10声のない約束
コンコンコン
「空音ちゃ〜ん。診察の時間ですよ〜。」
今日は早く起きられた。昨夜、先生とハグをして安心したせいか、ぐっすりと眠ることができた。
「白夜さん、昨日は眠れた?」
「はい。ぐっすりです。」
「そっか。心音聞くね。」
私の胸に聴診器が当てられた。
何だか今日は頭が痛い。天気が悪いからかな?
「うん。大丈夫だよ。朝食持ってくるね。」
「はーい。」
ガチャン
私はベッドから立ち上がり、窓際に手を置いた。
ザーーーーーー
「やば。」
朝から記録的大雨だ。こんなんじゃ中庭で絵描きなんて無理だ。どこで、絵を描こっかな?
私はぼーっと考えていると、扉が叩かれた。
「朝食持ってきましたよー。食べ終わったらそのままで大丈夫だからね。」
ガチャン
「ありがとうございます。」
今日の献立は、クロックムッシュにコーンスープに、にんじんが入ったよく分からない野菜料理。
「いただきます。」
私はコーンスープを口に運んだ。最近、寒くなってきて温かい飲み物が体に染みる。
「はぁ〜。」
コーンスープなんて、どの家庭も同じ味がする。病院でさえ、父親が作るものと同じ味がする。
私は全ての品を食べ終え、お盆を置いたままにして病室を出た。車椅子生活になってから、不便なことでいっぱいだった。上手く押せないし進めないし。
やはり誰かの力を借りた方が楽ではある。先生は?流石に仕事中か。葉那が来るのも夕方だしなー。
私は、街を一望できる屋上に来た。
そして、昨日途中まで書いた漫画を開いた。
今回の内容は、葉那と行った公園の話。
私が小学校に上がって間もない頃、友達と遊んだ後になぜか靴を片方失くしてしまい、一人で公園内を探していた。
『ままー!まま‥‥』
泣きながら靴を探していると、一人の女の子が私の靴を持って立っていた。
『はいこれ。あげる。』
『へ?』
『あと、これも。』
そして、ハンカチを渡してきた。私はそのハンカチを手に取り涙を拭った。
これが、私と葉那の出会い。
宮古島という小さい島で出会った大好きな友達。
中学校も同じ学校に進学し、高校も同じ学校に進学した。
しかし、高校二年生になってすぐに私の病気が判明した。私はすぐに治ると思って、葉那には言わないでいた。でも、厄介な父親が葉那にバラした。私からだと言いづらいからって。そんなの、自分で言うし。
けど、いざ葉那を前にして私は何も言えなくなった。葉那はというと、私に近づいてギュッと抱きしめた。
『ごめん。気づけなくて、ごめん。空音がいいって言うなら、私、友達だいたい。ずっと。』
私は、涙を流した。
『友達には、なれない。』
『え?』
『友達じゃなくて、親友でしょ!』
『‥‥何それ!』
葉那は大声で笑いながら私の肩を叩いた。
「ふふっ。」
私はクスッと笑った。葉那は根からいい子で沢山笑ってくれる。そんな彼女が、私は大好きだ。
ラストの一コマはどうしよっかな。
うーん。
そうだ!葉那の結婚式の様子を描写しよう。
綺麗な白色のウェディングドレスを着た葉那。相手は、どうしよっかなー!
「よし!」
私はペンを置いて、紙を目線と同じ高さに上げた。我ながらいい感じに仕上がったと思う。
「バッ!」
「うわっ!」
後ろから小林先生が驚かしてきた。
「やっほー空音ちゃん!」
私は急いで紙を拾いポケットにしまった。
「今何隠したのー?」
「な、何でもないです!」
「何でもないっていう方が気になっちゃうじゃーん!見せたらまずいもの??」
「まずい!」
「えー!分かった。」
小林先生は案外しぶとくめんどくさかった。でも、これは恥ずかしすぎて絶対に誰にも見せられない。
「てかさ〜」
小林先生はズカズカと隣に座ってきた。
「空音ちゃんて、涼のこと好きでしょー?」
「え?!そんなのないです!」
「またまた〜!見てれば分かるって。てか、涼も言ってたよ?空音ちゃんは好きに近いって。」
確かに、先生は私のことを好きって言ってくれた。何で小林先生がそんなこと知ってんのよ!
「とにかく!好きでも何でもないですから!」
「ふ〜ん。」
危なかったー。私が先生のこと好きってバレたら大変だ。絶対に誰にも言わないようにしないと。
「それよりも、小林先生は‥‥う、うぅ!」
「空音ちゃん?空音ちゃん?!」
私は、突然の胸の痛みに襲われた。この間とは比にならない痛さだ。
いたいいたいいたい!!どうしたらいいの?!痛い!
「白夜さん?聞こえますか?」
私が蹲っていると、毎日朝食を運んでくれる看護師さんが目の前に現れた。
その安心のせいか、私は目を閉じて意識を失った。
『空音ー!』
あれ?私、目覚ました?
目を覚ますと、私服姿の先生と私服姿の私がいた。
『何ぼーっとしてんだ?飯できたぞ。』
『え?』
ここは、どこ?
辺りを見回すと、私と先生が映った写真立てがあったり、確実に病院ではない所にいた。
『冷めないうちに食べちゃって。』
先生は不思議そうな顔をして食卓についていた。
『え、あぁ。』
言われるがままに私は食卓についた。
『いただきます。』
『いた、だきます。』
私は先生の行動に合わせて箸を持ち、餃子を皿に運んだ。
『どう?美味しい?』
『うん!美味しい!』
『よかったぁ〜。』
なぜこんな状況なのか分からない。私は胸が痛くて意識を失ったはず。でもなぜかな。意味のわからないこの状況が、とても愛おしく、儚く感じる。
人生で初めて、その一瞬が続いてほしいと思った。
『ごちそうさま。美味しかった。』
私は先生の分のお皿を取り、台所で洗った。
すると、先生は私の両サイドに手を置き、顔を覗かせてきた。綺麗な二重目が私を見つめた。
『何ですか?』
『ん?ただくっついていたいだけ。』
『‥‥。』
私は黙り込んだまま残りのお茶碗を洗った。
『洗い終わったらソファで酒飲も。』
先生はそう言って酒缶を2缶持ってソファに座った。私は急いで手を洗い手を拭きソファに向かった。
『久しぶりだね。二人で飲むの。』
今までずっと住んでいたかのようにスラスラと言葉が出てくる自分に驚いている。
先生は、私の肩に顔を置いた。
『はいこれ。』
『え?』
私の手には小さなリングが置かれた。
これって‥‥?
『結婚するか。結婚するか俺と。』
私は顔が赤く腫れ上がるのを感じるとともに、嬉しさで涙が溢れた。
『先生。私も、結婚したいです‥‥!』
『そっか。』
先生は私の顔横に優しく触れて唇にキスをした。
ピッ、ピッ、ピッ
「うぅ。」
「そらね?空音!空音!」
「え、あ、」
「先生!先生!だれかー!」
私は、目を覚ました。
さっきまで、先生といたのに、今、どこ?
ガチャ!
「空音ちゃん?よかった〜。」
そこには、看護師と葉那がいた。
葉那は泣きながら私に抱きついてきた。
「もう〜!このバカ!」
私は葉那に抱きつかれた勢いで後ろに倒れた。
「あ、あぁ。」
起きたばかりで、上手く喋れなかった。
「あんた、二ヶ月も起きなくて、どんだけ寝てんだよ!」
「ご、めん。」
葉那はクスッと笑った。私もクスッと笑った。
私が目を覚まして一週間が経った。まだ出来ないことばかりだけど、周りの援助もあって何とかなっている。
「よいしょ。」
私は車椅子に乗りながら先生と見た花火のところに来た。
目を覚ましてから、一度も先生と会っていない。一週間前に見た先生は私の幻想だった。
一体、どこにいるんだろう?
私は漫画を描く気力なんて残っていなかった。体は描きたくて仕方ない。でも、描けない。
「もうすぐ、か。」
ポツリと独り言を言った。何にもやる気になれない。死にたくない。生きたいよ。私もっとやりたいことあるのに。
私は、一人で静かに泣いた。
「はい。」
「へ?」
私が泣いていると、小林先生が箱ティッシュを差し出してきた。躊躇なくティッシュを貰い、涙を拭った。
「目が覚めて、よかったよ。」
「ありがとうございます。」
「うん。」
「‥‥あの、先生って、どこにいらっしゃるんでしょうか?」
小林先生は少し目を開いて、前を向いた。
「アイツは、東京にいる。」
「とう、きょう?」
「うん。俺が手術する予定だったんだけど、アイツが責任を負わせたくないって言って東京の病院に行ってしまったよ。確か、明後日くらいに帰ってくるかな。俺も事情をよく分かってないからさ。」
「先生は、もう声が出ないんですか?」
「いや、だとしたら連絡してくると思うんだ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「うん。戻ったら教えるね。」
「分かりました。」
小林先生は、歩いてどこかに行ってしまった。
先生は、東京に行ったのか。
東京。
どんなところなんだろう。
宮古島という狭い場所でしか生きていけない私とは違って、きっと色んな景色を見てきたんだろうな。
先生から見た宮古島の景色と、私から見た宮古島の景色は全く違く見えるんだろうな。
先生は、私なんかに構ってないで、もっと色んな景色を見た方がいい。今度会った時、それを伝えよう。
私は車椅子を押しながら病室に戻った。
「もしもし?」
俺は東京にいる涼に連絡をした。
「どうした?」
「お前、空音ちゃんに会わずに手術するのか?」
「声を失って、彼女と話せなくなる方が辛い。だったら、もう会わずにこっちにいる。」
「誰が伝えるんだよ。」
「お前から言ってくれよ。」
「小せぇ男だな。最後くらいそばにいてやれよ。空音ちゃん、お前のこと大好きで待ってるぞ。」
「‥‥考えとく。」
ガチャ