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厄介払いされた寒村で幼馴染と武器庫を育てたら、手柄を狙う本家が手出しできない近代要塞都市になっていた  作者: わわわ


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第37話 白煙の初弾と揃いの矢束

膝近くまで降り積もる雪の中、村の北側では戻ってきた男女のうち数名が作業に精を出していた。

西防壁の杭打ちへ向かった男たちと作業を分担し、先に直した二軒に続く三軒目も、屋根板が葺き直されて基礎の石積みが固まりつつある。


「基礎も屋根もしっかり組めたね。これなら冬の吹雪でも風が吹き込む心配はないよ」

隣に立つシェリーが、満足そうに白い息を吐いた。

厚手の外套の襟元から覗くヘーゼル色の瞳が、整いつつある住まいを温かく見つめている。


「ああ。住む場所が固まれば、戻ってきた連中も腰を据えられる。生活の基盤が整ってこそ、村の防衛に専念できるからな」

俺が応えると、作業の手を止めた帰村者の青年がこちらに気づき、頭を下げた。

以前のような警戒や遠慮の色は薄れ、労働を通じて少しずつ仲間としての空気が生まれている。


「さて、次は西防壁の現場だな。杭打ちの進み具合を見に行こう」

「うん、行こう!」

シェリーが頷き、俺たちは並んで雪を踏みしめながら西の境界へ向かった。


西境界の防壁では、丸太を打ち込む重い音が規則正しく響いていた。

土塁の外縁に沿って太い丸太を立て、帰村者の男たちと農民たちが大槌を振るっている。

雪を踏み固め、杭を一本ずつ地面深くへ打ち込んでいく地道な作業。

南側への拡張は見送り、今は防備の薄い西防壁の延伸に全力を注いでいた。

見張り櫓の上ではダンが周囲の樹海に目を配り、防壁の足元では自警団の青年たちが交代で周囲を警戒している。


ダンが櫓の上から身を乗り出し、大槌を振るう男たちに声をかけた。

「おい、無理に急ぐなよ! 腰を痛めたら元も子もないからな!」

「へへっ、わかってるよダンさん! だが早く仕上げねえと、冬の魔獣に間に合わねえからな!」

男たちが白い息を弾ませて笑い合う。

厳しい寒さの中にも、確かな活気が満ちていた。


その時だった。


見張り櫓の上のダンが、唐突に動きを止めた。

視線を樹海の境界へと凝らし、表情を険しく引き締める。

五十歩先の木立が、突風に煽られたように激しく揺れていた。


「……おい、作業を止めろ!」

ダンの鋭い怒声が防壁一帯に響き渡った。

大槌の音がぴたりと止まる。


メキメキと鈍い音を立てて、樹海の針葉樹がへし折れた。

雪煙を巻き上げながら、木立の隙間から巨大な影が這い出してくる。


岩塊のような巨躯。

肩の高さだけでも大人の背丈を優に超えている。

全身を黒く硬い針のような剛毛がびっしりと覆い、頭部から鼻先にかけては分厚い骨質の装甲が兜のように盛り上がっていた。

濁った赤い瞳が、防壁の杭打ち現場を真っ向から睨みつけている。


ダンが櫓の手すりを強く握りしめ、顔を引きつらせて叫んだ。

「昔、森の奥へ入ったベテラン猟師が話していた化け物だ! 剛毛猪(ごうもういのしし)だ!」


ブモオオオッ!


地鳴りのような咆哮を上げ、剛毛猪が前足で雪原を激しく掻いた。

狙いは防壁の杭打ち作業に当たっていた無防備な男たちだ。

巨大な質量が、地響きを立てて一直線に突進を開始した。


「ひっ、化け物だ!」

「逃げろ!」

作業員たちの間に動揺が走る。


「みんな、道具を捨てて防壁の後ろへ下がって! 早く!」

シェリーが即座に前へ駆け出し、通る声を張り上げた。

彼女の的確な指示に男たちが我を取り戻し、大槌を投げ捨てて土塁の内側へ雪崩を打って避難していく。


シェリーは避難する男たちの背中を見届け、俺に向き直った。

「クラウス、前は任せたよ! 予備のボルトは防壁の下に揃えておくから!」

「ああ、頼む!」


後方の安全確保と退避誘導をシェリーに託し、俺は前線へと意識を切り替えた。

自警団の十名が、背中に背負っていたレバー式クロスボウを素早く構える。

櫓から駆け下りてきたダンが、ボルトを溝へ装填しながら駆け寄ってきた。


「領主代行様! あの装甲、並の矢じゃ弾かれます!」

「分かっている。だから俺が初弾で装甲を撃ち抜いて体勢を崩す」


北西の樹海縁の窪地で試射した際の、あの凄まじい轟音。

十歩後ろに下がらせたボルドですら腹の底まで揺さぶられた。前線で撃つ以上、味方をその衝撃波に巻き込むわけにはいかない。


「ダン、自警団を率いて俺の十歩以上後ろ、斜め後方に散開しろ。耳を塞ぐ準備をしておけ」

「了解です! 全員、領主代行様の斜め後ろへ下がれ! 耳を塞ぐ備えをして構えろ!」


ダンの号令で、青年たちが素早く雪を蹴って斜め後方へ十分な距離を取った。

作業員たちも防壁の陰へ完全に隠れ、射線上には誰もいない。


五十歩。

剛毛猪が猛烈な勢いで雪原を蹴立てて迫る。

地響きが足裏を震わせ、吐き出される荒い息が白煙のようにたなびく。


俺は頭の中の武器庫に意識を繋げた。

冷たい鉄の感触を手繰り寄せ、手元に呼び出す。


実体化したのは、黒い銃身を持つフリントロック式マスケット銃。

ずしりと重い銃床を右肩にしっかりと引き当て、左手で銃身の下部を支えた。


四十歩。

巨獣が鼻先の装甲を突き出し、突進の速度をさらに上げる。

並の弓矢なら、あの兜のような骨質装甲に触れた瞬間に砕け散るだろう。

だが、音速を超える鉛の弾丸ならば話は別だ。


銃身の先端にある突起と手元の刻みを合わせ、突進してくる剛毛猪の頭部装甲の真芯を照準に捉える。

焦りはない。冷静に、敵の動きを見定めた。


三十五歩。


息を止め、引き金を強く絞り込んだ。


カチリ。

撃鉄が勢いよく倒れ、火蓋を擦って火花を散らす。


ズドオオオン!


雷が目の前で落ちたかのような、凄まじい轟音が鼓膜を叩いた。

黄色い閃光が視界を焼き、銃口から猛烈な爆炎と大量の白煙が吹き荒れる。

厚手の外套越しに、右肩を砕かんばかりの強烈な反動が叩きつけられた。

俺は雪を両足で踏みしめ、全身の筋肉を硬直させてその場に踏みとどまる。


斜め後方にいた自警団の青年たちが、予想を超える爆音と衝撃波に「うわっ!」と息を呑んで身を縮めた。


放たれた球形鉛弾は、突進する剛毛猪の頭部装甲の真芯を正確に撃ち抜いた。


ドスゥン!


重い衝撃音が雪原に轟く。

矢を寄せ付けないはずの分厚い骨質装甲に、拳大の風穴が深々と穿たれた。


ブギョオッ!?


剛毛猪の突進が、目に見える形で強制停止させられた。

巨体が前のめりにつんのめり、前足を雪に突いて大地を削りながら体勢を崩す。

穿たれた穴から黒い血が噴き出し、怪物は激痛に悶えて頭を大きく垂れ下げた。


初弾で装甲を撃ち抜き、突進を止める狙いは決まった。

だが、マスケット銃は単発兵器だ。

次弾を装填するまでに、どうしても数拍の待ち時間を要する。

目の前には猛烈な白煙が立ちこめ、視界を遮っていた。


この隙を埋めるための陣形だ。

俺は煙を払いながら、喉の奥から声を張り上げた。


「放て!」


「引き金を引け!」

背後でダンが叫んだ。


自警団十名が構えたレバー式クロスボウから、一斉に弦を弾く乾いた音が響き渡る。

放たれた十本のボルトが白煙の中へ吸い込まれていった。


ドスッ、ドスッと鈍い着弾音が立て続けに響く。

直後、剛毛猪が苦悶の声を絞り出した。


「グモッ……ガハッ!」

喉元から大量の血泡が噴き出し、怪物はそのまま雪原へと崩れ落ちた。

ドサリと重い音が響き、雪煙が静かに舞い上がる。

痙攣するように四肢を数度震わせた後、巨獣は二度と動かなくなった。


冷たい風が吹き抜け、立ちこめていた白煙を払っていった。

俺は手元のマスケット銃を武器庫へと送り返し、雪原の亡骸を見やる。

十本のボルトのうち、手前の雪を抉ったものや、硬い背中の毛に弾かれたものもあった。

だが、マスケット弾で頭部装甲に風穴を空けられ、頭を垂れた剛毛猪の喉元には、三本のボルトが深々と突き刺さっていた。

初弾で装甲を撃ち抜いて体勢を崩し、装填の隙を斉射で埋める。頭で描いていた手順が、実戦で形になった。


「た、倒したぞ……!」

自警団の青年の一人が、声を上ずらせた。

「当たった! 俺たちのボルトが、あの化け物を仕留めたぞ!」

青年たちが次々に歓声を上げ、互いの肩を強く叩き合う。耳を押さえつつも、誰もが握りしめたクロスボウを掲げていた。


防壁の裏から、作業員たちの安全を確認したシェリーが息を切らせて駆け寄ってきた。

「クラウス! みんな、怪我はない!?」

「ああ、全員無事だ。誰も傷ついていないよ」

俺が答えると、シェリーはヘーゼル色の瞳を大きく見開き、倒れ伏す剛毛猪の巨躯を見つめた。

そして、ほっと胸に手を当てて微笑んだ。


「よかった……。本当に、すごい連携だったね」

「シェリーが素早くみんなを誘導してくれたおかげだ。前線に集中できた」


その時、防壁の陰から恐る恐る顔を出した帰村者の青年が、雪原へと歩み寄ってきた。

先ほどまで杭打ちの作業をしていた若者だ。

彼はおっかなびっくり巨獣の亡骸を見下ろし、頭部装甲に空いた風穴と、喉元に突き刺さるボルトに目を奪われていた。


青年は手にした大槌を握り直すと、防壁と自警団、そして俺たちの姿を見つめ、震える声で呟いた。


「本当に守れるんだ……!」


冷たい風が吹き抜ける西の防壁に、確かな安堵と信頼の響きが広がっていった。


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