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【総務部長】チートで魔王を取引先に! おっさんの異世界スローライフハーレム計画  作者: 転生しすぎた人
第十章 王命の査察と信頼の利回り

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103/128

日報103:帰路の想定問答と迎えの灯り

 辺境に来てから第九十日目の朝。

 灰の里の門は、来た時とは逆に、大きく開いていた。


 見送りに出てきたのは、里のほとんど全員だった。ドルグの姿だけがない。彼は昨日のうちに山へ戻っている。今頃、坑道のどこかで支保工を叩いているはずだ。


「シンイチ」

 ヘルガが、雪を踏んで前に出た。その後ろに、若い娘が一人立っている。背は低いが、肩と腕が、既に鍛冶場の人間のそれだった。


「これは、ラグナだ。わしの姪の孫にあたる。……お前の村へ、預ける」

「預ける、というのは」

「樽の焼き方と、酒の寝かせ方を学ばせる。里には、もう教えられる者がおらん」


 ラグナと呼ばれた娘が、ぎこちなく頭を下げた。

「……よろしく、頼みます」

 声は小さかったが、目は真っ直ぐこちらを見ていた。


 俺は、少しだけ考えた。

(……査察の直前に、外の人間を村に入れる。突かれるとすれば、そこだ。)

 だが、答えはすぐに出た。


「ありがたくお預かりします。……ただし、条件を一つ」

「言うてみろ」

「ラグナ殿の身分と滞在の理由を、書面にして村の名簿に載せます。隠して置くと、後で『素性の知れない者を匿っていた』と言われかねない」

 俺は、ラグナ本人に向き直った。

「窮屈に思われるかもしれない。それでも構わないだろうか」

「……名簿に載るのは、初めてです」

 娘は、少し嬉しそうに言った。


 ヘルガが、俺の胸のあたりを火掻き棒で軽く突いた。

「契約の紙は、炉の横の壁に掛けておいた。里の者が毎日見る場所だ」

「それが一番いい置き場所です」

「……次に来る時は、樽を下ろす橇を連れてこい。それまで、我らは火を絶やさぬ」

 老女は、それだけ言うと背を向けた。振り返りはしなかった。

 俺は、その丸い背中に一礼して、南へ歩き出した。


 辺境に来てから第九十二日目。

 雪の斜面を下り切ると、風の匂いが変わった。


 道中、ラグナはほとんど喋らなかった。

 だが二日目の昼に、ガルフが荷を組み直しているのを見て、初めて自分から口を開いた。

「その縛り方、緩みます。……荷が濡れると、麻が伸びるので」

「おっ。……嬢ちゃん、坑夫の縛りを知ってるのか」

「里では、みんな知ってます」

 ガルフが、心底嬉しそうに笑った。

「大将。こいつは当たりだぜ。うちの若いのに教えてやってほしいくらいだ」

 俺は頷きながら、頭の中の名簿に一行足した。

(……預かるんじゃなくて、来てもらう、だな。滞在の理由は「技術交換」と書こう。)


 古道の入り口で、クロウたち銀狼族の案内役と別れることになった。

 彼らは、ここから北の峠を越えて自分たちの集落へ戻る。


「シンイチ殿。……お世話になった」

 クロウが、深く頭を下げた。

「こちらの台詞だ。君たちがいなければ、地吹雪の日に判断を誤っていた」

 俺は、そこで一枚の羊皮紙を差し出した。


「それと、頼みたいことがある。……これに、ガエル殿の印をもらってきてほしい」

「これは」

「古道の管理を依頼した契約の、受領書だ。報酬は既にお渡ししているのに、受け取った側の記録をもらっていなかった。……こちらの手落ちだ」

「そんなもの、要るのか?」

 クロウが目を丸くした。

「俺たちは、シンイチ殿を疑ってなどいない」

「疑っていない者同士でも書きます」

 俺は、笑って答えた。

「これは、俺と君たちの間の紙じゃない。俺たちを知らない誰かに、後から見せるための紙なんだ」


 クロウは、しばらく羊皮紙を眺めてから、大事そうに懐へ入れた。

「……兄貴に伝えておく。姉御も、道中気をつけて」

「あたし、姉御じゃないんだけど」

 ミオが呆れたように言い、クロウが慌てて耳を伏せた。


 辺境に来てから第九十五日目。

 街道に出てからは、行程が一気に楽になった。

 夕方の野営で、俺は全員を火の周りに集めた。


「皆、集まってくれて感謝する。……村に着いたら、すぐ査察の準備に入る。今のうちに、段取りだけ共有させてほしい」

 俺は、膝の上で羊皮紙を広げた。


「まず、窓口は俺一人にする。質問は全部、俺に来るようにしてもらいたい」

「私たちは、答えなくてよいのですか」

 セシリアが問う。

「答えないでほしい、が正確だ。……別々の人間が別々の言葉で説明すると、内容が同じでも『話が食い違っている』と記録される」


「聞かれて困る質問を、先に三つ挙げておく」

 俺は、指を折った。

「一つ。『なぜ辺境の村に、王国の魔導士と騎士がいるのか』。……セラフィナは正式な派遣、セシリアとリリィは第三隊からの出向だ。どちらも王都に書類がある。俺が答える」

「二つ目は」

「『村の武力は誰の指揮下にあるのか』。……これは正直に、警備隊の総監督官兼指揮官はセシリアだと答える。ヴァレリウスの直属上官も彼女だ。組織図に穴があると、私兵だと疑われる」

 セシリアが、静かに背筋を伸ばした。

「三つ目。……『領主は、王国に何を隠しているか』」

 火の周りが、しんとした。

「これが一番効く質問だ。答えは『隠していることはあります』でいい」

「え……!?」

 リリィが素っ頓狂な声を上げた。

「ただし続きがある。『隠しているのは、取引相手が明かしたくないと言った事情です。中身が知りたければ、相手の了解を取って改めてお答えします』。……ここで嘘をつくと、あとで全部崩れる」


「あ、あの、シンイチ様」

 セラフィナが、恐る恐る手を挙げた。

「わ、私、聞かれると、つい全部説明してしまいます……」

「知っている。だから君には別の持ち場を頼みたい」

 俺は、彼女の顔を見た。

「熟成の魔法陣の理屈を、王都の人間が読める形にまとめてほしい。……あれを『得体の知れない魔術』と書かれるか、『理論のある技術』と書かれるかで、村の評価が変わる。これは君にしかできない仕事だ」

「――が、頑張ります!」


「リリィ。訓練場と見張りの記録を、ヴァレリウスと一緒に整えてもらえるか。何人で、いつ、どこを守っているか」

「はいっ! 私、日誌つけてます!」

「助かる。それが一番強い」

「ミオは、村の周りを一回りしておいてくれ。……ここ十日で、見慣れない足跡が増えていないか」

「うん。……そういうの、来そうだもんね」


 最後に、ガルフが腕を組んだ。

「大将。俺は何をすりゃいい」

「鉱山の帳簿だ。掘った量と、出した量と、倉庫に残っている量。……この三つが合っていれば、鉱山は疑われない」

「合わせるんじゃなくて、合ってるかを見るんだな」

「そうだ。合わないなら、合わない理由を先に見つけておく」


 火が爆ぜた。

(……前の会社で、監査の前にやっていたことと、何も変わらないな。違うのは、揃えているのが伝票じゃなくて、この人たちの仕事だってことだ。)


 辺境に来てから第九十九日目の夕刻。

 丘を越えると、村が見えた。


 最初に目に入ったのは、広場の若木だった。

 出発した時は、俺の背丈より少し高い程度だったはずだ。それが今は、屋根を越えている。夕日を受けた葉が、風のたびに金色に裏返った。


「……大きくなってる」

 ミオが、耳を寝かせて呟いた。


 村そのものも、変わっていた。

 出発前には基礎しかなかった家屋が三軒、屋根まで載っている。水路の石組みが畑の奥まで延びて、その脇に見覚えのない小屋が建っていた。おそらくマリーの薬草の乾燥小屋だ。

 二十日足らずの留守で、これだけ進む。

(……俺がいない間も、ちゃんと回っていた。ありがたいような、少し寂しいような。)


 村の入り口には、既に灯りが並んでいた。

 松明を掲げた村人たちが、道の両側に立っている。誰かが俺たちを見つけて、声を上げた。


 その先頭に、エリナが立っていた。

 いつもの帳面を胸に抱えたまま、駆け出しそうになって、途中で足を止めた。そして、深く頭を下げた。


「――お帰りなさいませ、慎一様。全員、ご無事で」

「ただいま、エリナ。……留守中、ありがとう。よく守ってくれた」

「守ってなど。……帳面をつけていただけです」

「それが一番、助かるんだ」


 人垣の後ろから、小柄な影が押し出されるように前へ出てきた。フィリアだ。

 彼女は何も言わず、じっと俺の腰の革袋を見ている。


「……ある?」

「ある。三つ、無事に」

「…………」

 フィリアは、こくりと一度だけ頷いた。それから、隣のトランの袖を引いた。

「大将、聞いたか。嬢ちゃん、昨日から炉を空けて待ってやがったんだぜ」

「ありがとう、フィリア。だが渡すのは明日の朝でいいだろうか。……今夜は、休んでほしい」

「……分かった」

 言葉とは裏腹に、彼女は革袋から目を離さなかった。


 エリナの目が、少しだけ潤んでいた。だが彼女は、すぐに帳面を開いた。

「ご報告します。査察団は、明後日の昼に村へ入ります」

「明後日」

 俺の計算より、一日早い。

(……宿場を一つ飛ばしたな。こちらの帰りを待たずに入るつもりか。)


「それと、もう一件」

 エリナが、村の奥へ視線を送った。


 道の先。領主館の階段の下に、旅装のままの人影が立っていた。

 深い青の瞳が、まっすぐにこちらを見ている。


「お帰りなさい、慎一殿」

 ルナリア王女は、そう言って微笑んだ。

 そして、微笑んだまま、声だけを低くした。


「……少し、厄介な話をしに来ました」


 俺は、革袋の中の三つの欠片を、上着の上からそっと押さえた。

 山の仕事は、終わった。

 次の現場は、ここだ。

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