第40話 消えた依頼人
『灰色のコンテナを二つ、引き渡し用の固定台まで運んでください。中身は工作機械の部品です』
食堂の端末に、作業服の男性が映っていた。男性が保管区画の図を指すと、俺の前にも同じ図が開いた。
四月一日の朝。ガレスが見つけてきた荷運びの依頼だった。
『私も引渡し場所へ向かいます。終わったら、こちらの番号へ連絡をお願いします』
男性が通話を終えると、トウマが契約局から届いた受理票を読み上げた。
「報酬は千四百クレド。必要経費を精算した残りを、七人で等分します。今回は、船長の監督下で行う港内作業として受理されています」
「運ぶだけなら、俺にもできますね」
「二つとも固定台へ固定して、相手の荷物の受領を確認しろ。そこまで済んで完了だ」
ガレスは引渡し先を指した。保管区画は港の外縁に張り出し、貨物を出す側は真空になっている。
「もし、現場の指示が変わったら、勝手に従わず一度止まってくれ。その際に俺に連絡しろ」
「分かりました。今回付けた右手なら、細かい作業もできそうです」
受注を確定すると、俺たちは格納庫へ向かった。機体は港内作業の準備を済ませていた。
操縦席へ座り、ルミに接続を頼んだ。
《ラグナ》を離れ、指定された通路へ進む。修理した右手を開くと、暗い灰色の指が視界の端へ広がった。
『作業員二名、検収艇で後に続くから、黒い機体は先に行ってくれ』
港の管制から許可が出た。小さな白い艇が俺の後ろへ付き、開いた防護扉を一緒に抜ける。
保管区画には、コンテナを載せた可動式の保管棚が並んでいた。指示された番号の二基へ、ルミが枠を重ねる。開いた扉の向こうには青い雲が見えるが、区画内にはもちろん空気がない。俺は噴射を細かく調整し、保管棚へ足をぶつけない位置で止まった。
検収艇は通路脇の係留具へ艇腹を固定した。作業員は艇内から貨物の番号を確かめ、箱の固定具を解除したと知らせてきた。
「一基目を動かします」
左右の手を箱の取っ手へ掛け、ゆっくり引き出した。向きを変える前に横の速度を落とし、通路の先にある引渡し架へ運ぶ。
箱を固定し、検収艇から合図をもらって手を離した。固定台は、検収艇を挟んで元の保管棚の反対側にある。
二基目を引き出し、向きを変えようとした時、外部通信の表示が白く光った。
細い線が枝分かれし、一つの円を囲んで消える。継ぎ目のない白い円だった。
「ルミ、今のは?」
「受信表示に異常を検出。記録しています」
背後の灯りが、一斉に赤へ変わった。
『作業許可を確認できません。無人格納処理を開始します』
「待ってくれ、俺も作業員も、まだ中にいるぞ!」
振り返ると、防護扉が左右から閉まり始めていた。検収艇の係留具も締まり始め、艇腹の装甲がへこんだ。
『管制、止めてくれ!保管棚が動いてる!』
作業員の声が上がった。
作業員の乗る艇の後ろにある保管棚が回転していた。そのまま進めば、棚の角が白い艇体へ当たる。
「船長、作業を中止します。艇を先に出します!」
「港にも停止を求めた。レン、貨物は捨て置いて、作業員の乗る艇を先に出せ」
二基目の箱を元の保管棚へ押し戻した。機械式の留め具が掛かったのを確かめ、左右の手を離す。
「ルミ。艇の左側へ回るぞ。保管棚との間には入らないようにしないと」
「通常航法予測を表示。艇体と保管棚との間隔が縮小しています」
青白い線に沿って進んだ。急いで近づきすぎないよう、艇の手前で噴射を切り替える。
『停止命令が通らない。扉も開けられない。作業員を守る安全機能まで切られている。今、電源を直接切ろうとしている!』
管制の声だった。
「艇の係留具は、手で外せますか?」
『外せる。左舷の係留具に、作業機で回す赤い輪がある。押し込んで、そちらから見て時計回りに回せば爪が開く。これは艇内からは回せないんだ、頼む』
「俺がやります。詳しい場所を教えてください」
艇の左側へ、作業員が照明を向けた。係留具の根元に、赤い輪が付いている。
艇腹には、支持用の取っ手があると教えられた。左手をそこへ掛け、係留具が外れた時に艇が動かないよう支えた。右腕だけを伸ばすと、肘が回転する架の通り道へ入りそうだった。
「艇に沿って前へ回る。ルミ、姿勢の調整を頼む」
機体ごと前へ回り、架から右肘を離した。輪の内側へ右手の四本の指を掛け、親指で外側を押さえる。
押し込むと、輪は途中で止まった。まだ爪は開かない。艇を支えた左手は、そのまま保った。
「押したまま回します。艇はまだ動かさないでください」
『分かった。ゆっくり頼む!』
輪を押し込んだまま、手首をひねる操作に切り替えた。ルミが右手首の角度を補い、四本の指が輪を回す。
係留具の爪が開いた。
「外れた。艇を扉に向けてください!」
白い艇が噴射した。俺は引っ張らず、左手で横へずれないよう支える。棚の角が、艇尾のすぐ後ろを通った。
扉の隙間は、もう艇と機体が並んで通れる幅ではなかった。横向きにすれば艇は通せそうだが、左手で支えたままでは俺の肩が扉へ当たる幅になっていた。
「先に艇だけで通ってください。俺は後ろへ回りますので」
「同時通過を中止。縦列での経路を更新します」
ルミが軌道線を引き直した。艇と同じ向きへ進みながら左手を離し、その後ろへ回る。白い艇が隙間を抜けた直後、俺も軌道線へ機体を合わせた。
「艇の後ろを通る。ルミ、補助を頼む」
ペダルを踏んだ。扉の縁が左右を通り、星空が視界に広がる。
扉を抜け、開いた宙域へ進んでから減速した。振り返ると、縁の灯りが重なり、防護扉が閉じ切った。
『区画の動力遮断を確認。検収艇、応答しろ』
『応答する。二人とも無事だ。艇も動く』
「レン、そのまま帰投しろ。貨物は港に保全してもらう」
「依頼人は?」
「引渡し場所に来ていない。連絡もつかん」
戻る間に、ビットから通信が入った。
「レン、無事か?あの白い表示はこっちにも入ったんだ。外部の自動更新は止めた。今は、保存しておいた通信記録だけを調べてる最中だ」
「大丈夫、俺に怪我はない。さっきの円の事か?」
「うん。こっちで受けた通信には、あの依頼を指定した削除要求が入ってる。港からも処理の履歴を送ってもらった。そっちは、保管区画を無人扱いにする更新だったみたいだ」
「そんなことができるのか?」
「受け付けちゃってるんだよ、港の制御器が。作業許可も在室情報も、更新の後で変わってる。人がいるのに、こんなの……」
《ラグナ》の格納庫へ入り、機体を固定した。接続を切り、駆動を停止してから操縦席を出た。身体に異常はなく、ミラが調べた機体の右腕にも傷はなかった。
機体の封印を戻す間に、トウマが二つの画面を用意した。
「左の画面は、今朝こちらに届いた受理票です。右の画面は、現在の契約局のものです」
俺には文字が読めない。トウマに同じ依頼番号で照会したと教えられても、右側に結果が出ないことしか分からなかった。
「取り消されたんですか?」
「それが……取消の履歴もないんです。受注記録も、依頼人の登録も。今朝は確かに受理されていたのに、見つからないんです」
今朝の通話映像を開くと、作業服の男性が図を指した。俺に話しかけ、引渡し場所へ向かうと言った。その声も顔も、こちらの写しには残っている。
「この人の番号も、登録されてないんですか?」
「はい。契約局と港へ照会しましたが、現在は該当者なしです。千四百クレドも、まだ入っていません」
ビットは、更新が入る直前と直後の港の応答を並べた。
「作業許可の返事も変わってるな。入る時はレンと検収艇が登録されてたけど、更新の後は、どっちもいないことになってる」
「その更新で、俺たちがいないことにされたのか?」
「うん。俺、間違ってるのかと思って、港にも調べてもらった。でも同じだった」
「稼働中に受信し、保存した記録を照合しました。最初に民間輸送艇と移動した後の白色ノイズと、共通する信号の並びがあります」
首もとのルミが言った。
「同じ相手なのか?」
「同一の発信者とは確定できません」
白い円は《オルカ》にもあった。あの船で、乗っていたはずの六人が見つからなかったことを思い出した。
さっきまで話していた相手の登録が、今は見つからない。顔も声も残っているのに、本人へ確かめる連絡さえつかなくなっていた。
「依頼人が、俺たちをここへ呼び込んだんですか?」
「分からん。あいつが消された側かもしれんしな」
ガレスが答え、トウマへ向き直った。
「受理票と通話映像、それから港へ送った許可照会の記録をまとめろ。外部と同期しない別の端末に保存しておけ」
「用意します。二基の貨物は港の保全下です。引渡しの検収と精算は、依頼人の確認が取れるまで保留になりました」
ガレスが送った照会への返答は、しばらくして届いた。
契約局の担当者は、依頼番号と発行時刻を確かめてから告げた。
『署名の照合が終わりました。その受理票は、間違いなく本局が発行したものです』




