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無冠の星間皇帝  作者: 天瀬航
第二章 住所のない傭兵団

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第28話 笑顔の情報屋

 食料船団の護衛を終えた日の夕方、ビットから通信が入った。


「レン。面会の申し込みが来てるぜ」


「俺に?」


「正確には、レンと船長の二人に。相手はケイ・オーヴァ。職業欄には情報仲介人って書いてあるな」


「情報仲介人?」


「情報を集めて、必要な相手へ売る仕事。戦場映像を買いたいってさ」


 戦場映像と聞いて、海賊巡洋艦との戦いを思い出した。《ソヴリン・ゼロ》が右腕を砲身へ組み替え、主砲を撃った時の映像だ。


「もう映像は出回ってるんじゃないのか?」


「出回ってるのは港の監視映像と、離れた船から撮った映像だけだ。どれも遠くて、機体の形がよく見えない。相手が欲しいのは《ラグナ》の外部カメラ映像と、《ソヴリン・ゼロ》が記録した映像らしい」


「俺が売っていい映像なのか?」


「それも含めて聞くんだろ?船長はもう、会議室にいるよ」


 面会は《ラグナ》の小会議室で行うことになった。ガレスとトウマが同席し、ビットは通信記録を管理するため壁際の端末についた。


 扉が開き、灰色の髪を後ろへ撫でつけた男性が入ってきた。右目に細い銀縁の片眼鏡をかけ、濃い緑色の上着を着ている。年齢は四十歳を少し過ぎたくらいに見えた。


 男性は部屋へ入ってからずっと笑顔だった。全員に目を向け、ガレスの前で立ち止まった。


『初めまして。情報仲介人のケイ・オーヴァと申します。ロウ船長、お時間をいただきありがとうございます。こちらがカミシロさんですね?』


「神代蓮です」


 ケイは俺の名前を端末へ入力した。知らない相手が自分の名前を入力するのを、俺はじっと見ていた。


 ケイは席に着いた。


「それで、映像を買いたいとのことですが?」


『海賊巡洋艦との戦闘です。できれば、砲撃の前後の映像を切っていないものを』


 ケイは薄い端末を机へ置いた。画面に「20,000」という数字が表示され、その横には読めない契約文が並んでいる。


『買い取り価格は二万クレド。映像を複製し、私が再販売する権利も含みます。もちろん元の映像は皆さんの手元に残ります』


 二万クレド。採掘所の救難と食料船団の護衛で俺に配分された六百五十クレドとは、桁が違う。修理債務には遠く及ばなくても、軽く扱える額ではなかった。


「売った映像は、誰に渡るんですか?」


『購入者を限定しない契約です。報道会社や機体製造会社、軍事研究者、個人収集家などに販売する可能性があります』


「軍にも売るんですね?」


『はい。軍も販売先から除外しておりません。それを隠して契約を結ぶつもりもございませんよ』


 ケイは笑顔を保ったまま答えた。


「トウマ。この映像を売る権利は誰にある?」


「《ラグナ》の外部カメラ映像は船の記録なので、船長に管理権があります。ただし、レンさんとルミさんの音声、《ソヴリン・ゼロ》の内部記録、港警備艇の識別情報は別に扱う必要があります。機体の所有権が未確定なので、機体側の映像を売ることは勧めません」


「船の外部映像だけなら?」


「条件次第で可能です。ただし、港警備局へ提出した証拠映像と重なる部分は、公開できる範囲を先に確認する必要があります」


 ガレスは契約画面を見た後、ケイへ向き直った。


「すまんが、今日は売らん。公開できる範囲を確認してから返事をする」


『承知しました。急いでお決めいただく必要はありません。確認もせずに映像を売る方とは、私も長くお付き合いできませんので』


「商談を保留にした相手にも愛想がいいんだな」


『笑顔は無料です。情報は有料ですが、ね』


 ビットが端末から顔を上げた。


「その情報って、映像を買いたがってる相手のこと?」


『お察しの通りです、ビット君。ただし、単なる買い手の一覧ではございません。映像を欲しがっている相手は複数おります。その中に、黒い人型機を捜している国家機関が一つあります』


「それは事実か?」


『私の調べた範囲では確認済みです。照会文には官用署名が付いていました。国家機関による照会を示す暗号印で、民間には発行されません。私が確認した限り、偽造の痕跡もありませんでした』


「どこの国だ?」


『それは開示できません』


 ケイの笑顔は変わらなかった。


「知らないのか、知っていて言わないのか。どちらだ?」


『国名は把握しております。ただし、情報を得た経路を守るため開示できません』


「目的は?」


『未確認です。回収、解析、破壊のどれを望んでいるのか、私には断定できません』


「なぜ俺たちに教える?」


『映像を求める相手に国家機関が含まれることを、伏せたまま契約はできません。危険の可能性を隠せば、次は信用していただけないでしょう。もちろん、私の話を信じるかどうかは皆さん次第です』


「親切なだけ、じゃないんですね?」


『もちろんです。カミシロさんが無事でいてくだされば、またお取引の機会があるかもしれません。私にとっても、その方が得なのです』


「売れなくなったら、困るわけですか」


『ええ。ですから、危ない買い手の話も先にお伝えします。名前まで売るわけにはいきませんが、ね?』


 信じていい相手かは分からない。それでも、答えられないことを答えられないと言う分、話はしやすかった。


「ルミ。今の説明に矛盾はあるか?」


「提示された情報だけでは、国家機関の存在を検証できません。ただし、ケイ・オーヴァの発言同士に明らかな矛盾は見当たりません」


『ルミさん、初めまして。実に的確なご回答です』


「評価は要求されていません」


『失礼しました』


 ケイは丁寧に頭を下げた。ルミにも、俺たちと同じように話しかけていた。


「警告は分かった。ほかに用件はあるのか?」


『ロウ船長。こちらをご覧ください』


 ケイが端末を操作すると、契約画面が消え、代わりに一枚の画像が表示された。


 灰色の壁に、継ぎ目のない白い円が残っている。大きさの分かるものは写っていない。


 それでも、《オルカ》の操舵室前で見た円とよく似ていた。


「この画像、どこで手に入れたんですか?」


『先ほど申し上げた国家機関の照会文に添付されていました。黒い人型機の映像と、この白い円に関係する記録を求める照会です』


 俺は机の縁へ左手をついた。もう一度画像を見ても、円の周りに《オルカ》の操舵室はなかった。


『両者の関係を記した説明はありません。分かるのは、同じ相手が両方を捜しているということだけです』


 ガレスが俺を見た。


「レン。見覚えがあるのか?」


「《オルカ》にあった白い円に似てます」


「トウマ。《オルカ》で撮った画像と比べられるか?」


「この画像を受け取れれば、輪郭は比較できます。ただし、材質や撮影場所までは判断できません」


『でしたら、画像をお渡ししましょう』


「いくらだ?」


『今回は無料です』


 ガレスはすぐに受け取らなかった。


「無料の情報ほど、後で高くつくことがあるな」


『よくご存じで。ですが、これは先ほどの警告に関係する画像です。情報源を特定できる部分は削除しておりますので、国名も照会経路も分かりません。お渡しするのは画像と、同じ照会文に添付されていたと私が記した文書だけです』


「では、官用署名はこちらでは確認できないんですね?」


 トウマが尋ねると、ケイは頷いた。


『はい。皆さんが確認できるのは、こちらから渡した画像と文書が、受け渡しの途中で変更されていないことだけです。国家機関の照会だったという点は、私の証言になります』


 トウマは文書の表題を読み、受取用の端末を机へ置いた。国家機関だという根拠は、ケイの手元にある。そのことだけは、俺にも分かった。


 ガレスは数秒考え、トウマへ指示した。


「船の記録には直接入れるな。外部と通信できない端末で受け取れ。データを開く前に安全性を調べ、開いた後も異常がないか確認しろ」


「了解しました」


 トウマは保管用の端末を机に置き、ケイから受け取ったデータを移した。ビットも加わり、不正な処理が含まれていないか調べる。


 ビットが検査を終えた端末をトウマへ渡した。


「トウマ。形を比べてくれ」


「《オルカ》の記録と照合しました。画像上の円の輪郭は一致します。ただし、今回の画像は解像度が低く、大きさも比較できません。同じものとは断定できませんね」


 輪郭は一致したが、誰が作ったのか、なぜ《オルカ》に残っていたのかは分からなかった。


「場所と、撮られた時期だけでも教えてもらえませんか?」


『どちらも、今はお渡しできません』


「二万クレドの映像より、俺はそっちの方が知りたいんですけど」


 口に出してから、値段をつり上げる材料を渡してしまったかと思った。


『覚えておきます。情報を仕入れた時は、先にご相談します』


「円と《オルカ》の乗員失踪について関係はありますか?」


『《オルカ》の乗員失踪について、私は情報を持っておりません。白い円との関係も未確認です』


 ケイは立ち上がり、上着の前を整えた。


『映像の件は、お返事をお待ちしております。売らないと決めた場合もご連絡ください。何度も同じ話を持ち込んで、ご迷惑をおかけしたくありませんので』


「わかった」


『ありがとうございます。最後に一つ、カミシロさん。機体を降りている時も、周囲にはお気を付けください。黒い機体を捜す相手が、港の外にだけいるとは限りませんから』


「港の中にもいるんですか?」


『確認は取れておりません。今のは、念のための忠告です』


 ケイは最後まで笑顔を崩さず、会議室を出ていった。


 ケイが出ていくと、ビットが言った。


「あの人、ずっと笑ってたけど、肝心なことは教えてくれなかったな」


「次にここに来る理由も、作っていったな」


 ガレスは保管用端末の白い円を見ながら答えた。


「信用はしない。が、警告を無視する理由もない。次に港を出る時は、機体を捜す相手がいる可能性も計画に入れるつもりだ」


「それでも、映像は売るんですか?」


「まだ決めん。公開できる部分を確かめてからだ。金が必要だとしても、こちらの弱点まで売るつもりはない」


 トウマが船内画面に、海賊巡洋艦との戦闘映像を呼び出した。そこには、右腕を失う直前の《ソヴリン・ゼロ》が映っていた。別の保管用端末には、継ぎ目のない白い円が表示されている。


 黒い機体と白い円。


 ケイの話が本当なら、同じ国家機関が両方の情報を集めている。だが、その理由はまだ分からなかった。


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