第19話 作業機での初仕事
翌朝、ソナの再検査を受けた。
右手の震えはまだ残っている。それでも、膝には前より力が入り、身体はだいぶ動かしやすくなっていた。
『神経反応は、昨日より安定しています』
「それなら、仕事に出てもいいですか?」
『条件があります。使うのは神経接続のない標準作業機だけです。加速は制限し、連続搭乗は一時間以内にしてください。右手や膝、視界に異常が出るか、測定シールが警報を出した場合は、すぐに作業を中止してください』
ソナは、俺が返事をするまで待っていた。
「分かりました。」
『無理をした場合、次の搭乗許可は出しません』
「少しでも体調がおかしいと思ったら、先に報告します」
『それなら許可します』
警戒隔離室を出られるのは、ガレスの監督下で仕事に参加している間だけだった。
仕事が終われば、またここへ戻る。灰級仮免を得ても、その条件は変わっていなかった。
トウマは、出発前に依頼書を最初から読み上げた。
作業場所は自由港の外縁にある船舶用の進入路。撤去するのは、衝突事故で残された三つの大型破片だ。指定された回収区画まで運べば、俺の報酬は三十六クレド。作業機の使用料と保険料は依頼側が負担する。
『武装の持込みと使用は禁止です。海賊などの脅威を発見した場合は、港管制へ通報し、ガレス船長の指示に従ってください』
「作業用の切断機も使えないんですか?」
『切断機は作業道具として使用できます。人や船を攻撃するために使えば、武器として扱われます』
「作業中に誰かが危険になった場合は?」
『救助を優先できます。ただし、可能なら監督者の許可を取り、作業後に何をしたか報告してください。許可を待てない場合も、人命を守るために必要だった行動と、それによって生じた損害を分けて記録します』
「撤去する破片だけに使う予定です」
『その内容で記録します』
最後まで聞き、分からない条件がないことを確かめてから参加に同意した。
格納区画で待っていたのは、頭のない黄色い機体だった。箱形の胴体から二本の腕と太い脚が伸びている。右腕の先には物をつかむための大きな金属爪があり、左腕には厚い刃を二枚合わせる切断機が付いていた。
『CV-8《ドックハンド》。港で一番多く使われている作業機だ』
隣の灰色の機体に乗ったガレスから通信が送られてきた。
『右腕でつかんで、左腕で切る。移動の操作は訓練と同じだ。もし、知らない操作が必要になったら、勝手に動かさず俺に聞け』
「分かりました」
『では、最初に固定棒をつかめ。工具の動きを確認する』
操縦席には、訓練で使ったものと同じ二本のレバーとペダルがあった。
格納区画に固定された棒を使い、右腕の金属爪を試す。
一度目は爪を閉じるのが早すぎて、棒を押してしまった。二度目は中央をしっかり挟み、左腕の切断機も指定された位置で止められた。
『止まってる棒をつかめても、宇宙で動く物をつかめるとは限らん。今日は速さより、手順を守れ』
「はい」
「ルミ。身体の状態だけ見ていてくれ」
「了解しました、レン。生体反応のみ監視します」
格納口が開き、黄色い機体が宇宙へ押し出された。
最初の破片は、輸送船の外板だった。俺たちの機体より長く、端がゆっくり回っている。
先に近づいた港の作業員が、二機で外板の両端を固定した。俺の役目は、中央の支えが曲がっている部分を切り離すことだった。
『レン、近づきすぎるな。回転が止まってから切れ』
「了解」
右レバーを少し倒す。機体が思ったより速く向きを変えたので、すぐに反対側へ戻しかけた。
シミュレータで三度失敗した時を思い出し、レバーを中央へ戻す。噴射は止まっても、回転は止まらない。機体が正面を向く少し前に、反対向きの噴射を短く入れた。
黄色い胴体が、外板の手前で止まった。
『今の停止位置でいい。右腕を出せ』
金属爪で外板をつかみ、左腕の切断機を曲がった支えへ合わせる。刃を閉じると、機体へ二度振動が伝わってから支えが切れた。固定されていた外板の一部が離れたが、こちらへ飛んではこなかった。
『一つ目を回収区画へ運ぶ。急に引くなよ?』
「はい」
牽引索を固定し、三機でゆっくり動かす。動き始めるまでは力を掛けすぎず、止めたい場所の少し手前から速度を落とした。
一度だけ俺が先に引きすぎて、外板の右端が予定した向きから外れたが、ガレスの指示で推進を止め、ほかの二機が向きを戻すまで待った。自分だけで直そうとレバーを動かし続けなかった分、外板をほかの破片へぶつけずに済んだ。
三つ目の破片を回収区画へ運び始めた時、港管制から通信が入った。
『作業区域へ追加の回収艇が接近しています。識別情報を確認中。各機は現在位置を維持してください』
小型艇が、進入路の外側から近づいてきた。船体には港の回収業者を示す青い帯があり、左右に牽引用の索を巻いた装置が付いている。
『こちら第六回収班。遅れて悪い。残りを引き受ける』
通信の声は落ち着いていた。だが、ガレスは進路を譲らなかった。
『第六班は今回の作業メンバーに入っていない。管制の確認が終わるまで、そこで待て』
『古い作業予定を見てるんじゃないか? こっちは更新後の識別番号を送ってる』
小型艇から識別情報が送られてきた。画面に表示された内容は、俺には読めない。
数秒後、港の管制から作業区域全体へ警告が流れた。
『送信された識別番号は、三日前に廃止されています。回収艇は推進を停止してください』
小型艇の青い帯が外れ、その下から黒い装甲が現れた。船腹の一部が開き、銃口がこちらを向く。
『全機、動くな』
別の装置から一本の牽引索が射出された。先端の爪が、港の作業員が乗る二号機の腰へ食い込む。
『二号機を引けば、あの回転している破片へぶつかる。助けたければ、残りの作業機を停止して制御鍵を渡せ』
小型艇が後退を始めた。牽引索が張り、二号機がゆっくり引かれていく。その先には、回収区画へ運ぶ途中だった外板が回転していた。
『くそ、固定爪が外れない!』
二号機の操縦者が叫んだ。
『噴射を止めろ。牽引索と争うな。姿勢だけ保て』
ガレスが短く指示した。
俺の機体は、二号機から五十メートルほどの位置にいた。ガレスともう一機は、回転する外板の反対側にいる。二号機へ一番近いのは俺だった。
作業機の警告音声が、二号機と外板の接触まで二十八秒と告げた。港の警備艇が到着するまで、あと八十二秒掛かる。
「船長。俺なら牽引索へ届きます」
『張った索をそのまま切れば、切れた端が二号機へ当たるぞ』
「先に俺が牽引索をつかんで、引く力を受けます。二号機側を緩ませてから切れば、切れた索は俺の方に残るはずです」
『一度だけ許可する。二号機の手前で索をつかめ。もし、切断に失敗したら、すぐに現場を離れろ』
「了解」
右レバーを倒す。黄色い機体が牽引索へ向きを変えた。
「レン。心拍数が上昇しています。右手の振戦も増加しています」
「大丈夫だ、操作はできる。」
「継続して監視します。異常が増加した場合は報告します」
海賊艇の銃口は、ガレスの機体へ向いている。俺は回転する外板の陰を通り、二号機の近くへ進んだ。
牽引索が視界の中央を横切る。速くつかもうとして右腕を伸ばしたが、金属爪は索の手前を通り過ぎた。
一度離れ、機体の動きを合わせ直す。牽引索ではなく、引かれている二号機を見る。
二号機と同じ速度になれば、索の位置も急には変わらない。
今度は金属爪の間へ牽引索が入った。操作レバーの引き金を押し、爪を閉じる。
『つかんだぞ。そのまま二号機側へ押せ』
前進用のペダルを少し踏む。俺の機体が海賊艇の引く力を受け、座席に振動が伝わった。金属爪から二号機までの索が緩む。
左腕の切断機を、緩んだ索へ合わせた。
『あと十二秒!』
二号機の操縦者の声が聞こえる。
刃が牽引索を挟む。一度目では切れず、表面に食い込んだだけだった。
もう一度、刃を閉じる。
今度は牽引索が切れた。
切れた牽引索の海賊艇側は、俺の右腕に固定されたままだ。
二号機側に残った短い索は、腰の固定爪につながったまま、張りを失って宇宙空間にたるんでいた。
『二号機、離脱しろ!』
『了解!』
二号機が外板から離れていく。
俺の機体は、海賊艇に引かれて前へ動き始めた。右腕の爪を開き、残った牽引索を放した。
すぐに反対向きの噴射を入れると、黄色い機体は外板へぶつかる前に止まった。
停止位置は予定より三メートル外板に近かった。それでも、機体は回転していない。二号機も安全な方向へ離れている。
シミュレータでは一度もできなかった停止を、今は自分でできた。
『人質を逃がしたな!』
海賊艇の銃口が、俺の方へ向きを変えた。
『レン、切断機を開いたまま下がれ!』
ガレスの指示を聞き、左腕の刃を開いた。だが、作業機の加速では射線から出るまでに時間が掛かる。
銃口の奥が白く光った。
その直前、細い機影が上から降りてきた。
白い腕が海賊艇の銃身を横から押し上げる。発射された光は、俺の頭上を通り過ぎた。
『人質は無事に離れた。作業機は下がってくれ。ここからは俺がやる』
知らない男性の声だった。
港管制が、割り込んできた機体の識別結果を送る。
『登録を確認。金級傭兵が現場へ到着しました』




