第28話 十挺の斉射と鋼鉄の狙撃
投石器の直撃で前衛の中央が炎上し、黒煙と火の粉が舞い上がる中、後続のオークたちが雪原を左右へと迂回してきた。
燃え広がる油と死骸を避けて迫る敵は、三十体を超えている。
粗末な獣皮の腰巻きを身につけ、骨槍や丸太棍棒を掲げたオークたちが、泥雪を蹴り立てて防壁へと殺到する。
吐き出す息が白い煙となって夜闇に尾を引いていた。
距離は三十歩、二十歩へと一気に詰まる。
「ダン、引きつけて撃て!」
俺が短く声をかけると、隣に身を伏せていたダンが即座に頷いた。
「構えろ! 引き金を引け!」
防壁の頂部に片膝をついた十名の青年たちが、揃いのクロスボウで一斉に弦を弾いた。
石垣の足場には、先ほど引き上げた木箱から予備の実体ボルトが積まれている。
バシュッと乾いた発射音が重なり、十本のボルトが鋭く撃ち出された。
突進の先頭を走っていたオークの胸や喉元へ、ボルトが深々と突き刺さる。
肉を裂く鈍い音とともに、先頭の三体が前のめりに雪原へと崩れ落ちた。
吹き飛ばされた泥雪を浴びながら、後続のオークたちが仲間の背を跳び越えようとする。
青年たちは手早く木製レバーを倒して引き戻し、矢筒から次弾を溝へ滑り込ませた。
カチリと小気味よい音が連続して響く。
繰り返された訓練の通り、間断のない斉射がオークの群れへ浴びせかけられた。
二斉射目のボルトが、雪原を蹴立てていたオークの脚や腹部を捉える。
甲高い悲鳴が上がり、雪原に倒れ込んだオークが泥に塗れて転がった。
倒れた死骸に足を躓かせた後続の勢いが、目に見えて鈍っていく。
十数歩手前まで迫っていた先頭集団は、頭上から降り注ぐ激しい矢束に対し、骨槍や棍棒を掲げて身を守る構えを取った。
敵の足が完全に止まった。
その濁った視線が、防壁の上で矢を放ち続ける自警団の十名へと集まっている。
好機だった。
俺は防壁の上に立ち、四十歩地点で激しく燃え盛る火柱のさらに奥を見据えた。
赤黒い炎と立ち込める黒煙の向こう、木立の縁寄り、五十歩前後の位置に、一際巨大な影が立っている。
他のオークより頭二つ分は背丈のある指揮官だ。
肩に分厚い獣骨の鎧をまとい、両手で長大な骨斧を荒々しく振り回している。
足を止めた前衛へ向けて野太い怒声を浴びせ、突撃を無理やり再開させようとしていた。
後続のオークたちがその怒号に押され、足を踏ん張って再び前へ出ようとしている。
あの指揮官を落とせば、突進は止まる。
俺は息を整え、内なる武器庫へ意識を向けた。
手元に呼び出したのは、黒光りする連動式クロスボウだ。
ずしりとした冷たい鋼の重みが掌に落ち、カシャリと微かな音を立てて黒塗りの鋼鉄ボルトが自動装填される。
銃床を肩へ当て、照準器の金具を夜闇の指揮官へと合わせた。
猛吹雪が防壁を激しく叩きつけ、横殴りの風が雪煙を巻き上げている。
前世の技術者としての経験から、風速と空気抵抗を割り出し、ボルトが描く放物線を瞬時に計算した。
五十歩の距離は、この連動式の射程内だ。
照準のブレを完全に補正し、静かに引き金を絞る。
バシュッ!
鋭い撃発音とともに、黒塗りの鋼鉄ボルトが夜闇を切り裂いた。
燃え盛る火柱と黒煙の遥か上空を抜け、計算通りの高い弧を描いて夜空を翔ける。
放物線の頂点を過ぎて鋭く降下した一筋の黒い影が、怒号を張り上げていたオーク指揮官の眉間へ、吸い込まれるように突き刺さった。
ドスン!
重い衝撃音とともに、巨躯が雪原へと仰向けに崩れ落ちた。
見開かれた黄色い両目が光を失い、手から滑り落ちた長大な骨斧が泥雪の中に深く突き刺さる。
眉間を射抜かれた指揮官の巨体が跳ね上げた雪煙が、冷たい風に流されていった。
頭目を失った瞬間、オークたちの動きがピタリと止まった。
前衛の群れに一瞬で動揺が広がる。
後ろから怒鳴りつけていた号令が消え、オークたちは顔を見合わせ、互いに押し合い始めた。
足元に転がる指揮官の死骸を見た途端、張り詰めていた戦意が瓦解していく。
恐怖に駆られたオークたちが武器を取り落とし、左右の暗がりへと逃げ惑った。
前衛の突進は、完全に潰走へと変わる。
その時だった。
ズウウン!
木立の奥から、先ほどまでとは比較にならないほど重い地鳴りが響いてきた。
防壁の土塁と石垣が、足裏を通じて微かに震える。
前方の木々をへし折り、暗闇の奥から姿を現したのは、全身を分厚い岩石質の甲殻で覆われた巨大な装甲魔獣だった。
樹海の巨木を紙のようにへし折り、踏み折られた幹が雪原へ跳ね飛ぶ。
体表にこびりついた岩石の甲殻は、幾重にも重なって鈍い灰褐色の光を放っていた。
口元から吹き出す呼気は、猛吹雪の闇の中でも白く濃く立ち上っている。
前衛の崩壊を見届けるように、巨獣は太い四肢で雪原を深く抉りながら、防壁へ向けて一歩ずつ歩みを進めてくる。
手下を退けられた巨獣が、自ら防壁を叩き潰しに来る気か。
俺は連動式クロスボウを握り直し、迫り来る巨躯の装甲を鋭く見据えた。




