第27話 護衛は退屈が成功
六百クレドが入ったと聞いた時、俺は医務室で食事の蓋を開けたところだった。
帰投後の検査は終わった。出発前より悪化していないと分かると、急に腹が減った。冷めた培養肉をひと口食べたところで、端末からトウマの声がした。
「採掘所での作業記録は、ベスさんの救難隊と《ラグナ》で内容が一致しました。契約局の確認も終わっています」
「今回の救助は、資格の審査にも反映されますか?」
「はい。正式な救難依頼を完了し、安全手順を守って六人を救助した実績が、灰級仮免の評価に加わります。契約違反もありませんでした」
机の表示が切り替わり、「600」「360」「120」「120」の四つの数字が縦に並んだ。
「手取りは六百クレドです。返済と生活費、予備費へ、昨日決めた割合で分けてあります」
「六百クレド……これが救難の仕事の報酬なんですね」
「救難隊の人件費や資材費、《ラグナ》の燃料費と機体運搬費を先に差し引いています。六百クレドは、その後でレンさんに配分された金額です。救助した人数で額が決まるわけではありません」
六百クレドが高いのか安いのか、俺にはまだ分からない。生活費に回した百二十クレドが仮口座に加わり、残高は二万一千七百四十二クレドになった。修理債務も百七十九万九千六百四十クレドに減った。
百八十万クレドに比べれば、三百六十クレドはわずかだが、初めて返済できた実感があった。
翌日の仕事は、船橋での監視補助だった。
ビットが空いた席を引いてくれた。並んだ画面の下には飲み物が二つ置かれている。
「左が俺の。右がレンの」
「何が違うんだ?」
「俺の方が濃い。眠くなる前に交換してって言っても、あげないからな?」
ひと口飲むと、俺の分でも十分苦かった。
その日の依頼は、四隻の食料輸送船を自由港まで護衛する仕事だった。
積荷は培養肉、藻類食品、温室野菜、医療用の栄養剤だった。四隻を合わせると、自由港の居住区で三日間使う量になるという。
「自由港には備蓄もありますが、入荷が遅れればその分を使うことになります。遅れが重なれば、価格や配給量にも影響が出ます」とトウマが説明した。
採掘所での救助とは違い、待っている人の姿は見えない。それでも、食料を無事に届ける必要があることは分かった。
《ラグナ》は船団が待つ農業区画へ向かった。
船橋で、ガレスが船団の航路を表示した。四隻の輸送船は農業区画から自由港まで、およそ六時間かけて飛ぶ。《ラグナ》は船団の後方につき、通信と航路の監視を担当する予定だった。
「船長。俺は、船橋で何をすればいいですか?」
「四隻の位置と通信を見ていてくれ。隊列から外れる船や、急に速度が変わる船があれば、すぐに知らせろ。判断と指示は俺が出す。お前は監視補助として登録してあるから、操縦はしなくていい」
「分かりました」
出港前の通信試験で、ビットが三番船の表示を黄色へ変えた。
「三番船、返事が遅いな?通信はつながったけど、姿勢制御器の自己診断がまだ終わってないぞ」
「船団の出港を待て。三番船の診断が先だ」
ガレスが指示をした。
『予定時刻を過ぎてしまいます。航行中でも診断は続けられます』
三番船の船長から返答が届いた。
「診断が終わるまで出港は待て。遅延の理由は《ラグナ》から港にも報告する」
『姿勢制御器は正常に動いています』
「正常に動いていることと、異常がないと確認できたことは別だ。診断は続けてくれ。こちらからも点検に人をまわす」
ドランが小型作業艇で三番船へ向かった。十分後、外部点検の映像が届いた。気密作業服を着たドランは、四本の腕のうち二本で船体に身体を固定し、残る二本で右舷の噴射口を調べていた。
「冷却管の接続部から液が漏れてる。今は少量だが、このまま飛べば姿勢制御器が過熱するかもしれない。出港前に交換しておこう」
『了解しました。交換をお願いします』
点検と交換で、出港は予定より二十六分遅れた。トウマが到着予定を更新する。
「予定航路の近くで貨物船同士の接触事故がありました。破片がどこまで広がったか、まだ分かりません。迂回すると、到着がさらに十八分遅れる予定です」
「迂回する。船団へ通信を送ってくれ」
「迂回する分、燃料費が四十二クレド増えますよ?」
「必要経費に入れておけ。遅れを取り戻すために、破片がどこにあるか分からない宙域へ入るつもりはない」
「了解しました」
出港から一時間が過ぎたが、異常を知らせる警告は一度も出なかった。
俺の前の画面には、輸送船を示す四つの青い点と、《ラグナ》を示す赤茶色の点があった。文字は読めなくても、点の間隔を見れば船同士の距離が分かる。
ビットは通信を監視し、トウマは航路と到着予定を確認している。ガレスは各船の機関の状態と、周囲に不審な熱源がないかを確かめていた。
十五分ごとに、四隻の位置、速度、機関温度、通信状態を確認する。前回と変わりがなければ、そのまま正常として記録した。
一時間半が過ぎる頃には、変化のない表示を見続けるのが退屈になってきた。
「船長。護衛って、いつもこんなに静かなんですか?」
「静かな方がいい」
ガレスは周囲の熱源を確認したまま答えた。
「俺に話しかけるのはいい。四隻の位置は見失うなよ?」
ガレスは自分の画面へ戻った。
四つの点を確かめ直すと、最後尾の四番船だけが少しずつ遅れていた。
「三番船と四番船の間隔が、少しずつ広がっています」
「ビット、状況を聞いてくれ」
「了解。四番船、速度が落ちてるけど、何かあったか?」
『冷却装置の負荷を下げるため、推力を三%落としました。異常警報などはありません』
「え、推力を変えたのに連絡なし?次からは先に教えてくれよ。こっちで隊列の調整が必要になるんだから」
『申し訳ありません。以後、先に報告します』
ガレスは船団の巡航速度を二%落とした。先行する三隻には一時的にさらに減速するよう指示し、四番船が追いつくのを待つ。やがて点の間隔が元へ戻り、四隻は速度を合わせ直した。
ビットが俺の画面をのぞいた。
「早かったな。こっちは通信の方、見てた」
「点が離れただけだけど?」
「それ見ててって言われただろ?」
「……そうだった」
ビットは笑って、自分の席へ戻った。
迂回航路から、事故現場の破片が遠くに見えた。いくつもの小さな光が、予定していた航路を横切るように広がっている。迂回ルートを選んで正解だった。
その後は海賊も現れず、輸送船に故障も起きなかった。俺は二度の休憩を挟みながら四隻の位置を見守り、隊列に変化があれば報告した。
四隻が自由港へ到着し、接岸を終えると、港から完了報告が届いた。
『四隻すべての接岸を確認しました。積荷の温度異常、破損、欠品はありません。護衛の完了を確認します』
報告を受けて、契約局の依頼表示も青へ変わった。
今回、格納庫の《ソヴリン・ゼロ》は、一度も動いていない。俺も船橋で表示を見続け、船団の変化を報告しただけだった。
トウマが今回の手取りを教えてくれた。
「必要経費を差し引いたレンさんの手取りは、五十クレドです。三十クレドを返済に、十クレドを生活・医療費に、残る十クレドを予備費に回します」
「見張りをしていただけなのに、報酬をもらっていいんでしょうか?」
「監視補助としての仕事を完了しています。報酬を減らす理由はありませんよ?」
「それは分かるんですけど、仕事をした実感がなくて」
ガレスが口を開いた。
「出港前に不具合を見つけて直した。事故の破片を避ける航路を選んだ。お前も四番船の遅れに気づいて報告しただろう。そういう仕事の積み重ねで、四隻とも無事に着いたんだ」
「何も起こさずに届けることも、護衛の仕事なんですね」
「そうだ。撃ち合いになれば、守る船にも被害が出る。事故や襲撃を防ぐために準備して、見張って、危険を避ける。何も起こさないために金をもらうんだ」
「じゃあ、次もこの席でよければ」
「頼む。飲み物は自分で持ってこい」
空になった容器を持ち上げると、隣でビットが笑った。
護衛記録には、四隻すべて到着、積荷の損失なし、乗員の負傷なしと残った。
今回は、それが一番良い結果だった。




