賭場の連中の間では、首をくくったんじゃないかという話まであるほどでした」

「それは、いつごろの話ですか」

「はっきりとは。……ただ、偽物が出回り始めるより、前です」


 炭を握った手が、机の上で止まった。


(……消えてから、偽物が並ぶまでに、しばらく間がある。)

(その間、どこで何をしていた。……いや、誰と会っていた。)


 夕刻。

 セシリアとエリナを呼び、ヴァレリウスの書いた束を机に広げた。


「この中に、酒屋の名前はあるか」

 三人で、出入りの商人の欄を追った。


 あった。

 破産の前まで、屋敷へ酒を納めていた店の名。その主人が、オズワルドだった。


「……繋がってしまいましたね」

 セシリアが、静かに言った。

「伯爵と、目利きが、元は客と店だ」

「片方は屋敷を失って、片方は店を失った。……失った者同士は、よく手を組む」


「では、どういたしましょう」

「先に、やらないことを決める。……オズワルドを、人手で探すのはやめる」

「王都で消えた人間を、うちの人数で見つけるのは無理だ。……人は、隠れられる」


「今夜のうちに、三つ動かす」

「一つ。人ではなく、物を追う。……安酒と、砂糖だ」

「買った先を、当たるので?」

「買った先は恐らく分からないだろう。名前は偽れる。……だが、値は偽れない」


「値、でございますか」

「誰かが安酒と砂糖を、毎月まとめて買い続けている。……なら、その二つは値が上がっているはずだ」

「売り手が『最近よく出るな』と思った時点で、値札が動く」


「……買った人が分からなくても、買われたことは分かる、と」

「そうだ。人は名前を隠せるが、相場は隠せない」


「ヨナス殿に、安酒と砂糖の値を、ふた月前から辿ってもらう。上がっていれば、それを大口で捌いた店を書き出す。……荷をどの門から出したかもだ。北の門から出ているなら、話が繋がる」


「二つ。ミオの持ち帰る数字と、ヴァレリウスの書いた使用人の名を突き合わせる。……廃村にあの屋敷の者がいるなら、人を集めたのは伯爵側だ」


「三つ目は」

「店を畳んだ時の記録を、ハンスとゲオルグに当たらせる。権利を誰が買ったか、家財を誰が引き取ったか。……人は消えられるが、売った物は消えないからな」


 セシリアが、わずかに首を傾げた。

「これで相手を潰すのですか?」

「潰すのは、最後の手だ」

「オズワルドは、腕のいい目利きだ。……その腕を、偽物にしか使えなくしたのは、こっちの商売でもある」


 エリナが、炭を持つ手を止めた。

「……慎一様は、あの方を、お恨みではないのですか」


「恨むほどのことは、されていないな」

「うちの名前でまずい酒を売られているんだ。腹は立っている。……ただ、それは怒っているだけで、恨みとは違う」

「怒りなら、こちらが冷静になれば終わる。だが恨みは違う。恨みは晴らすまで終わらない。」


「それに、本当に腕のいい目利きなら、このまま腐らせてしまうのはもったいないだろ」


「もったいない。……ですか」

 エリナはびっくりした様な顔でこちらを見ていた。


「ああ、そうさ」


 そういい、俺は窓の外をみた。

 外は、もう暗くなっていた。

 北の空には、まだ何も動いていない。ミオが帰るのは、早ければ明日だ。


(――北だ。)

(人がいなくて、誰にも見られなくて、水がある場所。……行き場を失った目利きが身を寄せるには、十分すぎる。)


 俺は、日報の最後にこう書いた。


 ――第百十四日目。飛脚便、初便発。走者ラルフ。予備の走者、六名を継続育成。

 ――乾燥棚一列、五日延長。南行きの支度、紙の上で先に着手。

 ――安酒と砂糖の値、ふた月前より照会。

 ――酒の目利き、一名特定。オズワルド。元・王都の酒商。伯爵家の出入り商人。

 ――当村の進出により廃業。その後、王都より行方知れず。


 最後の一行を書く時、炭が少し止まった。

(……この一行は、こちらの落ち度だ。)

(伯爵は金を出した。オズワルドは絵を描いた。……だが、そこへ人を追い込んだのは、たぶん、俺たちの商売だ。)

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