お望みの対応をして差し上げますわ
「なんですか!あなたは!!」
茫然とマリナ様を見つめることしばし、ハドリー先生は我に返ったように叫びました。
「呼ばれてもいないのに、失礼な!ここはあなたのような平民の来るところではありませんよ!」
「そうですか?」
ヒステリックな罵声を、マリナ様は平然と受け流します。
「日頃は学園内での平等を謳っている作法教師の言葉とはとても思えませんね。生徒には『淑女たるもの、下々の者にも寛容に』と言っておきながら、それが本音というわけですか」
「なっ……」
「それに、わたしはバスター教授に呼ばれてここにいるんです。そうですよね、教授」
「うむ、私がマリナ君を呼んだのだ。それを持ってきてもらうためにな」
バスター教授は頷き、目でテーブルに置かれた小袋を示します。
「それに、ランバウム嬢、ハンコック卿によると、マリナ君はその場にいたと言う。ハドリー君の調査が一方的なものであった以上、目撃者である彼女からも話を聞くのが道理ではないか?」
「そ……それは……」
正論過ぎて反論もできなかったのでしょう、ハドリー先生は悔しそうに手を握りしめながらも黙りました。
「さて、リキエシタ最終日のことでしたよね」
睨みつけるハドリー先生を無視し、マリナ様は全員の顔を見渡すと話し始めました。
放課後、最終下校時間近くなってからの待ち合わせ、ハンコック様のリキエシタ、突然割り込んだキッぺリング様……。
「キッぺリング様は頑張ってるハンコック様を見下し、このカードはもったいないと言ってアリアドネ様の手から青カードを奪いました。そして、アリアドネ様が窘めるのも聞かず、強引にリキエシタを仕掛けたんです。だからアリアドネ様は0点の赤カードを。キッぺリング様は相当おかんむりだったようですけど、アリアドネ様やハンナ先輩にも咎められて、最終的には引き下がりました。その時は、引き際も優雅なのはさすがだな、って思ったんですけど。その裏で被害者面してたんなら台無しですね」
「なんてことを!!」
辛辣なマリナ様の言葉に、ハドリー先生は真っ赤になって立ち上がりました。
「わたくしのジュリアンがそんなことをするはずがないでしょう!?あの子はあなたなど足元にも及ばないくらい、誇り高く完璧な生徒なのです!そんな作り話に騙されるものですか!本当だというのなら証拠を見せなさい!この赤カードのような、動かぬ証拠を!!」
怒りにぶるぶる震える手で赤カードを突き付けられ、マリナ様は呆れ果てたと言わんばかりにため息をつきます。
「……わかりました。先生がそうまでおっしゃるなら、証拠を見せましょう。……そのカード、ここへ置いていただけますか?盗りゃしませんから」
そう言って、マリナ様は小袋から取り出したカードをずらりとテーブルに並べました。
「いいですか、こちらの21枚と、その赤カードがキッペリング様の提出したカード。それから、こっちの6枚がハンコック様のカードです」
テーブルの上に並べられたのは、12枚の青カード、9枚の白カード、1枚の赤カードの列と、1枚の白カードと5枚の青カードの列。
「カードには、渡した人の名前と点数、日付を書くことになってます。ほら、こんなふうに」
言いながら、マリナ様は自分がハンコック様に渡した青カードを指で叩きます。確かに、そのカードにはマリナ様の署名と、先週末の日付が入っていますわね。
「でも、アリアドネ様は几帳面だから、時間まで書き込んでいるんです。……で、見てください。この2枚のカードを」
マリナ様はハンコック様のカードの列からわたくしの青カードを取り出し、キッペリング様の赤カードの隣に並べます。
「おお!これは……!」
「なんと!たった5分しか違わないではないか!」
そう、ハンコック様の綺麗な青カードに書かれた時刻は、ハドリー先生が振り回したせいでしわが入り指の後の残る赤カードの時刻からたった5分後だったのです!
「リキエシタが連続する場合、最低でも5分以上間を空けるのは暗黙のマナーですよね。もし、キッペリング様が先にリキエシタをしていたなら、ハンコック様は10分くらいは待ったはずです。それが5分というのは、通常ではない証拠……割り込んだ上に退こうともしないキッペリング様に困ったアリアドネ様がやむなく先に採点をした証拠です」
「………なるほど……そうすると、ランバウム嬢はまったくの無実。真に糾弾すべきはキッぺリング卿の方ということになりますな……」
「うむ。教師に虚偽の報告をした件、故意に悪評を広めようとした件……一度キッペリング卿本人から話を聞かねばなりますまい。懲罰についてはそれ次第ということで」
「お……お待ちください!!」
いったんは座っていたハドリー先生は、副学園長先生とバスター教授の言葉に真っ青になって飛び上がりました。
「そんな!あの子は何も悪くないのです!虚偽の報告なんてとんでもない!!皆様は大げさに考えすぎですわ!!ただあの子は、わたくしの期待に応えられなくてすまないと、そう言っただけで……アリアドネ・ランバウムの悪評だって、流す気は……ねえ!?ベアトリス嬢!?」
「そ、そうですわ!ただジュリアン君はドリーちゃんにちょっぴり弱音を吐いただけで……ほら、殿方だって、ちょっと気落ちすることくらいありますわよね?それを……」
「つまり、それをアリアドネ様を貶める格好の口実にしたわけですよね?ハドリー先生、ベアトリス様。あなたたち二人が。ご丁寧に、わざわざ全校放送まで使って」
「全校放送!?」
「聞いておらぬぞ!?そんな!!」
冷たい声で、冷たい目で。
ばっさりとハドリー先生たちを斬って捨てたマリナ様の言葉に、学園長先生までが目を見開きます。
「ああ、学園長室の放送は切っておいたわけですか。じゃあやっぱりあなたの差し金ですよね、ハドリー先生。通常の呼び出しじゃなく、わざわざ全校生徒にアリアドネ様が学園長室に呼び出しを食ったと知らしめるような方法を取ったのは」
まるで汚いものを見るような蔑んだ目でマリナ様は吐き捨てました。
「大げさですって?そうしたのはあなたの方でしょう!?でも、そのおかげで危険を察知したハンコック様が守護精を放って、全部聞くことができました。証人が足りないって言うんなら、外の廊下にみんな集まってますよ。リディア様も、1年の騎士候補生たちも、あのときあの場にいた者は、全員」
それから一呼吸おいて、マリナ様はベアトリス様をちらりと見やりました。
「もちろん、デミトリオ殿下もね」
「そんなっ!!」
その一言は、確実にベアトリス様の痛いところをついたのでしょう。ベアトリス様は青くなって震えあがりました。
「そんな!殿下にまで!?酷いわ!ただ、あたくしは虐げられたジュリアンくんのために、って善意で声を上げただけなのに……あんまりですわ!アリアドネ様!!」
「酷いも何も、全校に大々的に宣告したのはそっちでしょうが」
もはや歯に衣着せる気も失せたらしいマリナ様が呆れたように答えます。
「だいたい、勝手な思い込みでアリアドネ様に濡れ衣着せたのはそっちですよね?それが失敗したからってアリアドネ様のせいにするなんて……頭、大丈夫ですか?事態、呑み込めてます?こんなに大事にしちゃったら、殿下や王妃様の耳に入るのは当然じゃないですか」
「王妃様にまで!?」
「当たり前でしょう!?アリアドネ様が全校放送で呼び出されたなんて知ったら、事の次第を学園長先生に聞くに決まってるじゃないですか。そしたら、この馬鹿馬鹿しい騒動の一部始終が……」
王妃様と聞いてまた悲鳴を上げるベアトリス様を、嬉々として追い詰めるマリナ様。……あれはもう、楽しんでますわね。気の毒に。
マリナ様だけは怒らせないようにしようと心に決めつつ、わたくしは唖然とその光景を見つめているハンコック様に近寄りました。
「ハンコック様……ごめんなさいね、こんな茶番に巻き込んでしまって。でも、助かりましたわ、ありがとうございます」
「へっ?あっ……いっ、いえっ!!もとはと言えばぼくのリキエシタが拙いせいで……」
「いいえ、とんでもありませんわ。……それに、守護精のネズミさん。とても素晴らしい働きをなさいますのね。やっぱりあなたは騎士として、立派な資質をお持ちですわ」
「アリアドネ様……!」
わたくしに話しかけられて真っ赤になって慌てたハンコック様は、感極まったように潤んだ瞳をなさいます。……殿方にいうのもなんですが、なんてお可愛らしい。弟がいたらこんな気持ちなのかしら。
「……さて、ランバウム嬢」
「はい、学園長先生」
ちょっと浮き立つような気持ちを覚えたわたくしでしたが。ごほん、という咳払いとともにかけられた声に気持ちを切り替え学園長先生に向き直りました。
「どうやら今回のことは、我々の思い違いだったようだ。無実のきみにあらぬ疑いをかけ、貴重な時間を奪ってしまった。本当に申し訳なかったね。今回の呼び出しに関してはきみには一切の非がなかったと、学園長の名で告知しよう。それで納得していただけるだろうか?」
「ええ、学園長先生。呼び出しの件に関しましては、それで結構ですわ。……でも」
わたくしは、青ざめたまま俯いて座っているハドリー先生に目を移しました。
「ハドリー先生、あなたには公式に謝罪を要求させていただきます」
「なっ……」
弾かれたように顔を上げたハドリー先生に、わたくしは冷たく言い渡します。
「当然でしょう?あなたは母を侮辱したのです。まさか、お咎めなしだと思ってはいらっしゃいませんわよね?」
「そんな!だって、さっきは謝罪を受け入れるって……」
「あれは、わたくし個人としてのこと。しかも、謝罪くださったのは学園長先生。つまり、学園としての謝罪だ、ということですわ。あなたからは何の謝罪も、いえ、それどころか反省の色さえ見せませんでしたわよね」
「あっ……謝ればいいんでしょう!?申し訳…」
「もう結構。そんな口先だけの謝罪など、なんの意味もありませんわ」
慌てたように喚く先生の言葉をわたくしはぴしゃりと撥ね除けました。
「故人とはいえ、母はランバウム侯爵夫人。しかも、王妃殿下までも愚弄し、我が友人をも侮辱した。侯爵家として、看過できるものではございません。侯爵家からハドリー子爵家へ正式な謝罪要求をさせていただきます」
正式な謝罪要求となれば公式記録に残りますし、他の貴族の耳にも入ります。
もちろん、母との親交の篤い王妃様やソフィア側妃様、陛下の耳にも入るでしょう。
先生はハドリー家の次女だったと記憶していますが……侯爵家の不興を買ったとあって、今後は実家での待遇がどういうものになるやら……。
でも、知ったことではありませんわ。
だって、わたくしは底意地の悪い傲慢な、氷と呼ばれるほどに冷酷で……あとなんでしたっけ?そうそう、権力を笠に着た性根の悪い娘なんでしょう?この対応がお望みでしたのよね?
「では、ほかに用事がなければ失礼いたしますわ。先生方。生徒会の仕事が残っておりますので」
もはや一言も返せないハドリー先生を一瞥し、わたくしは学園長先生たちにできる限り優雅に一礼しました。学園長先生が苦笑しながら頷くのを確認し、そっと退出します。
「アリア嬢!大丈夫だったか!?」
「アリア様!」
「蛇姉さま!!」
「まあ!みなさま!」
部屋を出たわたくしたちは、あっという間にリディア様たちに取り囲まれました。マリナ様のおっしゃったとおり、そこにはあの時の面々が顔を揃えていらっしゃいます。そして、難しい顔をしたデミトリオ殿下も。
「御心配をおかけしました。なにやら酷い茶番でしたが、ハンコック様とマリナ様のおかげで助かりましたわ」
「本当にひどい話だ!あの教師は依怙贔屓をするという噂だったが、まさかこれほどだとは……ベアトリス嬢もベアトリス嬢だ!なんと思慮の浅い!こんな茶番に手を貸すとは!」
デミトリオ殿下はハドリー先生の仕打ちもさることながら、ベアトリス様がそれに加担したことにぷりぷり怒っていらっしゃいます。
「まあ……あの方も善意からなさったことだそうですし……」
「なお悪い!それでは、また繰り返しかねないということではないか!そんな考えなしのくせに、よくもアリア嬢を押しのけ次期王妃になどと望めたものだ!」
……そうなんですよね、確かにもともと思慮の足りないところのあるかたでしたが……ベアトリス様、こんなに短絡的な方だったかしら……。
そのとき、ふと視界の隅を何か黒っぽい……小さなものが過りました。
「大丈夫だ、アリア嬢」
虫?と思い反射的に目で追おうとしたわたくしは、リディア様の声にはっと意識をそちらへ向けます。
「今の茶番の全て、アリア嬢が学長室に入るところからオスカーが乱入するまではしっかり、ばっちり、一言一句逃さず記録してある。もしベアトリス嬢やあのスケコマシがアリア嬢の悪評を流そうとするなら、こっちはこれを公表するまでだ」
ノートを片手にリディア様(特技の速記をそんなことに使ったのですね)がにやりと笑い。
「新聞部に流したら冬祭り特集号の一面を飾ってくれますかねえ。いや、号外かなあ?」
にこにことマリナ様が恐ろしいことをおっしゃいます。
「マリナ様……」
「やだなあ。あくまでも最終手段ですって」
さすがにそれはやめてあげて、と目で訴えると、マリナ様は黒い笑いを引っ込めて真顔になりました。
「実は、わたしからもご相談があるんです。ここではなんですから、場を移しましょう」
「では、私は教員室へ寄ってから行く。侯爵家からの通告とは別に、学園としてもあの教師をこのままにはできまい」
その相談事、とやらを事前に聞いていたのでしょうか。殿下はマリナ様に頷きかけるとそう言って踵を返しました。
「では、僕たちもこれで。お役に立ててよかったです」
1年生を代表してサイファー様が騎士の礼を取り、わたくしたちは再度お礼を申し上げその場を離れたのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ドリー!!待ってよ!!」
生徒会室へと向かうわたくしたちがその声を聞いたのは、近道しようと中庭を抜ける途中でした。
「あれは……」
立ち止まったリディア様の視線の方を追えば、ドロレス様と、何やらもめている様子の少女が一人。
でもあの方は生徒ではありませんわね。学園の小間使いの制服を着ていますが、見たことのない顔です。冬祭りのために臨時で雇い入れた方かしら。
「放してよ!」
見守る間にもドロレス様はそう叫び、少女を邪険に振り払いました。
「だって、おかしいでしょう、そんなの!!あの子は友達なんじゃなかったの!?」
「うるさいわね!事情が変わったんだってば!!」
苛立たし気に舌打ちをして、ドロレス様は少女を突き飛ばします。
「あたしの言うことが聞けないなら、もうあんたは仲間でも何でもないわ!勝手にどこへでも行けばいい。でも、覚えておいて。余計なことをしゃべったら、ただじゃ置かないから!今のあたしなら、あんたを牢に入れることも、王都から追放することも簡単なんだからね!いいわね!!」
倒れこんだ少女に指を突き付けてそう言うと、ドロレス様はくるりと背を向けて走り去りました。残されたのは、呆然と座り込む少女が一人……。
「大丈夫ですか!?」
マリナ様が駆け寄ったのにはっとして、リディア様とわたくしも後を追いました。
ドロレス様の所業に驚きすぎて、身動きもままならなかったのです。
「だ……大丈夫です。大丈夫ですから」
マリナ様に助け起こされ、少女は慌てたように手を振ります。でも、その手!擦りむいているではありませんの!!
「いけませんわ、血が出ています。医務室に行くべきですわ」
きっぱりと宣言し、わたくしは恐縮する少女の手をハンカチで縛りました。
「ちょっ……こんな高価なものを!!」
「構いませんわ。それより、立てまして?あなた、最近入られた方ね。わたくしは2年のアリアドネ・ランバウム。あなたは?」
「アリアドネ……?」
わたくしの名前を聞いた少女は何故かぎょっとしたような顔をして。それからすごい勢いで頭を下げました。
「申し訳ないです!!生徒さんにこんな……すみません!!失礼します!!」
「おっと」
そう言って駈け出そうとしてまた転びそうになった彼女を、リディア様が抱き留めます。
「どうやら足を挫いたみたいだな」
少女の右足を見て呟くと、リディア様はいきなり彼女を抱き上げました。
「ひぇっ……」
「逃げられても面倒だから、このまま医務室に連行する。先に行っててくれ」
平然とわたくしたちに告げ、真っ赤になって固まる少女をお姫様抱っこしたまま、リディア様は医務室の方へと足を向けます。
「………ああいうこと、素でやるから王子さまって呼ばれるんですよねえ」
呆れたように呟くマリナ様には同意しかなく。
わたくしたちはただその背中を見送ったのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
生徒会室に着くと、マリナ様は室内に誰もいないことを確かめ、扉に鍵を掛けました。
「マリナ様?」
「念のためです。誰かいらっしゃったらノックするはずですから」
「それほど……人に聞かれたくない話ですのね?」
思わずごくりと唾を飲み、わたくしはマリナ様の正面のソファに腰を下ろしました。
緊張するわたくしにマリナ様はお茶を入れてくださり、わたくしはありがたくカップを手に取ります。
でも。
マリナ様の第一声に、わたくしは危うくカップを取り落とすところでした。
「実は、今朝方、巫女様が家出をなさいました」
お茶を飲もうとしたわたくしに、マリナ様は平然とそうおっしゃったのです!!
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