第45話 街道の軍馬と傲慢な鉄甲冑
広場を抜けた俺は、除雪された通路を南へ向かって走った。
踏み固められた雪の上を駆け、新農地の外縁へ出る。
膝上まで積もる雪原の中、南の街道へ続く太い通路だけがきれいに開かれていた。
通路脇に高く積み上がった除雪の土手と、農具を保管する頑丈な木造小屋の陰に、自警団の姿があった。
ダンと、街道入口で監視を続けていた哨戒員、そして広場から急報を終えて戻ってきた哨戒員の計三名だ。
三人は雪に膝をつき、低い姿勢で身を潜めている。
手にはクロスボウ。木製の装填レバーでしっかりと弦が引き絞られ、矢床には鉄穂先のボルトが収まっていた。
「領主代行様」
俺が駆け寄ると、ダンが顔を向けた。引き締まった表情に怯えはない。
「配置についています。街道の先から足音が近づいてきています」
「よくやった。西の防壁と見張り櫓も持ち場を堅持している。背後は心配するな」
俺は土手の陰から街道を見据えた。
「向こうが挑発してきても、合図を出すまでは絶対に撃つなよ」
「了解です。引き金には指をかけずに構えておきます」
ダンが力強く頷き、再び街道の方向へと視線を戻した。
背後を振り返れば、村の中央広場や集会所は静まり返っている。
子供や年寄りたちは全員が厚い木戸の向こうへ避難を終えている。
俺は外套の内側に意識を向けた。
武器庫の空間には、異臭を放つフリントロック式マスケット銃がある。意識の端では、第3階層の奥で青白い光が静かに灯っていた。だが、手札を焦って晒す必要はない。相手の出方を見極めるのが先だ。
やがて、凍てついた岩を削るような硬い蹄の音が響いてきた。
揃わない足音と、金属具が擦れ合う鈍い音が混ざる。
山裾を回り込む街道の屈曲部から、黒い影が現れた。
雪煙を蹴立てて姿を現したのは、息を荒く吹き上げる一頭の軍馬だ。
馬上に跨がっているのは、並外れた巨躯の男だった。
黒光りする重厚な鉄甲冑をまとい、その上から分厚い熊の毛皮の外套を羽織っている。手綱と太い革鞭を握り、腰には長剣を吊っていた。
男の背後から、長い柄の槍を担いだ歩兵たちが続々と現れる。
金属の胸当てと革鎧をつけた私兵が二十名。
寒風に顔を強張らせながら、雪道を進んでくる。
さらにその後ろから、二頭立ての大型荷馬車が二台、軋んだ音を立てて続いていた。
幌は掛けられているが車体は沈んでおらず、荷台はいずれも空だった。
「荷馬車を二台も引き連れてきやがった……」
ダンが雪の土手越しに低く呟いた。
「最初から、村の食料を奪い尽くすつもりですね」
「ああ。ロバートの言っていた通りだ」
村の境界手前で、本家の私兵たちが足を緩めた。
アイゼンベルクから派遣された兵たちは、村が蓄えを溜め込んでいる噂こそ聞いていただろうが、目の前に広がる光景に息を呑んでいた。
綺麗に除雪された太い通路。
頑丈な丸太と石で補強された家屋が整然と立ち並び、どの屋根からも雪が下ろされている。
立ち並ぶ家屋の煙突からは、薪の白い生活の煙が何本も立ち上っていた。
「おい……あれを見ろよ」
先頭の私兵が足を止め、呆然と声を漏らした。
「道が完璧に開けられているぞ。煙だってあんなに上がっている……」
「粗末な掘っ立て小屋ばかりじゃなかったのか」
私兵たちの間で動揺が広がり、前進の勢いが鈍る。
「何を怯えているか、間抜け共が!」
馬上の男が怒鳴り声を上げた。
手にした革鞭を振るい、手近な兵の肩口を乱暴に叩く。鋭い革の音が響き、兵が身を縮めた。
「たかが雪かきをした程度のことで腰を抜かすな!」
男は嘲笑を浮かべ、鼻を大きく鳴らした。
「三男坊の出来損ないが小細工をして蓄えたところで、所詮は貧民のガラクタだ。蓄えが多いなら、奪い取る我らにとっては好都合ではないか!」
男は御者に向けて鞭の先を振った。
「荷馬車を街道脇に寄せろ! 控えさせておけ!」
二台の荷馬車が街道の端へと寄せられる。
男は私兵たちへ向けて怒号を飛ばした。
「横一列に広がれ! 街道の入り口を塞ぎ、槍を水平に構えろ!」
私兵たちは慌てて雪を踏み分け、二十名が横一列に展開した。
鉄の槍先が一斉に水平へ向けられ、冷たい光を反射する。
街道の入り口を塞ぎ、威圧する陣形だった。
「……横に広がって槍を構えさせましたね」
ダンが土手の陰から囁いた。
「いつでも狙えます。クロスボウの射程内です」
「まだだ。手札を見せる必要はない」
俺は身を起こした。
「俺が出る。お前たちはそのまま隠れていろ」
「領主代行様、一人で行くのは危険です!」
「大丈夫だ。相手は俺を出来損ないの三男坊だと思っている。いきなり斬りかかってきたりはしない」
俺はダンの肩を軽く叩き、除雪された土手の前に歩み出た。
背後でダンたちが身を潜め、クロスボウの照準を敵の隊列へ向けている。
雪道を進み出てきた俺の姿を認め、馬上の男が目を細めた。
手綱を乱暴に引き絞り、軍馬を一歩、二歩と前進させる。
俺の十数歩手前で馬を止めると、男は馬上から尊大に見下ろし、分厚い唇を歪めて嘲笑を浮かべた。
冷たい風が吹き抜け、足元の粉雪を白く巻き上げる。
張り詰めた空気の中、馬上の男が腹の底から太い怒号を張り上げた。
「ベルンシュタイン伯爵家徴税騎士、ヴァイスである! 領主代行クラウスを出せ!」
凍てつく雪原に、傲慢な怒声が木霊した。




