コノハside・人間嫌い
やっふぅぅぅうううううっ!
俺はこの世に、母親の腹のなかに生まれたときから親が大嫌いだった。なんでとか理屈はない、ひたすら心の底の奥深くの方から嫌悪していた。
それには生まれつきある"記憶"が関係あるのかもしれない。
薄暗い空間でけばけばしい女に罵られ、時間制限なく理不尽に振るわれ続ける暴力の記憶。
その記憶の中での俺は男で、母親らしき女を嫌悪するとともに恐怖していた。
たまに現れる強面の男には、女と同じように暴力と暴言と、目を逸らしたくなるほど気持ちの悪い行為の相手をさせられていた。
荒々しく服を剥ぎ取られ、……いや、口にもしたくない。止めておこう。
…とにかくそれらは"前世の記憶"というものだろうと結論付けて、とっとと心の奥底に沈めて鍵を掛けて封印した。
それでも多少の影響は受けていて、俺は両親を嫌っている。記憶の奴等とは違う優しげな親だが、この感情は消えないのだ。
俺はどうやらIQが高いらしく、生まれたての赤ん坊にして他人の喋っている内容が理解できた。
難しく知らないはずの言葉さえも不思議と意味が分かって、だから自分がどこの家のなんて立場なのかを知ったのも、その立場に身合った態度を取るように意識し始めたのも、普通のこどもよりたぶん早かった。
父親は三河公爵家の当主で穏やか、良民に恵まれたラッキー男。
母親は涼宮公爵家から嫁いできたお嬢様で寂しがりや、使用人に好かれるいい公爵夫人。
兄弟はいない。従兄弟は二歳上の男一人に、同い年の女一人。
こんなことを零歳児の時点で全部知ってしまった俺は異常だったし、もちろん自分でも気味が悪いと感じていた。
一歳の誕生日、わざわざ早めに仕事を切り上げた両親が本人よりも嬉しそうに貴族どもからのプレゼントを受け取っては「ほらコノハ~、よかったわね~」「どうだ、コノハも嬉しいか~?」と話しかけてきたことがある。
仏頂面して父親の腕の中で身を捩る俺に貴族どもは「可愛らしいお子さんですね」などとほざいて、内心嘲笑っていたのが丸わかりだった。
両親が気づかないのを良いことに不躾なまでの視線と口にするのも面倒な陰口を与える奴らについ「ぅる、さぃ」と呟いた。
その瞬間から俺は、俺の周りは、おかしくなってしまったのかもしれない。
すぐさま魔導院に連れていかれ、大勢の目の前で謎の水晶に触れさせられた。
何がなんだかわからないうちに水晶は光だして、空気中に文字を写し出した。
後々調べたところ、それは能力を測れる魔道具の一種で、本来なら王立学校の入学試験時に使われるようなものだったらしい。
浮かび上がった俺の情報は、その場に居合わせた大人どもを驚愕の渦に叩き落とし、その翌日から欲深い貴族連中はまだ小さい俺に挙って媚びを売り出した。
両親は俺に群がる肉食獣な貴族子息やら令嬢やらを遠ざけてくれたが、やがて誘拐を企む奴等も現れてちょっとした騒ぎになることも多数あった。
俺は俺で、そんな奴等のところから一人で無傷で帰ってきてしまえたものだから、ますます周囲は五月蝿く騒ぎ立てた。
四歳になる頃には嫌気が差してきて、無邪気に駄々を捏ねる振りをして父親に部屋を強請り、これもまた、あるつてを頼って奴隷の貧相な少年を安く買い取り、勝手にカスタマイズした自室に引きこもって身の回りの世話をさせることにした。
彼は有能な男だったために食事風呂掃除と必要なことをそつなくこなし、母親から薦められる面倒な夜会やらに顔を出さずともいいように取り計らってくれる。
おまけに拾ってもらったことに恩を感じているらしい。よく尽くしてくれる。
年はいくつか俺の方が下だが、俺は名無しの彼にヒナタと名付けた。
そんな執事の鑑・ヒナタとの生活は、貴族どもの顔色を伺い、発言の一つ一つに細心の注意を払い、そして自由の少ない普通の貴族子息の生活よりも、確実に充実しているのに…っ!
──────────
ちょうどヒナタが留守にしていたときだ。
控えめにノックがして、いつもならヒナタ以外に誰も会うつもりがないというのに、気まぐれに扉を開けたのがそもそもの間違いだったのか?
「コノハ? 元気かしら?」
母親だった。
もう一年くらい見ていない母親の顔が、起きたてで寝惚けてぼんやりとした視界に広がって、俺は物音を立てながら飛び退いた。
「……何の様だ」
久しぶりに大人と話す俺の声はみっともなく掠れていて、無駄に奥行きのある自室に冷たく響いた。明らかに拒絶の意を含んだ言葉に、母親は眉を下げて俯いた。
「…コノハにお客様が来ているの、少しだけでいいから会ってみてくれないかしら」
「…体調悪い」
「…従兄弟の涼宮香ちゃん、私の弟の娘よ。コノハに会うためにわざわざ出向いてくれたのよ…」
「……」
───ヒナタはまだ戻って来ない。
早くしろ、俺は困っているんだから。
これ以上何か言われれば暴走してしまうだろう。自分に莫大な魔力が、それこそ溢れんばかりにあるのはすでに知っている。
始終穏やかな、ヒナタと二人だけの世界でならどうにか抑えられてきた。
だから早く───この害虫を払ってくれ、ヒナタ。
「客間で待ってくれてるの…一目でいいから会ってあげてくれないかしら…」
「……」
「お願いよ…」
『お願いよφξστっ、私を捨てないで…!』『いいからいうこと聞きなさいッッ!なんでママの命令を聞かないのよッッ!』
忌々しい記憶の影が蠢く。
ヒステリックな女の叫びと頬に走る痛み。
黒に染まる脳内に響き渡る警鐘。
溢れ出す淀んだ憎悪の感情。
「コノハ…」
───呼ぶな、呼ばないでくれ…!
「…コノハ…」
───俺を壊さないでくれ…!
「お願いよ…」
止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろッッ…!!
「コノ」
「───五月蝿い黙れッッ!!」
近寄るな喋りかけるな触れるな笑うな見るな聞くな────
「部屋から出てけッッ!」
世界が赤に色を変える。
「コノハ…!」
「黙れッッ!」
風が渦巻く。窓が震える。
「早く出ていけッッ!!」
インテリアが飛ぶ。鳥が暴れる。
───感情が爆発しそうになる。
「早くッッ!」
そうしないと───傷つける。
「コノハ様っ!」
温かな何かが俺を包み込む。
「コノハ様っ、ヒナタですよ」
「ひ、なた…」
「そうです。落ち着いてください?」
世界に色が蘇る。
ヒナタは強く俺を抱き締めていた。優しい手が頭を撫でる。
「コノハ…」
「奥様、申し訳ないのですが出ていって下さいますか。お客様にも帰るよう、お伝えください」
「でも…」
「奥様」
女が失せてもしばらく、ヒナタは俺を抱き締め続けていた。
ひゃっはァァアアアアアア!!
↑
受験終わってハイテンションなう。




