婚約破棄…
―――陛下と、王妃殿下が。
そう聞いて、わたくしは一瞬頭が真っ白になりました。
デミトリオ殿下は言うに及ばず、オレイアス殿下も何度か我が家を訪れたことがあります。ですが、親交が深いとはいえ、陛下がお忍びで我が家を訪れるなどということはこれまで一度もありませんでした。ましてや、王妃殿下とお二人そろってだなんて……!!
「そ……そう。ではすぐに着替えて伺うわ。ルビー、手伝ってくれる?」
「いえ、お嬢様」
自室へ向かおうとしたわたくしを、執事長のヘンドリックスが呼び止めます。
「どうぞそのままで。制服のままで構わないとのお達しでございます」
「……そう……」
そうですか。気持ちを落ち着ける暇も与えていただけませんのね。
逃げ道を塞がれるとはこのことでしょうか。でも、陛下やお父様のお達しとあらば従うしかありません。
覚悟を決めて、わたくしはヘンドリックスのあとにつき、応接室へと足を向けました。
陛下と王妃様揃っての御来訪。その目的は一つしかありません。……婚約破棄のことでしょう。
でもこんな急に……殿下も殿下ですわ。事前に何も教えてくださらないなんて。ああ、せめてお兄様と意見のすり合わせができていたら……!!
「アリアドネお嬢様のお帰りでございます」
千々に乱れる思いをなんとか纏めようとする間にも、ヘンドリックスは応接室のドアを叩き、中からの応えに恭しくドアを開けます。
「御来訪を知らず、遅くなりまして申し訳ありません」
「ああ、よいよい。こちらへ入りなさい。アリアドネ」
「恐れ入ります」
上座から手招きする陛下に深く一礼して、わたくしは断罪の間(気分的にはまさにこれ)へ足を踏み入れたのでございます。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
重厚なオーク材の家具と深い赤で統一された応接室は、赤々と燃える暖炉によって程よく暖められておりました。
外から帰ってきた身としては、ほっと息をつく心地でございます。ええ、本来なら。
ですが、その時のわたくしにはとてもそんなこと感じていられるような余裕はありませんでした。
だって、部屋の一番上座には国王陛下。その両隣に王妃様とデミトリオ殿下。陛下の正面にはお父様が座り、その隣にお兄様が座っていらっしゃいます。
危惧していたほどに険悪な雰囲気ではありませんが……それが逆に怖い!!!!
「かけなさい、アリアドネ」
お父様に促され、わたくしは一番下座に腰を下ろしました。すぐにルビーがみなさまにも新しいお茶を給仕します。
「………さて、アリアドネ……」
きっ……来たあああっ!!
それが済むのを見計らったようなタイミングで陛下が口を開きました。思わず、わたくしはびくっと肩を揺らし、僅かに身を強張らせました。
その緊張が判ったのでしょう。陛下は目を丸くすると、くくくっと小さく笑い声を立てました。
「これはこれは……随分と可愛らしい反応をする。なにも取って食おうというのではない。そのように緊張する必要はないのだぞ?」
「は……はい」
ううう、恥ずかしい。
陛下の御前で動揺してしまったことが恥ずかしくて、わたくしは誤魔化すようにお茶を口に運びます。
「ときに……婚約を破棄したいと聞いたが」
「!!」
へ……陛下!?直球がすぎましてよ!?
これまた見計らったかのようなタイミングで放たれた問いに、わたくしは危うくお茶を吹くところでした。
「デミトリオだけでなく、そなたもそれに同意していると?」
「……はい。おっしゃる通りですわ。陛下」
こほん、と息を整え、わたくしは顔を上げました。
「アリア……」
「申し訳ありません、お父様。でも、それが本音ですわ。わたくしは殿下を兄のようにお慕いしておりますが、殿方として愛してはおりません。先日の殴打事件が理由ではありませんが、このままで良いのか判らなくなってしまったのです」
「ふむ……」
正直に申し上げると、陛下はそれを吟味するかのように顎に手を当てました。
「だとすると……少し妙な話だな?アリアドネよ。たった3ヶ月前には、そなたはデミトリオとの婚約に納得し、王妃教育を続けていた。それが急に破棄を願い出たというのはどういうわけだ?衆人環視の中で暴力を振るったデミトリオが嫌になったか?3ヶ月のうちにデミトリオへの愛が失せたか?それとも………デミトリオが心変わりしたか?」
「それ……は……」
ごくり、とわたくしは唾を飲みました。
ああ、やはり陛下は鋭くていらっしゃる。
判っていたことではありますが、『愛がない』などという理由だけで破棄が認められるほどこの婚約が軽いものではないことも、侯爵家の娘として育ったわたくしが、その重さを重々承知していることも、陛下は最初からお見通しだったのです。
でも……だからと言って、どうしたらいいのでしょう。
殴打事件を理由にすれば殿下が責められます。
殿下の心変わりを理由にすれば……駄目ですわ、それも殿下の責となりましょう。
下手すればその相手―――お兄様にも累が及びます。最悪の場合、お二人が引き離され、わたくしにもこのまま婚約継続を、との厳命が下ることも。いえ、わたくしのことはいいのです。仮面夫婦を演じる覚悟ならとうに決まっておりますもの。でも……。
ふっと脳裏を『イアソンとフレデリク』の悲恋が過ぎります。
いいえ、いいえ!!お二人にあんな悲劇を繰り返させるわけには……それだけは……ああ、お母様!!わたくしはいったいどうしたら……!!
「……どうした?答えられぬか?アリアドネよ」
「……っ…」
静かな催促に、これはもう、嘘でもわたくしの心変わりだと言うしかないと、わたくしが覚悟を決めたとき。
「…わたし、の……私のせいなのです!!」
「お兄様!?」
一瞬早く、お父様の向こう側でお兄様がそう叫びました。
「私が……っ……私が、浅ましくも殿下を誘惑したのです!妹の婚約者だと判っていながら……だから、だから、アリアは……っ」
「何を言う!ジーク!先に告白したのは私じゃないか!!父上!母上!ジークの咎ではありません!私が言い寄ったのです!!アリア嬢がいながら、私はジークを諦められなかった……私の責なのです!」
「いいえ!陛下!すべては私が!!」
なんてこと!お兄様はすべての咎をお一人で背負い込むつもりなのですわ!
「そんな!お二人は悪くありませんわ!わたくしが至らなかったのです!だから殿下はお兄様を!」
そうはさせじとわたくしも声を上げました。慎みも、陛下の御前だということも忘れて声を荒げます。
「わたくしなんか、氷の蛇姫ですもの!殿下だって、お兄様の方がいいに決まってますわ!!わたくしが殿下だったとしても、そう思いますもの!ですから、それはいいのです!わたくしにとっては殿下も大事なお兄様のようなもの!だから、大事なお二人が幸せになってくだされば、わたくしはそれが一番いいのです!!」
「そうです!打ち明ける前にアリア嬢にはうっかり知られてしまったが……彼女は判ってくれた!そのうえでの、婚約破棄なのです!なあ?アリア嬢!」
「その通りですわ!殿下なんかにお兄様を取られるのはちょっと癪に障りますけど、お兄様が殿下がいいっておっしゃるんですもの!しかたありませんわ!」
「は………」
わたくしたち3人の激白に、陛下は面食らったような顔をして。
それからいかにも楽しそうに大声で笑いだしたのです!
「これはこれは……殿下なんか、と来たか!!言うのう、アリアドネ」
「……アリア……」
「もっ…申し訳ございません!!」
くっくっと肩を震わせる陛下と、苦虫を嚙み潰したようなお父様。
必死になるあまり、ついうっかりつるっと本音を漏らしてしまったことに、わたくしは慌てて謝罪いたしました。
あら?でも……怒っても、驚いてもいらっしゃらない………???
「……あの……?」
「……まだまだですわね、アリアドネ」
予想していた叱責や非難がないことを訝しみつつ顔を上げたわたくしに、王妃様がため息をつきます。
「死に物狂いだったとはいえ、そんなに簡単に本音を漏らすなんて。……でもまあ、これでよくわかりました。あなたは本当に、デミトリオとの婚約解消に同意しているのですね?」
「はい、王妃様」
居住まいを正し、わたくしは王妃様に深々と頭を下げました。
「王妃教育を無駄にしてしまい、申し訳ございません。でも、わたくしは先ほども申し上げた通りお二人に幸せになっていただきたいのです。どうか、わたくしの我儘を、お赦しいただけませんでしょうか」
「……我儘……か……」
笑いを収め、陛下もひとつ息をつきました。
「デミトリオ……そなたは、ジークハルトを望むというのだな?この美しく聡明なアリアドネではなく、同じ男であるジークハルトを?」
「はい、父上」
「そなたは次期国王である。その重責を踏まえたうえで………それでも王妃たり得ぬジークハルトを?そんなことをすれば、王位はおろか王族としての地位も失おう。国に残ることも叶わぬやもしれぬ。……それでも、その決断は変わらぬか?」
「はい、父上。ジークがいてくれるならば」
「そなたもか、ジークハルト」
「……はい。恐れながら、陛下」
きっと殿下の将来を考えたのでしょう、一瞬躊躇って、それでもお兄様は陛下の目を見返し、はっきりと答えました。
「殿下が私を望んで下さる限り、お傍で支え続けたいと存じます」
「………で、あるか」
きっぱりとしたその言葉に、陛下は深く息をつきます。
「……やれやれ………まさか本当に『イアソンとフレデリク』だったとは……」
「っ!」
ややあって、陛下の口から洩れたその言葉に、わたくしたちは思わず身を強張らせました。
「……ほう。イアソンとフレデリクの話を知っておるのか」
「……はい。100年ほど前の、イアソン王子とフレデリク・ランバウム卿との悲恋だと。許されぬ恋の発覚後、フレデリク卿は自刃され、イアソン王子も単身魔獣に挑み戦死されたと伺っています」
「ふむ……では、当時の王家と侯爵家の対応は?」
意外そうな陛下に質問された殿下は、マリナ様から聞かされた話を答えましたが、その次の問いには困惑したようにお兄様と顔を見合わせます。
「いえ……そこまでは……しかし、やはりかなりの反対があったのではないでしょうか。フレデリク卿が命を絶ったほどですし……」
「うむ……。確かに、当時の侯爵は激怒したと伝わっている。というのも、二人の仲が発覚したころ、フレデリクにはガルシア王国から縁談の申し込みがあったらしい」
「もとよりイアソンとフレデリクは幼少の頃よりひと揃いの貝のように親密で、片時も離れたことがないほどだったという。それが友情ではなく恋だったと知って、王も侯爵も激昂した。錯覚だと、あまりに傍に居過ぎたせいで混同したのだと、二人を引き離そうとした。フレデリクの縁談を前倒しし、早々に彼をガルシアへと追いやろうとした……。……彼らは見誤ったのだ。二人の想いの深さを……フレデリクのイアソンに対する忠誠を」
「フレデリクの死後、イアソンはいっさいの感情を失ったという。そして、誰にも告げずたった一人で無謀な戦いに身を投じた。……あれは、フレデリクの遺言により後追いを禁じられたイアソンの自決だったと、当時の王は書き残しておるよ……」
「………そんな……」
予測通りの反応とはいえ……お二人はどんなにお辛かったでしょう。フレデリク大叔父様は、たとえうわべだけでも他の方に愛を誓うことはできなかったのですね。そして、イアソン王子も……
「ですが、父上!私たちは……」
「……二人の死後、王と侯爵は酷く悲しみ、後悔したという」
暗くなってしまった空気を振り払うかのように言いかけた殿下を無視し、陛下は言葉を続けました。
「イアソンもフレデリクも、優秀で誰にでも好かれる、愛すべき人物だった。ふたりを相次いで失ったエロイーズが世を儚み、神に身を捧げようと決意するほどにな。……二人とも、そんな運命を辿るべきではなかったのだ。……だから……王家と侯爵家は……」
「うむ。両家は決断した。……もう二度と、イアソンとフレデリクの悲劇を繰り返してはならぬ、と。万が一、両家の間であの二人の再来が起きたら……王子殿下と侯爵家の息子が恋に落ちたら……その時は、頭ごなしに否定してはならぬ、とな」
瞬間、応接間は針が落ちても聞こえるほどに静まり返りました。
お兄様もわたくしも、反論しかけていた殿下でさえ、あまりのことに言葉を失ったのです。いえ、一瞬陛下とお父様の言葉が理解できなかった、というほうが正しいでしょうか。
「……で……では……」
「お認めくださるのですか!?私とジークの仲を!?」
「お兄様!!」
「こらこら、認めるとまでは言っておらん!否定はせぬと言っているだけだ!」
などと陛下が釘を刺しておられますが、今は聞いてなどおられません。
正面から身を乗り出す殿下に負けじと、わたくしもお父様を押しのけるようにして(失礼)お兄様の手を握りました。
それでもまだ呆然と目を見張っていたお兄様は。
「…………あ………」
正面から殿下に手を取られ、横からわたくしに腕を掴まれてようやく実感が伴ったのでしょう。みるみるうちに優しいフォレストグリーンの瞳に涙を溢れさせました。
「デ……デミ……アリア……ああ……わた……し、は……」
「ええ!お兄様!」
「愛している、ジーク。もう絶対に離すものか!」
「デミ…!」
いつの間にかテーブルを回り込み、傍に跪いてお兄様を抱き寄せる殿下と、泣きながら殿下の胸に顔を埋めるお兄様。
ああもう!わたくしもお傍に行きたい!お父様、邪魔!!
「だから、認めるとは誰も………ああ、もう良い!好きにするが良いわ!」
外野の音声を完全無視し、泣きながら抱き合う恋人たちの美しい(?)姿に、陛下も盛大に匙を投げたようです。
「ええい、飲まずにやっていられるか!ルビー、酒だ!酒!強いのを、ありったけ持ってこい!」
特大のため息とともにソファに思いきり凭れると、ルビーに向かって手を振ります。
「ではルビー、わたくしにも何か軽いものを」
「承知いたしました」
あら珍しい……王妃様もお酒を召し上がるのですね!
そうして、あれよあれよという間に始まる酒宴。
そうなれば、必然的に接待はわたくしの役目です。……殿下、覚えてらっしゃい!
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なし崩しに始まった酒宴は、思いのほか和やかに進みました。
「だいたいにおいて、お前は欲張り過ぎなのだ!デミよ!」
ようやっと人心地ついて二人の世界から戻ってきた殿下を捕まえ、順調に盃を重ねていい具合になった陛下がお説教を始めます。
「アリアドネという非の打ち所のない婚約者がいながら、ジークハルトまで手中に納めようとは!」
「やはりやめておくわ。陛下が出来上がってしまっては、アリアドネ一人では大変でしょう」
そう言って、供された果実酒を諦めた王妃様は、そんな陛下を見てため息をつきました。
「しかたのない人だこと……あれではまるで学生時代のようだわ……」
確かに、隣に移動したお父様と二人して殿下に絡む姿は、失礼ですが、親戚の叔父様がたのよう。普段の威厳のあるお姿など、見る影もありませんわね。
「……正直……手酷く反対されると思っておりました……」
わたくしの隣に座り、両手でカップを抱えるようにしてひとくちお茶を飲んだお兄様が、まだ涙の残る声で呟きます。
「嘆かれ、詰られ……罵られても当然だと……私は、それだけのことをしたのだと……」
「……そなたたちの気持ちには、うすうす感付いておりましたよ」
「えっ……」
「小さい頃からジークはいつもデミトリオを見ていましたからね」
驚くわたくしたちに、王妃様はひとつ息をついてカップをソーサーへ戻します。
「ジークは、いつも第一にアリアドネ。妹を何より大事にしていたでしょう?ジークが大好きなデミトリオがやきもちを妬くくらいに。でも、妹を護りながら、ジークの目はいつもデミトリオを見つめていた。わたくしが気付かないとでも思って?控え目なそなたが自分の気持ちを押し殺しているのでは、とずっと危惧していたのです」
「そ……そんな……では、何故……」
「反対しなかったか……?」
ふっと小さく笑い、王妃様はお兄様の髪に手を伸ばしました。
「王妃として考えるならば、そのような危険は早めに摘み取ってしまうべきだったでしょう。でも……ジークハルト?そなたもアリアドネも、二人ともわたくしの大事なエナリアの忘れ形見なのです。その子供たちが辛い目に遭うなど看過できない……だから、見守っていたのです。ずっと……」
「王妃殿下……」
「王妃様……」
ああ……なんというお優しい笑み。お気遣い。
王妃様は、まるでお母様のようにわたくしたちを見守ってくださっていたのですね……!!
お兄様は言うに及ばず、わたくしまで感動のあまり目を潤ませてしまった……のですが。
「……それなのに、デミトリオときたら……公衆の面前でアリアドネを辱めたかと思えば、婚約解消なんて言い出して………ならばジークを選ぶのかと思いきや、どこの馬の骨とも知れぬ小娘と噂になったりして………」
さっきまでの慈愛に満ちた笑みはどこへやら、ぎりぎりと歯を噛み締め、拳を握り締める王妃様!こ……怖い!怖いですわ!聖母が般若になってしまいましたわ!
「ふん、妃の言うとおりだ!婚約を破棄したいなどと言い出したときから、お前とジークハルトの仲は疑っておったわ!」
何処から聞いていたのか、豪快に盃を呷りつつ、陛下が乱入なさいます。
「なにしろ……我が王家の男どもは、侯爵家の男女の双子に滅法弱いからな!特に、性差の少ない、そっくりな双子にはな!」
「確かに確かに。フレデリク大叔父以前にも、我が家のそっくりな男女の双子は王族に嫁ぐ者が多かったな……。だからこそ、ジーク!アリアそっくりなお前にはしっかりしてもらわねば、と必要以上に厳しく接したというに……」
「ち……父上!?」
まあ!全然知りませんでしたわ!ではあの、虐待とも言えそうなほどの冷遇にはそんな意味が!?
「で……では、私たちのことはとっくにご存知で……?」
「ご存知ではなかったな!確証がなかったからな。ただ……ジークハルトであれば、と思ってはいた。アリアドネを袖にしてまで選ぶほどの相手だ。ジークハルトならば良い。ジークハルトならまだ許せる。だがそれ以外であれば………とな」
「殿下、陛下は、万が一殿下の選んだのがあのドロ……なんとかいう娘であった場合、即刻王族としての地位を剥奪し、子爵籍でも与えて北の……ガルシア王国があったあたりの僻地へ放り出そうと考えておられたのですぞ」
「「「は!?」」」
驚きのあまり、顎が外れるかと思いました!
ガルシア王国?フレデリク大叔父様に縁談を持ち込んだ国ですわね?
たしか、イアソン王子の戦死と同じ100年ほど前に魔獣の呪いにより滅んだという……その国のあった、北の山脈へと続く地はいまや広大な砂漠となってると聞きますが……そんなところへ殿下を?
いや、それ以前に殿下がドロレス様を選ぶ!?なんで!??
「ちょ……っと待ってください!父上!侯爵!その娘とは従者殿のことですか!?いったいなんでそんな話に!?」
「ふん、何を白々しい!学園で噂になっているそうではないか!お前がその娘に心を移してアリアドネを辱めたのだと!」
「婚約破棄も間近で、焦ったアリアドネがその娘を虐げた、という噂もありますわね」
「さよう、アリアがその娘を亡き者にしようと階段から突き落とそうとした、などという話もあるとか」
か……階段!?それは初耳ですわ!あの謝罪もどきがそんな噂になっているのですね!
「………っ……なんですか、それは!」
あんまりな内容に絶句していた殿下が叩きつけるように酒瓶を置きます。
「すべて根も葉もない噂だ!!絶対にありえない!!父上、まさか信じたのではないでしょうね!?」
「ほう?すべて虚言だと申すか?」
「当然です!」
吐き捨てた殿下は、ぐいっと隣に座るお兄様の肩を抱き寄せました。
「さっきも言いましたが!私の愛しているのはジークただひとりです!ジークがいながら他の女に靡くなどあり得ない!!」
「随分と楽しそうに、毎日ダンスに興じていたと伺いましたが?」
「だからそれはっ!巫女殿に頼まれたからです!巫女殿のためでなければ、誰が好き好んであんな娘と!」
「それは私からも保証します。殿下は人前でこそ笑顔でしたが、相当鬱憤をためておいででした。巫女殿はまだいいが、あのドロレスという娘の馴れ馴れしさには辟易すると」
「……ふうむ……」
お兄様と殿下の弁明を聞いて、陛下とお父様は顔を見合わせました。
「どう思う?」
「あながち嘘とも思えませんな。殿下など、鳥肌が立っておいでですし」
「そうですわね。あの嫌がり方。二人の言うことは真実なのでしょう」
「………いったい、なんだというのです」
殿下は苛立ちを隠そうともせず、陛下たちの顔を見渡しました。
「お三方とも、私の潔白は判っているのでしょう!?それなのに何故そんな!いったい何があったというのです!?」
「………じつは、申し出があったのだ……」
声を荒げる殿下をじっと見据え、陛下は重々しく口を開きました。
そこには、さっきまで親友と一緒になって息子に絡んでいた、陽気な酔っ払いの面影は微塵もございません。
そうして、わたくしたちの顔を順繰りに見つめ、殿下はおっしゃったのです。
「モンテナ伯が……くだんの娘、ドロレス・アルジャンテ嬢を養女にする、とな」
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