第26話 救難屋ベス
格納庫へ向かう通路で、ソナから許可の連絡が届いた。
「今日の採掘所で、低出力の接続を三十分まで。急加速と戦闘、《エコー》《ブランチ》等は使わないでください」
「三十分で切ります」
今朝の検査で、ようやく仕事に出られることになった。首の後ろのシールへ触れかけ、その手を下ろす。
「ルミ、接続時間と症状を監視できますか?」
「可能です。接続時間と右手の震え、視野の異常、反応の遅れを監視します。規定値を超えた場合は、レンと救難指揮者へ警告します」
「お願いします」
「了解しました、ソナ医師」
ソナとの通信を終え、格納庫の扉を開けた。
《ソヴリン・ゼロ》が固定台に立っていた。
左腕は黒く細いままだが、右腕は灰色で太い。指の代わりに二本の爪が付いていて、近くで見ると左右の違いがよく分かった。
「胸の支えと右脚は確認した。低出力なら動かせるよ。ただし、右脚の爪は一本欠けたままだ。現場では着地せず、浮いた状態で姿勢を保ちな」
「分かりました」
「まずはあたしが仮腕を動かして確認する。問題がなければ、次はあんたの番だ」
ミラは作業台から整備用の制御器を仮腕へ接続した。
灰色の肘がゆっくり曲がった。二本の爪が開閉し、吊り下げられた試験用の金属塊を挟んだ。
持ち上げようとした瞬間、右肩の接続部から短い振動音がした。
「止めるよ」
ミラが動作を止め、接続部の数値を確認した。
「肩は大丈夫。今の音は、古い駆動部に少し隙間があるせいだね。いきなり強くつかむと、爪がずれる。荷物は軽く挟んで位置を確かめてから、力を強めな」
「細かい物は持てますか?」
「二本の爪じゃ、指先みたいな作業はできないよ。大きな物を支えるための腕だ。細かい作業は左手でやりな」
外部電源を使って三回持ち上げても、右肩に新しい異常は出なかった。次は俺が操縦席で同じ動作を試すことになった。
「神経接続を低出力で開始します」
首もとから背中へ弱い刺激が伝わった。戦闘の時と違い、機体の感覚はほとんど伝わってこない。
右腕を動かそうとすると、仮腕が少し遅れて動いた。
「仮腕は元の右腕より〇・二秒遅れて動きます。応答の違いを補正します」
「その遅れを、ルミが補ってくれるのか?」
「はい。ただし、爪でどのくらい強く挟むかは、レンが決める必要があります」
金属塊を仮腕の二本の爪で軽く挟んだ。爪がずれていないことを確認してから、挟む力を強め、ゆっくり持ち上げた。
「そこまで。下ろしな」
ミラの指示に従い、金属塊を元の位置へ戻した。
「試験用の神経接続を終了します」
首もとから背中へ流れていた刺激が消えた。
「運搬には使えるね。ただし、急に動かしたり、爪の先だけで重さを支えたりするのは禁止だよ。壊したくなければ守りな」
「分かりました」
試験結果とソナの許可が契約局へ送られた。数分後、条件確認中だった依頼欄が青く変わった。
「崩落採掘所の救難補助が受理されました」
トウマの声が操縦席へ届いた。
「現場の指揮は依頼元の救難隊が執ります。《ラグナ》は機体の運搬と退路の確保を担当します。レンさんは指揮者の指示に従い、瓦礫の移動を行ってください」
「了解です」
「報酬は帰港後、作業記録を確認してから決まります。予定外の作業が発生した場合には、救難指揮者の承認が必要ですので、覚えておいてください」
「分かりました」
自由港を出て四十分ほどで、崩落した採掘所が見えてきた。
灰色の小惑星に、金属製の施設が埋め込まれていた。外側の作業区画は中央部分が潰れ、折れた支柱や岩が出入口を塞いでいる。崩れた壁の隙間では、赤い救難灯が点滅していた。
採掘所には弱い重力があり、崩れた岩は床に積み重なっていた。
白と橙色の機体が、施設の前にいた。四本の作業腕を広げ、背中から伸ばした大きな気密膜で崩れた区画を覆っている。空気が外へ漏れないようにしていた。
『《ラグナ》、到着を確認した。あたしはベス・コーダ。ここで救難指揮を執っている』
通信画面には、短い緑髪の女性が映った。筋肉質な体つきで、橙色の作業服を着ている。額には透明な保護板を上げていた。
「ガレス・ロウだ。大型機一機を連れてきた。操縦者は医療制限中で、連続作業は三十分までだ」
『作業できるやつが来てくれるだけで助かる。レン、聞こえるか?』
「聞こえています。ベスさん」
『生存者は六人。崩落区画の奥にある退避室へ入ってる。空気はあと三十七分。二次崩落の危険があるから、勝手に瓦礫を触るな』
「分かりました」
ベスは俺の返事を聞き終える前に、別の救難艇へ照明を増やすよう指示していた。
ベスが現場の立体図を送ってきた。退避室の前には大きな岩盤が斜めに落ち、その上に三本の支柱と小さな岩が重なっていた。救難隊員が通り抜けられる隙間はないようだ。
『うちの《レスキュー・ベル》は、気密膜を維持しながら支柱を支える。レンには、あの大きな岩盤を二メートル持ち上げてもらう。ただし、準備が終わるまでは動かすな。天井が崩れる危険がある』
「先に上の瓦礫を取るんですか?」
『まず小さい岩を三つ取り除く。その後、右側の支柱を固定してから大岩盤を動かす。順番を間違えれば、退避室の扉が潰れる。大きな機体だからって、力任せに動かすなよ?』
「はい」
「ルミ。救難作業用の神経接続を開始してくれ」
「低出力で開始します。三十分の計測を開始しました」
《ソヴリン・ゼロ》を床から少し浮かせ、崩落区画へ近づいた。
最初に取り除く岩へ黄色い枠が付く。左手ならつかめる大きさだった。
「ルミ。この岩を動かしたら、周りの支柱はどうなる?」
「通常構造解析を実行します。見えている岩盤と支柱について、力の掛かり方と、岩を動かした場合の変化を計算します。ただし、内部の亀裂や見えない部分までは判断できません」
「分かる範囲でいい。動かしたら、どこが崩れそうか教えてくれ」
「了解しました」
左手で一つ目の岩をつかみ、手前へ引かずに数センチ持ち上げた。
岩の下にあった支柱が少し動いた。ルミの表示では、天井の重さが左側の支柱へ移っている。
『そのまま左へ。急がなくていい』
ベスの指示に従い、岩を崩落区画から離れた場所に置いた。二つ目も同じ手順で取り除いた。
三つ目の岩に左手を伸ばしかけて、動きを止めた。
三つ目の岩の下側は、奥の細い支柱に隠れて見えない。岩が支柱に引っかかっているかもしれなかった。
「ベスさん、三つ目の岩はまだ動かさない方がいいと思います」
『理由は?』
「岩の下が見えません。奥の支柱に引っかかっていたら、岩と一緒に支柱まで動いてしまいます」
『ルミ、計算できるか?』
「岩の下部は観測できません。もし岩と支柱が一緒に動けば、退避室の天井に掛かる力が増す可能性があります。増加量は計算できません」
『了解。順番を変える。固定索を先に入れてからにしよう』
《レスキュー・ベル》は二本の腕で支柱を押さえ、残りの二本で固定索を回して床の固定具につないだ。ベスは他の作業員にも短く指示を出し、支柱が動かないことを確認した。
『固定完了。レン、その岩を真上に十センチだけ持ち上げろ。横には動かすな』
「十センチ、了解」
左手で岩を持ち上げた。隠れていた支柱も一緒に動きかけたが、固定索がそれを防いだ。
『そのまま外へ出してくれ』
三つ目の岩を取り除くと、斜めに落ちた大岩盤の上面が見えた。
残った大岩盤は、左手だけでは支えられない大きさだった。灰色の仮腕を下へ回し、二本の爪を岩盤の縁へ当てた。
「接続開始から十八分。右手の震えが少し強くなっています」
『このまま作業を続けて大丈夫か?』
「今は許可された範囲内です。ただし、震えがさらに強くなれば作業を中止する必要があります」
『レン、無理なら言ってくれ。交代機を呼べば時間はかかるが、無理をして機体を壊すわけにはいかない』
「まだ続けられます。ただ、仮腕は最初から強く挟むと爪がずれるので、軽く挟んで、位置を確かめてから持ち上げるようにします」
『分かった。《レスキュー・ベル》で岩盤の反対側を支える。持ち上げる時は、あたしの合図に合わせろ』
仮腕の爪を岩盤へ軽く当てたが、狙った位置より右へずれた。ルミが動きを補正し、二本の爪で岩盤の厚い部分を挟んだ。
ルミが次の操作を案内した。
「右腕が岩盤に接触しました。左手を支える位置へ移してください」
俺は左手を岩盤の下へ入れた。《レスキュー・ベル》も二本の作業腕で反対側を支えた。
『持ち上げる。三、二、一、上げろ』
両腕へ力を掛けた。
大岩盤が数センチ浮く。右肩から振動が伝わり、仮腕の爪が外側へずれ始めた。
「右腕の爪がずれています。重さが爪先に集中しています」
「待ってください。右腕の爪がずれてます。このまま力を掛けたら外れそうです」
『わかった、右腕で強く挟むな。左手とこっちで重さを引き受ける。右は爪を外さず、動きについてこい』
仮腕の爪がずれないように力を抑え、左手と《レスキュー・ベル》でゆっくり岩盤を持ち上げた。少しずつ高さを増やし、岩盤の下に二メートルの隙間を作った。
『隙間に支持材を入れろ。岩盤を固定できたら、退避室を開ける』
救難隊の小型作業機が隙間へ入り、二本の支持材を立てた。岩盤の重さが支持材へ移ったことを確認してから、退避室の扉が外側へ開いた。
退避室から、気密服姿の作業員が順に出てきた。歩けない一人は、救難隊が担架で運び出した。
『生存者六名を確認。全員、気密膜の内側へ収容した』
最後の担架が気密膜の内側へ入った。画面に六つ並んだ生体反応を、俺はもう一度、端から数えた。
「神経接続開始から二十四分。右手の震えは許可された範囲内で、これ以上悪化していません」
「終わったなら、接続を切ってくれ」
「了解しました」
首もとの刺激が消えた。右手にはまだしびれがあるが、指は動かせた。
帰投前、《レスキュー・ベル》から通信が入った。
『レン。前に戦闘映像を見たけど、その機体はずいぶん派手に戦ってたな』
「今日は岩を持ち上げただけですけどね」
『あの岩盤を無事に持ち上げた。それに、三つ目の岩も危険があると気づいて、勝手に動かさず報告した。救難屋には、撃つのが上手いやつより、危険な時にちゃんと手を止められるやつが必要なんだ』
「倉庫で仕事中に荷物を動かしてた時、似たようなことがあったんです」
『その経験を元に、ちゃんと止まれたんだろ。次に人手が足りなくなったら、また呼ぶよ』
「呼ばれた時に、何を持っていけばいいですか?」
『その腕で来てくれれば助かる。あとは、今日みたいに気づいたことを言え。こっちからも、また指示を出す』
ベスは別の通信に呼ばれ、そちらへ顔を向けた。戻ってきた時には、少しだけ口元を緩めていた。
『六人とも、病院まで運べるそうだ。報酬の手続きは、作業記録と一緒に契約局へ回しておく』
「了解です。ベスさん」
通信が終わると、機体を回収するために《ラグナ》が近づいてきた。
《ソヴリン・ゼロ》の右腕には、まだ武器がない。それでも今日は、左手と灰色の仮腕で岩盤を支え、《レスキュー・ベル》と協力して六人を助け出せた。




