第30話 雪原の凱歌と青き魔石
激しい吹雪が吹き去り、頭上には澄み渡った秋の青空が広がっていた。
夜明けの激戦から数時間。昇った太陽の強い光が、雪原と土塁石垣の防壁を照らしている。
俺とダンは防壁の上で、村全体の点検を終えたところだった。
「自警団十名、投石器の男たち、集会所の領民も全員無事です! 怪我人は一人もいません!」
ダンが胸壁の脇で直立し、声を張った。
死者はゼロ。かつて狼三頭で恐慌に陥っていた寒村が、数百頭の混成軍を退けて誰一人失わずに守り抜いた。集会所から広場へ出てきた村人たちの顔に、安堵が広がっている。
そこへ、防壁の木製階段を駆け上がってくる足音が響いた。
「クラウス!」
煤にまみれたエプロンドレスのシェリーだった。ヘーゼル色の瞳をつり上げ、俺の前に詰め寄ってくる。
「集会所はみんな無事だよ! それよりクラウス、怪我はないの!?」
言うが早いか、シェリーは俺の腕を取り、肩や額をつぶさに検分し始めた。手のひらが微かに震えている。
「大丈夫だ。かすり傷一つない」
「本当にどこも痛んでないね!? 防壁の上で一人で矢を放ち続けていたって聞いたよ! 投石の衝撃だってあんな近くで受けて……! 少しは自分の身を案じてよ。怪我したら絶対に許さないんだからね!」
きつく睨みつけられ、小言が飛ぶ。必死の心配が痛いほど伝わってきた。
「すまない。だが木枠と鉄金具が衝撃を逃がしてくれた。ダンたちも指示通り伏せてくれたおかげだ」
「……もう。本当に無事でよかった……」
傷がないと確かめ終えると、シェリーは胸に手を当てて深く息を吐き出した。
「さあ、安堵している暇はないぞ。雪原の死骸を回収する」
「うん。男手と動ける人たちに声をかけるね」
◇
防壁の扉が開かれ、村総出での回収作業が始まった。
雪原には、防壁の足元十数歩付近に倒れるオークの先頭から、三十歩地点に横たわる装甲魔獣、四十歩地点で油を塗った岩に砕かれた双頭狼やオークの前衛、そして五十歩前後で射抜かれた指揮官オークまで、無数の死骸が横たわっている。木立の縁から樹海奥へ残余は逃げ去ったが、雪に埋もれる前に素材を運び込まねばならない。
三十歩地点で、巨獣の胸元を覗き込んでいたボルドが声を上げた。
「坊主、見ろ! こいつが心臓部じゃ!」
投石で甲殻が吹き飛び、胸元に露出していた核を、ボルドが厚手の革手袋と火箸で慎重に外した。
引き出されたのは、大人の頭ほどもある青白い結晶、装甲魔獣の「青き魔石」だった。
以前に討伐した大鬼の赤き魔石は拳ほどだったが、これは人の頭ほどの大きさがある。
ただし無傷ではない。連動式クロスボウで撃ち込んだ黒塗りの鋼鉄ボルトが四本深く突き刺さり、その痕から白濁した亀裂が何本も走っていた。
傷一つない最上級品というわけではない。即座に金貨何枚と額面を断定することもできなかった。だが上位魔獣の核であり、莫大な価値を持つ財産に違いなかった。
「大した獲物じゃわい。それと坊主、こいつの甲殻を見ろ」
ボルドが足元に転がった灰褐色の岩石甲殻を叩いた。澄んだ硬い音が響く。
「大石で砕けちゃいるが信じられんほど硬い。西正面の防壁に張り巡らせて厚みを足すか、ワシの鍛冶炉の耐火壁や住居の基礎補修に噛ませりゃ、滅多なことじゃびくともせんわい」
「ああ、小さな破片も余さず拾い集めてくれ」
雪原からはオークの太い骨や毛皮、肉、小型の魔石が次々と広場へ運び込まれていった。
◇
昼下がり、広場奥の丸太小屋で、俺とシェリー、ボルドは机を囲んでいた。
机の上には青き魔石と、回収目録の羊皮紙が置かれている。
「まずは冬越えの物資だよ」
口火を切ったのはシェリーだった。
「新農地の冬根菜だけじゃ足りないし、何より塩が不足してる。保存食用の塩、乾燥穀物、来春の種袋……これらを次の取引で買い足さなきゃ冬は越せないよ」
「塩と穀物は絶対に欠かせんな」
ボルドが腕を組んで頷いた。
「それと巨獣の甲殻じゃ。防壁や住居に回せば頑丈な盾になる。骨も金具の補強に使えるわい」
二人の意見を聞き届け、俺は青き魔石を見つめた。
「物資調達と防壁補強を進めるのは同感だ。そしてこの討伐魔石だが、本家への納税には充てない方針で行きたい」
シェリーが視線を向けてきた。
「本家へ充てないのね。でも、もしロバートさんが領都で失敗していたら……受領証がないまま納期を過ぎれば、差し押さえの兵が来て村は取り潰されちゃうよ」
「ロバートを信じるしかない。今からこの魔石を運んでも納期には到底間に合わない。それよりも、彼が立て替えてくれた残債の返済原資として手元に確保し、余剰を塩や穀物の追加調達、防壁の拡張に充てるべきだ」
「わかった。慌てて本家に差し出すより、手元で運用して確実に冬を越す準備を整えるべきだね」
「おうよ! その方針で異存はねえわい!」
ボルドが太腿を叩いた。
◇
小屋を出ると、広場には回収された資材が整然と積まれていた。
木製の荷台の中央には、装甲魔獣の青き魔石が据えられている。
昼の澄んだ陽光を浴びた魔石は、中心にボルトの痕と白濁した亀裂を残しながらも、青白い光を静かに放っていた。
雪を踏み固めた広場に、その光が淡い影を落としている。
作業の手を止めた村人たちが、荷台の魔石を見つめ、互いに言葉を交わしながら荷運びへ戻っていく。
近日中に迫る納税期日、そして間もなく始まる過酷な冬。
だが魔石の青い光を見つめる領民たちの表情に、怯えはなかった。自分たちの防壁と手で守り抜いた獲物を前に、それぞれが次の作業へと落ち着いた足取りで向かっていた。




