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【総務部長】チートで魔王を取引先に! おっさんの異世界スローライフハーレム計画  作者: 転生しすぎた人
第十章 王命の査察と信頼の利回り

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108/129

日報108:リズの労働条件と査察官の手帳

 辺境に来てから第百二日目の朝。

 面会の前に、俺はリズを膝の高さまで屈んで迎えた。


「リズ。これから、王都から来た人が君に話を聞く」

「こわい人?」

「怖くはない。……ただ、笑わない人だ」

「ふうん」

 リズは、少し首を傾げてから言った。

「トランさんも、はじめは笑わなかったよ」


 俺は思わず笑ってしまった。

「そうだな。……一つだけ約束してほしい。嘘をつかなくていい。分からないことは、分からないと言っていい。俺を庇わなくていい」

「かばうって?」

「俺がいい人に見えるように、答えを変えなくていい、ということだ」

 リズは、しばらく考えてから、大きく頷いた。

「うん。ほんとのこと言う」


 ヴォルムは、領主館の一室で待っていた。

 机の上には、昨日渡した書面が広げられている。リズの労働条件を書いたものだ。


「読みました」

 彼は、挨拶を飛ばして本題に入った。

「一日の回数、休息、体調の記録者、保護者、報酬の積立。……よく整っています」

「恐れ入ります」

「では、伺います。これは、いつ作られましたか」


 部屋の空気が、止まった。

(……来たな。ここで濁したら、全部終わる。)


「昨日です」

 俺は、はっきりと答えた。

「一昨日までは、ありませんでした」

「査察の前日に、ですか」

「はい」

「――それは、査察のためにお作りになったのでは」


 セシリアが、俺の隣で息を詰めるのが分かった。


「そう取られても仕方がないと思います」

 俺は認めた。

「ですが、一つだけ申し上げたい。本来この紙は、この子を村に迎えた日に作るべきものでした。……百日近く、遅れました。私の落ち度です」

「落ち度だと認めるのですね」

「認めます。書かなかった期間があったことは、消せませんので」


 ヴォルムは、しばらく手帳に何かを書いていた。

 それから、初めてリズのほうへ体を向けた。


「お嬢さん。少し、話を聞かせてください」

「うん」

「あなたは、この村で働いていますか」

 リズは、即答した。

「はたらいてる」


 書記官の炭が、紙の上を走った。


「――どなたに、やれと言われましたか」

「だれにも」

「では、なぜ」

「リズがやりたいから」

 彼女は、当たり前のことのように言った。

「シンイチさまは、つかれたら止めていいって言うの。ほんとに、毎回言うの。うるさいくらい」

「……うるさいくらい」

「うん。でも、リズが止めないの」

「なぜ」

「だって、リズがやると、みんながよろこぶから」


 ヴォルムの手が、止まった。


「では、もう一つ」

 彼は、少し声を落とした。

「もし明日から、一度もやらなくていいと言われたら、あなたはどうしますか」


 リズは、初めて長く黙った。

 小さな手が、服の裾を握りしめる。


「……こまる」

「なぜ、困るのですか」

「だって……リズ、それしかできないから」


 俺は、気づいたら口を開いていた。


「――それは、違う」

「佐藤殿。今は私が」

「申し訳ありません。ですが、これだけは訂正させてください」


 俺は、リズの前に膝をついた。


「リズ。君が明日から一度も魔力を使わなくなっても、この村は回る。少し貧しくなるだけだ。……酒の数が減って、レオンさんに謝りに行くことになる。それだけだ」

「……でも」

「君がここにいるのは、君が役に立つからじゃない。順番が逆なんだ」

 俺は、彼女の目を見た。

「君がここにいて、その上で、手伝ってくれている。……もし手伝いをやめても、君はここにいる。それは、変わらない」


 リズの目が、みるみる潤んだ。

 彼女は、それを見られたくなかったのか、俺の袖に顔を押しつけた。


 部屋が、静かになった。

 ヴォルムは、何も言わなかった。ただ、長いあいだ手帳に書き続けていた。


 扉が細く開いて、フィリアが顔を覗かせた。約束の時刻だったのだろう。

 リズは、俺の袖から顔を上げると、涙を拭いもせずにそちらへ駆けていった。

「……行こう」

 フィリアは、それだけ言ってリズの手を取った。

 二人が出ていった後、ヴォルムがぽつりと言った。

「あの職人が、迎えに来る決まりですか」

「決まりです。あの子を村に迎えた日から、そうしています」

「それも、書面に」

「あります。三枚目です」


 ヴォルムは、書面をめくり直した。

 書き終えると、彼は静かに立ち上がった。


「――報酬の積立の口座は、どちらに」

「エリナが管理しています。村の金庫とは別の箱で、鍵は二本。エリナと、保護者欄に名前のある者が一本ずつ」

「保護者欄には、エリナ殿の名前がありますが」

「はい。ですので、もう一本は俺ではなく、マリーが持っています」

「……なぜ、ご自分で持たないのです」

「金を出す者と、金を管理する者と、鍵を持つ者を、同じにしないためです」


 ヴォルムは、初めて――ほんの一瞬だけ、目を細めた。

「主計院と同じ考え方ですな」

「どこの世界でも、同じところに落ち着くものだと思います」


 部屋を出る前に、ヴォルムはマリーを呼ばせた。

「体調の記録は、あなたが」

「は、はいっ! 毎日、朝と、その、終わった後に……脈と、顔色と、手の震えを」

「震え、ですか」

「魔力を、使いすぎた人は、指先が震えます。……それが出たら、その日はもう、やらせません」

「止めた日は、記録に」

「あ、ありますっ! 五回、あります!」

 マリーは、自分でも驚くほど大きな声を出して、それから縮こまった。


 ヴォルムが、その頁を確かめた。

「……止めた記録があるほうが、信用できます」

 彼は、独り言のように言った。

「完璧な記録は、たいてい嘘ですので」


 その足で、彼はセラフィナの部屋へ寄った。

 昨日の朝までかかって仕上げた、二十日分の調査報告書がそこにある。


「王室主計院への提出分と、猊下への提出分。同じ内容でよろしいでしょうか」

 セラフィナが、緊張で裏返った声で言った。

「……要約が、三枚ですね」

「はい。……あの、多すぎましたか」

「いいえ」

 ヴォルムは、一枚目だけを読んだ。そして、二枚目以降をめくらずに閉じた。

「結論が最初に書いてある。……珍しい」

「そ、そういう指示でしたので!」

 彼は、それを聞いて、俺のほうを一度だけ見た。何も言わなかった。


 昼過ぎ、彼は村の中を歩いた。


 訓練場では、リリィとヴァレリウスの前で足を止めた。

「この隊は、誰の指揮下にありますか」

「臨時警備隊の総監督官兼指揮官は、セシリア殿であります」

 ヴァレリウスが、完璧な礼で答えた。

「あなたは元・騎士ですね。失脚した貴族に仕えていた」

「はい」

「その方の名は」

「マルクス伯爵であります」

 彼は、一切ためらわなかった。

「隠すつもりはありません。私は一度、この村の領主を街道で襲いました。その上で、拾われました」


 ヴォルムは、それも書いた。

 そして、俺のほうを見た。


「領主の私兵ではない、と」

「指揮系統は書面の通りです。彼らは王国の法の下にあります」

「……結構」


「一つ、申し添えてもよろしいでしょうか」

 セシリアが、一歩前に出た。

「私とリリィは第三隊からの出向です。書類は王都にございます。……ですが、私が今この村で剣を執っているのは、命令だからではありません」

「では、なぜです」

「守りたいものが、ここにあるからです」


 ヴォルムは、彼女の顔を数秒だけ見た。

「――それは、書きません。私の職分ではないので」

 その言い方は、不思議と、拒絶には聞こえなかった。


 村を歩く彼を、少し離れて追いながら、俺は妙なことを考えていた。


(……この人は、村の良いところを一つも褒めない。世界樹の若木の前も、素通りだった。)

(だが、悪いところも一つも指摘していない。……見たものを、ただ書いている。)

(前の会社にも一人いたな。何を持っていっても表情を変えない経理課長。あの人が判子を押した稟議は、役員会で誰も反対しなかった。……こういう人が信用されるのは、褒めないからだ。)


 夕刻。

 一日の検分を終えたヴォルムが、領主館の玄関で立ち止まった。


「佐藤殿。少し、よろしいか」

 書記官たちは、既に馬車へ戻っている。彼一人だった。


「一つ、申し上げておくことがあります。……本来、査察官が口にしてはならないことです」

 彼は、外套の襟を正した。


「私はこの村を査察するようにと命じられた際に、こう言われました」

 一拍。


「――『不備を見つけてこい』ではなく、『不備を、見つけてこい』と」


 俺は、その言い方の意味を、正確に理解した。


「つまり、あなたは」

「私は、この村を潰すために送られてきました」

 ヴォルムは、顔色一つ変えずに言った。


 俺は、すぐに言葉が出なかった。

(……この人は、それを承知で来て、承知のまま全部数えたのか。)


「……なぜ、それを私に」

「明日が最終日です。その前に申し上げておくべきだと、判断しました」

 彼は、馬車のほうへ一歩踏み出してから、振り返らずに続けた。


「私は、二十二年、主計院におります。その間に、七つの領地が潰れました」

「七つ」

「うち三つは、潰されるべきではありませんでした」


 初めて、その声に温度があった。

「私は、その三つの報告書を、書いた人間です」


 俺は、何と言えばいいのか分からなかった。

 慰めるのも、礼を言うのも、違う気がした。


「その上で申し上げます」

 ヴォルムは、そこでようやく振り返った。

「――私は、命じられた通りには書きません」

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