第41話 迫る徴税騎士と南の警戒
冷え込みが一段と厳しさを増した朝、深く降り積もった雪を踏みしめて西境界の防壁へと向かった。
白く凍りついた土塁石垣の奥に、太い丸太を組み上げた見張り櫓がそびえ立っている。
事前の取り決めに従い、ボルドが南側を見張るための改修を施してくれたはずだった。
櫓の根元へ歩み寄ると、梯子の足元に吹き溜まっていた雪がきれいに掃き清められていた。
白い息を吐きながら梯子を登り、板張りの見張り台へと上がる。
床板の一角には、南を向いて立つための頑丈な木製踏み台が増設されていた。
太い角材で組まれた足場は、ボルドが鍛えた厚い鉄金具によって櫓の支柱と床板にがっちりと固定されている。
手すりを掴み、踏み台の上で軽く足を踏み鳴らしてみたが、きしみ一つ生じない。
踏み台に立つと、視界の広がりが一変した。
北西に広がるガルム樹海の雪原だけでなく、南側に連なる緩やかな丘陵と新農地、そしてその先を領都へと延びる南の街道がはっきりと見渡せる。
雪道は静まり返っているが、人の隊列が近づけば、この高台から即座に捉えられるはずだ。
「領主代行様!」
見張りに立っていたダンが、革の胸当てを鳴らして駆け寄ってきた。
厚手の作業着の袖をまくり、白い息を勢いよく吐き出す。
「ダン、南の見張りはどうだ」
「はいっ! ボルドさんに足場を直してもらったおかげで、南側の死角がすっかり消えました!」
ダンは胸を張り、南の雪原を指差した。
「交代の見回りにも、南側の哨戒を正式に組み込みました。二人一組で新農地の外縁から街道の入り口まで見回りを広げています。雪の上の足跡や気配の変化も、見落とさずに点検できています!」
「頼もしいな。魔物だけでなく、南の道から人が乗り込んでくる可能性もある。油断せず頼む」
「はいっ!」
ダンの力強い返事を確認し、俺は梯子を下りた。
防壁を後にし、北側斜面の麓にある鍛冶場へ向かう。
木戸を開けると、赤々と燃え盛る炉の熱気と木炭の匂いが顔を打った。
外の寒気を一瞬で忘れさせる熱気の中、太い金属音が規則正しく響き渡っている。
炉の前では、煤けた革エプロンを身につけたボルドが、太い腕を振り下ろしていた。
大槌が叩きつけられるたび、金床の上で真っ赤に熱した鉄から火花が弾け散る。
作業台の上には、ロバートから追加で仕入れた鉄地金から切り出され、鋭く打ち延ばされた鉄の穂先が整然と並べられていた。
レバー式クロスボウの実体ボルトに取り付ける、尖った鏃だ。
「ボルドさん、精が出るな」
声をかけると、ボルドは大槌の動きを止め、太い腕の袖で額の汗を拭った。
「おう、坊主か。櫓の踏み台はどうじゃった」
「見てきたよ。頑丈な据え付けで、びくともしなかった」
「へっ、当たり前じゃわい。ワシが叩いた金具に狂いがあるはずなかろう」
ボルドは白い髭を揺らして笑うと、作業台の上の鋭い穂先を手に取った。
「追加で仕入れた地金も、素直で叩きやすい良い鉄じゃ。この調子で叩き出せば、自警団の矢筒を満たすだけの鏃がすぐに揃う。あんな腰抜け貴族にくれてやる飯など、この村には一粒たりとも渡してたまるかい」
「ああ、心強いよ。矢の備蓄はいくらあっても困らない」
「任せときな。きっちり数を揃えて、ダンたちに引き渡してやるわい」
ボルドが太い胸を叩くのを見届け、俺は鍛冶場を後にした。
広場へ戻ると、白い息を吐きながら歩いてくるシェリーの姿が見えた。
厚手の外套を着込み、フードから柔らかな亜麻色の髪を覗かせている。
腕には羊皮紙を束ねた帳簿を抱えていた。
こちらに気づいたシェリーが、ヘーゼル色の瞳を和らげて足を速めてくる。
「クラウス、お疲れさま」
「シェリー。そっちの仕事は一段落したか」
「うん。共同食料庫の備蓄台帳をつけて、冬の配給記録を整理してきたよ。帰村した人たちの家も含めて、各家庭の薪の割り振りも問題なく行き届いてる」
「助かるよ。寒い日が続いているから、薪と食料の行き渡りは生命線だ」
俺が言うと、シェリーは小さく頷き、真剣な表情へと切り替えた。
「それでね、クラウス。さっきダンたちから聞いたよ。南の街道沿いまで哨戒を広げてくれたんだね」
「ああ。櫓の足場を改修して、南側の見張りと見回りを強化した」
「冷たい風の中を歩き回るのは、思った以上に体力を消耗するでしょ。だから村長代行として、後方の支援を決めてきたんだ」
シェリーは手元の帳簿を軽く叩き、指を立てて説明した。
「南の哨戒に出る自警団には、交代ごとに厚手の毛布と、竈で沸かした熱い野草茶を届ける当番を組んだよ。体が芯まで冷え切ったら、いざという時に手元が狂っちゃうからね」
「的確な配慮だな。かじかんだ手じゃ、レバーも引き金も引けない」
「もう一つ、決めておきたいことがあるの」
シェリーの声音がさらに引き締まった。
「もし南の街道から本家の手先が攻め寄せてきた時のことだよ。除雪や家の修繕に出ている人たちが慌てないよう、避難の手順を取り決めたんだ」
「避難の手順?」
「うん。見張り櫓から鐘が二連打で鳴らされたら、子供たちやお年寄りは全員、広場奥の集会所へ逃げ込ませる手順を決めたよ。あそこなら壁も厚いし、西の防壁からも近いでしょ。帰村した若い人たちに、子供やお年寄りの手を引いて誘導する係を割り振ってあるの」
「素晴らしい判断だ。万が一の時に領民が右往左往すれば、防衛線が混乱する。集会所への誘導手順が整っていれば、自警団も余計な心配をせずに迎撃へ集中できる」
「ふふ、村長代行の役目だからね。外の防備はクラウスと自警団に任せるけど、村の中の守りは絶対に疎かにしないよ」
シェリーは胸を張り、頼もしい笑みを浮かべた。
◇
領都アイゼンベルクの北門を出立し、北西へ延びる雪深い岩山道を進む一団があった。
先頭を進むのは、ジュリアン直属の徴税騎士ヴァイスだ。軍馬に跨がる巨躯を鉄甲冑で包み、毛皮の外套を羽織った冷酷な男だった。従うのは槍と剣を帯びた私兵二十名。後続には、奪い取る物資を積み込むための大型荷馬車二台が、空の荷台を軋ませて雪を踏みしめていた。
出立が遅れたのは、峠道を閉ざしていた猛吹雪で足止めを食らっていたからだ。風雪がわずかに緩んだ機を捉え、遅れを取り戻す強行軍が始まった。
コルト村までは荷馬車で七日の行程。過酷な雪道だが、ヴァイスの口元には冷笑が浮かんでいた。落ちこぼれの三男坊が蓄えを肥やしている噂など、奪う側には好都合でしかない。
吹雪の峠道を睨み据え、ヴァイスは低く嘲笑った。
「三男坊の首根っこを押さえてやる」




