第33話 帰村の足音と広がる槌音
屋根や土塁に降り積もった雪を踏みしめ、俺は西境界の見張り櫓へと足を運んだ。
冷たい風が吹き抜けていくが、土塁の足元に組まれた石垣は雪の重みに耐え、外縁をしっかりと支えている。
見張り櫓の上から声が降ってきた。
「領主代行様!」
見張りに就いていた自警団のダンが、梯子を駆け下りてきた。背にはクロスボウを背負っている。
「見回りは順調か、ダン」
「はい、領主代行様! 樹海の魔獣どもは近づいてくる気配もありません。ただ、南の街道から妙な一団が近づいてきています」
ダンが手袋をした指で、南の街道を指し示した。
目を凝らすと、白く染まった街道の向こうから数人の影が歩いてくるのが見えた。
粗末な布袋や背負い籠を背負い、擦り切れた外套をまとった男女の集団だ。
男が四人に女が三人、全部で七人。
誰もが寒さと疲労で顔を青ざめさせ、深い雪に足を取られながら進んでくる。
街道の入り口まで来た七人は、村の光景を目にしてその場に立ち尽くした。
雪を被った頑丈な土塁と石垣が連なり、見張り櫓の隣、防壁の内側には大型投石器の太い木組みが据えられている。
鍛冶場の煙突からは黒煙が立ち上り、広場の方角からは風に乗って温かいスープの匂いが流れてきていた。
「嘘だろ……。本当に、あのコルト村なのか……」
背負い籠の若い男が、震える声で呟いた。
七人は南の街道から恐る恐る足を踏み入れ、中央広場へと入ってきた。
「ダン、広場へ回るぞ」
「はいっ」
俺とダンは櫓を離れ、広場へ向かった。
中央広場の共同炊事場前には、すでに人だかりができていた。
大鉄鍋の前にいたシェリーが足を止め、目を丸くして七人を見つめている。
鍋の周りには、朝のスープを飲んでいた老農民たちや、見回りを終えた自警団の若い連中が集まっていた。
七人は広場の中央に進み出ると、雪の上にどっと膝をついた。
先頭にいた若い男が、額を雪に擦りつけるようにして平伏した。
後ろの男女も、外套を雪で濡らしながら頭を深く垂れる。
「どうか、どんな罰でも受けます! ですが、どうかもう一度、俺たちをこの村に置いてください!」
「村を捨てて逃げ出した俺たちに、顔向けができないのは分かっています。ですが、噂を聞いて……雪深い峠を越えて戻ってきました!」
悲痛な叫びが、冷え切った広場に響いた。
炊事場の前にいた白髪の老農民が、険しい顔で木椀を握り直した。
「……春先に逃げ出した連中じゃな」
見回りの青年たちも、唇を固く結んで押し黙る。
厳しい冬をこの村で耐え抜いてきた者たちの間に、重い沈黙が流れた。誰も歓迎の声は上げない。
その沈黙の中を、シェリーが静かに歩み寄った。平伏する七人の前で足を止める。
「みんな、顔を上げて」
穏やかだが、芯の通った声だった。
「凍えるような雪の中を、よく生きて戻ってきてくれたね」
先頭の男が恐る恐る顔を上げた。その目には、罪悪感と怯えが滲んでいた。
シェリーが俺を振り返る。
その目は、領主代行としての俺の判断を静かに待っていた。
俺は懐から小さな帳簿を取り出し、頭の中で素早く計算を走らせた。
共同食料庫に眠る乾燥穀物、塩樽、冬根菜、そして燻製肉。
昨晩シェリーが確認した通り、全員が毎日しっかり食べても春まで余裕で保つだけの備蓄がある。
大人が七人増えたところで、日々の配給量をわずかに再調整すれば、冬越え計画に狂いは生じない。
むしろ、今のコルト村に必要なのは労働力だ。
防壁を固め、住居を修繕し、春の開墾を進めるには、動ける人間が必要だった。
追い出す理由はどこにもない。
俺は帳簿を閉じ、平伏する七人を見下ろした。
「誰であろうと、この村のために働き、共に居場所を守る意志があるなら歓迎する」
七人が弾かれたように顔を上げた。
「ほ、本当ですか……!」
「ああ。だが、ただ飯を食わせる余裕はない。全員、働いてもらうぞ」
「働きます! 泥仕事でも何でも、骨が折れるまでやります!」
男たちが涙を拭いながら声を張り上げた。女たちも雪の上で何度も頭を下げる。
炊事場の老農民が、ふうと白い息を吐いて木椀を置いた。
「……まあ、生きて戻ったんじゃ。働く気があるなら、追い出すこともなかろうて」
頑なだった空気から、わずかに険しさが引いた。
シェリーが炊事場の女たちに合図を送る。
「さあ、体が冷え切っているでしょ。温かいスープを飲んで」
湯気を立てる木椀が手渡された。
刻んだ冬根菜と燻製肉のスープを一口啜ると、若い女が堪えきれずに木椀を抱えて泣き出した。
村に新たな人員が加わった。
だが、感傷に浸っている時間はない。増えた七人を凍えさせず、すぐに作業へ組み込む手筈を整える必要があった。
俺とシェリーは、鍛冶場からボルドを呼び寄せ、広場奥の丸太小屋に入った。
厚い木戸を閉めると、石造りの竈からパチパチと薪が爆ぜる音が聞こえる。
机の上には、村の区割りを記した羊皮紙と作業日誌が広げられていた。
雪深い峠を越えてロバートが再訪するまでには、まだ間がある。
それまで次の行商人は来ない。小型魔石で外から資材を買い付けることはできず、住居の補修も防壁の工事も、村にある物資と人手だけで賄う必要があった。
「七人分の住居と、作業の割り振りを決めたい」
俺が切り出すと、ボルドが煤けた腕を組み、髭を撫でながら頷いた。
「空き家や掘立小屋なら、村のあちこちに転がっとるわい。壁に穴が開き、屋根板も腐りかけとるが、丸太の骨組みはまだ生きとる。職人上がりの奴が混じっとるなら、繕うのは造作もねえ」
「資材はどうする、ボルドさん」
「森から切り出した丸太を挽いて板にすりゃいい。壁の隙間風や土台の補修には、雪原から拾い集めたあの岩石甲殻の破片が使えるわい。あいつを基礎の石と噛み合わせりゃ、凍土の歪みも防げるじゃろ」
ボルドは歯を見せて笑った。
「鍛冶場の手持ち地金も、釘やカスガイを打つくらいなら十分に残っとる。坊主、防壁用の金具も一緒に叩いてやるわい」
「頼む。西側の防壁も脆弱な部分に丸太を継ぎ足して、杭打ちを進めたい」
武器庫の奥にある未知の領域に頼る必要はなかった。
いまある道具と素材を使い、人の手で一歩ずつ基盤を固めていく。
作業の手順と人員配置を羊皮紙に書き留め、俺たちは直ちに小屋を出た。
午後になると、村のあちこちで作業が始まった。
スープで腹を満たした帰村者たちに道具が渡され、村の男たちとともに持ち場へ散っていく。
中央広場の空き地には木材が運び込まれ、鋸で挽く音が響いた。
鍛冶場ではボルドが炉の火を煽る。既存の地金残りを叩く甲高い槌音が、雪空へと響いていった。
火花が散るたびに、真新しいカスガイや鉄釘が金床の上に積み上がっていく。
空き家の屋根には若い男たちが登り、雪を払って腐った板を剥がしていた。
地上から新しい杉板が担ぎ上げられ、金槌の鋭い音が小気味よく響く。
建物の基礎には、雪原から運び込まれた岩石甲殻が敷き詰められ、隙間風を遮る土が固められていった。
大工仕事の経験者が、手際よく指図を飛ばしている。
西の防壁では、ダンたち自警団の青年たちと農民たちが土塁の外縁に丸太を立てていた。
大槌を振り下ろし、一本ずつ杭を打ち込んでいく。
掛け声とともに白い呼気が立ち上る。
広場に槌音が響く。
空き家の補修も防壁の継ぎ足しも、まだ途中だ。




