受付窓口31
評判は、必ずしも真実を語らない。
腕が悪いと噂される医者。
苦情が絶えない診療所。
だがその裏側にあるものは、
誰も見ようとしない。
受付とは、
事実と誤解の境界に立つ仕事である。
⸻
受付窓口31
「ヤブ医者か、天才か」
――その医者は、信用されていなかった。
「絶対やめとけ」
冒険者が顔をしかめる。
「あそこ行った奴、余計悪化したって話だ」
「薬が変な色してるんだよ」
「いや色はいいだろ」
「味も変だぞ」
「味いる?」
窓口はざわついていた。
「……で?」
俺は書類をめくる。
「その医者に関する苦情が、これ全部か」
「はい……」
受付職員が青ざめている。
机の上には山積みの報告書。
全部同一人物。
「名前は」
「レイヴァン医師です」
聞いたことがない。
だが件数が異常だ。
「被害は?」
「軽傷の悪化、回復遅延、誤診疑い……」
「死亡は」
「……ゼロです」
手が止まる。
「ゼロ?」
「はい」
「この件数で?」
「はい……」
違和感。
強烈な違和感。
「……おかしいな」
「え?」
「本当にヤブなら、死人が出る」
即答だった。
「この世界の医療レベルで、この件数でゼロはあり得ない」
受付職員が固まる。
「じゃあ……」
「ヤブじゃない」
書類を閉じる。
「むしろ逆だ」
「逆?」
「腕が良すぎる」
空気が変わる。
「だが」
「評判は最悪」
「理由は単純だ」
立ち上がる。
「説明してない」
「え?」
「患者に理解させてない」
それだけだ。
「行くぞ」
「どこに」
「その医者のところだ」
ため息を吐く。
「クビになる前に」
「真実を確認する」
⸻
――診療所。
外観はボロい。
看板も傾いている。
「完全にヤブ医者じゃないですか」
「見た目で判断するな」
扉を開ける。
中は――
「……綺麗だな」
異様なほど整っていた。
薬品棚。
器具。
すべてが整理されている。
「誰だ」
奥から声。
現れたのは――
無精髭の男。
目だけが異様に鋭い。
「ギルド窓口だ」
「帰れ」
「早いな」
「面倒だ」
即拒否。
だが構わない。
「苦情が山ほど来てる」
「知るか」
「説明不足だ」
「必要ない」
会話が成立しない。
だが。
確信が深まる。
「……あんた」
「何だ」
「全部分かってやってるな」
沈黙。
一瞬だけ。
空気が変わった。
「……何が言いたい」
「患者のレベルに合わせてない」
「高度すぎる治療を」
「説明なしでやってる」
医者の目が細まる。
「……ほう」
「だから不安になる」
「だから苦情が出る」
「だが」
指を立てる。
「治ってる」
決定的だった。
「だから死人がいない」
静寂。
やがて。
「……面白いな」
医者が初めて笑った。
「受付か」
「そうだ」
「ただの窓口じゃないな」
「ただの窓口だ」
「嘘をつけ」
ため息を吐く。
「一つ提案だ」
「何だ」
「説明しろ」
「断る」
「早いな」
「無駄だ」
「なら」
一歩踏み込む。
「俺がやる」
「……は?」
「受付が説明する」
「医療内容を翻訳する」
「患者に理解させる」
医者が黙る。
「それで苦情は減る」
「お前にできるのか?」
「できる」
即答。
それが仕事だ。
「……なるほど」
医者が笑う。
「面白い」
「乗るか?」
「条件がある」
「何だ」
「一つでも誤訳したら」
目が鋭くなる。
「二度と来るな」
「いいだろう」
握手はない。
だが契約は成立した。
⸻
――数日後。
「すごい……」
受付職員が呟く。
「苦情……ゼロです」
「だろうな」
窓口は平常運転。
だが一つだけ違う。
「説明って大事なんだな……」
冒険者がしみじみ言う。
「当たり前だ」
それが受付だ。
「受付男子」
マスターが近づく。
「今回の件」
「はい」
「評価する」
「珍しいですね」
「だが」
一拍。
「仕事を増やすな」
「不可抗力です」
嘘ではない。
たぶん。
「クビは回避だ」
「それは良かった」
小さく息を吐く。
どうやら今回も――
窓口は守られたらしい。
ヤブ医者か、天才か。
その答えは単純だった。
ただし。
“正しいこと”が伝わらなければ、
それは“間違い”と同じになる。
受付の役割は、決して派手ではない。
だが。
言葉一つで、評価も現実も変わる。
今回救ったのは命ではない。
理解だ。
そしてそれは、
この世界において最も不足しているものかもしれない。
窓口は今日も忙しい。
人と人との“ズレ”を埋めるために。




