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厄介払いされた寒村で幼馴染と武器庫を育てたら、手柄を狙う本家が手出しできない近代要塞都市になっていた  作者: わわわ


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第6話 大鬼の影と逃げ場なき選択

食い破られた木柵の外、泥土に残された巨大な足跡を見つめていると、背後から駆け寄る足音が響いた。

青年の手当てを終えたシェリーとダンが集会所から戻ってきたのだ。

だが、俺の足元にある窪みに視線を落とした瞬間、ダンの表情が凍りついた。


「な……なんだこれ……」


ダンがその場に立ち尽くし、喉をひきつらせた。

足元へふらふらと歩み寄り、泥土に刻まれた巨大な爪痕を凝視する。

その顔から、急速に血の気が引いていった。


「ダン、何か心当たりがあるのか」


俺が尋ねると、ダンは震える唇を開いた。


「大鬼(オーガ)だ……! 樹海の奥に棲む、あの人食いの化け物だ!」


大鬼。

その言葉を聞いた瞬間、村に着いた日の夕刻、樹海の奥から響いてきた大気を震わせる咆哮を思い出した。

あの咆哮の主が、こいつだったのだ。


「オーガ……本当にオーガなの、ダン!?」


シェリーが息を呑み、胸の前で両手をぎゅっと握りしめた。

ヘーゼル色の瞳が恐怖に揺れている。


「間違いねえよ……! 何年か前に、森の奥へ入ったベテランの猟師が命からがら逃げ帰ってきたんだ。大木を素手でへし折り、熊を頭から丸呑みにする化け物だって……! でも、なんでこんな村のすぐそばに!」


「樹海狼が木柵を破って逃げ込んできた理由が分かったな」


飢えだけでなく、森の奥から迫るオーガに追いつめられて集落へ雪崩れ込んできたのだ。


「足跡の崩れ具合から見て、そう古いものじゃない。オーガはもう、このすぐ近くの樹海に潜んでいる」


俺が告げると、ダンが息を詰まらせた。


「そ、そんな……! じゃあ、いつ村を襲ってきてもおかしくねえのか!?」


「ああ。早ければ数日以内、下手をすれば今日明日にでも仕掛けてくるぞ」


「ひっ……!」


ダンが息を呑んだ。

逃げ場のない切迫した状況だった。

だが、狼狽えている暇はない。


「シェリー、ダン、集会所へ戻るぞ。避難している村人全員にこの危機を伝える」


俺たちは西の境界を離れ、広場の集会所へと急いだ。


集会所の中は、重苦しい空気が漂っていた。

太い丸太で組まれた薄暗い広間に、村人たちが身を寄せ合っていた。

先ほど手当てを受けた青年が壁際で毛布にくるまり、幼い子供を抱いた母親や、痩せこけた老農民たちが押し黙っていた。

扉が開き、俺たちが足を踏み入れると、村人たちの視線が一斉に集まった。


「領主代行様……! 魔物はもう退治したんですよね?」


初老の農民が、すがるような声を上げた。

俺は正面へ進み出て、全員を見渡した。


「木柵を破った樹海狼三頭はすべて討伐した。負傷した青年も命に別状はない」


安堵の息が漏れかけた。

だが、俺は間を置かずに言葉を続けた。


「だが、狼の襲撃はただの前触れに過ぎなかった。木柵の外周に、全長五十センチを超える巨大な足跡が見つかった」


ざわりと空気が波打つ。


「あ、足跡だって……?」


「ダン、お前から説明してくれ」


促されたダンが一歩前に出た。

その青ざめた顔を見て、村人たちに緊張が走る。


「……大鬼だ。オーガが、村のすぐ外の樹海まで来てる」


ダンの言葉が落ちた瞬間、集会所から一切の物音が消え、全員が息を止めて固まった。

次の瞬間、雷鳴のような悲鳴と怒号が炸裂した。


「大鬼だと!?」


「嘘だろ、あの化け物がここへ来るのか!?」


「あんな奴に襲われたら、村中の人間が食い殺されちまう!」


人々が立ち上がり、恐慌に陥って叫び始めた。

母親は泣き叫ぶ子供を強く抱きしめ、老人は頭を抱えて震え上がる。


「おしまいだ……! あんな傾いた木柵なんて、体当たり一発で粉砕されるぞ!」


「逃げよう! 今すぐ荷物をまとめて村を出るんだ!」


「そうだ、南へ逃げよう! ここにいたら皆殺しにされる!」


集会所の中が、逃亡を叫ぶ声で埋め尽くされていく。

恐怖が連鎖し、誰もが我先にと逃げ出そうとしていた。

だが、俺は腹から声を出してその混乱を制した。


「静かにしろ!」


凛とした声が集会所の壁に反響した。

村人たちが驚いたように口を噤み、俺を見つめる。

俺は全員の目をまっすぐに見据え、冷徹な現実を告げた。


「逃げることは不可能だ」


「な、なんでだよ!」


若い男が声を荒らげた。


「ここにいたら死ぬんだぞ! 逃げるしかないじゃないか!」


「逃げたところで生き残れないからだ」


俺は淡々と指を折って数え上げた。


「領都アイゼンベルクまで、二頭立ての荷馬車でも丸七日かかる。険しい岩山道だ。老人や子供を連れ、徒歩で越えるとなれば十日以上はかかるだろう。お前たちに、その道中を耐え抜くだけの防寒具と食料があるのか?」


村人たちが言葉を詰まらせた。

共同食料庫の底は見えている。日々の食事すら切り詰めている状況で、十日分の旅糧など用意できるはずがない。


「この寒さの中、食料も尽きた状態で岩山へ入れば、行き倒れて野垂れ死ぬのが関の山だ。何より、オーガが村を襲うまでの猶予は長くて数日しかない。足の遅い集団で山道をもたついている間に背後から追いつかれれば、それこそ逃げ場のない一本道で全滅する」


厳しい現実を突きつけられ、若い男ががくりと膝をついた。

逃げ場はない。

山を越えることもできず、留まれば化け物が来る。

村人たちはがっくりとうなだれ、誰もが押し黙った。


「……じゃあ、俺たちはここで死ぬのを待つしかないのかよ」


絞り出すような呟きが漏れた。

俺は首を横に振った。


「死ぬ気など毛頭ない。選択肢は一つだけだ。この村で迎え撃つ」


静まり返った集会所に、俺の言葉がはっきりと響いた。

村人たちが信じられないものを見る目で俺を見つめる。


「む、迎え撃つだと……?」


「相手は大鬼だぞ! 丸太をへし折る化け物とどうやって戦うってんだ!」


「正面から力比べをする必要はない」


俺は床に指を走らせ、前世の技術者としての知識を頭の中で図面に起こした。


「敵の突進力と巨躯を逆手に取る。木柵の内側に深い落とし穴を掘り、底に尖った逆茂木を敷き詰めるんだ。侵入経路を限定して誘引路を作れば、敵は自重で罠へ落ちる。足が止まったところへ、安全な位置から一斉に槍を突き下ろせば仕留められる」


俺の言葉に、シェリーも前に進み出た。


「みんな、聞いて! クラウスはさっき、一人で樹海狼三頭を瞬時に倒してダンたちを救ってくれたの! 逃げても助からないなら、私はクラウスの言う通り村で迎え撃ちたい! 私たちの家を、みんなの命を守るために戦おうよ!」


シェリーが必死に訴えかける。

ダンも力強く頷いた。


「そうだ、俺は見たんだ! 領主代行様はナタ一本で狼の首をへし折った! 俺たちを助けてくれたんだ!」


二人の証言に、村人たちの間に動揺が走った。

新しくやってきた貴族の若造が身一つで魔物を撃退したと聞き、村人たちは顔を見合わせ、広場のざわめきが急速に引いていく。


だが、現実はそれほど単純ではなかった。

集会所の隅から、一人の老農民が立ち上がった。

長年の野良仕事で節くれ立った手を震わせ、悲痛な叫びを上げる。


「言ってることは分かる! 領主代行様が強いのも分かった! だがな、穴を掘るにも柵を立てるにも道具がいるんだよ!」


その言葉が、集会所の空気を再び凍りつかせた。


「朝、鍛冶場を見ただろ! クワもスキも刃こぼれだらけのナマクラばかりだ! この石だらけの凍てつく地面を、あのナマクラでどうやって掘るんだ! 丸太を伐り倒す斧の刃だって丸まってやがる!」


「そうだ……! ボルドの爺さんの炉は、とっくに火が消えちまってる!」


別の男が叫び声を上げた。


「叩き直すための鉄がありゃしねえんだ! 地金がないから炉に火すら入れられねえ! 道具も武器もナマクラのままで、大鬼を落とすような大穴が掘れるわけねえだろうが!」


「やっぱり無理だ! 山道で野垂れ死んだほうが、化け物に食われるよりまだマシだ!」


「いや、逃げたって追いつかれて終わりだ!」


絶望が怒気へと変わり、集会所の中で逃亡論と迎撃論が激しく衝突し始めた。

人々は互いに胸倉を掴み合って罵り合い、議論は収拾がつかないほど紛糾していった。


俺はその怒号の渦を、冷静に見据えていた。

道具がナマクラばかりであることも、ボルドの炉の火が消え去っていることも、朝に鍛冶場を視察した時点で把握していた。

道具が足りないことなど、最初から百も承知だ。

だからこそ、俺の腹は提案した瞬間から決まっていた。


意識を内なる空間へと向ける。

木棚の奥に転がる、あの大量の刃物の破片。

そして、手元に呼び出せる錆びたナタ。

ジュリアンにゴミスキルだと嘲笑され、他人に知られまいと隠してきた俺の恩恵スキル。

だが、この村を守り、誰にも奪われない居場所を築くためなら、出し惜しみなどするつもりは毛頭ない。


鉄がないなら、俺が出せばいい。

冷え切った鍛冶炉に、再び業火を灯す。


「シェリー、鍛冶場へ行ってくる。ボルドの炉に火を入れ直して、道具を叩き直す」


隣に立つシェリーへ短く声をかけた。

シェリーは息を呑み、心配そうに眉を寄せた。


「えっ……ボルドさんのところへ? でも、鉄がないのにどうやって……」


「手はある。無茶はしない」


まっすぐ見据えると、シェリーは不安を押し殺すように小さく息を吸い、力強く頷いた。


「……うん、分かった。気をつけてね。ここは私が絶対に抑えるから!」


村人たちの怒号が響く集会所を背に、俺は扉を押し開けた。

冷たい風が頬を打つ。

迷いなく足を踏み出し、俺は煙の消えた鍛冶場へと向かって歩き出した。


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