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同調圧力

 仕方なく光は一人で学校に向かい、教室のドアを開けるとクラスメイト達の視線が一斉に突き刺さってきた。女子達は光の方を見てひそひそ話をしており、一部の男子も眼鏡で小さくなった目を細めてにやにやと光を見ていた。

 光が居心地の悪さを感じ始めたころ、一人の男子が光に駆け寄ってきた。

「光、これつけろよ、今日一日貸してやるからさ」

 豆田という友人はポケットから度無しの眼鏡を取り出し、光にかけようとした。

「おいやめろよ、何すんだ」

 光は嫌そうに豆田の手を払いのけたが、豆田はしつこく勧めてきた。

「祐介からいくらか貰ったんだよ。杖はスペア無いけど、ベレー帽と眼鏡なら貸せるからさ、とりあえずこれ付けとけば大丈夫だ」

「だからやめろって、豆田、お前はこういうのに流されない奴だと」

 思ってたのに、と言おうとした光を豆田が制し、一度教室の外へ出て光に耳打ちした。

「勘違いすんなよ、俺だってこの流行はクソだと思ってる……。けど、もう個人の好き嫌いでどうにかなる問題じゃないんだ」

「……一体なにが起こってるんだ……?」

 豆田は人差し指を自分の口の前へ持って行き、辺りに人がいないか見回してから言った。

「……同調圧力、だ」

「同調圧力?」

「ああ、今や田島スタイルは世界中で流行してる。田島スタイルでないものは人間ではないという人もいる。意地を張ってても敵を増やすだけだ」

「それでも」

「もはや田島スタイルは流行を越えて日常へとシフトし始めてる。よくあるだろ、たとえばじゃんけんの『最初はグー』がいつの間にか定着したとか」

「でも、あれが流行りだしたのは昨日じゃ……」

「そう、田島スタイルの広まるスピードは異常なんだ。これはただの流行じゃない。とりあえず学校ではほかの奴らみたいに田島スタイルをしていた方がいい。しかし気を付けろ、お前まで田島スタイルに洗脳されてほしくない」

 そう言って田島は田島グッズを勧めてきたが、光は依然として拒んだ。

「だからやめろって! いいか、俺はどれだけ敵を作ることになってもこんなゲイみたいな流行には乗らない!」

「……そうか、まあお前も洗脳されるよりはましか。けど覚悟しとけよ? 今のお前が笑われるだけで済んでるのはこれが一日目だからだ」



 その日一日、光は校内で誰かとすれ違う度にクスクス笑われながら過ごした。教師でさえも授業中に光を見る度に吹きだし、光は一日の授業で十日くらいのストレスを抱え込んだような気分だった。

 家に帰ると光の母親がいつも通りに出迎えてくれた。母親は田島スタイルをしておらず、光は学校での出来事が悪い夢だったのではないかとさえ思えた。

「母さん、今日外に出た?」

「いいえ、今日は家でお仕事してたから出てないわよ。どうかした?」

「い、いや、ならいいんだ。何でもない」

 光は軽くため息を付いて部屋着に着替え、部屋のテレビをつけた。付けたときにニュースを流していたので光はチャンネルを回そうとしたが、ふと田島スタイルでニュースを読むアナウンサーが見えて思わずチャンネルを回すのをためらった。

「次です……東武東上線川越駅の構内で、田島スタイルの男性が田島スタイルでない男性に殴りかかるという事件が発生しました」

「は!?」

 光は思わず声を上げ、リモコンを放り投げた。ニュースによれば特に口論をしたということでもなく、田島スタイルでないことが気にくわなかったために殴りかかったとのことだった。しかし問題はそこではなかった。

「母さん! 母さん!」

「なに、どうしたの?」

「父さんが殴られたらしい!」

「えっ!」

 テレビで流された防犯カメラの映像には殴られる男性の姿が映っていたが、それはどう見ても光の父親だった。

 豆田のいう「笑われるだけで済むのは一日目だから」という言葉が脳裏に浮かび、光は田島スタイルのことを知らない母親のことが気にかかった。光の母親は作家なので基本的には家にいるが、この状況で何も知らずに外に出たら田島スタイル狂信者に何をされるかわかったものではない。

「なに、これ……田島スタイルって何?」

 母親がおびえた声で言ったと同時に、家のドアが弱々しく開かれた。

「あなた! 大丈夫!?」

 帰ってきた光の父親は頬が腫れ、力の入らないらしい腕を弱々しくぶら下げていた。頭にはベレー帽が乗せられ、目にはレンズの取れた眼鏡がかけられ、腰には杖がひっかかっている。光の父親は何か大きな袋を持っており、二人を見ると怒りに震えた顔で中身を取り出した。

「二人とも、明日からこれを身につけて行け!」

「なに、これ……ベレー帽、と眼鏡と……杖?」

「父さん! まじかよ!」

「お前もだ光!」

「こんなクソダサいのつけたくない!」

「俺みたいになりたいのか!! これをつけてれば殴られることはないんだぞ!!」

 光の父親も光と同じようにまともなファッションセンスを持っていたはずだが、さすがに周りの人間全員が敵という状況には耐えられなかったらしい。普段は優しくて冷静だった父親の変わり果てた姿に、光は徐々に怒りを覚え始めた。

 光は父親の手を払い、靴を履き始めた。

「光! どこに行く!」

「こんな馬鹿馬鹿しい流行を作り出した張本人をぶっ飛ばしに行くんだよ!」

 そう言ってドアに手をかけると、光の父親は優しく光の肩をつかんだ。

「光、おまえの気持ちはよくわかる。俺だってあいつをぶっ飛ばしてやりたい……が、もうあいつはカルト教団の神のような存在だ。あいつに手を出せばどうなるか……。光、父さんはお前に傷ついて欲しくない」

「父さん……」

 光は鼻で軽くため息をつくと、肩をつかんでいる父親の手を握った。

「でも父さん、俺はこんなダサいファッションに身を守られるくらいなら死んだ方がましなんだ……いってきます」

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