リキエシタ……?
「…………は……?」
全く予想外の言葉に、わたくし、失礼なことに呆気に取られてしまいました。え?これって……ダンスの申し込み?てことは、リキエシタ??え?え?最終日に?なんでわたくし??
「………駄目……でしょうか………?」
意外過ぎて返事もできなかったせいで、ハンコック様はこの世の終わりのような顔をして聞いてきます。その不安げな声にはっとして、わたくしは気を取り直しました。
「……失礼しましたわ。リキエシタとは思わず………で、その……わたくしに……ですの?」
……どなたかとお間違えではありません?
「はい!アリアドネ様に!!」
こっそり囁いても、ハンコック様はきっぱりそう言って、なおも姿勢を正します。
「まあ!」
これはびっくりです!まさかわたくしに……鋼鉄のアリアドネにリキエシタを仕掛けるかたがいらっしゃるなんて!!でも、申し込まれたからにはきちんと評価を行うしかありません。
そう思って、わたくしが口を開くより早く。
「やるなあ!オスカー!!とうとう声をかけたか!!」
「元気良すぎですよ!1年生くん!!」
「リディア様!マリナ様!?」
同じテーブルに座っていたリディア様とマリナ様が、わっと声を上げました。そうでした!!お二人がいらっしゃったんでしたわ!あんまり驚いて、すっかり頭から抜け落ちておりました!
「ひぇっ!リディ先輩!?サフォノワ先輩?」
でもそれはハンコック様も同じだったようで、器用にも跪いたまま飛び上がります。本当にこのかた、わたくししか目に入っていらっしゃらなかったのですね……。
「いやいや、失礼。一世一代の勇気を振り絞った者に対して外野が揶揄するものではないな」
こほん、とひとつ咳払いをして、リディア様はきりっと真顔を作ります。
「よし!オスカー!仕切り直しだ!男らしく、ビシッと決めてみせろ!」
「はい!リディ先輩!」
軍隊さながらに飛ぶ檄と、敬礼でもしそうなハンコック様。
……どう見ても、上官と部下ですわよね。リキエシタどこ行った。
「まあまあ、二人とも」
今にも作戦行動が始まりそうな雰囲気に、マリナ様が介入なさいました。
「これはリキエシタなんですから。1年生くん、求婚でもアコレードでもないんですから、跪く必要はないんですよ?いや、跪いちゃいけないわけじゃないんだけど、身を屈めて深くお辞儀をする程度で。そして、声はもっと小さく。緊張するのも判りますけど、肩の力抜いて、もっと優雅に。相手の目を見て微笑みかける!そしてリディア様も、すぐにサー、イエッサーの世界に持って行かない!」
「はっはい!!」
「お……おお!」
さすがはマリナ様。万事体育会系のリディア様を宥めつつ、まるで作法の先生のように的確な助言を送ります。
「はい、じゃあもう一度、最初から!」
「はい!!」
はん、とひとつ手を叩くマリナ様に頷くと、ハンコック様は深々とわたくしに一礼して立ち上がり、10メートルほど後ろに駆け戻りました。
それからくるりと向き直り、わたくしの許へ歩を進めます。
「はい!まだ緊張してる!右足と右手が一緒に出てますよ!もう一度やり直し!」
「急ぎ過ぎだ!もっとゆったり歩いてこい!」
「はいっ!!」
「………あらあら」
作法の先生と鬼教官の指摘を受け、それでも一生懸命に頑張るその姿に、思わず胸が暖かくなってしまいました。
ああ、お母様。
その昔、マースデン伯に低評価を付けながらも青カードを渡したお母様の気持ち、よく判りますわ。きっとお母様も、こんなふうに胸が暖かくなったのでしょうね……
そう思って、ポケットの青カードを取り出そうとしたとき。
「おっと、これはあんなおちびちゃんにはもったいないですよ?」
不意に横から伸びた手が、わたくしの手からそのカードを奪いました。
「!?」
驚いて振り向くと、そこに立っていたのは、眩しいほどの笑みを浮かべるキッペリング様。
「あなたの青いカードは、もっとちゃんとしたリキエシタにこそ相応しい……そうではありませんか?アリア嬢」
にっこりと、取り巻きの女生徒が悲鳴を上げそうな笑顔で優雅に一礼すると、先ほど奪い取ったカードを返して寄越します。
「なにをなさいますの!人様のリキエシタの最中に!」
「すみません、アリア嬢。でも、こんな茶番にお忙しいあなたが付き合わされるのを見ていられなくて」
握られた手を振りほどくと、キッペリング様は一瞬戸惑ったような顔をして。すぐに気を取り直したように恭しく腰を屈め、完璧なお辞儀をなさいました。
それから顔を上げ、熱い目でじっとわたくしの目を見つめます。
「ですから……どうか、アリア嬢。ぼくにその青カードをいただけませんか。リキエシタの締めくくりは、特別な女性であるあなたに、とずっと決めていたんです」
「まあ!」
それは、非の打ち所のない完璧なリキエシタでした。
「わたくしに……リキエシタを……?」
「ええ、アリア嬢。ぼくは210点を集めましたが……最後はやはり、一番美しく、一番気高いあなたの賞賛をいただきたい……どうか、ぼくの1週間の努力を、ぼくのリキエシタを完璧なものにしてくださいませんか」
情熱的な囁きと、自信と魅力にあふれた輝かんばかりの笑顔。
ああ、こんなリキエシタを受けて、満点をつけない女性がいるでしょうか。
「……しかたのないかたね……」
「アリアドネ様!?」
ため息をついて、わたくしはペンケースを取り出しました。
マリナ様が咎めるような声を上げますが、今は構っていられません。取り出した別のカードに点数を書き込み、わたくしは採点を待つ礼儀として、目を閉じて待つキッペリング様にそのカードを差し出しました。
「どうぞ。わたくしの『賞賛』ですわ」
「ありが……」
ぱっと顔を輝かせ、カードを受け取ったキッペリング様は、その点数とカードの色にさっと顔色を変えます。
「アリア嬢!?これは……」
「ですから。それがわたくしの、あなたに対する賞賛ですわ」
そう、わたくしが下した採点は0。そして、カードの色は赤。
「馬鹿な!俺のリキエシタは完璧だったはずだ!」
「ええ、そうですわね。完璧でしたわ。作法の教科書に載せたいくらい」
「だったら!!」
「………本当にお判りになりませんの?」
声を荒げるキッペリング様をわたくしはまっすぐに睨みつけました。
「今は、ハンコック様のリキエシタの最中でした。それはあなたもご存知だったはずですわね」
「だから、それは!」
「ちゃんとしていない?茶番?それこそ大きなお世話ですわ!」
鋭い叱責にさすがの厚かましいキッペリング様も身を固くしますが、同情なんて微塵も致しません。だってわたくし、怒っていますもの!
「そもそも、1年生のリキエシタは経験を積むためのもの。手際が悪いからって、なんですの!不慣れで当然でしょう!?それなのに、人のリキエシタを馬鹿にして割り込むだなんて、言語道断!許されないことですわ!それが重大なマナー違反だということぐらい、あなただってお判りのはずでしょう!?」
「あ……」
そこまで言われてようやく自分の非常識さに思い至ったのでしょう。キッペリング様はかっと頬を染めました。よしよし、これでハンコック様に非礼を詫びていただければ……と思ったのですが。
「だったら……!だったらなおさら、俺のリキエシタを見て、手本にするべきじゃないか!俺は完璧だったんだ!なのにこんな……っ!」
……開き直りでございますか。そうですか。
「そこまでになさい、ジュリアン」
どうしてくれようこの男、と思ったそのとき、静かながらも厳しい声がかかりました。
「ハンナ様?」
「遅れてごめんなさいね、アリアドネ様」
はっと振り向けば、紙袋を持ったハンナ様が険しい顔で立っていらっしゃいます。
「おまけにこんな醜態をお見せして……彼に代わって謝罪いたしますわ。アリアドネ様も、みなさまも……特に、ハンコック様……でしたかしら。本当に申し訳ありません」
「!いっいえっ、そんなっ!」
いきなり最上級生に頭を下げられて、ハンコック様は真っ赤になって慌てたように手を振ります。
でも、キッペリング様は。
「やめないか!ハンナ!きみの出る幕じゃないだろう!」
苛立ちも露わにふん、とそっぽを向きます。
「……ジュリアン……」
ハンナ様は哀しそうにため息をつきました。
「……どうしてそんな……高等部に入ってからのあなたは目に余りますわよ。今回のリキエシタだって……」
ちょっとためらって、ハンナ様は真っすぐにキッペリング様を見据えます。
「あなた、逆リキエシタをお願いした特待生の子やおとなしい下級貴族の子たちに、白カードでの高得点を要求したそうね」
「え……」
「なっ…」
その言葉に、わたくしもリディア様も息を飲んでしまいました。
カードに書き込まれる数字が0~10までの点数であるように、カードの色は女性側の意志を表します。
赤ならば『あなたとは踊りません』という明確な拒絶の意志、青ならば逆に明確な受諾の意志、そして白は、『その時の状況による』という、不確定な意志を表します。でも、ふつう高得点を付けた相手とは踊りたいもの。よほどのことがない限り、高得点ならば青カードを渡すでしょう。しかも逆リキエシタをするほどの相手ならなおのこと。それなのに、男性側が白のカードを要求したということは。
「ちょっと待て、じゃあ、踊る気はないが高得点は寄越せと!?」
ばん!とテーブルを叩いてリディア様が声を荒げます。
「あまりに身勝手じゃないか!?それは!そのうえ、アリア嬢の青カードもほしいだと!?」
「そ……それは……」
リディア様の剣幕に、キッペリング様は救いを求めるように目を彷徨わせます。
「それはその、彼女が……そう、彼女がどうしても、とリキエシタを望むから!女性の頼みを無碍にするわけにはいかないでしょう!?だから、苦肉の策として白のカードを……」
「それは変ですね」
そのとき、黙って成り行きを見守っていたマリナ様が割って入りました。
「その特待生って、ルイーズ・ケンウッドですよね。彼女、初日の朝一番で逆リキエシタをしたはずですよ。あなたは人気があるから、って。わたし、相談されたから知ってるんですけど」
「なっ……」
「その時点でなら、あなた、まだ一枚も青カードを貰ってなかったはずですよね。彼女の頼みを無碍にできなかったって言うんなら、なんでその時に応じてあげなかったんですか?結局は踊る気がなかったからこその、白カードなんでしょう?」
「っ……」
「………もう、結構ですわ」
静かに怒るマリナ様と何も言い返せないキッペリング様を見比べて、わたくしはため息をつきました。
「あなたの作法は完璧でした。見事なリキエシタでしたわ。得点は文句なしの10点。でも、それ以前に致命的なマナー違反がありました。よって、マイナス10点。差し引き0ですわ。……それに」
顔を上げ、じっとキッペリング様の目を見つめます。
「踊らなければならないお相手がたくさんいらっしゃるようですし。なおさらわたくしと踊る必要はないでしょう?」
「………っ!」
さっと頬を染め、それでもキッペリング様はわたくしたちに恭しく一礼して踵を返しました。その背中を見送って、わたくしはほっと肩の力を抜きます。
いけ好かない方ですが……最後まで作法は忘れない、あのプライドだけはたいしたものですわね。相当、屈辱を感じておられたでしょうに。
「ハンナ先輩……大丈夫ですか?最後に何か言われていたようだが……」
「ああ……大丈夫ですわ。ジュリアンは軽薄ではありますが、紳士ですもの」
気遣うリディア様に、ハンナ様はそう言って微笑みます。
「本当……どうしてあんな遊び人みたいになってしまったのかしら……昔はあんなふうではなかったのに……アリアドネ様にまでご迷惑をおかけして……」
「いいえ、そんな。わたくしこそ、きつい物言いをしてしまって……」
ハンナ様にも謝って、それからわたくしはハンコック様に向き直りました。そう!一番迷惑をこうむっているのはこのかたです。
「申し訳ありません、ハンコック様。せっかくのリキエシタを中断させてしまって。それで………どうなさいます?取り消しなさるならそれでも……」
「いいえ!」
こんな恐ろしい蛇姫、相手にする気も失せたのではないかと思ったのですが。ハンコック様は、構わない、と言いかけたわたくしの言葉を打ち消す勢いでそう答えました。
「むしろ……感動しました!どうか、もう一度!もう一度最初からやり直させてください!アリアドネ様!」
「え……ええ……?」
頬を紅潮させ、目をキラキラ輝かせて。
いったい今のやり取りのどこに感動要素が!?と内心首を傾げるわたくしに、ハンコック様は多少ぎこちないながらも見事にリキエシタをこなして見せました。
「ありがとうございます。まだ少し硬いところはありますが……素敵なリキエシタでした」
そう言って、わたくしは6点のカードを手渡しました。
「3回やり直しましたから、そのぶんのマイナス3、少々ぎこちないのでマイナス1ですわ」
「……青!!!!」
いちおう総評を申し上げたのですが、ハンコック様は点数よりもそのカードの色に泣きそうに打ち震えていらっしゃいます。
と、そのとき。
「おおお!!青だ!!青!!」
「やったな、オスカー!!」
「でかしたぞ!!」
「すげえ、蛇姉さまから青カードをいただくなんて!!」
わっとばかりに後ろのテーブルで声が上がりました。
「あっ!おまえら!?」
驚いて振り返ると、後ろのテーブルに身を隠していた(多分)のは、リディア様の後輩にあたる1年生の騎士候補生のみなさま……ようするに、ハンコック様の同輩ですわね。
「なんだ、おまえら!?まさか覗きか!?」
「ち……違いますよ!リディ先輩!」
「オレたち、ただオスカーが心配で!」
呆れたようなリディア様に、もう隠れている必要もないと思ったのでしょう、騎士候補生たちはぞろぞろとテーブルの後ろから出てきます。
「だってこいつ、蛇姉さまに申し込みたいって毎日思い詰めて……昨日からメシも喉を通らなくなってるんですよ!?」
「まだ全然点数足りてないのに蛇姉さましか目に入ってないし。もし赤カードとかだったら首でも括るんじゃないかと」
「わー!わー!わー!!」
なにやらいろいろ暴露されて、ハンコック様は真っ赤になって大声で誤魔化そうとなさっています。が、それよりも。
「……蛇姉さま?」
何やらとんでもない呼称に、思わずわたくしは首を傾げてしまいました。途端に、1年生全員が『やばい!』という顔で己の口を塞ぎます。
「わたくしのこと……ですの?」
「えっ、や、あの、そのっ!」
ハンコック様は赤くなったり青くなったり。やがて観念したかのように肩を落としました。
「………春の……新入生歓迎式のことを……覚えておいでですか?」
「え?……ええ」
確か、ハンコック様と初めて言葉を交わしたのはその時でしたわね。
「あのとき……守護精のことで先輩から馬鹿にされていた僕を助けてくださったのが、アリアドネ様でした」
それは、式典も終わり、懇親会が始まってすぐのこと。
騎士候補生のテーブルに着いたオスカーは、3年の候補生から謂れのない嫌がらせを受けた。
素行の悪さから放校寸前と言われていたその3年生は、見るからに線が細く小柄なオスカーの将来が有望なのを妬み、オスカーの守護精がネズミであることを揶揄い、嘲ったのだ。
屈辱に唇を噛み締め、それでも最上級生だと思えば反抗することもできず拳を震わせるオスカーと、下手に助け舟を出すこともできない同輩を庇うように、現れたのがアリアドネだった。
『ネズミなんだってな?お前の守護精。弱くて臆病で、逃げ回ったりコソコソ嗅ぎまわるしか能のない薄汚いネズミが、誇り高い騎士候補生のテーブルに座ってんじゃねえよ!相応しくないんだよ!!とっとと出てけ!このくそネズミ!』
『……あら。でしたらあなたもこのテーブルに相応しくないようですわね』
暴言を吐き、オスカーをテーブルから引きずり出そうとした3年生の前に堂々と立ち塞がり。
『あなた、このかたの守護精を随分と見縊っていらっしゃったようですけど』
『ご存じありませんの?ネズミさんって、ものすごく学習能力が高いんですのよ?それに、素早くて粘り強い。臆病だというのも警戒心の強さの裏返しですわ。そんなことも知らなくて、勝手な印象で後輩を貶めるのを誇り高いというのかしら。少なくとも、このかたはまだ1年生。これからどんどん伸びるかもしれませんわよ?』
そう言って、庇ってくれた。
『お……お言葉ですが、ランバウム嬢!こんなチビがどんなに頑張ったところで、まともな騎士になるとは思えませんね!』
往生際悪く言い返す男に、口許だけに薄い笑みを浮かべて。
『あら……わたくしの兄も殿方としては小柄な方ですけど、ランデール先輩やブルーノ様と互角に打ち合いましてよ?このかただって、立派な騎士様になる可能性はゼロではありませんわ。あなたが騎士団に入れる可能性だって』
そう言って、肩を叩いてくれた。
『嫌な思いをさせてごめんなさいね。これからの活躍に期待していますわ』
そう、励ましてくれた。
「僕たちはろくにお礼も言えなくて……アリアドネ様のお名前を知ったのも、その後でした。それから、『氷の蛇姫』なんて呼ばれてるって知って……それで……」
「守護精が蛇だって伺ったんで……その、蛇のお姉さまだって……」
「それがいつの間にか蛇姉さまになったんですのね……」
別に悪事を働いたわけじゃありませんのに、みなさま自白でもするかのように小さくなって自己申告なさいます。いえ、別によろしいのよ?氷だの鋼鉄だのと言われてるわたくしですもの、この際ひとつやふたつ呼称が増えたところで。でも………蛇姉さま?ちょっと可愛らしすぎません!?
「なるほどな、ここ2日ほどなんだかこそこそしてたのはそれか」
1年生を目の前に並べ、リディア様がため息をつきます。
「たるんどる!と言いたいところだが……初めてのリキエシタだしな。仕方ないか。……で?お前ら、ちゃんと及第点は取れそうなのか?」
「それが聞いてくださいよ!!リディ先輩!」
「オレたちはなんとかなりますけど!こいつ、蛇姉さまに申し込みたいってそればっかで、ぜんっぜん点数足りてないんですよ!!」
「なにい!?」
「ええっ!?今日最終日ですよ!?」
「まあ……何点くらい足りませんの?」
「……えっ?……え……っと……」
わたくしのカードを矯めつ眇めつし、何やらうっとりとしていたハンコック様は、同級生に小突かれ、リディア様に凄まれ、マリナ様に詰め寄られて明後日の方向に視線を泳がせます。
「その……初日に、姉と従姉妹に練習台になってもらって……14点……それから、今蛇姉さまにいただいた6点……」
「はあ!?全然足りないじゃないか!!」
「いいんです……僕もう、この青カードだけで本望です!」
「馬鹿野郎!及第点獲れなかったら放課後補講だぞ!鍛錬時間が削られる!」
えっと……もう少し点数おまけしたほうがよろしかったでしょうか……でも、わたくしが満点差し上げたところで24点ですし……。
「しかたありませんわね」
目を丸くして騒動を見守っていたハンナ様が、小さく苦笑してハンコック様に淑女の礼をされました。
「ハンコック様。3年、ハンナ・ビベカですわ。どうか、わたくしにリキエシタをいただけないかしら?」
「へっ!?」
「なるほど!その手があったか!!」
いきなりの逆リキエシタにハンコック様は固まり、リディア様が目を輝かせて立ち上がります。
「よし!オスカー!胸を貸してやる。わたしにもリキエシタを寄越せ!」
「リディア様、それじゃ逆リキエシタになってませんよ!?ということで、おさらいです。1年生くん。わたしにも特訓の成果を見せてください!」
「えっ!?え、ええっ!?」
「えっ、じゃない!なんとしてもあと30点かき集めなきゃ補講だろうが!!」
狼狽えるハンコック様の頭をはたいて檄を飛ばすリディア様。
「あっ、オスカーばっかずるい!!リディ先輩、俺も俺も!」
「蛇姉さま!おれもよろしいでしょうか!!」
「ああああのっ!ビベカ先輩っ!歓迎会の演奏、すごく感動しました!!私もぜひ!!」
そうして、ハンナ様がくださった提案に、これ幸いとばかりに1年生の皆様がのっかって。
大騒ぎののち、ハンコック様たちは全員及第点を集めることに成功なさいました。
「いやあ、良かった良かった!これで来週も安心して奴らをしごける!」
「おもしろかったですねえ」
「そうね、たまにはこういうのもいいわね」
教授に報告に行く1年生たちを見送って、わたくしたちはなんだか一仕事終えた気分でそれぞれの帰路についたのでございます。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ただいま、ルビー」
そうして、我が家へ帰りついたわたくしは、いつものように玄関口でルビーに声をかけました。
「………お嬢様」
ですが、出迎えてくれたルビーの顔は固く強張っています。
「…どうしたの?ルビー?なにか……」
思わず声を潜めるわたくしに、ルビーは一つ大きく息をついて。
「応接室で、旦那様がお待ちです。……陛下と、王妃殿下も」
震える声で、そう言ったのです。
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