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【総務部長】チートで魔王を取引先に! おっさんの異世界スローライフハーレム計画  作者: 転生しすぎた人
第十章 王命の査察と信頼の利回り

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111/129

日報111:本物の証明と空き瓶の行方

 辺境に来てから第百四日目の午後。

 午前中の会議が終わった後も、俺は執務室に残っていた。

 机の上には、七つ目の項目だけを書いた羊皮紙が一枚。


「シンイチ様。……お顔が、怖いです」

 セシリアが茶を置きながら言った。

「怒っているように見えるか」

「いいえ。……考えている時の顔です」


 俺は、炭を握り直した。

(……まず、これを何の仕事として定義するかだ。取り締まりか、それとも別のものか。)


(前の会社で、うちの製品の型番を勝手に使った業者が出たことがあったな。営業は「訴えましょう」と息巻いて、法務は「証拠が足りない」と渋って、結局半年何も進まなかった。)

(あの時、動いたのは総務だった。……型番の管理を作り直して、うちの正規品には全部、管理番号を振ることにした。それだけで、翌年には問い合わせが止んだ。)


「セシリア。……悪いが、皆を集め直してもらえるか。夕方でいい」

「かしこまりました。……何か、思いつかれましたか」

「思い出した、が近い」


 夕方、俺は改めて数人を呼び集めた。

 セシリア、エリナ、ヨナス、それにハンスとゲオルグ。少人数で足りる話だ。


「偽物の件を、正式なプロジェクトにする。……ただし、最初に一つ確認させてほしい」

 俺は、全員の顔を見た。

「これは、偽物を作った奴を捕まえる仕事じゃない」


 ハンスが眉を上げた。

「慎一様。放っておくので?」

「捕まえるのは、王国の仕事だ。うちには捕まえる権限も、王都に人を張り付けておく余裕もない」

 俺は、羊皮紙に線を引いた。

「うちがやるべきなのは、本物だと証明できるようにすることだ」


「……証明するだけですか?」

 エリナが、静かに問う。

「まるで違う。偽物を一つ潰しても、次が出る。それを追い続けるのは、こちらが疲れるだけだ」

 俺は、炭で瓶を描いた。

「だが、本物を証明できる形があれば、偽物は勝手に価値を失う。……向こうが何本作ろうと、こちらの手間は増えない」


 ゲオルグが、感心したように唸った。

「なるほど。追いかけっこをしない、と」

「追いかけっこは、足の速いほうが勝つ。……俺は足が遅いけど…」


「では、どうやって証明を」

 セシリアが問う。

「まず、封蝋は駄目だ」

 俺は、はっきりと言った。

「白帆商会の帆の印は立派だが、印は真似される。現に、赤い蝋で似た形を作られている。……印が一種類しかない証明は、必ず破られる」


「ヨナス殿。伺いたい。……酒場の主人は、樽で仕入れますか。それとも瓶で」

 突然振られたヨナスが、慌てて背筋を伸ばした。

「安い店は樽です。……ですが、高い酒は瓶のまま出します。客に、瓶を見せるので」

「見せる。……つまり、飲む前に、客は瓶を見ているわけだ」

「はい」


 俺の中で、形が決まった。


「では、一本ごとに番号を振る」

「番号、ですか」

「うちが出荷する瓶、その一本ごとにだ。第何号、いつ詰めたか、どの樽から出したか。……全部、村の台帳に残す」

 エリナが、はっとした顔をした。

「……受入記録と、同じ考え方ですね」

「そうだ。入ってきた物を全部書くのと、出ていく物を全部書くのは、同じ仕事だ」


「番号なら、真似できるのでは」

「できる。だから、番号だけでは足りない」

 俺は、二本目の線を引いた。

「番号と、台帳が対になっていることが要点だ。……偽物を作る側は、番号を打つことはできても、村の台帳と一致させることはできない」


「客が、村の台帳を見られるわけではありませんが」

「見なくていい。白帆商会の店頭に、その月に出荷した番号の一覧を貼っておけばいい」

 俺は、続けた。

「同じ番号が二本あれば、どちらかが偽物だと分かる。一覧にない番号も同じだ。……そして何より、番号が振ってあること自体が、面倒くさい」

「面倒くさい、ですか」

「偽物を作る奴は、儲かるからやっている。……一本ずつ番号を確かめられる商品は、割に合わなくなる」


 ハンスが、にやりと笑った。

「割に合わなくして、追い払うわけですな」

「そうだ。潰すんじゃない。旨みを消す」


「ハンス、ゲオルグ。二人には、王都で調べてもらいたいことがある」

「へい」

「どの区域の、どういう店に並んでいるか。値段。仕入れ先を店主が何と言っているか。……買い集めるんじゃない。数えてくればいい」

「数える、で」

「そうだ。何軒のうち何軒に置いてあるか。それが分かれば、どこから流れているかの見当がつく」


「拠点は、あの宿を使わせてもらう。『謳う月亭』だ」

 俺は、そこで少し苦い気持ちになった。

(……あの亭主は、王都の噂なら何でも集めておくと言ってくれた。それきり、こちらから何も頼んでいない。)

「ゲオルグ。亭主に、正式に依頼を出したい。……月にいくら、と決めて払う。ただの好意で情報をもらうのは、今日でやめる」

「金を払うので?」

「払う。……好意は、いつか切れる。仕事は、続く」


「フィリアに、番号を打つ道具を頼む。木の栓の頭か、瓶の底に。……手で書くと真似されるが、あの人の刻む字なら、同じものを作れる職人は少ない」

「もう一つ、加えてもよろしいでしょうか」

 エリナが、帳面から顔を上げた。

「番号を、詰めた者の名前と一緒に残しませんか。……第何号は、誰が詰めたか。うちの中でも、後で辿れるように」

「――いい案だ」

 俺は、素直に感心した。

「うちの誰かが間違えた時にも、それで見つかる。……外を疑う仕組みだけ作って、内側を素通しにするのは、片手落ちだったな」

「シンイチ様。それは、時間がかかりませんか」

「かかる。だから、これは中期の手だ」

 俺は、羊皮紙を三つに区切った。


「短期。次の隊商に、今ある在庫の一覧を持たせる。何月何日に何本出荷したか、それだけでも今すぐ出せる」

「中期。番号と台帳の仕組みを作る。三月あれば形になる」

「長期は」

「――味だ」


 俺は、窓の外を見た。工房の方から、槌の音が響いている。


「今、トランとラグナが新しい樽を焼いている。あれが上手くいけば、今よりもう一段旨い酒ができる。……偽物が真似できるのは、色と瓶の形までだ。中身までは真似できない」


「シンイチ様は」

 セシリアが、少し呆れたように言った。

「いつも、最後は物を良くする話に戻られますね」

「そこしか、確かなものがないからだ」


「ヨナス殿。一つ、先に言っておきます」

 俺は、彼のほうへ向き直った。

「今回、あなたに王都へ行ってもらうつもりはありません」

「……俺が、一番詳しいはずですが」

「詳しいから、危ない」

 俺は、はっきりと言った。

「あなたは、依頼した側から見れば『仕事に失敗して村に取り込まれた男』です。王都で顔を見られたら、何をされるか分からない」

「……」

「知恵は、ここで貸してください。足は、ハンスとゲオルグが持っています」

 ヨナスは、しばらく黙ってから、小さく頷いた。

「……分かりました」


 話が一段落した時、そのヨナスが遠慮がちに手を挙げた。


「あの……一つ、気になることが」

「どうぞ」

「さっき、瓶の形が似ていると言いましたが。……あれ、似ているんじゃなくて」


 彼は、言葉を選ぶように、ゆっくりと言った。


「同じ、かもしれません」


 部屋の空気が、止まった。


「同じ、とは」

「持った時の重さと、底の厚みです。……本物を何百本と運んだ手が、そう言っています。あれは、似せて作った瓶じゃない。本物の瓶です」


 俺は、しばらく動けなかった。

(……そうか。作っていないんだ。)

(空になった本物の瓶を集めて、中身だけ入れ替えている。)


「エリナ。出荷した瓶の本数は、台帳にあるな」

「はい。ございます」

「回収した空き瓶の数は」

「――……」

 エリナの顔から、血の気が引いた。

「……ありません。空き瓶は、返ってきません。飲まれた後は、酒場のものですから」


「誰も数えていない」

 俺は、椅子の背に体を預けた。

(……出ていった物は数えていた。だが、出ていった先で捨てられた物は、誰の帳簿にも載っていない。)

(棚卸しは、倉庫の中しか見ない。倉庫を出た瞬間に、うちの目は届かなくなる。……そこを突かれたのか。)


「ヨナス殿。飲み終えた瓶は、酒場でどうしますか」

「裏に、まとめて置きます。……割れ物を捨てるのは金がかかるので、屑屋が引き取っていきます」

「屑屋は、選んで持っていきますか」

「いえ。まとめて、量りで」

「では、うちの瓶だけを選り分けて集めようとすれば」

 俺は、そこで言葉を切った。

「――手間がかかる。誰かが、わざわざそれをやっている」


「シンイチ様。では、犯人は」

 セシリアが、押し殺した声で問う。


「まだ言えない」

 俺は、正直に答えた。

「名前を先に挙げると、そいつに合う証拠だけを探すようになる。……査察官の逆をやることになる」


 だが、頭の中では、条件が一つ、はっきりと形になっていた。

 うちの瓶が、どこの店に、いつ、何本入ったかを知っている。

 空になる時期も分かる。

 そして、まとめて引き取っても誰にも怪しまれない。


「――ただ、うちの空き瓶を、まとめて集められる場所にいる人だ」


 言ってから、俺は自分の言葉の重さに気づいた。

(……その条件に一番きれいに当てはまるのは、うちの取引先だ。)

(……レオン。あんたのところの、誰かだ。)

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