クソファッションとの邂逅
秋も半ばを過ぎた十一月のはじめ、男子高校生の光は友人の祐介がずいぶんと奇抜なファッションで学校に来ていることに気づいた。モデルのような歩き方をして教室に入ってきた祐介はクラス中の視線をその身に浴びながら自分の机に荷物を置き、口を開いて呆然としている光に話しかけてきた。
「やあ光、おはよう」
「祐介? なんだよそれ、めちゃくちゃダサいぞ」
祐介は一昔前の漫画家のような赤のベレー帽をかぶり、都会の黒い女子大生が持っているような太い黒ブチ眼鏡をかけ、おまけと言わんばかりに腰くらいまでの長さの杖をついていた。
光達の通う高校は制服があるので服の方は変わりはなかったものの、制服によってベレー帽や杖の違和感がかえって引き立てられ、けして良いとはいえない祐介の顔ともあいまって絶妙な微妙さを醸し出している。
「わかってねえなあ、最近はこういうのがカッコいいんだよ」
光の言葉を普段使わないような口調で受け流した祐介は背筋を伸ばして杖を小脇に挟み、手と尻をふって女子たちの方へ近づいていった。
「おはよう、女の子達!」
祐介は満面の笑みで話しかけたものの、女子たちの反応は男子とそう変わらないものだった。祐介を中心とする半径二メートルほどの距離で見えない壁があるかのように女子たちが避けていき、話しかけられた大人しい女子なんかはびくっと体を震わせ、目に涙さえ浮かべている者もいる。
「ちょっと田島くん、どういうつもり!?」
クラスの中でも特に気が強い三谷が、背中に数人の女子をかばいながら祐介に啖呵を切った。
「え、いや、別に……」
「久住さんが怖がってるでしょ! どっか行きなさいよ!」
「う……」
祐介は三谷に一喝されたことで自信を失っていったのか、光のもとへ帰ってきたときにはすっかり落胆の表情を浮かべていた。光からは祐介の肩越しに三谷が怖がっている女子を優しく慰め、同時に鬼のような形相を祐介に向けているのが見える。
「なあ……もしかして俺、本当にダサいかな?」
「すっげえダサいぞ、どこでそんなファッション教わったんだ」
祐介の口調はすっかり普段の気弱そうなものに戻ってしまっていた。光は少し祐介を気の毒に思ったが、こればかりはどうしようもない。
「父さんから……」
「あー、なるほど……」
光は祐介の突然のイメチェンの謎が一気に氷解していくのを感じた。
祐介の父親はファッションデザイナーであり、時代を置き去りにする奇抜なファッションセンスは一部のマニアに高く評価されている。昔から大人しくて素直な祐介はいつも実験台にされ、そのたびに周囲から笑われる姿を光は見てきた。
しかし今までは実験対象は私服だけだったのに、学校生活にまで踏み込んでくるということは、あの父親も今回は相当自信があるらしい。
「とりあえず、もうその帽子とか取っちゃえよ。痛々しくてこれ以上見てらんねえよ」
「駄目だよ、この帽子と眼鏡はボンドでくっついてるし、杖にはGPSがついててちゃんと持ち歩いてるかどうか逐一父さんのパソコンに送信されるんだ」
言われてみると確かに、祐介の髪の毛はがっちがちに固まり、眼鏡のつるも完全に耳と融合していた。きれいな形を保っているベレー帽を触ってみると変形のしようがないくらいに固く、帽子の中の髪の毛ごと固められているようだった。
「まじかよこれ……」
「うん、でもいいんだ、ちゃんと身につけて帰れば父さんがボンドを溶かしてくれるから風呂にも入れるし」
悲しげに笑う祐介の姿を見て、さっきまで笑ったり泣いたりしていた女子も流石に祐介に哀れみの目を向けた。
翌日、制服を着て家を出た光は、その異様な光景に目を疑った。通り過ぎる人は通学中の小学生、忙しそうに歩くサラリーマン、井戸端会議をする主婦達、手押し車を押して歩く老人、とにかく老若男女関係なく一昔前の漫画家のようなベレー帽をかぶり、太い黒縁眼鏡をかけ、腰くらいまでの長さの杖をついていた。
開いた口がふさがらない光のもとに、昨日と変わらないファッションアイテムを身につけた祐介がやってきた。
「おい、一体なんだよこれ!」
「お、俺にも何がなんだか……。まあ、この格好だからって笑われることはなくなりそうだからよかったけどさ」
学校への道を歩きながら見回してみると、光達の通う高校の学生も大半が祐介スタイルになっており、光達の方が少数派のように感じた。
「あ、三谷も同じ格好してるぞ」
光の指さす先には、三谷が昨日の祐介と同じ格好をして他の女子と談笑しながら歩いているのが見える。
「本当だね、昨日はあんな怒ってたのに」
「ちょっと何が起こったのか聞いてみようぜ、おーい、三谷!」
祐介は怒られたのが相当効いたのか少し距離を取りながら、駆け寄る光の後についてきた。
三谷は振り返ると光、ではなく祐介を見てにこりと笑った。その笑顔は昨日の馬鹿にするような笑いではなく、純粋な好意の笑顔だった。
「あ、田島くんおはよう……! 昨日はごめんね? あんなひどいこと言って、傷ついたよね……?」
「う、うん、そのことは別にいいんだけど……、なんでみんなこの格好してるの?」
上目遣いで謝られて挙動不審になりながら祐介が尋ねると、三谷は目を丸くした。
「え、知らないの? 今や『田島スタイル』は世界中で流行して、社会現象にまでなってるんだよ!」
「まじかよ……」
光が思わずつぶやいたのを聞いた三谷は、光の格好を上から下まで舐め回すように眺めると、鼻でふっと笑った。
「浅野君、田島スタイル知らないの? あ、もしかして俺は流行に流されないぜ、みたいな? だっさぁ……。あ、田島君、一緒に学校行かない? こんなの放っておいてさー!」
そう言うと三谷は祐介と腕を組み、さっさと学校への道を歩いて行ってしまった。光は呆然としてしばらくその場から動けず、田島スタイルのほかの学生達のクスクスという笑い声を背中で受け続けるしかなかった。祐介たちが見えなくなってからも光はしばらく立ちすくんでいたが、そのままいても追い抜いてくる他の田島スタイルの生徒に見られるたびに笑われるだけなので、仕方なく光は一人で学校に向かった。




