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無冠の星間皇帝  作者: 天瀬航
第二章 住所のない傭兵団

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第29話 悪魔の再来

 翌朝、ビットが俺の端末へ一つの映像を送ってきた。


 画面には、現地の文字で見出しが表示されていた。読み上げ機能を使うと、機械音声がその内容を伝えた。


【七千年ぶりに戻った黒い悪魔】


「何だ、これ?」


「今朝から港の公開掲示板で広まってる。まずは最後まで見て」


 映像は、海賊巡洋艦との戦いから始まった。


 遠くから撮影された《ソヴリン・ゼロ》が右腕を長い砲身へ組み替え、白い光を放つ。光が消えると、映像が切り替わった。


 赤茶色の星を背に、黒い人型の影が浮かんでいる。


 映像はひどく乱れており、頭と胴体らしい部分は分かるが、腕や脚は映像の乱れで一部が見えない。


 背中には、細長い影が何本か伸びていた。


 黒い影の周囲で光が増え、星空が白くなったところで古い記録は終わった。長さは二秒にも満たなかった。


 その下には、黒い人型機が七千年前に一つの文明を滅ぼし、《ソヴリン・ゼロ》として戻ってきたと書かれていた。


「これが七千年前の映像だっていうのか?」


「投稿した奴はそう書いてる。でも、七千年前の映像だと分かる証拠はない」


「最初に投稿したのは誰だ?」


「使い捨てのアカウントで、もう削除されてる。今残ってるのは転載だけ。確認できた範囲では、十八の公開掲示板に三百十二回転載されてる」


 転載数は、ビットが説明している間にも増えていた。


 小会議室へ行くと、ガレスとトウマも同じ映像を見ていた。机の端末には、公開掲示板から集めた記事が並んでいた。


「確認できたことから説明します」


 トウマが一つ目の記事を開いた。


「約七千年前、三つの星系に居住地を持つ《ハルヴァ文明》との通信が途絶えました。複数の遺跡は発見されていますが、文明が滅びた原因と、生存者がいたかどうかは現在も不明です」


「その文明を黒い機体が滅ぼした証拠は?」


「ありません」


 トウマは古い方の映像を止め、黒い影を拡大した。輪郭は粗くなり、細部は余計に分からなくなった。


「公開史料庫では、ハルヴァ文明が消える直前の映像として保管されていました。ただし、原本ではありません。現存するのは約二千年前に作られた複製で、それ以前の保管経路は分かっていません」


 約二千年前の複製。それ以前は誰が持っていたかも分からない映像の隣に、今朝の俺たちの戦いが並べられた。


 トウマは現在の戦闘映像と古い映像を並べた。


「共通して分かるのは、人型であること、全体が黒く見えること、背中に複数の突起があることです。古い映像には大きさを比べられる物がなく、細部も確認できません。これだけでは《ソヴリン・ゼロ》と同じ機体だと判断できません」


「ルミ。お前の記録に、ハルヴァ文明はあるか?」


「ありません。私が持つ記録は、レンの覚醒後から始まっています。機体内部にも、ハルヴァ文明と照合できる履歴はありません」


「逆に、別の機体だと断定することもできないんだな?」


「はい。現時点では、レンが搭乗するこの機体かどうか判断できません」


 同じ機体だという証拠はない。それでも、違うと証明できないというだけで、記事は《ソヴリン・ゼロ》を悪魔扱いしていた。


 別の記事には、古い映像の直後に、海賊巡洋艦の主砲が向きを変えた場面がつながれていた。《ラグナ》と輸送艇が主砲に狙われていた場面は切られている。これでは、《ソヴリン・ゼロ》が理由もなく巡洋艦を攻撃したように見える。


「これ、《ラグナ》が持っている映像じゃないですよね?」


「はい。港外縁の監視映像と、周辺船が公開した映像をつなぎ合わせたものです。《ラグナ》の映像は売っていません」


 トウマが答えた。


「ケイさんは、この映像を知ってたんでしょうか?」


「そこまでは分かりかねます。撮影した船は、ほかにもありますから」


 ガレスが記事を閉じた。


「噂に反論するために、未編集の記録を全部出すつもりはない。船の位置や武装、通信内容まで公開すれば、こちらを狙う相手に情報を渡すことになるからな」


「公表できる記録はないんですか?」


「確認できた事実だけを出すつもりだ。あの戦闘で《ソヴリン・ゼロ》が守った船と、死者が出なかったこと、海賊船乗員の救助記録だ。古い映像については、同じ機体と確認できないと書く。噂が止まる保証はないが、こちらまで証拠のない話を広める必要はない」


 ガレスの方針を、トウマが短い声明へまとめ始めた。


 その途中で、机の端末に着信が入った。相手は、昨日の護衛記録を見て《ラグナ》へ次の仕事を打診していた運送会社だった。


『ロウ船長。申し訳ありませんが、外縁倉庫までの護衛依頼は取り下げます』


「理由を聞かせてくれ」


『黒い機体を積んだ船との契約に、乗員と保険会社が同意しませんでした。もちろん、昨日の護衛結果に問題がなかったことは承知しています』


「《ソヴリン・ゼロ》は出撃させない。《ラグナ》だけで護衛する条件でも駄目か?」


『機体を船内に置いたままでは、危険がないと説明できません。別の船へ依頼します』


 通信はそこで終わった。


「契約前の打診だったため、違約金は発生しません」


 トウマが依頼候補を一覧から外した。


「予定報酬は九百クレドでした。経費を引いた後、レンさんへ配分される見込みだったのは六十クレドです。それよりも、銀級審査につながる護衛の機会が一つなくなったことが痛手ですね」


「昨日は、四隻とも無事に送り届けたのに」


 トウマの指が、消えた依頼のあった場所で止まった。


「昨日の依頼記録は、消させません。別の依頼先へ出す時にもきちんと添えます」


 言い返す相手は、もう画面にいなかった。昨日は六時間、あの四つの点を見ていたのに。


「俺が《ラグナ》を降りれば、次の依頼は断られずに済むんでしょうか?」


 ガレスは取り下げられた依頼の表示を消した。


「お前だけ降りても、《ソヴリン・ゼロ》は船に残るぞ。だからといって、機体まで追い出すつもりはない。ルミも同じだ。相手の不安を減らすための方法は考えるが、仲間を切り離してまで済ませる気はないな」


「でも、このまま仕事がなくなったら?」


「実績を見て契約してくれる相手を探す。噂で仕事を断られたことも記録しておく。怖がっている相手を怒鳴っても、安心はさせられんからな」


 俺が船を降りても、機体への不安は残る。頭では分かっていても、《ソヴリン・ゼロ》のせいで《ラグナ》の仕事が一つ減ったことが苦しかった。


 トウマは防衛と救助の記録を添え、声明の案をこちらへ向けた。公開できる事実は、さっきガレスが挙げた内容に絞ってある。


「操縦者名の欄だけ、まだ空けています」


「俺の名前も出すんですか?」


「船の名義だけでも声明は出せる。だが、操縦者としてお前の名前を載せるかどうかは、お前が決めろ」


 名前を出せば、噂を信じた相手に俺のことが知られる。実際、あの戦闘で操縦していたのは俺だった。


「出してください。俺が操縦したことまで隠すつもりはありません」


「トウマ、レンの名前も入れて公開しろ」


 声明は《ラグナ》名義で公開され、操縦者の欄には俺の名前と申請者番号が添えられた。


 声明への反応はすぐに増えた。救助記録を信じるという返信もあった。一方で、古い映像との関係を否定できていない、悪魔を隠しているだけだという書き込みも続いた。


「助けた記録があっても、悪魔だと言われるんですね」


「全員をすぐに納得させるのは無理だ」


 ガレスは表示を閉じた。


「それでも、後から確かめたい奴が読めるように、記録は残しておく。出す意味はあると思うぞ」


 午後、俺はビットと一緒に契約局の港内窓口へ向かった。依頼を取り下げられたことが、灰級仮免の安全評価に響かないか確かめるためだった。


 通路の壁面にも、古い映像と《ソヴリン・ゼロ》を並べた記事が映っていた。


 窓口で申請者番号を提示すると、担当者が今回の依頼撤回記録を開いた。


『カミシロ・レンさんですね。今回の撤回は依頼主側の判断です。契約違反や事故ではないため、灰級仮免の安全評価には加点も減点もありません』


「依頼を取り下げられたことは記録に残るんですか?」


『撤回理由とともに残ります。ただし、契約前なので、銀級審査へ提出できる護衛実績にはなりません』


 仕事は失ったが、これまでの安全記録まで悪くなったわけではなかった。


 窓口を離れた時、待合の椅子にいた二人の作業員が、こちらを見ていた。担当者が口にした俺の名前を聞き、壁面の記事と結びつけたらしい。


 俺とビットが帰りの通路へ入ると、二人の作業員も少し後ろを歩き始めた。


 通路の途中で振り返ると、二人は足を止めた。一人がもう一人に何かを言い、二人とも通路の端へ寄った。


 俺たちに先へ行くよう、手で示した。


「俺たちは急いでないので、先にどうぞ」


『いえ。どうぞ』


 返事は短く、二人とも俺と目を合わせなかった。


 ビットが何か言おうとしたので、首を振って止めた。ここで言い返しても、余計に怖がらせるだけだ。


 俺たちがかなり離れるまで、後ろから二人の足音は聞こえなかった。


「レン、こっちこっち」


 分かれ道でビットが呼んだ。いつもの帰り道へ、少し先に立っていた。


 何か言ってほしい気もした。でも、何を言われても困る気もした。俺はビットの隣へ追いつくと、ビットは歩く速さを戻した。


 《ソヴリン・ゼロ》は格納庫で封印されたままだった。


 機体に乗っていない俺自身まで警戒されるのは、初めてだった。

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