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無冠の星間皇帝  作者: 天瀬航
第二章 住所のない傭兵団

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第35話 ノーホーム

 朝食の後、食堂に乗員たちが集まった。


 ガレスとトウマは並んで座り、ミラは自分の端末で申請書を読んでいる。ビットは俺の隣へ椅子を寄せた。ソナも医務室から来て、片づけを終えたドランが最後に腰を下ろした。


「先日の分配をもとに、次の仕事から使う規約案をまとめました」


 トウマが端末の文面を読み上げた。


「今後は、共同で仕事を受けるチームとして契約局へ登録することを提案します。依頼の代表者、報酬の受取先、参加者への分け方を、受注する前に決めるためです」


「今までは、船長が受けていたんですよね?」


「船の仕事は俺が受けてきた。お前はそこへ、仮免の条件で加わっている形だな。」


 ガレスは俺だけでなく、卓を囲む全員へ話した。


「俺が代表を務める。契約の内容と報酬は、参加する者に先に知らせる。引き受けられない時は、出発前に言ってくれ」


「代表の船長が、勝手に依頼を受けて来ないよね?」


 ビットがすぐに聞いた。


「通常の依頼は、参加者の同意を取ってから受ける。救難の緊急対応は俺が判断する。その場合も、経緯は全員に説明するぞ」


「それなら賛成。後になって言い合いになるのは嫌だしさ」


「ええ、本当に助かります。皆さんの前で分け方を考え直すのは、私も緊張しますので」


 トウマが続けた。


「共同口座を開き、チームで受けた依頼の報酬を受け取ります。必要経費を精算してから、合意した割合で個人へ分配します」


「俺の口座にある金も、そこへ移すんですか?」


「いいえ。今あるお金は皆さん個人のものです。共同口座は、これから受ける仕事に使います」


 その説明の途中で、ミラが文面の一か所を指した。


「ここには、もう一つ足してある。レンが参加する仕事では、あんたの取り分を参加者の平均より少なくしない」


「新人なのに、それでいいんですか?」


「機体を出して、操縦もする人間だよ?経験が浅いから何でも任せるわけじゃないが、世話になっているから安くていい、と言われても困るね」


 隣のビットが納得するのか気になって、つい顔を見た。


「え、何で俺を見るんだよ?」


「いや、俺は訓練を百回失敗して、やっと一回できたからさ」


「百一回目はできたじゃん。次もできればいいだけ」


 その返事が嬉しかった。俺はミラへ頷いた。


「分かりました、その条件でお願いします」


 俺の取り分が決まった後の返済方法は、今まで通りだった。


 ソナが、受け入れの担当について尋ねた。


「救難の時には、運ぶだけでなく、受け入れる人手も数えておいてください。私はそちらへ回ります」


「運ぶ人数と、けがの状態は先に伝えます。それでいいですか?」


 ソナが頷くと、ドランも口を開いた。


「積荷の量と、作業に使える時間は先に教えてほしい。間に合わないなら、出る前に人数か道具を増やせる」


「依頼ごとの担当表へ加えておきます」


 トウマが入力した。


 説明が終わり、画面が申請者一覧へ切り替わった。


 トウマが名前と申請者番号を一人ずつ読み上げる。俺の番になると、恒久住所の項目で読み上げが止まった。


「レンさんの住所は、引き続き未確認です。連絡先には《ラグナ》を指定します」


「住所がなくても、登録できますか?」


「はい。現在の仮登録を使って申請できます。ただし、チームへ加入しても国籍や正式資格が得られるわけではありません」


 自分の住所を言えないのが気まずくて、俺は冗談で済ませようとした。


「家なしってことですね。俺だけ、ノーホームだ」


「それでいい」


 ガレスが言った。


「何がですか?」


「チームの名前だ。まだ決めてなくてな」


 トウマが団体名の入力欄を開いた。


「では、名前の候補として入力します」


 ガレスが皆へ尋ねた。


「チーム名は《ノーホーム》。でどうだ?」


「待って。今のでチーム名決めるの?」


 ビットが俺とガレスを交互に見た。


「船長、もうちょっと強そうな名前にしない?初めて依頼する人が不安になるって」


「うちの船を見て依頼を取り消さなかった客なら、名前でも逃げんだろう?」


「名前の格好良さの話をしてるんだけど」


「強そうな名前だけで仕事が来るなら、あたしもそっちにするよ」


 ミラは笑って、俺へ尋ねた。


「言い出した本人は、嫌かい?」


「嫌ではないです。ただ、俺の住所の話から、皆さんのチーム名まで決めていいのかと思って」


「だから、皆で決めればいいんですよ」


 ソナが穏やかに言った。


「私は賛成です。呼びやすい名前ですし」


「俺も、それで構わない」


 ドランは空いた食器を卓の端へまとめた。


「戻ってくる船はある。名前がどうでも、飯はここで食べられる」


 俺は思わず笑った。


「家なしなのに、帰ってきたら食事があるんですね」


「そういうチームでいいと思う」


 ドランが答えた。


「私は好きですよ、この名前。覚えてもらえそうですし」


 トウマまで賛成すると、ビットが椅子へ背を預けた。


「俺だけ反対みたいじゃん。別に、嫌だとは言ってないけどさ」


「じゃあ、賛成か?」


「うん。《ノーホーム》でいい。ただ、もっと格好いいのを思いついたら言うからな」


「その時は、聞くだけ聞こう」


 ガレスが答えた。冗談で言った名前を皆が選んでくれたのが、嬉しかった。


「ルミはどうだ?」


「質問の対象は、名称への賛否ですか?」


「それもですが、ルミにも入ってほしい」


 トウマが説明を挟んだ。


「ルミさんには独立した登録番号がないため、正式な構成員としては申請できません。ただし、船内の規約には別で残せます」


「ルミ。その形でいいか?」


「規約を読み上げてください」


 トウマは、決定した文面を項目ごとに読み上げた。代表者と契約条件の共有から始め、個人への分配へ進む。ルミの作業については、機体を動かす時の制御補助と観測を担当し、実行できないものは事前に知らせるとした。


「内容を理解しました。同意します」


「名前も《ノーホーム》で?」


「はい。レンだけを指す呼称ではなく、私たちのチーム名として選びます」


 その返事を、トウマが船内規約に添えた。


 七人が順に端末を回し、署名した。俺も読み上げてもらった内容に同意し、本人確認の読取部へ手を置いた。


 最後に署名したガレスが、契約局へ申請を送った。


 受付を待つ間、トウマは別の申請書を呼び出した。


「救難協力の補助申請です。急な救助で契約を履行できなかった場合、記録があれば審査を受けられます。ただ、損失が必ず埋まる制度ではありません」


「まず助けて、後で書類を書くんでしたね?できれば、書類の出番がない方がありがたいんですが」


 トウマが苦笑していると、ガレスの端末が鳴った。


 《ノーホーム》の登録が受理された。代表はガレス・ロウ、連絡先は《ラグナ》。共同口座の残高は、まだゼロだという。


「名前が付いただけで、残高が増えたりしないのか?」


「そんな簡単に増えるなら、幾つでも付けるんですがね」


 ビットの言葉に、トウマが珍しく即答した。


 ◇


 午後、申請控えを受け取りに、ガレスとビットと契約局へ出かけた。


 帰りにガレスが港の事務所へ寄り、俺たちは連絡通路で待つことになった。近くでは、手荷物を積んだ台車を押した作業員が、床の継ぎ目と格闘していた。


 車輪の一つが、細い溝へ落ちている。作業員が取っ手を引くたび、上に載せた大きな鞄が揺れた。


「ビット、あれ、後ろを支えたら出ないか?」


「前の車輪だろ。持つなら、そっちじゃない?」


『すみません。そのまま車輪を引くと、鞄が落ちそうです、どなたか助けて頂けませんか?』


 俺たちより先に、若い女性が声を掛けた。薄い色の上着に、つばの狭い帽子。色付きの眼鏡の奥から、台車をのぞき込んでいる。


 女性は肩の小さな鞄を下ろした。


『荷物を押さえます。こちらを持ち上げて頂けますか?』


「分かりました。ビット、取っ手を頼む」


 しゃがんで前輪の枠を持つ。女性が一番上の鞄へ両手を置くと、隣にいた背の高い女性も、黙って反対側を押さえた。


「せーの、で上げます。せーの」


 前輪が浮き、ビットと作業員が台車を引いた。溝を越えたところで、ゆっくり下ろす。


『助かりました。ありがとうございます』


 作業員は、荷物の留め具を掛け直して何度も頭を下げた。


「荷物、落ちなくてよかったですね」


『ええ。少し、危なかったですけれど』


 帽子の女性が、自分の袖を見ていた。台車の縁に触れた袖が、白く汚れている。


 ビットが、首に掛けていた布を差し出した。


「これ、使う?油は付いてないはず」


『はず、ですか?』


「顔を拭く方だから、大丈夫。たぶん」


『それなら、袖だけ』


 女性が笑って布を借りた。そばの女性も口元を緩めている。


「こっちがビットで、俺は神代蓮です」


『私はレティシアと申します。こちらはヴェラです』


 名前を言われ、ようやく、顔をろくに見ていなかったと気づいた。帽子に収めた淡い金色の髪が、一筋だけ頬にかかっている。


『この港へは、お仕事で?』


「ええ、そうです。さっき、チームの登録を済ませてきました」


「チーム名は《ノーホーム》っていうんだ」


 ビットが付け足すと、レティシアは一度だけ、目を瞬いた。


『……そういう、お名前なんですね?』


「今、ちょっと変な名前だと思いました?」


『覚えやすいと思いました』


 答えるまでの間に、俺もビットも笑ってしまった。


「明日は、買い物に来るつもりなんです。あっちにも店があるんですか?」


 広場へ続く通路を指すと、レティシアが頷いた。


『ええ。窓の前に茶店もあります。私も、明日はそちらへ寄るつもりです』


 ヴェラが通路の時計へ目を向けた。


『そろそろ、お時間です』


『分かりました。先程は、ありがとうございました』


 レティシアは、布を使った面を内側に折ってビットへ返した。


『お仕事、うまくいくといいですね。カミシロ・レンさん、ビットさん』


 自分の鞄を持ち直した彼女たちが去ってから、ビットが布を開いた。


「やっぱり名前、変だったかな?」


「それなら船に帰ったら、みんなにもう一回言ってみるか?」


「今から変えたら、また登録しなおしじゃん」


 ちょうど戻ってきたガレスが、何を変えるんだ?と聞いた。ビットは首を振り、俺は笑いをこらえた。


「なあ、レン。港、案内してやろうか?今日は用事ばっかりだったし」


明日は、朝から休みの予定だった。


「それなら頼む。物を買う前に、それが高いのか安いのかも教えてくれ」


「そこからかよ?」


 ビットに最初の行き先を聞かれ、俺は通路の先に見える青い光へ目を向けた。

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