第35話 ノーホーム
朝食の後、食堂に乗員たちが集まった。
ガレスとトウマは並んで座り、ミラは自分の端末で申請書を読んでいる。ビットは俺の隣へ椅子を寄せた。ソナも医務室から来て、片づけを終えたドランが最後に腰を下ろした。
「先日の分配をもとに、次の仕事から使う規約案をまとめました」
トウマが端末の文面を読み上げた。
「今後は、共同で仕事を受けるチームとして契約局へ登録することを提案します。依頼の代表者、報酬の受取先、参加者への分け方を、受注する前に決めるためです」
「今までは、船長が受けていたんですよね?」
「船の仕事は俺が受けてきた。お前はそこへ、仮免の条件で加わっている形だな。」
ガレスは俺だけでなく、卓を囲む全員へ話した。
「俺が代表を務める。契約の内容と報酬は、参加する者に先に知らせる。引き受けられない時は、出発前に言ってくれ」
「代表の船長が、勝手に依頼を受けて来ないよね?」
ビットがすぐに聞いた。
「通常の依頼は、参加者の同意を取ってから受ける。救難の緊急対応は俺が判断する。その場合も、経緯は全員に説明するぞ」
「それなら賛成。後になって言い合いになるのは嫌だしさ」
「ええ、本当に助かります。皆さんの前で分け方を考え直すのは、私も緊張しますので」
トウマが続けた。
「共同口座を開き、チームで受けた依頼の報酬を受け取ります。必要経費を精算してから、合意した割合で個人へ分配します」
「俺の口座にある金も、そこへ移すんですか?」
「いいえ。今あるお金は皆さん個人のものです。共同口座は、これから受ける仕事に使います」
その説明の途中で、ミラが文面の一か所を指した。
「ここには、もう一つ足してある。レンが参加する仕事では、あんたの取り分を参加者の平均より少なくしない」
「新人なのに、それでいいんですか?」
「機体を出して、操縦もする人間だよ?経験が浅いから何でも任せるわけじゃないが、世話になっているから安くていい、と言われても困るね」
隣のビットが納得するのか気になって、つい顔を見た。
「え、何で俺を見るんだよ?」
「いや、俺は訓練を百回失敗して、やっと一回できたからさ」
「百一回目はできたじゃん。次もできればいいだけ」
その返事が嬉しかった。俺はミラへ頷いた。
「分かりました、その条件でお願いします」
俺の取り分が決まった後の返済方法は、今まで通りだった。
ソナが、受け入れの担当について尋ねた。
「救難の時には、運ぶだけでなく、受け入れる人手も数えておいてください。私はそちらへ回ります」
「運ぶ人数と、けがの状態は先に伝えます。それでいいですか?」
ソナが頷くと、ドランも口を開いた。
「積荷の量と、作業に使える時間は先に教えてほしい。間に合わないなら、出る前に人数か道具を増やせる」
「依頼ごとの担当表へ加えておきます」
トウマが入力した。
説明が終わり、画面が申請者一覧へ切り替わった。
トウマが名前と申請者番号を一人ずつ読み上げる。俺の番になると、恒久住所の項目で読み上げが止まった。
「レンさんの住所は、引き続き未確認です。連絡先には《ラグナ》を指定します」
「住所がなくても、登録できますか?」
「はい。現在の仮登録を使って申請できます。ただし、チームへ加入しても国籍や正式資格が得られるわけではありません」
自分の住所を言えないのが気まずくて、俺は冗談で済ませようとした。
「家なしってことですね。俺だけ、ノーホームだ」
「それでいい」
ガレスが言った。
「何がですか?」
「チームの名前だ。まだ決めてなくてな」
トウマが団体名の入力欄を開いた。
「では、名前の候補として入力します」
ガレスが皆へ尋ねた。
「チーム名は《ノーホーム》。でどうだ?」
「待って。今のでチーム名決めるの?」
ビットが俺とガレスを交互に見た。
「船長、もうちょっと強そうな名前にしない?初めて依頼する人が不安になるって」
「うちの船を見て依頼を取り消さなかった客なら、名前でも逃げんだろう?」
「名前の格好良さの話をしてるんだけど」
「強そうな名前だけで仕事が来るなら、あたしもそっちにするよ」
ミラは笑って、俺へ尋ねた。
「言い出した本人は、嫌かい?」
「嫌ではないです。ただ、俺の住所の話から、皆さんのチーム名まで決めていいのかと思って」
「だから、皆で決めればいいんですよ」
ソナが穏やかに言った。
「私は賛成です。呼びやすい名前ですし」
「俺も、それで構わない」
ドランは空いた食器を卓の端へまとめた。
「戻ってくる船はある。名前がどうでも、飯はここで食べられる」
俺は思わず笑った。
「家なしなのに、帰ってきたら食事があるんですね」
「そういうチームでいいと思う」
ドランが答えた。
「私は好きですよ、この名前。覚えてもらえそうですし」
トウマまで賛成すると、ビットが椅子へ背を預けた。
「俺だけ反対みたいじゃん。別に、嫌だとは言ってないけどさ」
「じゃあ、賛成か?」
「うん。《ノーホーム》でいい。ただ、もっと格好いいのを思いついたら言うからな」
「その時は、聞くだけ聞こう」
ガレスが答えた。冗談で言った名前を皆が選んでくれたのが、嬉しかった。
「ルミはどうだ?」
「質問の対象は、名称への賛否ですか?」
「それもですが、ルミにも入ってほしい」
トウマが説明を挟んだ。
「ルミさんには独立した登録番号がないため、正式な構成員としては申請できません。ただし、船内の規約には別で残せます」
「ルミ。その形でいいか?」
「規約を読み上げてください」
トウマは、決定した文面を項目ごとに読み上げた。代表者と契約条件の共有から始め、個人への分配へ進む。ルミの作業については、機体を動かす時の制御補助と観測を担当し、実行できないものは事前に知らせるとした。
「内容を理解しました。同意します」
「名前も《ノーホーム》で?」
「はい。レンだけを指す呼称ではなく、私たちのチーム名として選びます」
その返事を、トウマが船内規約に添えた。
七人が順に端末を回し、署名した。俺も読み上げてもらった内容に同意し、本人確認の読取部へ手を置いた。
最後に署名したガレスが、契約局へ申請を送った。
受付を待つ間、トウマは別の申請書を呼び出した。
「救難協力の補助申請です。急な救助で契約を履行できなかった場合、記録があれば審査を受けられます。ただ、損失が必ず埋まる制度ではありません」
「まず助けて、後で書類を書くんでしたね?できれば、書類の出番がない方がありがたいんですが」
トウマが苦笑していると、ガレスの端末が鳴った。
《ノーホーム》の登録が受理された。代表はガレス・ロウ、連絡先は《ラグナ》。共同口座の残高は、まだゼロだという。
「名前が付いただけで、残高が増えたりしないのか?」
「そんな簡単に増えるなら、幾つでも付けるんですがね」
ビットの言葉に、トウマが珍しく即答した。
◇
午後、申請控えを受け取りに、ガレスとビットと契約局へ出かけた。
帰りにガレスが港の事務所へ寄り、俺たちは連絡通路で待つことになった。近くでは、手荷物を積んだ台車を押した作業員が、床の継ぎ目と格闘していた。
車輪の一つが、細い溝へ落ちている。作業員が取っ手を引くたび、上に載せた大きな鞄が揺れた。
「ビット、あれ、後ろを支えたら出ないか?」
「前の車輪だろ。持つなら、そっちじゃない?」
『すみません。そのまま車輪を引くと、鞄が落ちそうです、どなたか助けて頂けませんか?』
俺たちより先に、若い女性が声を掛けた。薄い色の上着に、つばの狭い帽子。色付きの眼鏡の奥から、台車をのぞき込んでいる。
女性は肩の小さな鞄を下ろした。
『荷物を押さえます。こちらを持ち上げて頂けますか?』
「分かりました。ビット、取っ手を頼む」
しゃがんで前輪の枠を持つ。女性が一番上の鞄へ両手を置くと、隣にいた背の高い女性も、黙って反対側を押さえた。
「せーの、で上げます。せーの」
前輪が浮き、ビットと作業員が台車を引いた。溝を越えたところで、ゆっくり下ろす。
『助かりました。ありがとうございます』
作業員は、荷物の留め具を掛け直して何度も頭を下げた。
「荷物、落ちなくてよかったですね」
『ええ。少し、危なかったですけれど』
帽子の女性が、自分の袖を見ていた。台車の縁に触れた袖が、白く汚れている。
ビットが、首に掛けていた布を差し出した。
「これ、使う?油は付いてないはず」
『はず、ですか?』
「顔を拭く方だから、大丈夫。たぶん」
『それなら、袖だけ』
女性が笑って布を借りた。そばの女性も口元を緩めている。
「こっちがビットで、俺は神代蓮です」
『私はレティシアと申します。こちらはヴェラです』
名前を言われ、ようやく、顔をろくに見ていなかったと気づいた。帽子に収めた淡い金色の髪が、一筋だけ頬にかかっている。
『この港へは、お仕事で?』
「ええ、そうです。さっき、チームの登録を済ませてきました」
「チーム名は《ノーホーム》っていうんだ」
ビットが付け足すと、レティシアは一度だけ、目を瞬いた。
『……そういう、お名前なんですね?』
「今、ちょっと変な名前だと思いました?」
『覚えやすいと思いました』
答えるまでの間に、俺もビットも笑ってしまった。
「明日は、買い物に来るつもりなんです。あっちにも店があるんですか?」
広場へ続く通路を指すと、レティシアが頷いた。
『ええ。窓の前に茶店もあります。私も、明日はそちらへ寄るつもりです』
ヴェラが通路の時計へ目を向けた。
『そろそろ、お時間です』
『分かりました。先程は、ありがとうございました』
レティシアは、布を使った面を内側に折ってビットへ返した。
『お仕事、うまくいくといいですね。カミシロ・レンさん、ビットさん』
自分の鞄を持ち直した彼女たちが去ってから、ビットが布を開いた。
「やっぱり名前、変だったかな?」
「それなら船に帰ったら、みんなにもう一回言ってみるか?」
「今から変えたら、また登録しなおしじゃん」
ちょうど戻ってきたガレスが、何を変えるんだ?と聞いた。ビットは首を振り、俺は笑いをこらえた。
「なあ、レン。港、案内してやろうか?今日は用事ばっかりだったし」
明日は、朝から休みの予定だった。
「それなら頼む。物を買う前に、それが高いのか安いのかも教えてくれ」
「そこからかよ?」
ビットに最初の行き先を聞かれ、俺は通路の先に見える青い光へ目を向けた。




