3 証言者
月曜日になり、榊の特別有給休暇は残り1日となった。各種必要な作業はすでに終わり、榊の兄弟もすでに地元に帰って行った。残った榊守と理彩の夫婦は午前中に西川市の隣の杉山市に向かった。杉山市には西海放送の本社があり、昨日連絡のあった記者の山口真理子に会う為だ。その間は理彩には、ここ数日葬式関係でろくに手伝いも出来ずに、ただただ忙しくさせてしまった事への償いとして、局近くの百貨店でショッピングを楽しんでいただくことにした。西川市にはショッピングセンターはあれど百貨店的な店がないため、気晴らしにはちょうど良かった。
一度理彩を店の前で降ろすとそのまま放送局へ向かった。城の堀の外側にある西海放送はテレビとラジオの両方を持つ放送局だ。地上デジタル放送の開局に合わせて、城の北側にあった放送局を離れて、局持ちの文化施設があった城の西側へと引っ越していた。
受付で、名前を言って山口の名前を告げると。数分と待たずに山口は現れた。
「お待ちしてました。少し部長にも挨拶をされますか?」
「いや、こちらは私用だから、特に波風起こすようなこともないさ。」
などとは言ったものの、山口の案内先は報道局の室内を通る流れだったため、何人かの報道記者に会うことになった。お互い会議等で、知り合っているものもいる影響か、本題に至るには少々時間もかかった。
山口は榊を報道局内にある編集室へと連れて行った。2畳程度の狭い部屋にはVTRデッキと、ノンリニア編集用のコンピューター端末が置かれ、周辺を取材用のテープ類が占拠している。
席に着くと、最初にしゃべり出したのは榊の方だった。
「まずは、先日はありがとう。」
「こちらこそ、ありがとうございます。」
山口が椅子に座ったまま深々と頭を下げる。
そんな挨拶もそこそこに、山口はコンピューターのキーボードを叩いて、取材データを共有フォルダから呼び出し始めた。西海放送と海原テレビは同じ地方局とは言えど人数や規模は大きく異なる。海原テレビで最近入った編集素材のネットワーク共有化システムをかなり前から導入していたのであろう、山口の動きは手際が良かった。
「狛江谷の災害は私も昨日少し調べたが特にこれという事はないし。事件があった平成元年の頃には祖母さまの身内や親戚もあの集落から離れていたらしいけどね」
「……本題は災害ではありません」
山口は榊を向かずに画面を見ていった。
「事件の方は調べましたか?」
「ネット掲示板にあった幽霊騒ぎの件か?一応軽く見たけど、あんまり正確性もないな。掲示板じゃあ火事とも言っているが、実際は水害だろう。」
「確かに狛江谷を廃集落にした結果は水害ですが……」
山口は検索画面にキーワードを入力していた。
「狛江谷を廃集落にしたきっかけは火事なんです。」
山口は検索結果から、あるニュース素材のデータを読み込んだ。読み込んだ結果がパソコン画面上のメディアプレーヤーで呼び出されて、動画が再生される。
『……昨晩から狛江谷周辺の道路は消防車両によって埋め尽くされ、谷には消防関係者と警察をの祖いて立ち入ることは出来ません。集落の住民は影響の少ない風上の山側に散り散りとなっており、消防団と自治隊が生存者の確認を急いでいます』
その映像は古いアナログ時代に撮られた標準画質の映像だった。カメラの性能も古い物だったのであろう、燃えている火で強い残像が発生している。
「――平成元年の7月末、内川町の狛江谷集落で発生した火は瞬く間に集落二十世帯を襲いました。火は一晩程度で消えたものの、うち十五世帯が全焼して、他は半焼で済みました。そんな状況から一月も経たずにこの集落は台風によって流されます。」
別の映像も現れた。
『……昨晩から降り続いた大雨の影響で、谷へつながる道路は全てで泥水とともに流木が流れており、谷に立ち入ることは出来ません。』
今度は雨合羽を羽織り、ヘルメットを被った男性アナウンサーがしゃべっていた。
「この雨が致命的なダメージになり、狛江谷の集落からは人は消えることになります。」
『――先の大雨により、壊滅的な状態となった狛江谷集落に対して、内川町議会は現在仮設住宅へと避難している狛江谷集落約十五世帯に対して、現在建設中の内川緑ニュータウンへの全額移住補償を行う意思がある事を伝え、狛江谷集落自治会関係者との契約を交わしました。』
「この取材を行うきっかけになったのは、狛江谷の火事のことが、会社的に一切取材されていなかったことで、見つかった素材もこの一本のテープだけで。この素材自体もライブラリになかったのです。その他の大雨の件についてはきっちり取材記録が残っているんです。」
山口は当時の取材記録のノートのコピーを出した。記録は全て電子書籍化されており、該当の部分を印刷していたようだ。
「火事の部分のページは、ここですが肝心の内容はカットされていてありませんでした。」
ページには『取り扱いに注意の為内容を残さない』とだけ切り取った理由が書かれていた。
「私たちはこの火事についての真相を調べるために関係各所に取材しました。当時取材した報道記者はすでに退職、または死亡。そして、消防や警察はこのことにコメントはありませんでした。」
取材記録を見ていた榊はそれをテーブルに置いた。
「更に狛江谷集落にいた関係者はそのことについては沈黙し、その事件について何も語ろうとはしませんでした。全員がこのことに口を噤んだんです。」
「あんたらはその理由をなんだと思っているんだ?ここまで話を聞いていると裏に何かあると言わんばかりの感じだが。」
「最初は火事のことが上がらないのは、デカい記録の上書きが原因なんじゃないかとも思いました。火事の後に大雨で集落が流されるなんて事は、めったにないですし。」
しゃべりながら山口は、自分の傍にある箱形の機械を編集機に繋ぎ始めた。
「そうなるとあの火事は原因がわからないんですよね。ハイカーの火の不始末という意見もありましたが、あの集落にはハイキングコースからも大きく離れています。」
繋いでいたのはHDD装置だった。映像データを扱う分膨大になっているのであろうが、データをなくさないよう複数のディスクで同期記録を行うために大型化されているのであろう。
「そうなるとこれは事件ではないかという予想が出来るんです。実際この集落の人間は火事の結果ニュータウンに移り住むことが出来てたくさんの補償を受けている。これは何か裏が……」
榊が思わず机を叩いた。
突然の物音に山口はビクつき固まる。榊は話していく内に苛ついていた。
「報道は三文記事じゃなかろう?そんな体なら20年前に警察は動いて、何も言わないことなどなければ補償の件だってその場でなくなる。」
苛ついた気分を抑え、怒りたい気持ちも抑えながら、榊は荒立つ気を静めながら言った。
「すいません、ちょっと誇張しました。結局、当時のことを語ってくれそうな人物を探している内に出会ったのが当時近くの老人ホームに入居していた榊チヨさんあなたのおばあさまでした。」
「その証言に正当性はないのでは?ハッキリ言って末期で記憶は混濁していたんだぞ」
榊は口調を荒げた。
「わかってますよ。取材拒否した狛江谷出身の関係者は何かに怯えていた。一部のネット噂にあった寺社組織が関係しているとまで言われていて……」
「寺社組織だと?」今度は榊が驚く番だった。
「火事関係の噂で昔ネット掲示板に書き込みにあったのは、内川町には寺社を中心とした自治組織があって、警察も力が及ばないとも言われてた」
「それが自治組織だと?」
「だから警察も話したがらないのではとね」
榊は山口の言う自治組織のことを少し思い出していた。
昔の話で、『罰当たりなことをすると柏さんに怒られる』と言った話が暗黙的にあったことを思いだした。寺社組織と呼ばれているのは柏家だけで、榊家は祖父さんが亡くなった段階よりも前に組織から離れていた。
「幸い榊チヨさんの――、あなたのお宅は柏家とも関係があり、柏家が行ったことを証明できるのではとも思いました。」
「いつからその事を調べ始めたのかは知らんが、あまり期待できない結果じゃないのか?」
「……」
山口の表情は厳しかった。
「一抹の希望みたいな物もありましたが、その通りです。狛江谷の記憶については、昔の記憶しかなく火事のことや、大雨については何も語ってはくれませんでした。」
山口はHDD装置の接続が終わると、データの検索を始めた。ある動画ファイルを選択するとノンリニア編集画面の素材ソースにドラッグ&ドロップをする。
画面には亡くなった祖母榊チヨの静かな表情が映っていた。その表情に榊は少しこみ上げる物があり、一瞬だけ画面から顔を逸らす。
インタビューそのものは和やかな物だった。対象がその内容に関する重大性を理解できない状態だったことも幸いしたのか、思い出したことをぽつりぽつりと語る祖母の姿は元気そうではあった。
「なるほどな、婆さまの最後の姿が見られるだけでもありがたいがな。」
「亡くなる半年ぐらいまでインタビューを行いました。特に何かに暴れたりすることなくインタビューはしやすかったです。」
「そうか、前から癌などの病気は持っていたけど、記憶の混濁のお陰で、そういうのも気付かずになくなったとは聞いているんだ。」
「そうでしたか……。」
編集室にほんの少しだけ沈黙が流れる。その流れを見て山口が切り出した。
「――ひとつ気になる事があるんです。」
榊が山口をみる。
「実はある部分でチヨさんが何か言っているんですが、よくわからなくて。」
山口は編集機を操作すると、問題の箇所を開いた。後半の部分で山口が質問した場面だ。
『狛江谷の大火事のことは知っていますか?』
『――――』
「言葉か?これ。」
スピーカーや編集機のVUメーターでは十分な値を示している部分だが、肝心のチヨは言葉をしゃべっているわけではない。ただこの音はどこかで聞いたことがあるような感じが榊の記憶にはあるが思い出せない。
「確かに何か言っているな。ただなんなのかはわからないな。これってマスターデータだよね?音響分析とか調べてみた?」
「マスターデータです。分析に関しては局にはあまりそういった機器はありませんし、特に研究機関に出しているわけでもありませんから。」
榊は少し考えていたが、ちょっとしたモヤモヤが残っていた。
榊は時計を見る。理彩と別れてから一時間以上が経過していた。
「もう時間か。」
榊は山口に時間切れを伝えると、このデータがもらえないか確認した。
「悪い、このデータ、ニュース映像と一緒にいただけない?」
「素材のコピーを後日会社に郵送します。」
「ありがとう」
榊は再度理彩を市内で拾うと、実家に戻った。
「祖父さんの法具はどうする?」
荷物を全てまとめて、東里に帰るタイミングで父の京介が訊いてきた。
「結構だ。あの銭剣は役に立ったらしいけど、銭剣なんか作れないし。東里に持って帰っても彼らの役には立たないよ。それにあの法具類はあまり価値はなくて、柏家に預けた法具類の方が少々気にはなってる。」
京介は息子の話に少し怪訝な顔をした。
「忘れたのか?あの銭剣はお前が作って祖父さんに渡した物だぞ。小さい頃よくキョンシー映画の影響で銭剣とかに興味持ってて、その時よく銭剣を二人で作っては祖父さんに渡して、ほつれたら直していたんだ……」
京介は息子の表情を見て言葉を途中でやめ、青ざめた。
榊守の表情は目を見開き虚ろで厳しさを含めた表情だった。
「親父……、何を言っているんだ?」
「すまん、とにかく雨も降るし日が暮れるから急いで帰りなさい。」
京介はそう言うと車の扉を閉めた。
榊守はエンジンを掛けると、少しアクセルをふかしてゆっくり走らせ始めた。
京介の言葉通り、高速道路は雨だった。ハイグリップタイヤと四輪駆動の影響で特に問題を感じないランサーだったが、運転している榊守の様子は、かなり厳しい表情だった。車内に沈黙が流れ続けて、行きと同じ状況になった。虚しく鳴り響くFMラジオの音声が雑音混じりにしゃべっている。
理彩は何かきっかけを探していたが、理彩も出発前の京介の言葉に驚いていた。
榊守の過去については、妻である理彩にもある程度の話は聞いていたが、事故程度の話でしか訊いていない。夫は祖父の事にはほとんど関知していない。
「お祖母様の映像は見れましたか?」
理彩はその距離や感覚を無視して訊いてきた。
「……」
榊は沈黙したまま、黙々とハンドルを握っていた。
「あなた?」
「……俺は何を知ってるんだ?」
榊はポツリと呟きながら、車は瀬戸大橋にさしかかると、急にシフトを4速に落とすと、アクセルを踏み込んだ。
一気に加速を始め、すぐに回転はレッドゾーンを差しかかるところで、再度5速にあげる。変速ショックと共に速度メーターは一気に150キロを指した。
周辺に車はいないため、榊は急にこのようなアクションを行ったのであろうが、同乗する理彩には恐怖でしかないが、この状態だと旦那は何も聴かない状態で目的地までひたすら考え続けるので厄介だ。
「……俺は何を知ってるんだ?」
榊守は東里に着いても繰り返し呟いていた。




