第39話 肩乗り設計図
三月三十一日の朝、ポルカが俺の前へ端末を置いた。
『報酬額六百クレドで、レンさんに二時間、お仕事をお願いしたいんです』
「それは俺にできることですか?」
『文字を読む必要はありません。むしろ、読めない方の意見が欲しいんです』
端末には、五つの商品が並んでいた。前に見せてもらった、丸い形ばかりの注文画面だ。
「まだ、直してたんですね?」
『初めて使う人でも操作が分かるようなものでないと、売れませんから』
取引先へ改良案を渡すための、使用試験だという。俺が実際に端末を使い、操作が分からない場所や理由を記録するらしい。報酬はポルカの事業費から出て、追加の修正や次の試験は、別契約になるとのことだった。
「分かりました。操作が分からない時は、正直に言いますね」
『はい。気を遣わなくていいので教えてくださいね』
始めてすぐ、俺は間違えた。
飲み物を入れる容器を選ぶように言われ、一番大きな丸を押す。表示されたのは、容器のふただった。
「これ、上から見た絵か何かなんですか?」
『そうです…』
「それで、全部丸いのか……。横から見た絵は、出せます?」
ポルカが端末の表示を変えた。筒に取っ手が付き、その隣には平たいふたがあるように見えた。これならば間違えないだろう。
次は、同じ大きさの物が二つが残った。片方は熱い物用で、もう片方は冷たい物用らしい。
「持つところだけ、見てもいいですか?熱い物用でも、そこをつかめるんですよね?」
『印の違いより、そちらが分かりやすいですか?』
「今の俺には印でも、ここでは意味が分からないので」
ポルカは頷き、画面と俺の声を一緒に記録した。
何度か繰り返すうちに、俺も、どこを変えてほしいのか詳細に言えるようになった。色を増やすより、実際に使っているような絵が欲しい。数は押した回数が見えれば分かるが、消す時は全部消えるのか一つ戻るのか、先に知らせてほしい、などだ。
『最後に、こちらをもう一度お願いします』
最初の注文をやり直すと、今度は温かい飲み物用の容器が二つ、選択を間違えずに選べた。
「やっと買えました」
『代金を払う前でよかったです』
ポルカも笑い、終了の記録を保存した。
依頼完了後、六百クレドが個人口座へ入った。返済に三百六十、手元に百二十、予備費に百二十。トウマに確認してもらい、手元の残高は一万二千九百十五クレドになった。
「操縦以外でも、お金になるんですね」
『そうですね。それに、きちんとこの確認作業は、使う方のためにもなりますので。取引先に喜んでもらえたら、私も自慢しますね』
机の上には、もう、彼女が送り始めた改良案が開いていた。
◇
午後になり、格納庫へ部品の確認に来た年配の男性を、ミラが呼び止めた。
「せっかくだから、使った本人にも聞いていきなよ。レン、今回の腕の部品を揃えてくれた、パウ・ディンだ」
「初めまして。神代蓮です。右腕、とても使いやすかったです」
『そりゃよかった。俺は、黒い方と同じ腕を頼まれるかと思ってたからビクビクしてたんだ。あの材質は流石に用意できんからな』
パウは、格納架の機体を見上げた。油の染みた服の背中が、丸く膨らんでいる。
「取っ手に親指が回るのが助かります。二本爪だと、横から挟むしかなかったので」
『どこか引っ掛かるところは?』
「今は特にないですね。」
『それならもし、具合が変わったらミラに言ってくれ。壊れてからじゃ調べにくいから、壊れる前に言ってほしい』
「接続試験中も、右腕に異常はありませんでした」
首もとからルミが答えると、パウは俺の顔を見た。
『今のは誰だ?』
「ルミです。機体にいる支援知性で、俺とはこのスーツを通して話しています」
機体を止めた後は、近くでしか接続を維持できないことも話した。
『整備中も、その服を通して話すのか。声を出す端末くらい別に持たせてもいいんじゃないか?』
「今の音声接続で必要な応答は行えます。追加の端末は不要です」
『使えるのと、これからどう使いたいかは別だろう。中身をそっくり移せとは言ってない。スピーカーやカメラを付けた、小さい端末を持たせるって話だ』
パウが自分の端末を開き、小型機器の外装図を呼び出した。胴体へ尾や耳の部品を加えると、小動物のような形になった。顔の部分は黒い表示面で、頭には左右一つずつ大きな耳が付いている。
『例えば、こういう小さい筐体だ。肩へ乗せて運べる。接続できるかは別に調べるが、外側なら俺にも作れるぞ』
「ルミ。俺の肩に乗って、一緒に歩いてみないか?」
ルミから返事がないまま、ビットが格納庫へ入ってきた。作業台を片づけていたミラへ、部品の確認は終わったのかと聞いている。
「終わったよ。今は、ルミの端末の相談だ」
「何それ、ずるい。俺がいない間に面白そうな話してるじゃん。見せてよ?」
ビットが図を覗き込む。パウは画面を俺たちへ向け、ルミには形を言葉で説明した。
『丸い胴体に、黒い顔。耳は細長くて先が尖ってる。尾は長くして、そこに通信線を通すか』
「耳の先端は、丸くしてください」
パウが指で図を直した。
『こうか?尖ったところを丸めた。横へ大きく開く形のままだが』
「横への張り出しを減らしてください」
『それならもう少し上に伸ばす。これで肩から横に、はみ出しにくくなるな』
「耳そのものも、少し短くしてください」
ビットが俺の肘をつついた。
「ルミ、いらないって言ってなかった?さっきから、耳の注文ばっかりじゃん」
「俺も、そう聞こえたな」
パウは三度目の修正を終え、図に付いた寸法を直した。
『短くしたぞ。いらんと言った割に、随分こだわるな。ほかに注文はあるか?』
「現時点では、ありません」
『今日はまだ案だけだ。造るなら接続方法を調べて、見積もりを出してからだぞ?』
「了解しました。修正後の形状も、保存してください」
ビットが吹き出した。パウは図を保存し、ルミへ尋ねた。
『……念のため聞くが、耳の注文はこれで終わりだな?』
夕方、ビットに誘われ、港の広場へ軽食の店を見に行った。
値段の表示を探していると、隣の大きな画面が切り替わった。船の入港案内に続いて、式典の映像が流れ始める。
淡い金色の長い髪。青と琥珀色の、色の違う目。
見覚えがあった。帽子も眼鏡もない。けれど、笑う時、ほんの少し首を傾ける仕草が同じだった。
「ビット。あの人……」
言い終える前に、広場の奥から赤い髪の女性が歩いてきた。ヴェラだった。続いて、薄い上着のレティシアが姿を見せる。
画面と本人を、交互に見た。
『殿下。お迎えは、こちらです』
ヴェラの声で、ようやく分かった。
レティシアは画面に映っている王女だった。
足を止めた俺たちに気づき、レティシアが近づいてきた。
『こんばんは。お二人で、お出かけですか?』
「……あの画面、映っているのはレティシアさん、ですよね?」
彼女は画面を振り返り、こちらへ向き直った。
『はい。あの式典に、出ていました』
聞き間違いでも、人違いでもなかった。
「すみません。俺、知らなくて。台車を一緒に押させてしまって」
『いえ、押してくださったのは、お二人です。私は、荷物を押さえていただけで』
「そう、ですけど。ええと、殿下……」
急に呼び方を変えた自分が、おかしかった。さっきまで財布と相談していたのに、今度は立ち方まで気になる。
ビットも、貸した布のことを思い出したらしい。首元へ手をやった。
「ヤバい。俺、たぶん油はないって不敬な言葉遣いで言っちゃったぞ……」
『油は付いていませんでした。その節は助かりました』
レティシアは笑った。茶店で見たのと同じ笑い方だった。
『驚かせてしまいましたね。先に、お伝えするべきでした』
「いや、俺が気づかなかっただけです。前に一度、映像を見たこともあるのに」
『帽子は、役に立ったんですね』
声は軽かったが、ヴェラが静かに隣へ並んだ。レティシアはそちらを見て、頷く。
『また、お話しできれば嬉しいです。《ノーホーム》のお仕事のことも』
「よろこんで。今日、一つうまくいった仕事があるんです。その話を今度聞いてください」
『楽しみにしています』
レティシアとヴェラを見送ってから、俺は広場の画面へ目を戻した。式典の中の王女は、何百人もの前で挨拶をしている。
あの人の冗談に、俺は本気で席の値段を気にしていたのか。
隣でビットが、首の布を畳み直していた。
「……きちんと洗っとけばよかった」
「油は付いてなかったって、よかったな」
ビットをいじった後に俺は自分がレティシアに何を話したのか、もう一度最初から思い出していた。




