第24話 継ぎ接ぎの右腕
【台詞の表記について】
第二章から、ガレスたち《ラグナ》の主要乗員の台詞を『』から「」へ変更します。
レンとの関係の変化に合わせた表記で、通信と対面などを区別するものではありません。
医務室の寝台で右手の指を動かそうとしたが、人差し指がわずかに曲がっただけだった。肩から指先まで感覚が鈍く、腕全体が重い。
「無理に動かさないでください」
ソナが俺の右手首を支え、寝台へ戻した。
《ソヴリン・ゼロ》が格納庫へ戻ってから、一時間ほど経っていた。俺は医務室へ運ばれ、首の後ろと右手首に新しい測定シールを貼られていた。
「痛みはありますか?」
「今はしびれの方が強いです。時々、右肩から先が急に痛みます」
「機体の右腕を失った時と同じ痛みですか?」
「はい。あの時と似た痛みです」
ソナは手元の検査用端末を見た。画面には、首の後ろから右腕へ伸びる黄色い線が表示されていた。
「神経接続によって、機体の右腕を失った時の衝撃を、自分の腕の痛みとして感じた可能性があります。実際の右腕に骨折や断裂はありません。ただし、神経の反応は以前より遅くなっています」
「治りますか?」
「今の段階では断定できません。今の状態で再接続すれば、症状がさらに悪化する危険があります」
寝台の上の右腕を見た。さっきまでは、機体さえ直れば何とかなると思っていた。
「俺は、何をすればいいですか」
「今は休んで、反応が戻るかを見ます。次の検査で変化を確かめましょう」
ソナは俺の腕を支えていた手を離し、毛布を掛け直した。
医務室の扉が開き、ガレスが入ってきた。後ろには、二枚の端末を抱えたトウマもいた。
「診察中に悪い。港へ出す記録に、レン本人の状態も必要だ」
「質問だけなら構いません。ただし、今は寝台から動かさないでください」
「分かった。診療上の判断はソナに任せる」
ガレスは寝台から少し離れた椅子へ座った。
「共同封印は、戦闘のために一時解除した。戦闘記録は俺の名で港に出しておく。機体を出撃させた責任を、お前一人に負わせるつもりはない」
「俺が乗ると決めました」
「お前が乗ると決めたことと、俺が出撃を認めたことは別だ。そこを曖昧にすると、何か起きた時に誰が責任を負うのか分からなくなる」
ガレスはトウマへ視線を向けた。
「港側の封印は、現在再設定の手続中です。戦闘記録と緊急解除の理由、機体が停止していることは報告済みです。港の確認が終われば、港側と《ラグナ》側の封印板を取り付け直します」
「修理はできるんですか?」
「外側からの修理は進められる見込みです。起動を伴う試験は、港の確認が済んでからになります」
「船長、機体の状態はどうなってますか?」
「ミラが調べている。本人から聞いた方が早い」
ガレスが壁の表示を操作すると、格納庫の映像が開いた。
《ソヴリン・ゼロ》は腰と両脚を固定されていた。右肩から先は失われ、右脚の先にあった三本の爪も一本欠けている。胸部装甲は閉じていたが、脇の検査器には赤い表示が並んでいた。
作業台の前にいたミラが、映像越しにこちらを見た。
「起きてるかい、レン?」
「起きてます。機体は直せますか?」
「修理できる部分はあるよ。ただ、元の右腕をそのまま戻すのは難しいね」
ミラは右肩の切断面へ作業灯を向けた。黒い装甲の内側には、折れた支えと切れた配線が露出していた。
「最初にこの機体を調べた時は、傷んだ外装が元の形に戻っていた。だから今回も一時間様子を見たけど、右腕を作り直す動きは確認できなかった。待っているだけでは戻らないよ」
「《ブランチ》みたいに、残った部品を組み替えられませんか?」
「《ブランチ》は右腕の部品を砲に変形させただけだ。新しい腕を作ったわけじゃない。その腕は砲ごと失ったんだから、同じことはできないよ」
「ルミ。右腕を作り直す方法はあるか?」
「現時点では確認できません。機体内に残る材料も、右腕を再形成するには不足しています」
ミラが説明を続けた。
「元の腕の内部構造も材質も、まだ全部は分かってない。形が似た腕をそのままつなげれば、胸部の支えまで壊れるかもしれない」
「じゃあ、右腕がないままですか?」
「いや、仮の腕を付けることを考えてるよ。右腕がないと機体のバランスが変わって、姿勢を制御しにくくなるし、両手を使う作業もできないからね」
映像が切り替わった。
格納庫の床には、灰色の太い腕が置かれていた。肩から肘までは四角く、手の代わりに荷物を挟む二本の爪が付いている。黒く細い《ソヴリン・ゼロ》の左腕とは、色も太さもまるで違った。
「格納庫にあった作業機の腕と、《ラグナ》の予備駆動部を使う。肩の接続部は、この機体に合わせて作り直すよ。武器は付けられないし、細かい作業もできない。姿勢を安定させて、荷物や道具を持つための腕だよ」
「ずいぶん太いですね」
「細く作るには時間も材料も足りない。見た目を気にするなら、使える金を先に言っておくれ」
トウマが胸に抱えていた端末を見下ろした。
「レンさんの残高は二万一千六百二十二クレドです。中断したデブリ撤去依頼の報酬三十六クレドも、まだ入っていません」
「まだ値段も聞いてないのに、もうお金が足りない気がします」
「残高は変わっておりません」
「……そういう意味じゃないです。ミラさん、仮腕を付けない選択もあるんですか?」
「あるよ」
ミラは映像の中で、右肩の切断面を指した。
「右肩を塞いで、胸部の支えだけ直す方法もある。そっちの方が安い。でも左右の重さは違うままだし、背中の推進器でどこまで補えるかも分からない。これじゃ、右腕で荷物を押さえる仕事もできないよ」
「仮腕を付ければ、仕事に使えますか?」
「運搬や回収ならね。動作試験は、外部電源と整備用の制御器でできる」
ミラは灰色の腕の肘を叩いた。
「戻ってきてから、腕がなくて働けませんじゃ困るだろ。あんたが休んでる間に、こっちはこっちの仕事をするよ」
「お願いします」
「トウマ。修理費用は?」
トウマがもう一枚の端末を机へ置いた。
画面には、読めない文字の横に数字が何列も並んでいた。右端の合計欄には「1,800,000」と表示されている。
「百八十万クレド?」
「暫定の見積もりです。胸部の内部支持材、右肩の接続部、仮腕、右脚の爪、それに港での検査と共同封印の再設定を含みます。元の右腕と《ピン・スター》を再現する費用は、含まれていません」
「含まなくて、それですか?」
「はい。保険が使えるか、港から補助が出るか、戦闘による修理費を誰が負担するかは、まだ決まっていません。レンさんが実際にいくら支払うかも、明日の審査で決まります」
「今すぐ百八十万を払え、という話ではないぞ」
ガレスが続けた。
「ただ、仮腕を付けるか、右肩を塞ぐだけにするかは今決めておきたい。費用の負担と支払い方法は、明日の審査結果を見てからだな」
手元には二万一千六百二十二クレドしかない。百八十万クレドの見積もりには遠く及ばないし、元の右腕を作り直す費用も含まれていない。
明日、どれだけ支払うことになるのかは分からない。それでも、働けるようになった時に右腕がなければ、引き受けられる仕事が限られる。
「仮腕を付けてください」
「理由を聞いてもいいですか?」
ソナが尋ねた。
「今すぐ乗るためじゃありません。身体が回復して、先生の許可が出た後に働くためです。武器より先に、荷物を持てる腕が欲しいです」
ソナは頷き、ミラへ修理を進めるよう伝えた。
「決まりだね。見た目は諦めなよ」
「さっき残高を聞いた時点で、諦めました」
ミラが笑った。ガレスも口もとを少し緩めていた。
「百八十万を見て笑えるなら、まだ大丈夫そうだな」
「手持ちのお金と桁が違いすぎて、もう笑うしかないですよ」
「安心しろ。《ラグナ》の請求書は、驚いても数字が減らんからな」
「全然安心できません」
俺もつられて笑った。
ガレスは端末の数字を指した。
「支払い条件は明日、港と確認する。出撃を認めた船長として、俺も同席する。お前は今夜、ソナの言う通りしっかり休め」
「分かりました」
ソナが寝台の背を少し倒した。話が終わった途端に眠気が来て、俺は続きを言おうとしていた口を閉じた。
その夜、医務室の画面に格納庫の新しい映像が映っていた。
《ソヴリン・ゼロ》の右肩には、灰色の仮腕が取り付けられていた。左腕より太く、先端には荷物を挟む二本の爪がある。黒い機体には不釣り合いだったが、失った右腕の代わりがそこにあった。
胸部には、港側の青い封印板と《ラグナ》側の赤茶色の封印板が取り付け直されていた。仮腕はまだ動かしておらず、外側の取り付けだけが終わっていた。
「ルミ。聞こえてるか?」
「聞こえています」
「身体が回復したら、あの機体で働けるようにしたい」
「その前に、身体の回復、ソナ医師の再検査と搭乗許可、機体の動作確認が必要です」
「一つずつやるよ」
「了解しました、レン」
映像の中で、ミラが灰色の爪に手を掛けた。動きはしない。それでも、もう右肩は空ではなかった。
地球へ帰る方法は、まだ何も分からない。明日の請求さえ怖い。
明日、ミラが来たら礼を言おう。そう思って、画面を消した。




