第22話 引き金の重さ
六つの赤い表示のうち、五つは小さく、一つだけが大きかった。
五隻の小型船が《ラグナ》を囲むように位置を変え、その外側から巡洋艦が近づいていた。画面には、それぞれの距離と進行方向が表示されている。
「機体の起動状態は?」
「姿勢制御、推進、外部観測を再開しました。通常武装は一種類だけ使用できます。胸部の内部構造に負荷がかかり、警告が出ています。急加速と連続射撃は推奨しません」
機体が動くようになっても、内部の損傷は直っていない。胸部を示す表示は黄色く点滅していた。
『レン、聞こえるか?』
ガレスの声が入った。
「聞こえます」
『格納口を開く。出たら《ラグナ》から離れるな。お前では追いきれない敵は、ジンと港の警備艇に任せろ、いいな?』
「分かりました」
『戻れと言ったら戻れ。船を守るために、お前を回収できない場所まで行かせるつもりはない』
「はい」
続いて、ミラが通信へ入った。
『胸部の警告は見えてるね?推進器を一度に全部使うんじゃないよ。外装が変形しなくても、胸部の内部構造が荷重を支えきれるとは限らないよ』
「必要な分だけ使います」
『どこまで加速していいか、今のあんたに判断できるのかって心配してるんだよ』
反論はできなかった。操縦席へ戻ってから、右手の震えはさらに強くなっている。
ソナからも通信が入った。
『レンさん。測定シールの数値をこちらでも見ています。視界が暗くなる、脚に力が入らない、返事が遅れる。そのどれかが出たら、すぐに申告してください』
「分かりました」
『気をつけてくださいね』
格納庫の扉が開き、外の星空が見えた。《ラグナ》の外部救難架には、損傷した輸送艇が固定されている。救難灯はまだ点いていた。
「ルミ。できるだけ加速を抑えて出るぞ」
「了解しました。レンの操作に合わせて推力を配分します」
左右のレバーを前へ倒す。機体の足と背中から弱い光が伸び、《ソヴリン・ゼロ》が格納庫を離れた。
胸部に細かな振動が続いた。黄色い警告は消えないが、赤には変わらなかった。
機体の背中にある六枚の板が開いた。それぞれが向きを変え、弱い噴射で姿勢を保っている。
右腕を上げようとすると、実際の右手より先に機体の右腕が動いた。神経接続が、レバーを動かす前の意図まで拾っている。便利だと思うより先に、右手首の測定シールが黄色く点滅した。
「ルミ。俺が考えただけで動くのか?」
「神経信号から運動意図を取得し、物理操作を補っています。意図だけで全操作を確定することはありません」
「右手の細かい操作は任せられるか?」
「補正できます。ただし、攻撃の最終決定はレンが行います」
ルミは操縦を補助してくれるが、攻撃するかどうかは俺が決める。最初に進路を選んだ時と同じだった。
小型船二隻が《ラグナ》の進行方向を塞ぎ、残り三隻が左右と後方にいた。巡洋艦は正面から少し外れた位置にいる。
ジンの白い機体が左側の小型船へ短銃を撃った。光弾が船首のすぐ前を通ると、小型船は進路を変えた。
別の小型船から光弾が放たれた。正面の表示に赤い輪が現れ、《エコー》が半透明の機体像を三つ示した。
右へ大きく避ければ、《ラグナ》から離れすぎる。下へ避けると、外部救難架の輸送艇にぶつかる。残る一つは、左へ短く動いて攻撃を避けるものだった。
「左へ短く動く」
左手のレバーを倒した。背中の六枚の板が向きを変え、機体が左へずれた。
敵の光弾が胸部のすぐ前を通った。《ラグナ》にも輸送艇にも当たらず、そのまま遠ざかっていく。
急な加速は避けたつもりだった。それでも首の後ろが熱くなり、胸部の黄色い警告が速く点滅した。
「胸部荷重が上昇しています。現時点では動作可能ですが、同じ回避を繰り返すのは危険です」
「一回避けるだけでも、これか?」
機体は攻撃を避けられる。でも、俺の身体も《ソヴリン・ゼロ》の傷んだ胸部も、同じ動きを何度も繰り返せる状態ではなかった。
ジンから通信が入った。
『カミシロ、出られたか?』
「出ました。俺は何をすればいいですか?」
『《ラグナ》へ近づく奴を止めろ。撃墜する必要はない。近づけさせなければいい』
「了解です」
『ただし、相手はこっちを殺す気で来てる。止まれと言って止まるとは思うなよ?』
右側の小型船が向きを変えた。船首が《ラグナ》ではなく、外部救難架の輸送艇へ向く。
その小型船から通信が入った。
『黒い機体、推進を止めろ。止めなければ、先に損傷船を切り離す』
「断る」
『なら、お前が見ている前で撃つ!』
ジンから警告が入った。
『一隻抜けた。そっちへ行くぞ!』
ジンの白い機体は別の二隻に進路を塞がれていた。港の警備艇も遠くで一隻を引きつけている。輸送艇へ向かう小型船を止められる位置にいるのは、俺だけだった。
通常航法予測で、敵船へ近づく経路を表示した。小型船と輸送艇の間へ最短で入る経路は、途中で敵の射線と交差し、危険を示す赤色に変わっている。もう一本は《ラグナ》の船腹に沿い、輸送艇の外側へ回り込む経路だった。
「《ラグナ》の船腹に沿って回る。」
「了解しました」
《ラグナ》の船腹が左側いっぱいに広がった。外板との距離を保ちながら進み、輸送艇へ向かう小型船の側面へ出る。敵船は進路を変えなかった。
「ルミ。使える武器は?」
「右前腕内蔵、収束粒子槍。粒子を細い一点に集中させ、装甲を貫く射撃武装です。
発射後は三秒の照準冷却が必要で、その間は撃てません」
右腕を小型船へ向けると、画面に白い照準線が現れ、船体の中央に重なった。
指を動かせば撃てる。
小型船の大きさは《ラグナ》の半分もない。それでも、あの中には人がいる。船体中央を撃てば、操縦室や乗員区画まで貫くかもしれない。
右手の人差し指を引き金にかけたが、引けなかった。
「船を撃墜せずに止められる場所はあるか?」
「船の右後部にある主推進器を示します。ここを破壊すれば、加速を止められます。ただし、燃料系統が損傷したり、破片が乗員を傷つけたりする可能性はあります」
照準線が船体の右後部へ移った。複数の噴射口が集まる部分を、黄色い枠が囲んだ。
「中にいる人たちを傷つけずに済む保証は?」
「保証できません」
ルミは危険も説明したが、撃てとは言わなかった。撃つかどうかは、俺が決めなければならない。
小型船の船首に白い光が集まり始めた。船首は、輸送艇を《ラグナ》へ固定している救難架へ向いている。そこを撃たれれば、輸送艇は《ラグナ》から離れてしまう。
『レン、輸送艇の固定部に照準を確認した!』
ガレスの声が届く。
右手の震えで照準線が推進器の枠から外れた。
ジンには、動いた後の退避先まで考えろと言われた。ドランにも、止まりたい場所より手前から操作するよう教わった。俺は、敵船が次に進む方向を見た。
「《エコー》を出してくれ!」
「起動します」
半透明の小型船が二つ現れた。一つは直進を続け、もう一つはわずかに左へ向きを変える。どちらも0.4秒先までの予測で、確定した未来ではない。
推進器の黄色い枠は、二つの予測像で少しずつ位置が違っていた。俺は、推進器が次に通る場所へ照準を合わせた。
「あと何秒だ?」
「敵の射撃まで六秒と推定」
左手で機体の向きを調整した。右手は震えたまま、引き金にかける。
「四秒」
敵船にも人が乗っている。撃てば死なせるかもしれない。それでも、撃たなければ輸送艇にいる人たちが危険になる。
「二秒」
小型船の主推進器が照準の中央に入った。
そして、俺は初めて引き金を引いた。
右前腕から針のように細い白光が伸び、小型船の右後部を貫いた。
主推進器の噴射が止まり、その周囲から装甲片が飛び散った。撃たれた衝撃で小型船の船首がそれ、船体は右へ回転し始めた。船首から放たれた光は輸送艇の外側を通り、何もない空間へ消えた。
「敵船の主推進停止。船体の分解は確認されません。内部の状態は判定できません」
「乗ってる人は?」
「生体反応を取得できません。生存も死亡も確認できません」
止めるために撃った。それでも、死なせていないとは言えなかった。
「あの船へ通信を送れるか?」
「送信できます」
「攻撃をやめて投降してくれ。救助を要請する。返事をくれ」
応答はなかった。回転する船体には灯りが残り、爆発も起きていない。それ以上の状態は外から判断できなかった。
ガレスから通信が入った。
『港管制から連絡だ。主推進を失った小型船の位置は、港側で確認できた。戦闘が終わったら救難確認を行うそうだ』
今すぐあの船を助けには行けない。それでも、港には位置が伝わった。
右手の人差し指を引き金から離そうとした。指はすぐには動かず、少し遅れて離れた。
「右手の反応遅延を確認。神経接続による症状が悪化しています」
ソナから通信が入った。
『レンさん、戻ってください』
「まだ戻れません。ほかの海賊船が残っています」
『右手が動かなくなってからでは、自力で戻れません』
『レン、聞け』
ガレスが通信に割り込んだ。
『今の一隻は主推進を失った。レンが戻るための経路は確保したいんだが、先に巡洋艦が動いたな』
正面の大きな赤い表示が点滅した。
巡洋艦の艦首が《ラグナ》へ向いている。左右に分かれていた装甲が開き、その奥へ白い光が集まっていた。
「主砲ですか?」
「高出力砲の発射準備を確認。目標は《ラグナ》と推定します」
「《ピン・スター》で止められるか?」
「巡洋艦の装甲を破るには、同じ位置へ複数回命中させる必要があります。一射ごとの照準冷却を含めると、敵の発射までに間に合いません」
通常の武器では止められない。避ければ、後ろの《ラグナ》と輸送艇が撃たれる。
機体の右腕を示す表示が乱れた。
「機体右腕の内部構造に変化を検出」
右前腕の内部構造を示す画面で、装甲が分かれ始めた。その内側から、《ピン・スター》より長い砲身が現れようとしていた。




