第34話 報酬の分け方
回収した空の作業箱を、格納庫の台へ下ろした。
箱の底が台に触れたのを見届け、機体の左手を開く。右の二本爪は、最後まで添えるだけにした。
「船長、搬入が終わりました」
「確認した。所定位置へ戻れ」
ガレスの返事を聞いてから、《ソヴリン・ゼロ》を格納架へ向けた。
三月二十三日。推力を抑えて、船の荷物を移すだけの作業だった。それでも、訓練の時より肩に力が入った。画面の中でなら、落とした箱はやり直すたび元へ戻るが、今、運んだ箱は、角をぶつけた跡すら残っていない。
操縦席から下りると、ミラが箱をのぞき込んでいた。
「何かありました?」
「いや。箱の中に入れる物を決めてるんだ。せっかくだから、使わないとね」
何も壊していない。それだけのことで、口元が緩んだ。
「助かったよ。交換腕の見積もりも出た。九千クレドだよ。昼ご飯の後、小会議室で相談しよう。トウマからもお金の話があるってさ」
その言い方で、笑いが引っ込んだ。
◇
机の上の端末には、「1,400」と表示されていた。
「七日前の無人観測器回収について、契約局の記録審査が終わりました」
トウマが説明を始めた。隣にはガレス、向かいにはミラとビットが座っている。
「回収できなかったのに、お金が出るんですか?」
「基本報酬は出ません。今回の入金は、契約に参加していない武装機の介入に対する補償です」
画面が変わり、《グレイ・ウルフ》と《ラグナ》の航跡が並んだ。
カイルに拘束された時の記録だった。作業箱を運んだ今日の手当ではない。
「これを、どう分けるか相談したいんです。ソナ先生とドランさんからは、先に意見を頂いています」
トウマが七人分の欄を開いた。
「機体にいた俺と、救出を指揮した船長で分けるんですか?」
「それじゃ、船にいた俺たちはゼロ?」
ビットが身を乗り出した。
「レンの分を取るって話じゃないけど。追いつかれて撃たれたら、船の中も危なかったじゃん」
「そうだな。あの時、船が来てくれなかったら、俺は無事に戻れなかった」
口にして、あの時聞こえた声を思い出した。ミラは機体の状態を見ていて、ビットは俺を呼んでいた。俺を連れ戻してくれたのは、ガレス一人ではなかった。
「じゃあ、全員に同じだけ?」
「それだと、機体ごと縛られたあんたと、あたしの分が同じになるね」
ミラが言った。
「二人には直接対応した分を足して、残りは皆で分ける。あたしは、それがいいと思う。ソナとドランも賛成してるよ」
「具体的には、幾らですか?」
「まず七人に百ずつ。残りの七百を、あんたと船長で半分ずつ」
俺とガレスが四百五十。ほかの五人が百ずつ。入力された七つの数字を、指で追った。
「うん。それならいい」
ビットが椅子へ戻った。
「俺、百クレドで交換用の部品を買おうかな。ずっと欲しかったんだよなあ」
「仕事用か?」
「俺の端末用だけど。駄目か?」
「いや。何を買うのかと思って」
自分のもらった報酬額を端末で見た。俺を狙う相手が来て、皆を巻き込んだ。そのことが気にならなくなったわけじゃない。
「俺も、この分け方でお願いします」
「俺も賛成だ。次からは、仕事の前に決めておこう」
ガレスがそう言い、トウマが肩を下ろした。
「助かります。終わってからでは、私も計算だけで決められませんので」
俺の取り分は、いつもの割合で分けてもらった。返済へ二百七十、手元へ九十、資格と整備の予備費へ九十クレド。
仮口座は二万一千八百四十二クレドになった。未受領の三十六は、まだ含まれていない。
「……九千、使えますね」
思わず声に出すと、ミラがこちらを見た。
「右腕かい?」
「はい。見積もりの腕、お願いします」
前に見せてもらった図をミラが呼び出した。灰色の装甲に、五本指の手。左腕とは形が違う。それでも、二本爪よりずっと、自分が使うところを想像しやすかった。
「部品と加工、取付け、試験までで九千。胸と肩と右脚は、最初の修理契約の分だから追加は取らないよ」
「分かりました。両手で荷物を持てたら、今日の箱も、もっと楽に運べますね」
ミラは図を閉じずに、指先で灰色の手を拡大した。
「そうだねえ。まずは、しっかり動く腕にしよう」
◇
翌日、格納庫では胸の装甲が外され、支持材の交換が進んだ。右肩の接続部も調整され、新しい右腕が取り付けられた。欠けていた右脚の爪は、交換した部分だけが明るい灰色になった。
三月二十五日の朝、機体の左右には、ようやく五本指の手が揃っていた。
「取り付けと、外からできる検査は済んだ。今日は、あんたが動かす番だよ」
港の検査担当者が、ガレスと封印板を外す。俺は操縦席へ上がった。
「接続の準備ができました、レン」
「始めてくれ」
「承認を確認。神経接続を開始します」
ミラの指示で、機体の右手を開いた。以前の二本爪が映っていた場所で、五本の指が広がる。
ゆっくり握り、もう一度開く。操作してから動き出すまでの、あの待たされる感じがほとんどなかった。
「制御信号の追加遅延、0.04秒。指定範囲内です」
「前は0.2秒もあったからねえ。機体はどうだい?」
「もう、動いたんだなって。反応を待たなくていいのが、変な感じです」
「そのうち慣れるよ。今度は、箱を持ってみようか?」
吊り具で、取っ手の付いた試験用の箱が運ばれてきた。
親指を取っ手の裏へ回し、残りの指を沿わせる。ルミが指先の圧力を表示した。握る力を少しずつ増やすと、吊り具の索が緩んだ。
箱は、右手だけで支えられていた。
指定された高さまで持ち上げ、台へ戻す。箱の重さが手から抜けたのを確かめて、指を開いた。
「もう一回、やっていいですか?」
「いいよ。持ち上げる時だけじゃなく、置く時の具合も覚えておきな」
二度目は、台に当てる音を小さくできた。
脚の試験では、支持索を付けたまま、左右の足へ順に重さを移した。右の三本の爪が台を捉え、頭上の索にたるみができる。右脚で支えても、機体は傾かなかった。
続いて、港の試験区画へ出た。目印の手前で減速し、曲がってから加速する。段階ごとに推力を上げ、胸部と関節の反応を調べた。
最後まで警告は出なかった。
格納架へ戻って接続を切ると、作業台の下からミラが呼んだ。
「胸も肩も脚も問題なし。右腕の取付け部にも歪みはない。これで、本修理は終わりだよ」
「終わり、ですか?」
「ああ。今回試した範囲なら、もう修理箇所に合わせて出力を抑えなくていい。測ってない最大出力まで保証するわけじゃないけどね?」
見上げた機体の右手は、指を軽く曲げていた。黒い左腕と、灰色の右腕。色は揃わなかったが、俺はこっちの方が好きになれそうだった。
「ありがとうございます。仕事で使うのが楽しみです」
「使ったら、感想を聞かせな。あたしも、聞くのを楽しみにしてるよ」
検査結果を確かめてから、九千クレドの支払いを承認した。残高は一万二千八百四十二。大きく減った数字を見て、さすがに息をつく。
「高かったと思ってるかい?」
「高かったです」
「だろうね」
「でも、この腕は、代金を払ってでも欲しかったです」
ミラは、外した手袋を腰に挟んだ。
「そりゃよかった。こっちも、そう言ってもらえると嬉しいよ」
作業台の端には、今まで付いていた二本爪が置かれていた。傷の入った片方の爪を、俺は手のひらで一度たたいた。
「ルミ。今日の記録、残しておいてくれ」
「保存済みです。どの範囲を再生しますか?」
「今はいい。また仕事がうまくいかなかった時に、見たい」
「了解しました」
格納庫を出る時、手元の端末へ支払いの控えが届いた。
九千クレド。今度は、その数字を見てもため息は出なかった。




