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無冠の星間皇帝  作者: 天瀬航
第一章 名もなき機体と漂流者

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第23話 《ブランチ》の一射

 画面に映る《ソヴリン・ゼロ》の右腕が、長い砲身へ変わり始めていた。


 右前腕の黒い装甲が左右に開いていた。内部の部品が前へせり出し、細い砲身を形作っていく。


「ルミ。一体何が起きてる?」


「既存の機能一覧にない変形です。構造から判断し、暫定的に構造換装《ブランチ》と呼称します」


「この武装は何ができる?」


「右腕の装甲と内部部品を組み替え、一発だけ撃てる長い砲身を形成します。巡洋艦の主砲を支える部分に当てれば、砲身の向きを変えられる可能性があります」


「形成に必要な時間は?」


「十一秒。敵主砲の発射まで、二十四秒と推定」


「撃った後、機体はどうなる?」


「発射後は機体内部の熱と構造材が不足し、続けて使うことはできません。今の損傷を考えると、反動で右腕が壊れるおそれがあります。胸部の損傷も広がる可能性があります」


「ほかに止める方法は?」


「現在の観測範囲にはありません」


 《ブランチ》を使用すれば右腕を失うかもしれない。しかも、胸部まで壊れれば、《ラグナ》へ戻れなくなる可能性もある。


 それでも主砲を止めなければ、後ろにいる《ラグナ》と輸送艇が撃たれる。


「《ブランチ》を使う。変形を続けてくれ」


「選択を確認。構造換装を継続します」


 右前腕の変形が速くなった。五本の指が手のひら側へ折り畳まれ、手首ごと砲身の後部へ収まる。装甲が細長く伸び、肘から先が一本の砲になった。


 座席に伝わる振動が強くなった。胸部の警告表示が黄色から赤へ変わった。


 ガレスから通信が入った。


『レン、何を始めた?』


「機体の右腕を砲に変えています。巡洋艦の主砲を支える部分を撃って、向きをそらします」


『撃てるのか?』


「撃てるのは一発だけです。撃った後に右腕が壊れる可能性があります」


『お前はどうなる?』


「どうなるか分かりません」


『分からんまま撃つな、と言っても止まらんな?』


「巡洋艦を止めるにはこれしか方法がないんです」


 短い沈黙の後、ガレスが艦内回線へ切り替えた。


『《ラグナ》も姿勢制御で船首を左へ向ける。輸送艇に負担をかけないよう、ゆっくり動かす。レンが外した時にも備えておく』


 《ラグナ》がゆっくり船首を左へ向け始めた。外部救難架に固定された輸送艇も、船体と一緒に向きを変える。


 ジンから通信が入った。


『カミシロ、右から一隻来る!』


 小型船が右側から接近し、俺と巡洋艦の間に割り込もうとしていた。狙いを邪魔するつもりらしい。


「ルミ。あの船を避けて主砲部を狙えるか?」


「今の位置からは狙えません。右へ移動すれば主砲を撃てますが、敵の小型船に狙われる危険があります」


『そいつは俺が止める。お前は巡洋艦だけ見てろ』


 ジンの白い機体が小型船の後方へ回り、短銃を二度撃った。一発目で小型船の船首にある武器を壊し、二発目は進路のすぐ前を通った。小型船が避けるために向きを変え、巡洋艦の主砲まで見通せるようになった。


『今だ。右へ出ろ!』


「了解!加速はできるだけ抑えるぞ」


「了解しました」


 左手でレバーを倒すと、背中の六枚の板が向きを変え、《ソヴリン・ゼロ》が右へ移動した。


 胸部の赤い警告が点滅し、座席から伝わる振動も強くなった。それでも機体は右へ動き続けた。


 巡洋艦の艦首が正面に見えた。開いた装甲の奥では、主砲の白い光が集まり続けている。


「構造換装が完了。発射可能です」


 機体の右腕は、肘から先が長い砲身に変わっていた。砲口から肘にかけて白い光が走り、砲身の内部へ集まっている。


 狙うのは、白い光が集まっている中心ではない。主砲を支える部分だ。そこを壊して砲身の向きを変えなければ、《ラグナ》が撃たれる。


 右手の指は、引き金にかけてもほとんど感覚がなかった。


「発射操作を左手へ移せるか?」


「可能です。左レバーの引き金に割り当てます」


 左手の人差し指を引き金にかけた。


 照準線がわずかに揺れる。機体の振動に加え、巡洋艦も主砲の向きを細かく直していた。


「ルミ。照準補正を頼む。発射タイミングは俺が決める」


「了解しました。姿勢と照準を補正します」


 レバーが左手を押し返し、砲口が少しずつ動いた。照準線が主砲の支持部へ近づいていく。


「敵主砲の発射まで?」


「九秒」


 照準を合わせ続けた。


「六秒」


 右側の小型船が撃ってきた。


 《エコー》が、0.4秒先までの三つの予測を瞬時に示した。上へ避ければ照準が外れ、下へ動けば巡洋艦の船体に主砲が隠れる。その場を動かなければ、右脚に光弾が当たる。


 それでも、俺は動かなかった。


 光弾が機体の右脚の外側を削った。装甲が砕け、足先にある三本の爪のうち一本が回転しながら飛んでいく。機体が傾いたが、背中の六枚の細長い板が向きを変えて噴射し、傾いた機体の姿勢を立て直した。


 痛みはなかったが、自分の右足の感覚が一瞬なくなった。すぐに戻ったものの、機体の損傷が俺の身体にも影響していた。


「四秒」


 照準線が主砲の支持部に重なった。


 ガレスが叫んだ。


『レン、撃て!』


 巡洋艦にも人が乗っている。主砲だけを狙っても、誰かを傷つけるかもしれない。


 怖かった。できることなら撃ちたくない。それでも、ここでためらえば《ラグナ》と輸送艇が撃たれる。


「当たれえええっ!」


 左手の引き金を勢いよく引いた。


 その瞬間、長い砲身から太い白光が放たれた。


 同時に、右肩から機体全体へ強い衝撃が走った。座席の帯が胸と腰へ食い込み、息が止まる。正面の表示が激しく揺れた。


 白い光は巡洋艦の主砲を囲む装甲に当たり、その奥の支持部を貫いた。


 巡洋艦の主砲の向きが右へずれた。


 直後、主砲が発射された。


 主砲から放たれた白い光は《ラグナ》の横を通過した。輸送艇にも当たらず、そのまま遠ざかって消えた。


「敵主砲の攻撃は《ラグナ》を外れました」


 ルミの報告と同時に、機体の右腕を示す表示が肩から先まで赤く変わった。


  長い砲身の根元が割れ、機体の右腕が肩からちぎれた。右腕は回転しながら機体から離れ、その途中で砲身も折れた。砕けた黒い装甲と内部部品が周囲へ飛び散った。


 今度は、自分の右腕に強い痛みが走った。機体と違い、腕は残っている。それでも、肩から先を引き裂かれたような痛みで声が出なかった。


「機体右腕を喪失。胸部の内部損傷が拡大しています。構造換装を終了します」


 《ピン・スター》も機体の右腕と一緒に失われた。今の俺が使える射撃武装は、もう残っていなかった。


 背中の六枚の板が噴射し、撃った反動で後退する機体を止めた。胸部の警告は赤いままで、画面の一部が暗くなった。


『レン、返事をしろ!』


 ガレスの声は聞こえていた。答えようとしても息ができない。


「レンの呼吸が止まっています。意識はまだあります」


 ソナの声が飛んできた。


『レンさん!息を吐いてください!吸おうとしないで、先に吐いて!』


 言われた通りに息を吐き、短く吸った。もう一度繰り返すと、ようやく呼吸が戻った。


「……聞こえてます」


『そのまま帰投してください。戦闘を続けてはいけません』


「巡洋艦はどうなった?」


「敵主砲の支持部が変形し、出力が低下しています。再発射には修理が必要です」


 正面の巡洋艦が進路を変えた。残っていた小型船も、《ラグナ》から離れ始める。


 ガレスから通信が入った。


『港防衛隊が到着した。海賊艦は港の外縁へ退いている』


『《ラグナ》は追わん。追撃は港防衛隊に任せる』


 ガレスの報告に続き、港管制から通信が入った。


『未登録艦隊へ告げます。武装を停止し、検査を受けてください。従わない場合は港外まで追跡します』


 巡洋艦は返答せず、四隻の小型船を伴って速度を上げた。港防衛隊の青い表示が後を追う。


 《ピン・スター》で主推進器を壊した小型船だけが、その場に残っていた。


『停止船から投降信号を受信。乗員の生体反応と生命維持の稼働を確認しました。救難艇を向かわせます』


 あの小型船の乗員は生きていた。その報告を聞いて、少し安心した。


「《ラグナ》と輸送艇は?」


『全員生きてる。救難架も壊れていない』


 ガレスが答えた。


『今度はお前が戻ってくる番だ。寄り道はするな』


「分かりました」


 ジンの白い機体が左へ並んだ。


『カミシロ、一人で戻れるか?』


「姿勢制御は使えます。でも、右腕はなくなって、右脚も損傷しています」


『満身創痍じゃないか。俺が格納口まで付き添う。経路だけ決めてくれ』


「お願いします」


 通常航法予測で、《ラグナ》の格納口までの経路を表示した。青白い線が一本、格納口まで続いている。


「表示された経路で戻る」


「了解しました。残存推進器で姿勢と速度を調整します」


 右腕のない機体が、《ラグナ》へ向きを変えた。右脚の先も一部が欠け、胸部の警告は赤い。それでも、ゆっくりなら動けた。


 ジンの白い機体が、少し離れた場所を並んで進む。こちらの姿勢が崩れても、すぐに助けに来られる距離だった。


 開いた格納口が近づいてきた。格納庫の中ではミラとソナが待っていた。


『速度を落とせ。固定具で機体を止めるよ』


「ルミ、減速」


「実行します」


 背中の噴射を弱め、《ソヴリン・ゼロ》が格納庫へ入った。床の固定具が機体の両脚と腰を押さえ、機体を固定した。


 ソナから通信が入った。


『機体は停止しました。レンさん、あなたは動かないでください。こちらから操縦席へ行きます』


「分かりました」


 視界の端が暗くなっていた。右手だけでなく、腕全体の感覚も鈍い。今はソナの言う通り、座ったままでいるしかなかった。


「ルミ。なんとか戻れたな?」


「ガレス船長から、《ラグナ》と輸送艇の全員生存報告を受信しました。ジン・ハオの機体も帰投中です。主推進器を失った小型船には、港が救難艇を向かわせています」


「そうか」


 作業灯の下に、右腕を失った《ソヴリン・ゼロ》が固定されている。機体はひどく損傷した。それでも、俺が守ろうとした人たちは生きていた。


 神経接続が切れ、機体の感覚が身体から消えた。


 ◇◇◇◇◇


 同時刻。


 戦場とは別の場所に、波のない白い海が広がっていた。


 そこに人の姿はなかった。


 声が一度だけ辺りに響いた。


『外部変数を確認』

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