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20/21

16波間に残る声

空音が死んで、11年が経った。

私は呼吸をする間もなく28歳になっていた。ここまでの時間の経過は思っていたほどあっという間に過ぎた。

空音が死んだ後、私は高校を卒業して東京の大学に進学するために上京した。


ピピピピ!!!ガチャン!


「うるさっ。」

朝のタイマーはなんでこんなにうるさいんだ?流石にもう少し静かにしてくれよと思う。音量を下げたところでどうしても鬱陶しく感じてしまう。

時計の針は6時半を指していた。

私は重い体を起こした。

カレンダーを確認すると、8月7日のところに大きな文字で『漫画誌校了』と書かれていた。きっとだいぶ前に書いたものだろう。

私は体をクネクネと方向転換しながら台所に向かった。

「はぁ。」

眠すぎて意味わからない。今日の睡眠時間は5時間。5時間も寝れたら運のいい日だと、ポジティブに受け止める。

台所にあるポットの中に500mlほどの水道水を流し込んでスイッチを入れた。スイッチを入れた瞬間にスゥーッと気持ちのいい音が部屋を満たした。

私はお湯が沸けるのを待ちつつ、来た道を戻るようにして窓から差し込む太陽の光に身体を預けた。そこで両手を上げながら身体全体を伸ばした。筋肉が伸びて気分が上がった。朝に太陽を浴びるのがいいと同僚が教えてくれたため、一週間前ほどから実践してみてる。こんなことして本当に効果があるのか?と半信半疑になりながらも全ては試しが大事という言葉を信じて続けてみていた。

私はソファに寝転がってテレビのリモコンを手に取って適当にテレビをつけた。

『おはようございます。朝のお時間です。』

ちょうどテレビをつけたタイミングで朝の情報番組が始まった。他に見るものがなかったため、仕方なくこの番組を見た。

今日は午後から気温が上がるらしい。最高32度とか終わってんな。異常気象もいい加減にしてほしい。

私はイラつきながら頭を背もたれに預けた。

「はぁ。」


ミーンミーン、ミーーーーン


蝉が鳴いていた。もうそろそろ本格的に夏が始まるなーとポカァーンと思った。

夏は汗をかくから嫌いだった。

東京の夏は宮古島の夏と比べて比にならない暑さがある。


プルルルル!


こんな朝早くから電話が鳴った。

「もしもし。」

『小林です。』

「知ってます。」

『あ、それはどうも。今日予約したご飯屋なんですけど、ダメになりそうだからどっちかの家行きます?』

「あーーー家でいいですよ。何時ごろ来ますか?」

『今日は半日で院を閉めたあと事務仕事をする予定なので7時くらいなら行けますね。』

「了解です。それなら私も7時までに仕事終わらせて帰ります。家にいますね。」

『ありがとうございます。では。』

「では。」

私は耳からスマホを離して電話を切った。一時的に蝉の鳴き声が聞こえなくなったのに、またうるさい蝉たちが大合唱を始めた。

私はスマホをベッドに投げた。

電話相手は小林悠仁。

彼は私が高校生の時からの知り合いの医者である。関係性は、親友の担当医の親友ってことでいいのかな。

私が東京に来た後、彼もすぐに東京に来て自分で地域病院を開いた。たまたま私が東京に来るタイミングと被ったらしい。

空音が死んだ後も何度か会って食事をしている。私が就職した後、家が近いことが分かり何度も互いの家に通っていた。

今夜は私の家に彼が来るそうだ。

ならば部屋を片付けておかなくちゃ。部屋に目をやると取り返しのつかないほどの汚部屋になっていた。普通の人間が生活してて誕生するとは思えない部屋だ。

「よいしょっと。」

私は立ち上がってわずかな隙間を歩きながらゴミ箱を取りにいった。

ゴミ箱を手に入れると、まず机の上にあるお菓子の食べかすたちを一度に捨てた。それだけで部屋が綺麗になった気になった。そんなことないはずなのに。

再び部屋を見ると何も変わっていない。

めんどくさい。あとででいっか。

私はゴミ箱をその場において台所に向かった。そろそろポットのお湯が沸けていると思ったからだ。


ガラガラガラ


スライド扉から熱湯耐性のあるコップを取り出した。そこに冷蔵庫から取り出した冷たい烏龍茶を少々流し込んだ。その上から重ねて熱湯を流し込んだ。すると、完璧な温度の白湯が完成するのだ。

私は白湯を一気に飲んだ。途中で息をする間すら与えることなく白湯を飲み干した。

「ぷはぁ。」

ゆっくりと呼吸をしながら使用したコップを皿洗い場に優しく置いた。

冷蔵庫の中を見ても何もなかったので朝ごはんは諦めた。

そしてそのままの足で洗面所に向かった。電気をつけて再び筋肉を伸ばした。

今日は昨日よりも浮腫がとれている気がした。最後じゃんと思いながら昨日準備しておいた私服を着た。最近は暑いからきちんとした正装を着ていない。今日みたいな暑い日は黒色に白の蓋がついたゴム製の半ズボンに純白の薄っぺらいTシャツだ。これがもはや十八番と化している。まぁ正直これが一番楽チンなんだけどね。

私は冷たい氷水のような水を顔に濡らした。逆に冷たくて後悔したが、朝は顔を冷やした方がいいらしいからオールオッケー。

横にあるティッシュを数枚とって顔全体を拭いた。この瞬間が朝の時間で一番好きだ。

『まもなく、時刻は7時となります。』

「は?」

私はニュースキャスターの言っていることが理解でなかった。急いで壁掛け時計を確認すると、確かに7時になりかけていた。

今日の出勤は7時40分。

「やばいやばいやばいやばい!」

私は光の速度で着替えを終わらせてスマホとイヤホンを手にとって部屋を出ようとした。

『時刻は7時になりました。』

「おっと。」

テレビを消し忘れていることに気づいてUターンをした。そしてテレビを消した。

再び玄関まで走りながら家の鍵をリュックから取り出した。


ガチャン!!ガチャガチャ!


家の鍵を閉めてエレベーターを使わずに階段を降りた。何人かとすれ違って挨拶を交わしながら駅に向かって猛ダッシュ。

今日遅れたら上司にキツく叱られる。やっぱり会社に泊まっちゃった方が良かったかーと今更後悔をした。

もうそんなこといいから早く到着しなければ。

駅が見てたころ、私はすでにSuicaを握りしめていた。駅には大勢の人で溢れかえっていた。

しかし、大体同じ時間に行くので少しは顔見知りになっていた。お互い話しかけないだけで、あ、あの人だとなる。


ピッ!


Suicaのチャージ金額が足りてるかの瀬戸際を攻めてみたが今日はギリギリ足りていた。この大勢の中チャージ金額が足りなかったら終わりだ。他の人の目が痛くなる。

今日はそんなことは起こらず無事に指定の電車に乗れた。扉が閉まると同時に乗り込んだため、色んな人にぶつかって申し訳なかった。

「すみません。」

私は謝りながらリュックを前に背負って満員電車の中を過ごした。キツすぎて息ができなくなりそうな瞬間もあった。が、もうこれは耐えるしかないのだ。

準急列車に乗ったため、どこにも止まることなく目的の駅に着いてしまう。今の仕事は嫌ではないけど睡眠時間が削られるから辛い。

『次は、御茶ノ水、御茶ノ水、お出口は左側です。』

あと少し、あと少しで到着する。

息が苦しい中スマホを確認すると、時刻は7時半を過ぎようとしていた。駅から走れば間に合いそうな時間だ。

私は電車が止まりかけた時に少しずつ扉に向かって歩き出した。すみません、すみませんと小さくお辞儀をしながら呼吸をして扉までたどり着いた。


ピンポーン


『御茶ノ水、御茶ノ水。』

扉が開いて誰よりも早く電車から降りた。秋には大勢の人で賑わっていた。賑わっていたというよりも、ただ通勤通学している人が多いってだけだった。

私は階段を降りて改札を出て走って会社まで向かった。運のいいことに、全て青信号だったため、ノンストップで走り続けた。脇に分厚い封筒を抱えながら会社までの全ての信号を渡りきった。あとは真っ直ぐな道を進むだけ。あそこを右に曲がれば社が見えてくる。

私は最後の力を振り絞るようにして歩く足を早めた。

もし今日遅れれば校了前最後の漫画の発売が遅れる。私の遅刻の有無で世界の漫画ファンの楽しみが奪われてしまう。言い過ぎではない、本当にそうなのだ。

ものすごい勢いで右に曲がり会社の目の前のエントランスの中に入った。


ウィーーン


自動扉が開いて扉を壊しそうにしながら入社した。専用のカードでゲートを潜ればこっちのもんだ。

スマホを確認すると、校了の時間まであと30分あった。

よっしゃ勝ったわ。

「おはようございます。」

まるで余裕で来ました感を出しつつオフィスの中の自分の席に向かった。

「お疲れ様で〜す。」

私は通りがかりの社員に挨拶をされた。私も挨拶し返しをした。

「葉那さん!」

「はい?」

誰かが私の名前を呼んだため、振り返ると、同僚の女性社員だった。彼女は夜勤明けなのか、目の下に濃いクマを溜めていた。

「今日の夜‥‥」

「すいません!あとでで。」

私は彼女との会話を強制的に終わらせた。彼女は少し悲しそうな声で大丈夫です、と言った。

申し訳ない気持ちを抱えたまま自分の席まで歩いて到着した。

その時持っていた荷物を全てデスクに置いてハンカチで顔を拭いてからもう一度封筒の中身を確認した。これで8回目の確認だ。うん、大丈夫。漫画家が書いた原稿はしっかり入っていた。

「んんっ!」

私は一度咳き込んだ。自分に喝を入れるために。

書かれた漫画を校了させるには、ここのオフィスと隣接している長の部屋に行かなくてはならなかった。

疲労困憊により座りかけた足腰を根性で起き上がらせ、私はオフィスを出た。

ただ原稿を渡すだけの作業なのに、いつもいつも緊張してしまう。ほんと、渡すだけなのにね。

隣にある部屋の表札的なものを見上げると、『原稿確認部屋』と書かれていた。ここで間違いない。


コンコンコン


「失礼します。」

「どうぞー。」

私は扉を開けて部屋の中に入った。

「白雪さんの作品です。確認よろしくお願いします。」

部屋入ってすぐ、壁際においてある棚の漫画に圧倒された。この部屋は漫画が多すぎる。絶対に自分の口からは言えないけど。

「葉那さんお疲れ様。確認しておくね。」

「ありがとうございます。」

私は頭を下げてお礼をした。早く着いたかいがあったなと思う。少し涙目になりながらも私は部屋を後にした。

部屋を出た瞬間、思いっきり飛び跳ねてガッツポーズをした。

「よっしゃ終わった終わった!」

小声で叫びながらオフィスに戻った。

「葉那ちゃんオッケーだって?」

「校了したよ〜。」

「マジでお疲れ!」

先ほど話しかけてきた同僚から称賛のお言葉をいただいた。私たちは同時に笑った。

「下の購買で朝ごはん買いに行かない?」

「そうしましょ!」

彼女はデスクから離れて私の方に来た。

二人で購買で何を買うか、今日は何時に帰宅するか。他愛もない話を続けて時間を潰した。



「葉那さんこれいつまでにできそうですか?」

「あーーこれって再来月発売ですよね?」

「そうです。」

「なら今週いっぱいで終わらせます。」

「了解です。」

私は同僚から恋愛系の漫画家が描いた下書きを受け取った。内容はよくあるこの漫画家はかなり丁寧に下書きを描いていてありがたい。

私が進学した学部は文学部。文芸に関する学科に属していた。

そこで映像技術と文学の知識を学んだ。その後、インターンで各出版社を訪れてそこで仲良くなった少女漫画出版社の担当の人に誘われて入社試験を受けてそこに入社した。

これが私の今までの人生経過だ。

「ここはこんな感じの方が展開が読みにくいですね。」

「そうですね。」

じゃあなぜ出版社に入社したか。

それは、亡き親友との約束だった。

その親友は将来生きられていれば、私の耳にタコができるほど漫画家になりたいと言っていた。そのおかげで彼女に影響されて私も漫画に興味を持つようになり、彼女の言い出しっぺで漫画編集を目指すようになった。



『葉那さ!私の漫画を編集する編集者になってよ!』

『漫画?全然興味ないんだけど。』

『んなこと言わないでさ〜!』



将来の夢なんて想像したことがなかった。遥か遠くのことに感じていた私に、空音は夢というものを見出してくれた。

彼女のことを心の底から感謝している。

しかし、そんな彼女には夢も将来も叶えられない人生を強いられていた。

私に夢の話をするなんて、当時聞き流してしまったことを今でもひどく後悔している。

「明日は打ち合わせがあるので予定の確認お願いしますね。」

「分かりました。」

私は大きな欠伸をした。昨日からほとんど寝ていないため、眠くて眠くて仕方がないのだ。

「葉那さんこれから食事行くけど行く?」

「私は大丈夫です。まだ仕事があるので。」

「あらそう?それじゃまた次の機会でね。」

同僚二人から食事に誘われたが、度重なる漫画の編集に追われていて外食どころじゃなかった。

二人の誘いを断った後、引き続き仕事を始めた。

「葉那さん?お仕事中すみませんね。」

漫画家が描いた下書きを改稿をていると、編集長が話しかけてきた。彼はかなりのおじいちゃんで、ベテランであった。この仕事場で最も漫画を愛している人と言えるだろう。

彼の名前は長谷川金三郎。名前が特徴的だからすぐに覚えられた。

「おはようございます。なんでしょうか?」

私は椅子から立ち上がって背の小さい長谷川さんに視線を合わせた。

「これが、君宛に届いてたんだ。」

「私宛?」

長谷川さんは脇に挟んであった漫画一冊ほどの分厚さの封筒をこちらに差し出してきた。私は疑問に思いながらも封筒を受け取った。

「ところで、今朝締め切りだったものは校了したかね?」

「あ、はい!無事に。」

「そうかそうか。よかったね。では、引き続き頑張ってくれ。」

彼は私に背中を向けてその場を後にした。

「葉那ちゃんめっちゃ褒められてんじゃ〜ん。」

隣に座っている同僚の琴ちゃんが話しかけてきた。ニヤリと怪しい表情をしていた。私は座っている彼女を見ながら席に着いた。

「今回のは自信作だからね。売れるといいんだけどな〜。」

書店に出版が確定した漫画が全て売れるとは限らない。売れないまま販売を中止するものもあれば、何十万冊も売れて映像化するものだってある。本当に格差が激しいのだ。

「それで、その封筒はなんだったの?」

琴ちゃんは机の上にある封筒を指差した。

「さぁ。私宛だって。」

「個人的なものが通るんだね。」

私は確かにと返して封筒を見つめた。

私宛なんかのものが届くなんて、信じられない。普通だったら捨てられるか、目を通したとしても対したものが入ってるわけじゃないからすぐにゴミ箱行きだ。

私は仕事に余裕がなかったため、捨てようとしたが、ある一つの点から捨てきれないでいた。それは、会社宛ではなく私宛ということだ。会社宛のものが来るのは日常茶飯事だが、個人的にくることはごく稀だった。

「一応見て見たら?」

「うん。仕事が少し落ち着いたら見てみる。」

私がそう言うと、琴ちゃんが早口言葉で話し始めた。

「そういや今回の原稿さぁ———」

私たちは仕事をする手を一旦止めて、会話を楽しんだ。



「お疲れ様でーす!」

「お疲れ様です。」

各自帰宅時間になり、社員たちが続々と退社していった。

対して私の仕事が終わることはなく、帰っていく人たちの背中を見届けるしか出来なかった。

唯一一緒に居残ってくれた長谷川さんも、一時間経ったら私に鍵を渡して帰ってしまった。

一人になったオフィスを見て、孤立感が芽生えてきた。この光景はよくあることだが、いつまで経っても慣れやしない。

「うわぁ〜!」

私は背伸びをしながら声を出した。今まで背筋が曲がっていたことに気づく。

あと一冊のうちの三分の一で一旦今日の業務が終わる。私は疲労困憊になりながらも編集を続けた。


プルルルルル!


机脇に置いてあったスマートフォンが鳴った。手にとってみると、悠仁と表示されてあった。

「もしもし?」

『あ、俺だけど、仕事何時くらいに終わりそうですか?一応迎えに行けるけど。』

「あと少しなんだよね。8時ごろにこっち来れる?」

『おっけーです。頑張って。』

「は〜い。またね〜。」

私はママからスマホを離した。机上にある大量の資料を見て、一時的な疎外感に襲われた。

「ふぅ....よし。」

私は一呼吸ついた後、再び残っている仕事を始めた。



全ての業務を終えて、リュックに荷物をつめた。すでに外は真っ暗になっており、少し遠くに灯る街の街灯が目立っていた。

机に忘れ物がないのを確認したあと、椅子を立って出入り口に向かった。

しかし、部屋を後にしようとしたその時、昼時に長谷川さんから貰った封筒のことを思い出した。あともう一歩踏み出せば外に出られるというとこまで来たが、私は足の矛先を変えて机に向かった。

「なんなんだよこれ。」

私は急ぎながらも封筒を持って仕事場を後にした。

最後の人は鍵を閉めて事務局に返すという決まりがある。

「お先に失礼しまーす。」

事務局にいる男性はペコリとお辞儀をした。私もお辞儀をした。

エレベーターを使って下の階に降りた。

一階に着くと、自動扉を出たすぐ先に悠仁が乗った車が止まっていた。

私は運転席の窓を優しく叩いた。すると悠仁がクルリとこちらを向いた。窓がゆっくりと開いた。

「お疲れ〜。」

私は車を大きく回って助手席の方に向かった。

「ありがとうございます〜。」

「長かったね。」

扉を閉めて席に座った。

「シートベルトお願いしやす。」

悠仁はそう言いながらエンジンをかけて車を発車させた。

「今日仕事どうだった。」

「仕事が多すぎて半分終わらせるのに4時間かかった。」

「4時間?!俺その間に30人以上は診てると思うね。」

「はぁ〜?仕事真逆すぎだろ。」

車内は夜のせいで明かり一つなかったが、それを上回るほどの温かい会話で満たされていた。

私の家の位置的に絶対に電車で帰った方が早いのに、わざわざ彼の車で帰りたがるのはなぜだろう。中央線沿いの道路はどこも混んでおり、店明かりも派手に光っていた。

『次の信号を、左です』

行き先を伝えるカーナビだけが耳に届いていた。私は瞬きをするのを忘れて、首を痛めるほど眠ってしまった。



「着いたよ。」

「......ん?」

悠仁がシートベルトを外しながら話しかけてきた。

いつの間にか車は車庫入れ完了しており、エンジンも切れていた。

「ほら早くご飯食べるよ。」

「はぁい。」

私もシートベルトを外して荷物を持って車から降りた。

「私寝てた?」

「爆睡。」

「最近寝不足なんだよね。」

「昨日何時に寝たの?」

「3時半とか。」

悠仁は驚きながら鍵を取り出した。そしてエレベーターに乗り込んだ。

「今日の夜ご飯なにがいい?」

「う〜ん.....ピザとっちゃう?」

「いっちゃいましょか。」

住んでいる階に着き、降りて部屋に向かった。二人で横並びで歩くことが当たり前になっていた。

私たちは笑いながらマンションの一室に入った。

「ただいま〜。」

悠仁は靴を脱いで揃えながら奥にズカズカと入っていった。私も靴を脱いで部屋の中に入った。荷物を置いて洗面台に行って手を洗った。

「手洗った〜?」

「洗ってな〜い。」

私は悠仁に手を洗うように促した。彼は適当な返事をした。

石鹸を手のひらに広げて細かく手を洗った。この時期は感染症が流行る時期なため、帰った後は数分手を洗うということが習慣化していた。

私が手を洗っていると、悠仁がトコトコと歩いてきて後ろに立った。

「並んでまーす。」

あくびをしながら私に近づきてきた。そして後ろから腰に手を回されてハグをしてきた。

「なに急に?」

「疲れたなーって思って。」

「医者も大変ね〜。」

「自分で医院を持てば少しは楽になるよ。」

私はなるほどね、と言い返した。

「はいどーぞ。」

「あざーっす。」

横にかけてあるタオルで手を拭いた。次に並んでいた悠仁が手を洗い始めた。

私はリビングに向かいなんとなく部屋を片付けた。

「なにピザ食べるー?」

「ベーコンチーズ!」

遠くからピザの種類を叫ばれた。その期待に応えるようのスマホから近くのピザ店舗に電話した。

しばらくして電話に人が出た。

『お電話ありがとうございます、ピザマール中央店です。ご注文お伺いいたします。』

「ベーコンチーズピザのMサイズを一枚と、チキンソースピザのMサイズ一枚お願いします。」

『サイドメニューなどは———』



『それでは30分後にお届けに参ります。ありがとうございました〜。』

注文が終わる頃には、悠仁が隣でテレビを見ていた。

今から爆食をするというのに優雅にあたりめを食べていた。

「いつの間に取ったの?」

「いつものお菓子コーナーにあった。」

私は深いため息をつきながら近くに置いてあるリュックサックに手を伸ばした。

中から仕事用のパソコンを取り出した。

「また仕事?」

「うん。あと少し残ってるやつ。」

「頑張れ〜。」

今はweb上での公開が予定されている人気漫画家の編集をある程度終わらせるつもりでいる。編集が必要な下書きが山とある。今回のは早めに終わらせたいところだ。

その時。悠仁はテレビの音を消音にしてくれた。そのおかげで仕事に全集中することができた。



ある程度作業を終えたところで、パソコンを閉じた。大きな背伸びをして痺れをとった。


ピンポーン


「はーい。」

家のチャイムが鳴り、ピザが到着したようだ。悠仁がスタスタと財布を持って玄関に取りに行ってくれた。

使ったパソコンをリュックにしまった際に、あるものが目に入った。

それは、長谷川さんから受け取った封筒だった。家に帰って開けようと思ったのに、今はお腹も空いていたからやめようと思った。

「ピザきましたよー!」

油まみれのいい匂いが近づいてきた。

「さいこー。食べようぜ!」

私はリュックサックから目を遠ざけた。そしてピザに視線を向けた。

悠仁がコップに水を入れて持ってきてくれた。

「ありがと〜、食べていい?!食べていい?!」

「はいはいどーぞ。」

「よっしゃー!いただきますっ!」

私はベーコンチーズピザを一切れ取り口に頬張った。



「もうお風呂入った?」

「入ったどころか歯も磨き終わった。」

私たちはあっという間にピザを食べ終え、各自お風呂に入り歯を磨いて寝る準備に入った。今日は悠仁も泊まっていく予定だ。最近こんなことばかりでほぼ半同棲状態になっていた。

私の住んでいるマンションは寝室とリビングがきっちりと分かれている。

「先ベッド行ってるね。」

私は彼に告げた後扉を開けて寝室に入った。

「はぁ!」

勢いよくベッドに倒れ込んだ。布団が大きな音を立てて派手なシワを使った。

もう今すぐ寝れる。

昨日ほとんど寝ていなかったから眠気がやけに激しい。

「よいしょっと。もう電気消していい?」

「あ、ありがとう。」

紺色のパジャマ姿の悠仁が部屋に入ってきて電気を消してくれた。

省エネモードのため薄暗い感じだった。

「疲れたでーすっと。」

「うわっ。なにすんの。」

「いつものことじゃーん。おやすみ。」

布団の中でくるまっていると、悠仁がひっついてきた。二人でベッドの中でモゾモゾするこの時間が、何よりも至福の瞬間だった。

私は体の向きを彼の方に向けた。少し上を向けば悠仁の綺麗な二重目があった。

「葉那?」

「ん?」

「すき。」

私は顔を埋めた。彼はさらに私の体を引き寄せた。

その力強い中にある優しさみたいなものが、私は好きなのかもしれない。

ゆっくりと瞼を閉じて、彼の腕の中で眠った。


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