第20話 金級の腕前
港管制が金級傭兵の到着を告げた直後、白い機体が動いた。
海賊艇の銃身を左手で押し上げたまま、右手に持った短銃を船体へ向ける。細い手足と平らな肩を持つ機体だった。大きさは俺の作業機とあまり変わらないが、それでも、海賊艇は銃を撃てずにいた。
『金級傭兵ジン・ハオの緊急警備契約を確認。作業区域内の交戦対応を委任します』
『了解。ロウ船長、作業機を船体の陰まで下げてくれ。カミシロはそのまま進め。今止まったら、海賊艇から撃たれる位置に残ってしまうぞ』
知らないはずの相手が、俺の名前を知っていた。港の作業名簿を見ているのだろうか。
『レン、聞こえたな? 右後方の外板まで下がれ』
「分かりました」
ガレスの指示に従い、右のペダルを踏みこみ、ゆっくり後退した。
さっき切り離した牽引索が近くを漂っており、右腕の金属爪を開き、索に触れないよう機体を下げた。
海賊艇の腹側で、四角い板が開いた。
「下にも銃があります!」
『見えてる』
ジンの返事は短かった。
白い機体が、つかんでいた銃身を横へ押した。海賊艇の船首が回り、腹側の銃口も作業機とは別の方向を向く。
直後、赤い光が発射された。攻撃は作業機を外れ、近くに漂っていた大きな外板の端を焼いた。
ジンの機体が短銃を二度撃った。
一射目は海賊艇の左側面にある小さな噴射口を壊し、二射目は反対側の噴射口に当たった。船体の向きを変えるための装置らしい。海賊艇は回転を止められず、船首を大きな外板へ向けたままになった。
海賊艇の後部にある主推進器が橙色に光り始めた。
『主推進を使えば、十一秒で前の外板に衝突する。左右の姿勢制御は壊した。停止していれば、船体も乗員も撃つ必要がない』
海賊艇は加速をやめ、主推進器の橙色の光も消えた。
海賊艇の銃口も暗くなり、船体から出ていた通信表示が順番に消える。白い機体は銃を向けたまま、海賊艇から離れなかった。
『港管制、武装停止を確認してくれ』
『海賊艇の推進および火器停止を確認。警備艇が接舷します』
警備艇が到着するまで、海賊艇は動かなかった。さっきまで長く感じていた警備到着までの時間が、今度はすぐに過ぎた。
二隻の警備艇が左右から海賊艇を挟み、固定具を船体へ取りつけた。港管制から、海賊艇の乗員を拘束し、人質だった二号機の操縦者も生存していると報告が入った。
『二号機からレンへ。聞こえるか?』
助けた作業員の声だった。息が乱れていたが、自分で通信を使えている。
「聞こえます。怪我は?」
『牽引索を巻かれた時に肩を打った。操縦はできる。あんたが索を切らなかったら、今ごろ海賊艇へ引き込まれてた』
「間に合ってよかったです」
『礼は港へ戻ってから改めて言わせてもらう。今は先に身体を診てもらうといい』
自分も肩を痛めているのに、相手は俺の身体を気にしてくれた。自分で話せる状態だと分かり、少し安心した。
「レン。右手指部の振戦が増加しています。測定片から警報は出ていませんが、作業開始時より数値が悪化しています」
「分かってる。もう終わったから大丈夫だ」
「大丈夫という申告だけでは、身体状態を判定できません」
『ルミさんの言う通りです』
ソナの声が通信へ加わった。
『レンさん、作業は中止してください。警報が出ていなくても、症状が悪化した状態で続ける許可は出せません』
「でも、三つ目の残骸がまだ――」
『残りは俺たちで運ぶからいい』
ガレスが言った。
『人質を助けるところまでが、お前の仕事だ。帰艦しろ』
「神経の損傷が悪化したんですか?」
『遠隔測定だけでは判断できません。測定シールは警報を出していませんが、震えが強くなった事実は無視できません。帰艦後に再検査します』
「……分かりました」
帰投用の誘導線が表示された。作業機の向きを変えようとした時、白い機体から映像通信が入った。
画面に映ったのは、長い黒髪を首の後ろで束ねた男性だった。左目の周囲に細い金属枠があり、その内側で赤い光点が動いている。
『改めて、ジン・ハオだ。港の緊急依頼を受けて来た』
「カミシロ・レンです。助けてくれて、ありがとうございました。それで、どうしてこの作業区域にいたんですか?」
『近くの補給桟橋にいた。海賊発生の緊急依頼が出て、俺が最初に受けただけだ。人質がいると分かった時点で、港の警備艇より俺の方が近かった』
「それで、あんなに早く来られたんですね」
『そういうことだ』
『名前は作業名簿で見た。噂の黒い機体、《ソヴリン・ゼロ》の操縦者として公示されてる名前でもあるな?』
「操縦したのは事実です。でも、所有者だと決まったわけではありません」
『所有者かどうかは聞いてない。あの機体で輸送艇を救助した操縦者かどうかを確かめただけだ』
「それなら、俺です」
『さっき牽引索を切った後、どこへ逃げるつもりだった?』
「索を放して、作業機を止めるところまでは考えてました」
『その後は?』
「考えてませんでした」
ジンが短く笑った。
『正直でいい。が、そこが甘い。お前は人質を助けるところまでしか考えてなかった。索を切った後も、作業機は海賊艇の正面に残った。相手の銃が動けば、撃たれる位置だ』
「……そこまで考えてませんでした。索を切ることしか考えてなかったです」
『分かってる。だから切る前に、どこへ下がるかまで決める。近くにあった外板の裏へ入れば、海賊艇から射線を通されにくい。止まる場所まで決めてから索を切るんだ』
言われてから周囲の映像を見直す。俺の右後方には、今隠れている大きな外板があった。索を切った直後にここへ下がっていれば、海賊艇の銃口の前で止まらずに済んだ。
倉庫では、危険な荷物を動かす前に、作業員が逃げる通路まで確認していた。今回は二号機を助けることだけで頭がいっぱいになり、自分が退避する場所を決めていなかった。
「次は、そうします」
『そもそも、どうして警備艇を待たなかった?』
「警備艇が来るまで八十二秒で、二号機が海賊艇へ届くまで二十八秒でした。待ったら間に合わないと思いました」
『自分の作業機に武器がないことは?』
「分かってました。だから海賊艇とは戦わず、索だけを切るつもりでした」
『作業機の金属爪で索を切ると決めたのは?』
「索を巻き取る装置へ近づくより、切る方が早いと思ったからです」
ジンはすぐには返事をしなかった。俺の作業機と、切れた牽引索を順に見てから言った。
『次はそうしろ。ただ、人質を優先した判断は間違ってない。警備艇を待っていたら、あの作業員は船体へ引き寄せられていた。そこはお前が動いたから助かった』
「褒められてるのか、注意されてるのか、どっちですか?」
『両方だ。救助の判断は合格。離脱は不合格だ』
はっきり言われると、反論はできなかった。
『機体が強くても、お前まで強いとは限らん。《ソヴリン・ゼロ》がどれだけ高性能でも、射線に残れば死ぬ。逆に、今日、人質を助けると決めたのは機体じゃない。お前自身だ』
「ジンさんは、あの映像を見たんですか?」
『救助映像なら見た。戦場で目立つ機体が出れば、傭兵の間にもすぐ広がる』
「じゃあ、俺がほとんど操縦できてないことも?」
『見れば分かる。機体の補助に助けられてる動きだった』
「そこまで分かるんですね」
『これでも、金級を名乗ってるからな』
「さっき、海賊艇の主推進器を撃たなかったのも、金級だからこそ分かったんですか?」
『あれは古い回収艇を武装させた型だ。主推進器の近くには動力線と乗員区画がある。撃ち抜けば爆発する可能性があった』
「だから、小さい噴射口だけを?」
『そうだ。船体の向きを変えられなくして、進行方向に外板を置けば、主推進器は使えない。海賊を捕らえるなら、壊す場所は少ない方がいい』
「機体が強いだけでは、できない芸当ですね」
『やっと話が通じたな』
ジンは海賊艇を撃破せず、武器と姿勢制御だけを壊して動きを止めた。しかも、乗員は一人も殺していない。
短い時間でそこまでやったのを見て、金級傭兵がどれほどの腕なのか、少し分かった気がした。
『カミシロ。今のまま《ソヴリン・ゼロ》に戻っても、同じ失敗をすれば次は助からない。操縦を覚えるなら、今日みたいに自分が何を見落としたのか、毎回ちゃんと振り返るようにしろ』
「分かりました」
『返事は素直だな。実際に直せるかどうかは、次の仕事を見れば分かるか』
『ジン。説教が終わったなら、レンを帰投させるぞ』
ガレスが通信へ割り込んだ。
『ロウ船長、終わった。患者を宇宙へ残す趣味はない』
『なら、警備艇へ提出する記録をまとめておいてくれ』
『金級を便利に使うなよ』
『緊急警備契約の仕事だ』
『分かってる』
ジンの映像が閉じた。
俺は帰投用の誘導線へ作業機を合わせた。右手の震えでレバーが細かく揺れたが、作業機は低速のまま《ラグナ》へ向かっていく。
格納口が見え始めた時、港管制の警告音が通信へ入った。
『港外縁に複数の未登録艦を確認。全船、外部通信に注意してください』
帰投用の誘導線が黄色へ変わる。
『未登録艦から、傭兵船への通信を受信』
『レン、帰投を急げ。ジン、未登録艦の位置を確認できるか?』
『港の外で散開してる。数はまだ確定してないが、こっちへ近づいて来てるのは間違いないな』
白い機体が海賊艇から離れ、《ラグナ》と未登録艦のいる方向の間へ移動した。
雑音の後に、低い声が聞こえた。
『傭兵船へ。黒い機体を引き渡せ。拒否すれば、船ごと沈める』
海賊が要求している黒い機体は、《ソヴリン・ゼロ》しかなかった。




