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【総務部長】チートで魔王を取引先に! おっさんの異世界スローライフハーレム計画  作者: 転生しすぎた人
第十章 王命の査察と信頼の利回り

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106/129

日報106:東の丘の男と受入記録

 辺境に来てから第百一日目の未明。

 東の丘の窪みに、その男はいた。


「連れてきたよ」

 ミオが、担ぐようにして男を運び込んできた。抵抗はなかったらしい。

 薄い外套一枚。唇が紫色になっている。三日、火も焚かずにあの丘にいたのだ。


「どうやって見つけた」

「匂い」

 ミオは、当たり前のことのように答えた。

「三日も同じ場所にいたら、そこだけ匂いが濃くなる。……あと、この人、村のほうばっかり見てた。斥候なら、逃げ道のほうも見る」

(……素人だな。悪い意味じゃなく、この人は本職じゃない。)


「縛らなくていい。……エリナ、温かいものを頼めるか。それと、乾いた毛布を」

「かしこまりました」

「し、縛らないので?」

 男が、震える声で言った。

「凍えている人を縛る理由がない。……逃げたければ逃げてください。その足では、丘の下までも保たないでしょうが」


 男は、出された粥を、火傷しそうな勢いで飲み込んだ。

 三杯目を置いた頃、ようやく人間の顔つきに戻った。


「お名前を伺っても」

「……ヨナス」

「ヨナス殿。あなたは、なぜ三日も、あんな場所に」

「……査察団の、先触れです。到着の下見を」


 俺は、頷いた。

「では、記録に残させてください」

「え」

「うちの村は、外から来た人を全員、受入記録に書くことにしています。名前、用件、依頼主、滞在の期間。……ここに、あなたの口から言った通りを書きます」

 俺は羊皮紙を広げ、炭を持った。

「依頼主は、どちらでしょう。王室主計院ですか」


 ヨナスの手が止まった。

 粥の器を持ったまま、彼は動かなくなった。


(……嘘は、書かせなければいい。書けと言われた瞬間に、たいていの人は書けなくなる。)


「……書かないでください」

「では、本当のことを伺えますか」

 俺は炭を置いた。

「言っておきますが、あなたを役人に突き出すつもりはありません。……そちらのほうが、あなたにとって危ない」

「なぜ」

「口を割る前に、消されるからです」


 ヨナスは、長いこと黙っていた。

 やがて、外套の内側から、油紙で厳重に包まれた小さな包みを取り出し、机の上に置いた。


「……これを、この村のどこかに置いてこい、と」

「置く場所の指定は」

「倉庫です。査察が入る前に、荷の奥に」

「中身はご存じですか」

「知りません。知らないほうがいいと言われました」


 俺は、包みに手を伸ばしかけて――やめた。


「開けません」

「え?」

「俺が開けたら、『領主が中身を確認した上で置いた』と言われかねない。……このまま、封をしたままにしておきます」


 俺は、受入記録の帳面を開いた。

 そして、今日の日付の欄に、ゆっくりと書き込んだ。


 ――第百一日目未明。東の丘にて、村外の者一名を保護。

 ――所持品として、油紙に包まれた小包一個を任意提出。未開封のまま領主館にて保管。

 ――提出者ヨナス。依頼主については本人が明かさず。


「立会人の欄に、二人分の名前が要ります」

 俺は顔を上げた。

「セシリア。それと、ヨナス殿。……あなたにも、ここに書いてもらいたい」

「お、俺が?」

「あなたが差し出したものだと、あなた自身が証明する形になります。……そうしておかないと、後で『領主が勝手に用意した』と言われる」


 ヨナスの手が、震えていた。

「……俺は、あんたを陥れに来たんだぞ」

「ええ」

「なんで、名前を書かせるだけなんだ」

「あなたを罰しても、包みは消えないからです」

 俺は、正直に答えた。

「消えないなら、正しく残すしかない。……それに、あなたを縛って倉庫に転がしておいても、査察官は『領主が人を監禁している』としか書きません」


 彼は、震える手で、たどたどしく自分の名を書いた。

 その字を見て、俺は少し驚いた。

 震えているのに、行が真っ直ぐだった。数字の書き方に癖がない。長いこと伝票を書いてきた人間の字だ。


「……ヨナス殿。あなた、商会にお勤めでしたね」

 男の肩が、跳ねた。

「白帆商会でしょう。給仕として、伝票も任されていた」

「……なぜ、それを」

「字です。それと、粥の器の置き方。……縁を持たずに、底を持って置いた。客に出す癖が抜けていない」


 俺は、二ヶ月前の王都を思い出していた。

(……レオンが捕らえたのは、古参の給仕一人だけだった。鼠は二匹いると、俺は言ったんだ。……もう一匹が、ここに座っている。)


「借金ですか」

 俺が問うと、ヨナスは顔を伏せた。

「……賭場です。全部、擦った。仲介人の男が、これをやれば帳消しにしてやると」

「その仲介人の名は」

「知りません。……本当に、知らないんです。いつも、向こうから来る」


(……末端まで名前が届かないようにしてある。よくできた仕組みだ。腹は立つが。)


「ヨナス殿。一つ、提案があります」

「……なんです」

「今日、査察が終わるまで、この村にいてください。逃げても構いませんが、逃げれば、あなたは仕事に失敗した男になる」

「……そうなったら、俺は」

「ええ。だから、いてほしい。あなたがここにいて、名前が記録に載っているというだけで、依頼した側は手が出せなくなります」


 ヨナスを客間へ送った後、廊下でルナリアが待っていた。

 壁に背を預けたまま、腕を組んでいる。


「聞いておりましたわ。……あの者、宰相府の末端ですわね」

「おそらくは」

「捕らえて王都へ送れば、宰相の尻尾を掴めますのに」

「掴んだ尻尾は、切られて終わりです」

 俺は、正直に答えた。

「それに、倒さないと決めましたので」

「本当に、つまらない方」

 彼女は呆れたように言ってから、少しだけ表情を緩めた。


「王女殿下。今日一日、お願いがあります」

「姿を見せるな、でしょう」

「……先に言われてしまいました」

「元よりそのつもりですわ。……厨房の裏で、エリナ殿の手伝いでもしております」

「王女に芋の皮を剥かせたと知られたら、それこそ査察ものです」

「では、内緒にいたしましょう」


 朝、俺は仲間を広場に集めた。


「昨夜のうちに、外部の者が一名、村へ入りかけた。既に保護している。持ち込まれた物は未開封で保管中だ」

 ざわめきが起きたが、俺は続けた。

「一つだけ、頼みたいことがある。……今日は誰も、あの包みに触らないでほしい。触れば、触った人が疑われる」


「シンイチ様。倉庫の警備を増やしますか」

 リリィが問う。

「いや、増やさない。今日だけ警備が厚いのは不自然だ。……いつも通りでいい」


「よろしいのですか」

 セシリアが、押し殺した声で言った。

「もし、あの男以外にも運び手がいたら。……今この瞬間にも、倉庫の荷の奥に、何か置かれているかもしれません」

「置かれていても、構わない」

「構わない、とは」

「うちの倉庫には、入ってきた物が全部書いてある」

 俺は、エリナの帳面を指した。

「いつ、誰が、何を、いくつ持ち込んだか。エリナが開村の日から一日も欠かさずつけている。……だから、記録にない物がそこにあれば、それは村の物じゃないと証明できる」


 セシリアの目が、見開かれた。

「……逆に、なるのですか」

「なる。隠し込まれた側にとって、一番怖いのは『いつからそこにあったか分からない』ことだ。……それが分かる村では、隠し込みは効かない」

(……棚卸しってのは、盗まれないためにやるんじゃない。盗まれた時に、それを言えるようにするためにやるんだ。)


 俺は、集まった顔を見渡した。


「それと、皆に一つ伝えておきたい。今日、査察官は村の悪いところを探しに来る。見つかったら、それは俺の責任だ。皆が隠す必要はない。……聞かれたことに、正直に答えてくれればいい」


 バルドが、ぼそりと言った。

「俺は、しゃべるのが下手だ」

「なら『分かりません』でいい。それが一番正直な答えだ」

 村人たちの間から、小さく笑いが漏れた。張りつめていた空気が、そこで少し緩んだ。


 辺境に来てから第百一日目の昼。

 街道の向こうに、砂埃が立った。


 馬車が二台。護衛の騎士が六騎。

 村の入り口に立ったのは、痩せた、背の高い男だった。

 役人の外套に、埃一つない。長旅の後だというのに、襟元まで正確に整えられている。


「王室主計院、主計官ハインリヒ・ヴォルム」

 彼は、名乗りだけを寄越した。愛想は、一片もなかった。


「辺境調査区画統治責任者、佐藤慎一です。遠路、ご苦労様でした」

「ご苦労は結構。私は仕事に来ました」

 ヴォルムは、俺の顔をほとんど見なかった。視線は、俺の背後の村を、端から端へ、正確に走っていた。


「宿と食事は不要です。持参しております。……村の物を口に入れると、報告が濁りますので」

(……徹底しているな。この人は、賄賂を断るというより、疑われる形そのものを避けている。)


「承知しました。では、そのように」

 俺が食い下がらなかったことに、ヴォルムはわずかに眉を動かした。

「……止めないのですか。大抵の領主は、まず馳走で私を足止めしようとします」

「ご自分の流儀をお持ちの方の邪魔をしても、時間を損するだけですので」

「……ほう」

 彼は、初めて手帳を取り出し、何かを書きつけた。何を書かれたのかは、分からない。


「承知しました。では、こちらの用意した書類から――」

「いえ」

 ヴォルムは、初めて俺を正面から見た。


「最初に見たいのは、倉庫です」

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