第21話 機体を売れ
低い声が通信から消えると、港管制の警告音が続けて鳴った。
『未登録艦を六隻確認。大型艦一隻、武装した小型船五隻。外縁航路を利用中の船は、管制の誘導に従って退避してください』
帰投用の誘導線が黄色から赤へ変わった。
俺は《ドックハンド》の速度を上げた。右手の震えでレバーが細かく動くが、急な加速はできない。
ソナから許可された上限を超えれば、作業機を止められるか分からなかった。
「ルミ。未登録艦の位置は分かるか?」
「分かりません。現在の私は、レンのスーツへ局所接続しています。《ドックハンド》の外部情報は取得できません」
「そうだったな」
正面に見える《ラグナ》の格納口が開いた。その右側では、ジンの白い機体が短銃を構えている。
『カミシロ、そのまま格納庫に入れ。後ろは俺が見る』
「六隻を一人で止めるつもりですか?」
『止められるとは言ってない。お前が格納庫へ入るまで近づけさせないだけだ』
港管制が新しい情報を送ってきた。
『先ほど拿捕した海賊艇の暗号通信と、未登録艦の通信形式が一致しました。同一集団と判断します』
作業区域へ入り込んだ一隻は、俺たちを足止めするために送られてきたのかもしれない。
捕まえた直後に本隊が現れたのなら、最初から近くにいたはずだ。
『傭兵船へ。もう一度だけ言う。黒い機体を売れ。代金は、お前たちの船と乗員の命だ』
『ずいぶん安い金額だな』
ガレスの返答に、海賊は笑わなかった。
『拒否と受け取るぞ?』
『条件を聞いただけだ。返事を急かすな』
『巡洋艦の主砲が射程に入るまで待ってやる。それまでに黒い機体を船外に出せ』
通信が切れた。
大型艦は巡洋艦らしい。外の映像にはまだ映らないが、警告表示は《ラグナ》の後方にも増えていた。六隻が別々の方向から近づき、港の内側へ向かう経路を塞ごうとしている。
『外縁航路には退避中の民間船が残っています。港防衛隊は長距離射撃を行えません。接近部隊の到着まで持ちこたえてください』
『何分だ?』
『最短で九分です』
『海賊の巡洋艦は?』
『現在の速度では、それよりも先に射程へ入ります』
ガレスが短く息を吐いた。
『レン、帰投したら操縦席からすぐ降りろ。ソナが待ってる』
「分かりました」
《ドックハンド》が格納口を通過した。床の固定具が脚部を挟み、機体を止める。
加圧完了の表示が出ると、格納庫の隔壁が開き、作業員が周囲へ集まった。
操縦席を開けると、ソナが作業台の上で待っていた。俺が降りる前に、手に持った器具をこちらへ向ける。
『右手の震えが作業開始時より強くなっています。降りる時は左手で手すりを持ってください』
「大丈夫です。膝も動きますし」
『それで再検査が不要になるわけではありません。ゆっくり降りてください』
言われた通り、左手で手すりをつかんだ。右手だけは何も握っていないのに震えている。
格納庫の奥には、《ソヴリン・ゼロ》が固定されていた。胸部と腰、両脚を太い固定具で押さえられ、胸部装甲には港と《ラグナ》の封印板が一枚ずつ付いている。黒い装甲も背中の六枚の板も、作業灯の下では動かなかった。
ミラが機体の足元に立ち、端末を見ていた。
『船長。巡洋艦まで来たなら、この船だけじゃ逃げ切れないよ』
『分かってる』
『外部救難架の輸送艇も外せない。あの損傷で急加速したら、固定部か船体が壊れる』
助けた輸送艇は、今も《ラグナ》の外側に固定されている。乗っていた人たちは生きているが、船体の修理は終わっていない。輸送艇を付けたままでは、海賊を振り切る速度を出せなかった。
『レン、艦橋へは来なくていい。その場で聞いてくれ』
ガレスの姿が壁の画面に映った。隣にはトウマが座り、港と海賊の位置を確認している。
『今から機体を、封印したまま船外へ出す。その後、港側の警備艇がお前を引き取る。お前は身元不明の救難者で、機体の所有者でもない。ここに残る義務はないからな』
「機体を海賊へ渡すんですか?」
『船と乗員、それに輸送艇の避難者を生かすためだ。海賊が約束を守る保証はない。だが、巡洋艦と正面から撃ち合うよりは生き残る可能性がある』
「俺だけ警備艇へ移すのは、どうしてですか?」
『警備艇一隻では、ここにいる全員を巡洋艦が来る前に移せん。それに、海賊が機体だけでなく操縦者も欲しがる可能性もある。お前だけでも港の警備艇へ乗せた方が動きやすい』
俺がここへ来た時、ガレスは正体の分からない俺と《ソヴリン・ゼロ》を宇宙に置いていかなかった。その結果、《ラグナ》の乗員と輸送艇の人たちが海賊に狙われている。
「それなら、俺は残ります」
『理由を言え』
「海賊が狙ってるのは、俺が動かした機体です。俺だけ警備艇へ移って、《ラグナ》の皆に処理させることはできません」
『あの機体を回収したのは俺の命令だ。船へ積んで港まで運んだ責任も俺にある。お前一人のせいにするな』
「全部が俺の責任だとは言ってません。ただ、あの機体は俺が乗った時にだけ動きました。渡す前にできることがあるなら、試させてください」
『前に使った《未記載路》で、《ラグナ》ごと逃げられるのか?』
「現在は判定できません。機体側の観測機能が停止しているため、《ラグナ》全体を通せる経路を形成できるか確認できません」
ソナが俺と《ソヴリン・ゼロ》の間へ立った。
『再搭乗は禁止したままです。右手の震えは悪化しています。今の状態で再接続すれば、右手を思うように動かせなくなったり、立てなくなったり、意識を失ったりする可能性がありますよ?』
「分かっています」
『今の説明を聞いても、乗るつもりですか?』
「はい」
『私は許可できません』
「俺が警告を無視して乗ったと記録してください」
ソナは反対したまま、俺の右手首にある測定シールを確認した。
『少しでも意識が途切れたら、ルミさんはすぐに接続を切ってください。これは再搭乗を許可するという意味ではありません。症状を悪化させないための指示です』
「了解しました。ただし、機体側との接続を開始するまで、私はレンの意識状態を測定片の情報からしか確認できません」
『それで構いません』
ミラが作業台を《ソヴリン・ゼロ》の胸部へ上げた。
『身体だけじゃない。機体も直ってないよ。胸部の内部構造は、まだ荷重を支えきれてない。起動した瞬間に壊れる可能性もあるよ』
「動かせる可能性は?」
『ある。前に動いたんだから、動かせる可能性はある。ただ、前に動いたからといって、次も安全に動くとは限らないよ』
「分かりました」
『分かった顔には見えないねえ』
「正直、怖いです。でも、何もしなければ、海賊にこの機体を持っていかれます」
ルミが首もとから答えた。
「レン。私も再搭乗を勧めません。現在の身体状態と機体内部の損傷を含めた生存可能性は算出できません」
「それでも、乗った後の補助はできるか?」
「機体側との接続が復旧すれば、可能な範囲で実行します。復旧自体は保証できません」
『船長、海賊艦隊が包囲位置へ入りました』
トウマの声が通信へ入った。
『港の警備艇から、レンさんを収容する準備ができたと連絡が来ています。機体を放出する場合でも、港側の封印は維持できます』
ガレスが俺を見た。
『レン。最後に確認する。警備艇へ移れば、お前は戦わずに済む。機体は失うかもしれんが、ルミを動かしている中枢まで海賊が壊すとは限らないぞ』
「海賊がルミを残す保証もありませんよね?」
『ない。だから俺は、安全だとは言わん』
「俺は乗ります」
『船を守るためか?』
「それもあります。輸送艇の人たちも、ここにいる皆も、俺とあの機体を置いていかなかった。その人たちを残して、俺だけ警備艇へは行けません」
ガレスはすぐには答えなかった。格納庫の警告灯が赤く点滅し、海賊からの通信を知らせる。
『時間切れだ、傭兵船。黒い機体を出せ』
ガレスは海賊へ返事をせず、港管制を呼び出した。
『《ラグナ》船長ガレス・ロウ。共同封印の緊急解錠を申請する。目的は現在の武力攻撃に対する退避と船団防衛だ』
『申請を受理。港側の封印を一時解除します。この措置は、機体の所有権、操縦者としての登録、医療上の搭乗許可を認めるものではありません。危険がなくなり次第、再封印してください』
『了解した。《ラグナ》側も解除する』
胸部装甲に付いた青い封印板の光が消えた。続いて、ガレス側の赤茶色の封印板も消灯する。
『レン。乗ると決めても、無理をするな。右手が動かなければ左手を使え。意識に異常を感じたら、すぐ戻ってこい』
「分かりました」
『ミラは機体の固定具を外してくれ。ソナはレンの測定値を見るんだ。トウマは港とジンに、防衛線の位置を送れ』
三人の返事が重なった。
ミラは固定具を一つずつ解除した。俺は作業台へ乗り、《ソヴリン・ゼロ》の胸部まで上がる。
開いた操縦席へ右足を入れた。前にここから出た時より、右手の震えは強い。俺は左手で縁をつかみ、座席へ身体を下ろした。
『レン。まだ今なら戻れるよ』
胸部の外から、ミラが言った。
「戻る時は、皆と一緒です」
『なら、壊すんじゃないよ。機体も、あんたの身体も』
胸部装甲が閉じた。格納庫の灯りが細くなり、最後に消える。
両手をレバーへ置いた。右手は震えたままだった。足元のペダルはまだ動かない。
「ルミ。聞こえるか?」
「聞こえています。機体側との接続を確認。停止中の機体機能へ接続を再開します」
正面に青白い輪が灯った。暗かった壁へ格納庫の映像が戻り、続いて機体の状態を示す表示が一つずつ現れる。読めない文字の一部は、意味だけが頭へ入ってきた。
「レン。神経接続を開始すれば、右手、両脚、意識状態が悪化する可能性があります。それでも続行しますか?」
「続行する。俺はここに必ず戻る」
「選択を確認。神経接続を開始します」
首の後ろに熱が走った。
格納庫の壁が消え、外の映像へ切り替わる。
六つの赤い表示が、《ラグナ》を囲んでいた。




