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【総務部長】チートで魔王を取引先に! おっさんの異世界スローライフハーレム計画  作者: 転生しすぎた人
第十章 王命の査察と信頼の利回り

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110/129

日報110:積み残しの棚卸しと偽の琥珀

 辺境に来てから第百三日目の夕刻。

 馬車の音が街道の向こうへ消えると、村の空気が、音を立てて緩んだ。


 誰かが大きく息を吐き、それが伝染した。

 リリィが地面に座り込み、セラフィナが泣き出し、トランが「終わったのかよ!」と叫んで、それでようやく皆が笑った。


「皆、よくやってくれた」

 俺は、広場の真ん中で頭を下げた。

「三日間、誰も嘘をつかなかった。……それだけで、村は守られた」


 その夜は、久しぶりに酒を開けた。

 マリーが体調の記録の帳面を抱えたまま眠ってしまい、リズがその隣で同じように寝ていた。二人に毛布をかけてやる。この三日で一番大変だったのは、たぶんこの二人だ。


「シンイチ様。……終わりましたね」

 セシリアが、静かに隣へ来た。

「まだだ。報告書が王都に着いて、読まれて、判断が下るまではな。……ただ、できることは全部やった」


 俺は二杯でやめておいた。明日の朝、やることが山ほどある。


 辺境に来てから第百四日目の朝。

 俺は主要な面々を執務室に集め、羊皮紙を広げた。


「皆、集まってくれて感謝する。……今日は、積み残しの棚卸しをしたい」

「棚卸しって、査察は終わったんじゃねえのか」

 トランが眉をひそめる。

「終わったから、だ」

 俺は炭を握った。

「査察の間に『後でやる』と言ったことが六つある。今日決めておかないと、全部忘れる。……忘れた頃に、また同じことが起きる」


 一つずつ、書き出していく。


 一、白銀の弓の譲渡記録。ガエル殿の署名をもらう。

 二、王家へのミスリル納入。十六日後の隊商に積む。

 三、ヨナス殿の仕事と、その記録。

 四、樽と小瓶の量産体制。

 五、灰の里への橇と職人の派遣。

 六、レオンとの契約の整理。


「全部、査察で『後で』と言った話ですね」

 エリナが、帳面を開きながら言った。

「そうだ。……向こうは『未了』と書いて帰った。こちらが動かなければ、それは永久に未了のままになる」


「一つ目は、ミオに頼みたい」

「わかった。兄貴のとこでしょ」

「ああ。急がなくていい。文面はこちらで先に作って持たせる。……ガエル殿に考えさせるのは、こちらの怠慢だ」


「二つ目、トム」

「は、はいっ!」

「十六日後の隊商に、ミスリル鉱石を二台分積む。目録と受領印の手順は、エリナと詰めてほしい。……渡して終わりにしない。受け取った証拠まで持ち帰るのが仕事だ」

「わ、分かりました!」


「三つ目」

 俺は、部屋の隅のヨナスを見た。呼ばれるとは思っていなかったのか、彼は目を見開いた。


「ヨナス殿。あなたに、村で働いてもらいたい」

「……俺に、何ができると」

「伝票が書ける人が、この村には足りていません。エリナが全部一人で書いている。……担当者が一人しかいない仕事は、必ず腐る。それを俺は、北の山で嫌というほど見てきました」


 エリナが、はっと顔を上げた。


「エリナ。彼に受入と払出を分けて任せたい。君の仕事を取るんじゃない。君が倒れた時に、村が止まらないようにするためだ」

「……はい。お願いします」


「ヨナス殿。いつから何の仕事をしているかは、全部記録に残します。……あなたを守るためです」

 ヨナスは、何度か口を開きかけて、結局、深く頭を下げた。


「四つ目。樽と小瓶だ。……五十日近く『引き続き開発』のままになっている。そろそろ決着をつけたい」

「痛えとこ突きやがる」

 トランが頭を掻いた。

「作れねえわけじゃねえんだ。焼きは、もう物になった」

 トランが、太い指で樽の形を宙に描いた。

「大将に教わった、内側を焦がすやつ。あれで、一本二本なら言われた通りのもんが焼ける。……だが、数だ。数がどうにもならねえ」

「原因は?」

「木の乾燥だ」

 トランは、渋い顔で指を立てた。

「切ったばかりの木で組むと、後から縮んで隙間が空く。それだけならまだいい。……生乾きの木は、酒に木のえぐみが移っちまうんだ」


「……前に一度、試した」

 フィリアが、短く言った。

「トランが飲んで、吐き出した」

「思い出させんじゃねえ!」


「ちゃんと乾かすには」

「屋根の下に積んで、風を通して、ひたすら待つ。うちの木なら一年半だ。……それに、日向と日陰で反りやがる。こればっかりは腕でどうにかなる話じゃねえ」


 一年半。それでは、どんな計画も立たない。


「……あの」

 小さな声がした。

 壁際に立っていたラグナが、居心地悪そうに手を挙げていた。


「里には、木を乾かす小屋があります」

「小屋?」

「壁を、あの黒い石で囲ってあります。……火を絶やさない炉の、隣です」


 ガルフが、勢いよく立ち上がった。

「氷炎石か!」

「はい。中で小さい火を焚くと、熱が外へ逃げないので、ずっと同じ温かさのままです。……木を、そこに二十日入れます」


「一年半が、二十日だと!?」

 トランが吠えた。

 それから、急に黙り込んだ。


「……いや。理屈は通る」

 彼は、自分の手のひらを見つめていた。

「木が割れるのは、上っ面だけ先に乾いて、中が濡れたままだからだ。……ずっと同じ温かさなら、そうならねえ」


「急ぐと、割れます」

 ラグナが、静かに付け足した。

「だから、火は小さく、長く。……それと、時々、水を張った桶を中に置きます」

「桶……ああ、乾かしすぎねえためか」

 トランが、低く唸った。


(……人工の乾燥室だ。温度と湿りの管理まで、前の世界の木材乾燥そのものじゃないか。)

(数百年あの寒さと戦った人たちが、熱を逃がさない石で辿り着いた答えか。……こっちは同じ石を、倉庫で寝かせていた。)


「ガルフ。氷炎石の在庫は?」

「腐るほどある! 使い道がねえって、積んであったやつだ!」

「トラン。乾燥小屋を一棟、頼めるか」

「おうよ! ……嬢ちゃん、その小屋の寸法、覚えてるか」

「たぶん。……描けます」


 立ち上がりかけたラグナが、思い出したように振り返った。


「あと、焼き方も、少し違うかもしれません」

「焼き?」

「いきなり強い火で焦がすと、香りが飛びます。……まず弱い火で、長く炙ります。それから、一気に焦がします」

「二回、焼くのか」

「はい。祖の口伝です。……甘みが、出ます」


 トランが、しばらく口を開けたまま固まっていた。

 それから、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。


「……嬢ちゃん。今から一本、焼くぞ」

「はい」

「フィリア! 火加減と時間の記録を頼む!」

「……任せて」


 三人が飛び出していくのを、俺は止めなかった。

(……五十日動かなかった課題が、外から来た一人の言葉で動く。人を入れるってのは、そういうことだな。)


 残ったガルフが、感心したように唸った。

「大将。あの嬢ちゃん、預かりもんじゃなくなったな」

「ああ。今日から、うちの職人だ」

 俺は、羊皮紙の隅に一行足した。

 ――ラグナ。技術交換に加え、乾燥小屋の設計と製樽工程の助言者として登録。日付、本日。


「そんなもんまで書くのかよ」

「書くさ。……この工夫が里から来たもんだって、後で誰も言えなくなると困るからな」


「五つ目、灰の里への橇と職人。トランたちの手が空いてからだ。年内に十樽、麓まで下ろす」

 俺は、最後の項目に炭を置いた。


「六つ目。レオンとの契約だ。……エリナ、契約の写しを」


 広げられた羊皮紙を、俺は久しぶりに頭から読み直した。

 そして、あることに気づいた。


「……月産だ」

「はい?」

「うちがレオンと結んでいるのは、月ごとの最低納品数だ。熟成酒が月に百本、原酒が月に二百本。……四半期という言葉は、契約のどこにも出てこない」


 俺は、トムが持ち帰った伝言を思い出した。

 ――次の四半期分は、今の三倍を頼みたい。


「三倍が月三百本を指すのか、別の数え方なのか。……それすら、こちらは確かめていない」

(……数字が曖昧なまま走ると、必ずどこかで揉める。しかもうちは、その曖昧な数字を前提に、北の山まで行った。)


「トム。次の隊商で、レオンに三つ確認してほしい。四半期の締めはいつか。三倍とは何の三倍か。三十年物以上の本数制限は据え置きか」

「は、はいっ!」

「それと、今の体制で確実に出せる数を、こちらから正直に伝えてくれ。……足りない分は、今の段階で謝っておく」

「え、で、でも、それでは契約が」

「できない約束を先に飲むほうが、後で高くつく」


 その時だった。

 部屋の隅で、ヨナスがぽつりと言った。


「……あの。三倍というのは、数の話じゃないかもしれません」

 全員が振り返った。


「どういう意味です」

「王都で、ふた月ほど前から……『森の雫』を名乗る酒が、安い店にも並ぶようになりました」

 彼は、言いにくそうに続けた。

「俺も、賭場の帰りに一度飲みました。琥珀色で、瓶の形も似ていて。……ただ、味は」


「味は」

「……薄い水に、焦がした砂糖を混ぜたような味でした」


 背中を、冷たいものが伝っていく。


「値段は」

「本物の、十分の一ほどです。……だから、俺のような人間でも飲めました」

「瓶は」

「形は似ています。ただ、封の蝋が違う。本物は白帆商会の帆の印が入っていますが、あれはただの赤い蝋で」

「よく見ていますね」

「給仕でしたので。……本物を、何百本と運びましたから」


 俺は、羊皮紙の六つ目の下に、新しく七つ目を書き足した。


 七、『森の雫』を名乗る偽造品。王都での流通状況の確認。


「シンイチ様。……これは、まずいのでは」

 セシリアの声が、硬い。

「まずい。金の話じゃない」

 俺は、炭の先で瓶の形を描いた。

「安くて不味い酒が『森の雫』の名で出回れば、飲んだ人はその味を『森の雫』だと覚える。……一度ついた評判は、値下げでも量でも取り返せない」


(……そうか。レオンが三倍を求めた理由は、儲けじゃない。)

(本物で、棚を埋め返すつもりだ。……あの若造、こっちに何も言わずに、一人で戦っていたのか。)


 俺は、窓の外の北の空を見た。

 星屑のミスリルは、まだ革袋の中で眠っている。熟成魔法陣は、形にもなっていない。


(……間に合うか、じゃない。間に合わせる話だ。)

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