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【総務部長】チートで魔王を取引先に! おっさんの異世界スローライフハーレム計画  作者: 転生しすぎた人
第十章 王命の査察と信頼の利回り

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107/130

日報107:倉庫の検分と記録にない種

 辺境に来てから第百一日目の昼過ぎ。

 倉庫の扉を開けると、ヴォルムは中へ入る前に、まず外壁を一周した。


 窓の位置。錠前の数。扉が内側から開くか、外側からか。

 彼はそれを、一言も発さずに確かめてから、ようやく敷居をまたいだ。


「棚の順序は、帳簿と同じですか」

「はい。左手前から番号を振ってあります」

「では、そのように数えます。……フェルト、ザッハ」

 書記官の二人が、無言で羊皮紙を広げた。


 俺は、そこで一歩前に出た。


「ヴォルム主計官。数える前に、一つ、こちらからお出ししたいものがあります」

「順序が違います。私はまず現物を」

「その現物に関わる話です」


 俺は、油紙の包みを、机の上に置いた。


「本日未明、村外の者が持ち込んだものです。中身は確認していません。……開封は、あなたの立会いのもとでお願いしたい」


 ヴォルムの目が、初めて動いた。

 彼は包みには触れず、俺の顔を数秒だけ見た。


「……なぜ、自分で開けなかったのですか」

「私が先に開ければ、『中身を知った上で置いた』と書かれかねません」

「そう書かれるのが嫌なのですか」

「いいえ。そう書かれたら、あなたの報告が間違ったものになる」


 彼は、何も答えなかった。

 だが、手袋を外して、包みの結び目に手をかけた。


 油紙が開かれる。

 中から現れたのは、小指の先ほどの、赤黒い種だった。数は、二十粒ほど。


「マリーを呼んでもらえるか」

 俺が言うと、リリィが駆け出していった。


 息を切らせて現れたマリーは、種を一目見て、眼鏡の奥の目を見開いた。

「こ、これ……! 『月光草』の種です! 間違いありません!」

「断定できますか」

 ヴォルムが、初めて村の人間に直接口をきいた。

「は、はい。実の色と、種の窪みの形で……。マスター・ドミニクの下で、標本を、何十回も」


「あ、あの……!」

 マリーが、急に声を上げた。

「この種、乾かし方が、まだ新しいです。……採ってから、たぶん、ひと月経っていません」

「根拠は」

「殻の色です。古い種は、もっと黒くなります。……村の周りに月光草は生えていませんし、この時期に実がなる場所は、もっと南です」

 言い終えてから、彼女は自分が査察官に喋ったことに気づいて、真っ赤になって俺の後ろに隠れた。


(……よくやった、マリー。)

 俺は、内心でそれだけ言った。褒めるのは、後でいい。今褒めたら、彼女は倒れてしまう。


 書記官が、素早く何かを書きつけた。

 ヴォルムは、種を光に透かしてから、静かに言った。


「王国は、月光草の栽培と種子の所持を禁じています。……佐藤殿。あなたはこの草をご存じですね」

「知っています」

「なぜ」

「二ヶ月前、王都の薬師ギルドで、月光草の毒で倒れた少女の治療に立ち会いました。マスター・ドミニクと共に」

「――ええ」

 ヴォルムは、手帳をめくった。

「その記録は、私も読みました。……つまり、あなたはこの草の性質を、王国で最もよく知る者の一人です」


 空気が、はっきりと張り詰めた。

 セシリアの手が、剣の柄に触れかけて、止まった。


(……そうか。そういう組み立てか。)

 俺は、内心で舌を巻いていた。

(月光草を選んだのは、偶然じゃない。俺があの毒を扱えると知っている人間の仕込みだ。「知識があり」「動機があり」「現物がある」。三つ揃えば、人は簡単に有罪になる。)


「ヴォルム主計官。反論ではなく、記録をお見せしたい」

 俺は、エリナから受け取った帳面を開いた。


「一つ目。本日未明の受入記録です。持ち込んだ者の名はヨナス。提出は本人の意思によるもの。立会人は私と、そこにいるセシリア。……そして、ヨナス本人の署名があります」

 ヴォルムは、その頁を長く見た。

「本人が、自分で書いたのですか」

「はい」

「……字が震えていますね」

「凍えていましたので」


「二つ目。この村が正式に受け入れた種の記録です」

 俺は、別の頁を開いた。

「第三十日目、マスター・ドミニクより、薬草の種の贈与。品目、数量、受領者マリー。現在の保管場所はマリーの研究室、鍵は本人と私の二本のみ。播種した分の栽培記録も、日付順に残っています」


 俺は、二つの頁を並べて置いた。


「うちの倉庫には、入ってきた物が全て書いてあります。……ですから、この種のように記録にない物がここにあるなら、それは今日、外から持ち込まれたものです」

「証明にはなりません」

 ヴォルムは、即座に返した。

「あなたが後から書いた可能性が残ります」

「ええ。ですから、数えてください」


 俺は、倉庫の棚を示した。


「棚の一番から順に、全部です。帳簿の数字と、現物の数が合っているかどうか。……合っていれば、この帳簿は毎日つけられていたものだと分かります。一日でも手を抜けば、必ずどこかがずれますので」


 ヴォルムは、しばらく俺を見ていた。

 それから、外套の袖をまくった。


「……フェルト。棚の一番から。ザッハは帳簿を読み上げなさい」

「主計官殿、全てとなりますと、日が暮れます」

「暮れて結構。私は仕事に来ました」


 驚いたのは、ヴォルム自身が数え始めたことだった。

 書記官のフェルトが慌てて止めようとしたが、彼は取り合わなかった。

「他人の数えた数を、そのまま書くわけにはいきません」


 数え始めてから、二刻が過ぎた。

 蝋燭が運び込まれ、書記官の声とヴォルムの短い相槌だけが、倉庫に響き続けた。


 エリナが、棚と棚の間に立って待機していた。

 数が合わない箇所があるたび――といっても、それは数え間違いだったが――彼女は即座に該当する頁を開いて差し出した。

「第七十六日目に、二袋を薬草の乾燥小屋へ移しております。棚の番号は変わっておりません」

「……なるほど。移動も記録しているのですか」

「はい。動かした者の名前も」


 ヴォルムの手が、一瞬止まった。


「佐藤殿。一つ、伺ってよろしいか」

 彼は、麻袋を数えながら言った。

「なぜ、毎日数えるのです。この規模の村には、明らかに過剰でしょう」

「過剰です」

 俺は、正直に答えた。

「ですが、数えていない期間があると、その期間に何があったかを誰も言えなくなる。……今日みたいな日に、一番困るのがそれです」

「今日みたいな日は、そう来ません」

「ええ。だから、来ない日のためにやっています」


 ヴォルムは、それきり何も言わなかった。

 だが、袋を数える手つきが、少しだけ速くなった気がした。


 ――麻袋、二十七。帳簿、二十七。

 ――塩、樽で四。帳簿、四。

 ――氷炎石、原石で十一。帳簿、十一。


 最後の棚を数え終えた時、フェルトという若い書記官が、額の汗を拭って言った。

「……全て、一致しております」

「一件の差異もなく、ですか」

「はい。一件も」

「もう一度、確かめなさい」

「え」

「二度数えて同じなら、それは事実です。一度では、まだ願望です」


 書記官が泣きそうな顔をしたので、俺はエリナに目配せをして、村の若い者を数人手伝いに寄越してもらった。

 二度目も、数字は動かなかった。


 ヴォルムは、帳面を閉じた。


「ヨナスという者を、ここへ」


 連れてこられたヨナスは、査察官の姿を見て一度だけ足がすくんだが、それでも自分で歩いて前に出た。

 ヴォルムの尋問は短かった。誰に頼まれたか。いくらで。どこへ置けと言われたか。

 ヨナスは、俺が同席していない場所で答えたいと言われ、俺は素直に外へ出た。


 半刻後、扉が開いた。


「佐藤殿。本件について、この村の責に帰すべき点は、現時点では認められません」

 ヴォルムは、感情のない声で言った。

「あの者の証言と、記録と、在庫の一致。この三つが揃っています。……これ以上は、私の職分ではない」

「誰が送ったかは、追われないのですか」

「私は主計官です。数えることしかできません」

 彼は、そこで初めて、ほんのわずかに口の端を動かした。

「ただし、報告書には全て書きます。……読んだ者が何をするかは、その者の職分でしょう」


 俺は、頭を下げた。

「記録の写しを、お持ちください。ヨナス殿の署名の頁も含めて」

「……いただきます」


「あの者は、どうされるおつもりです」

 ヴォルムが、少し間を置いてから問うた。

「王都へ送れば、罪に問われます。ここに置けば、あなたが庇ったと書かれる」

「置きます」

 俺は、即答した。

「あの人は、包みを差し出して、名前を書いた。……その後で放り出したら、次に同じ立場になった人間は、誰も差し出さなくなる」

「感情論ですな」

「いいえ、仕組みの話です。正直に言った人が損をする村では、誰も正直に言わなくなる」


 ヴォルムは、しばらく黙っていた。

「……その一文も、報告に書きます」

「どうぞ」


 倉庫を出ると、外はもう暗かった。

 ヴォルムは、村の灯りを一度見渡してから、俺に向き直った。


「佐藤殿。明日の朝、一つ、お願いがあります」

「なんなりと」


「この村で最も魔力の強い者に、会わせていただきたい」


 俺の背中を、冷たいものが伝った。

(……来たか。)

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